第23話『ジョムニの野望』

 アーモンドの木に咲いた白い花が散り始め、山を見るとすっかり青々としてきた晩春の頃、ジャンヌはナポリの城の中を走っていた。大きな茶色の三つ編みを垂れさせないぐらいに早く、廊下を駆け抜ける。


 後ろからライルとスコットが追いかける。


「ちょ、ちょっと待てよ、ジャンヌ!」


「早いよお」


「うっさいな、緊急事態なんだよ!」


 彼女は大きな扉をバンと開け、ダヴィたちが待つ会議室に駆け込む。


「呼んできたよ!」


「ありがとう、ジャンヌ」


 先日と同じように、大きな机を囲んで、すでに全員が座っていた。ジャンヌたちも座る。


 真剣な顔をしている彼らに対して、ルツが説明を始める。


「クロス国王から返信が来ました。結論から申しますと、お兄様が領主になることは却下されました」


 会議室に動揺が広がる。ダヴィも苦い表情を隠さない。ルツはそれを制し、手元にあったクロス国王からの書状を読み上げる。


「国王からの返答は2点に絞られています。1つはカルロ=ナポラ討伐の功績を認めて、お兄様を『名誉ある騎士』に任ずるということ。もう1つが、ナポラを国王直轄領に組み込むということです」


「それは……」


 アキレスが判断しかねて、言いよどむ。一定以上は要望を受け入れたということなのだろうか。


 しかし、ルツは断言する。


「要するに、クロス王は『ナポラは私が貰うから、あなたたちはとっとと出ていきなさい』ということですわ」


「しかし、騎士にしてくれるって……」


「騎士なんて、様々いますわ。恐らくクロス王は『名誉だけの騎士』に任じて、さっさとお払い箱にするつもりでしょう」


とルツは、書状から読み取れる高圧的な態度から、それを予期した。


 遅まきになるが、この時代における貴族と騎士の違いとは、最初から領土を持っているかの違いである。貴族は開墾などで自分で切り開いた領土を、爵位などで国王から支配権を追認された存在である。一方で騎士は、国王や貴族に領土を与えられる代わりに、彼らに忠誠を誓う存在だ。しかも騎士の地位は一代限り。貴族と騎士の立場の強さが全く違うことを、理解してもらいたい。


 つまりダヴィは貴族になることは許されず、僅かな領土を与えるから、自分に仕えろと言われているのだ。アキレスはいきどおって立ち上がる。


「なぜだ!この街を解放したのは、ダヴィ様と俺たちとこの街の人々じゃないか!国王に出しゃばらせることはない!」


「アキレス、待ってくれ」


 ダヴィが手を上げて、アキレスをなだめ座らせた。ダヴィは額に手を当てて、悩む。


「このクロス王の命令に逆らうとなると、この国全体と戦争になる。勝ち目は少ない」


「しかし……」


「ミュールさん、国王の直轄領はどういう状態ですか?」


と急にジョムニが尋ねた。ミュールは顔を上げて、吐き捨てるように言う。


「最悪だ。以前は、この街とどっちが最低か競っていたぐらいだぜ」


 百年前の内紛で、クロス王の直轄領は激減した。しかし国王の体裁は保たないといけないので、なるべく多くの従士を雇うために、残った直轄領に重税をかけたのだ。その結果、クロス国でも1、2を争うほど、酷い状態におかれている。


