第24話『くせの強い2人』

 ダヴィが率いるナポラが、クロス王に反抗したことは、すぐに国内中で知られることになった。しかし一都市の反抗と捉えられ、国外にはまだ広まっていない。


 あと1月もすれば、クロス王の軍勢が侵攻を始めるだろう。


 ところが、その軍よりも早く動いた者がいた。


「お父様からの手紙?なにかしら」


 ダヴィの執務室で机を並べるルツは、ペンを止めて、父親から届いた手紙を読む。


 彼女は主に国内の裁判を担当していた。カルロの時代は10人はいたであろう裁判官が行っていた仕事を、たった一人で処理している。そのくせ、その裁きは正確であり、後年『天秤女神』と称される能力を遺憾いかんなく発揮していた。


 忙しいのに、と呟きながら、彼女は手紙を読んだ。要約すると、以下の通りである。


『ルツ、オリアナ、元気にしているか。独立の噂は聞いている。それについては何も言わない。正しいと思ったことをしなさい。それに関係しているのだが、そちらに出仕したい法学者を推薦したい。2人と神学校で仲が良かったと聞いた。会ってもらいたい』


「推薦したい法学者?ねえ、オリアナ、誰だと思う?」


 ルツは手紙を受け取り、読んだ。彼女の能面な顔が、かすかにゆがむ。


「これ……彼女のこと……」


「彼女?…………あっ」


 ルツも思い当たり、顔をしかめる。この手紙を読まなかったことにしようかと思っていた矢先、従士が部屋の扉をノックした。


「ルツ様、オリアナ様、法学者と名乗る女性がいらっしゃいました。スール=ニコラウスというお名前ですが、お通ししましょうか?」


「ルツ……」


 オリアナの頬が引きつり、ルツは頭を抱える。彼女はしばらく悩んだ後、声を絞り出すように言った。


「……お通ししてちょうだい」


「ルツ、大丈夫……?」


「人材不足は否めないわ。仕方ないでしょ……」


 ――*――


 それから少しして、コンコンと扉を叩かれて、ルツとオリアナはびくりと体を跳ねさせる。


「……どうぞ」


 開けられた扉。こげ茶色のポニーテールを振り回し、黒いドレスの女性が飛び込んできた。


「ルツちゃーん!!」


「わっ!」


 いきなり抱きつかれ、ルツは倒れそうになる。その懐かしいからみに、ルツはこめかみをぴくぴく動かし、叱りつける。


「スール!いきなりやめてちょうだい!」


「いいじゃないのー、久しぶりのルツですもの。このくらいの権利はありますわ」


「そんな権利、どこにあるって言うのよ!」


「あら?私が定義したら、何とかなりますわよ」


 スールは、ずれた丸メガネを直し、ぐるりと顔を回す。今度はオリアナにロックオンする。


「ああー、オリアナ、今日もクールねえ」


「やだ……やめて……」


「うふふふふ」


 じりじりとにじり寄るスールと、一定の距離をとるオリアナ。その時、執務室の扉が再び開いた。


「あれ?誰か来ているの?」


「お兄様!」


「兄様……!」


 姉妹は急いで兄の後ろに隠れた。ダヴィは戸惑う。


「なになになに?」


 スールはダヴィの顔を見ると、ゴホンと咳ばらいをひとつ、居住まいを正して、スカートの端を持ち上げて挨拶した。


「はじめまして、ダヴィ様。いえ、お義兄さま。スール=ニコラウスと申します。ルツとオリアナとは神学校で一緒でした。イサイ=イスル様の推薦を頂き、お義兄さまにお仕えするために参りました」


「お義兄さまはやめて……」


「そうなの?」


とダヴィに尋ねられ、ルツは不承不承に答える。


「ええ、その通りですわ。でも、彼女は講師でしたけど」


「講師?」


 聞いてみると、彼女はまだ21歳であるという。今年で19歳のダヴィよりも少し年上だが、それでも講師をするには若すぎる。


 背に腹は代えられず、ルツはしぶしぶ推す。


「彼女は優秀な法学者です。おそらくクロス国はおろか、この世界でも屈指の知識を持っておりますわ」


「嫌だけど……役に立つ人材……」


「そんな人がなんでここに?」


 弱小もいいとこのダヴィの勢力に、わざわざ入る人材とは思えない。そもそも神学校で、そのまま講師をしていればいいじゃないか。


 しかしスールは首を振る。


「愛するルツとオリアナを助けるためですわ。すべてを捨ててでも行きますわよ」


 そんな彼女の言い草に、ルツが怒りながら指摘する。


「そんなこと言って、どうせ追い出されたのでしょ!見境に無しに、女の子に手を出したに違いないですわ!」


「色んなとこで……悪名高い……」


「あら?見境無しなんてひどいですわ。かわいい子しか口説きませんもの」


 スールは持っていた扇子を開き、パタパタと顔に風を送った。ひらひらのフリルがいっぱい付いた黒いドレス(今でいうゴスロリ)を舞わせて、体をひねる。しかし眼鏡越しの目はしっかりと、ルツとオリアナをなめまわすように見ていた。