 それを知っているからこそ、直轄領には絶対に組み込まれたくない。ミュールはこの街を代表して、その想いを全員に伝える。


「今の良い政治が続いてほしい!ダヴィ様を主とあおぎたい!それはこの街全体の想いなんだ」


「でも、クロス王に真っ向から逆らうのは、まずいんじゃないのかな……」


とジャンヌが懸念する。答えのない状態が続き、全員が腕を組む。


 ダヴィはその中で、1人だけ涼やかな表情をしてる者を見つけた。その姿に、察するものがあった。


「ジョムニ、君はもしかして、この状況を読んでいたのか?」


 ジョムニは車いすの上で体をひねり、ダヴィにニコリと笑いかけた。全員がその表情を見て、唖然とする。ダヴィは眉間にしわを寄せて、尋ねる。


「どうするつもりなんだ?クロス国王に許可をもらうのは、君の作戦だったろうに」


「……どの方策をとっても、いずれはこうなりました」


 彼の返答に、ダヴィは驚く。聞いていた作戦では、クロス王から貴族に任命されることがゴールだったはずだ。


「最初の方針通り、カルロを生かしておいた方が良かったんじゃないのか?カルロの身柄を確保して、クロス王と交渉した方が……」


「なんだと?!俺は何も聞いていないぞ!」


「ええ、ミュールさんたちには何も言っていませんから。この作戦を伝えたのはダヴィ様にだけです」


「ふざけるな!」


 淡々と語るジョムニに、ミュールが激昂する。カルロを身柄を確保しておけば、対立するクロス王へのけん制に使え、交渉もしやすくなるはずだった。


 ミュールはずかずかと近寄り、ジョムニの襟首えりくびをつかんで持ち上げる。傷だらけの顔で、青いキャスケット帽の少年をにらむ。


「てめえ!国王が応じない方法をわざと取りやがったな!俺たちの街を危険にさらしやがって、どういうつもりだ!」


とミュールが怒鳴るが、体半分持ち上げられても、ジョムニは平気な顔で答える。


「たとえ、時間をかけて交渉をして貴族の地位を勝ち取っても、いずれは、クロス王は併呑へいどんを狙ってきました。それが早かっただけのこと」


「じゃあ俺たちに、国王に従えと言うのか!」


「従う?なにを言っているのですか?国王に勝つのです」


「勝つ、だと……?」


 ミュールは手を離した。ストンと車いすに再び収まったジョムニは、自分のよじれた服と帽子を直しながら、言う。


「むしろ最高の状況となりましたよ」


「最高?」


「ええ、私の望みどおりです」


 ジョムニに促され、ミュールは自分の席に戻った。ダヴィは皆を代表して尋ねる。


「どうして、そう思うんだ?」


「クロス王が正式に『カルロ=ナポラの罪状を調べる』といって裁判を開くとなると、面倒なことになっていました。ところが、彼は短兵急たんぺいきゅうに事を進めようとした。このおかげで、先日申し上げたカルロ=ナポラへの反乱の黒幕を、クロス王自身に擦りつけることが出来ます」


「でも、攻めてきたらどうするんだい?」


「この悪評が広まれば『国王は自分の利益のために、ナポラを統合しようとする』と、世間は考えます。そうなれば、国王に味方して従軍する領主も少なくなるでしょう」


 しかしながら、それでもクロス王が率いる軍勢と、一都市ナポラで集めることが出来る軍では、戦力の差は歴然としている。勝てるのか、と全員が不安にかられる。


 それを置いといて、オリアナがジョムニに他のことを尋ねる。


「裁判になっていたら……どうしたの?」


「それも帰着点は同じです。これから採る作戦を行います。しかし、その前に」


 ジョムニはダヴィのオッドアイを見つめて、ハッキリと言う。


「攻めてくるクロス王の軍勢、これに勝てなければ先はありません。ナポラの人々の生活を守るためにも立ち上がるべきです」


「……ジョムニ、君がその軍にも勝つ自信があることは、君の顔を見て分かった」


 ダヴィは自分たちの運命を、軍師に問う。


「その軍に勝って、それからどうするつもりだい?延々とクロス王の軍勢を撃退し続けるのか?」


 ジョムニはかぶりを振る。彼の野望はダヴィの想像を凌駕していた。


「私はダヴィ様を一介の領主で終わらすつもりはありません」


「なに?」


「ダヴィ様にはクロス王を打倒し、この地で王となっていただきます」


 ダヴィを含め、全員が絶句した。ダヴィの希望としては、クロス国内で貴族となり、半独立国を樹立するだけに過ぎなかった。彼の野望はナポラの地を出ていない。


 ところがジョムニは違った。彼はクロス国全体を見て、そして世界を視野に入れている。彼はこの数百年続いた7大国の統治体制に、メスを入れようとしていた。


 ダヴィはオッドアイをしばたき、その驚きを表すばかりだ。


(自分が王に?)


 そんなの、あの不思議な白い女性に言われて以来の、たわ言だ。


 その一方で、ジョムニは真剣に言う。


「私に任せてください。ここにダヴィ王の理想の国を建ててみせましょう」


「…………」


 翌日、ダヴィはクロス王に返信を出した。その内容は、ジョムニの思惑通り、クロス王の命令を拒否するものであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る