 その時、キコキコという音が廊下から聞こえた。


「おや?皆さん、おそろいで」


 ジョムニが車いすを押されながら、部屋に入ってくる。その車いすを押していたのは、見慣れない灰色の長い髪の男だった。四角いメガネの奥に、固い表情を見せていた。


「ご紹介します。ルフェーブ=ローレンさんです。見ての通り、正円教の司教を務められていた方です」


 彼の言う通り、正円教独特の白い僧服を着ていた。胸に手を当てて恭しくお辞儀をする。


「ルフェーブ=ローレンです。ヴェニサの神学校を卒業後、同地で司教補佐を勤めておりました」


「それはすごい!」


 ヴェニサはフィレスと並ぶ巨大貿易町である。そしてヴェニサの大聖堂は非常に有名だ。その権威ある大聖堂に、22歳から3年間勤めていたという。


 ジョムニはマザールからの紹介で呼び寄せたという。


「これからの作戦に、彼は不可欠な存在です。領内の宗教統制にも一役買うことでしょう。雇うことをお認め下さい」


「それはいいけど、なんでうちに?」


 スールに向けたものと、同じ質問をした。そのまま大聖堂に勤めたらいいじゃないかと。


 ルフェーブは今まで愛想笑いひとつしなかった表情を苦くした。


「……道ならぬ恋をしたものですから」


「そ、そうか」


「ふん」


 スールがオリアナを捕まえながら、ルフェーブを鼻でわらう。


「やっぱり教会はお堅くていやですわ。だいたい、異性に恋することが無駄なんですわよ。一番気持ちの良いところを知っているのは、やっぱり女どうし」


「いや……いや……」


 スールに頬ずりされて、オリアナが珍しく涙目になる。それを見て、ルフェーブは苦虫をつぶしたように、余計に表情を歪める。


「汚らしい。お前に、なにが分かる」


「まあまあ、ルフェーブ」


「落ち着いてください、ルフェーブさん」


「女は、恋するに値しないのだ」


「「……え?」」


 スールがオリアナを離し、つかつかとルフェーブに近寄る。そして彼の顔を丸いメガネで見上げながら、罵声を浴びせた。


「聞き捨てなりませんわ。女同士のどこが悪いですって?」


「同性を相手にするのは正しいと認めるが、やかましい女に恋する気持ちが知れん、と言っているだけだ」


「どういう意味ですか?!女性は可愛らしく、あでやかで、繊細で、そしてその皮をひとたび剥けば、素敵に輝くというのに。男なんて、汗臭くて、固くて、汚らしいだけですわ」


「熱い男の心を知らないとは、可哀そうなやつめ」


「暑苦しいだけですわ。女性だって皆、熱い心を持っていますわ。私がベッドで愛した、キャス、ローズ、アイーダ、ベティ、ヴィッキー……あと、誰でしたっけ?まあ、みんな可愛らしいかったですわ。全員、私の手にかかれば『男よりも良かった』と言わせてあげました」


「気が多い、恥知らずな女め。男一人を愛するべきだというのに」


「そんなことだから教会から追い出されたのですわ」


「お前に言われたくない!」


 ダヴィが間に入ろうとする。


「ふ、ふたりとも!落ち着いて」


「じゃあ、ダヴィ様はどうですの?残念ながらダヴィ様は男ですから私はムリですけど、あなたは魅力を感じますの?」


「1人を選び抜いて、愛するべきだと言っているだろう!……だが」


 ルフェーブは眼鏡をくいっと上げて、ダヴィのオッドアイを見つめる。


「ダヴィ様の目は魅力的なことは認める」


「え?」


「それは同意しますわ。性別が違えば、すぐに愛してあげましたのに。ほんと、なんでダヴィ様は女性じゃないのですか?」


 体が固まるダヴィの両袖を、それぞれルツとオリアナがつかむ。


「お兄様……」


「兄様……」


「これは、大変ですね」


とジョムニが心から苦笑いを浮かべる。


 『世界の形を決めた女』スール=ニコラウス。


 『神を操る男』ルフェーブ=ローレン。


 ダヴィたちと世界に多大な影響を与える、くせの強い2人は、こうして反発しあいながら、ダヴィの陣営に加わった。

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