第22話『新たなる火種』

「ダヴィ様、こちらに」


「う、うん」


 ダヴィはためらいがちに、アキレスから勧められたフカフカの椅子に座る。何度も座り直し、そして立ち上がった。


「もっとマシな椅子はあるかな?どうも居心地悪くて」


「ダヴィ様、それがカルロが持っていた中で一番安い椅子ですよ」


とジョムニに言われて、しぶしぶ座った。尻が落ち着かない。


「……エラはどうしたの?」


「お兄様、エラは隣で寝ております。エラにその椅子を譲ろうとしないでくださいまし」


「兄様……あきらめて……」


 たしなめたルツたちは、大きな机を囲むように、クッションのない木の椅子に座る。ダヴィは机の一番奥で、「そっちが良かったな」とぶつくさと呟いていた。


 ジョムニが会議室に全員がそろったことを確認して、口火を切る。


「それでは、会議を始めましょう「ちょっと待ってくれ」……どうしましたか、ライルさん?」


 ライルが手を上げていた。彼は隣に座る男を指さす。


「こいつはここにいて良いんですかい?」


 ミュールがじろりと横目でライルをにらんだ。その傷だらけの顔の迫力に、ライルはビビる。


「俺の力が不足だっていうのか?」


「ミュールは強いぞ。俺が認める」


「いや、そういうことじゃなくて……」


とアキレスに、ライルは曖昧に反論する。ほぼ初対面の彼を迎えることに、若干の抵抗があったのだ。


「ミュールさんはこの街の代表として招きました。彼もダヴィ様に仕えることを希望していましたので」


「はあ、そうですかい」


 ジョムニの説明に、ライルは疑問を残したまま頷くが、最後にはダヴィに説得された。


「彼はもう僕たちの仲間だ。協力してやっていこう」


「分かりましたよ、ダンナ」


 ダヴィにこう言われて、ミュールは密かに高揚した。彼の心はもうダヴィ一色になっている。


 ジョムニは会議を仕切り直す。


「カルロを倒し、ナポラはダヴィ様に従うことを決めました。暴動や反乱の動きはありません」


「この城にあった食糧を分け与えて、減税したおかげだね」


 ジャンヌが言う通り、ダヴィたちは早速、この城に蓄えていた食料庫を解放し、民衆に分け与えた。さらに数年間の減税を約束し、関税を取り立てる無駄な関所を取り払った。いずれもナポラの民衆から歓迎された。


「これから城で使う食糧は、カルロの財産を売り払ってまかないましょう。それでいいですね、ミュールさん」


「ああ、問題ない。為政者に資金が無かったら、治水工事も道路工事も行われないからな。過度な施しは必要ない」


「でも、それで足りるの?」


「大丈夫でしょう。カルロは贅沢ぜいたくな生活を送ってきたそうですから。城に残っていた収支表によれば、彼の一年分の食費で、私たちの生活費は余裕でまかなえますよ」


「それでも、ねえ」


とジャンヌは、ルツとオリアナをちらりと見た。きれいなドレスを着る彼女たちが質素な生活に耐えられるか、心配だったのだ。


 彼女たちは心外ですわ、と言わんばかりに反論する。


「神学校ではそこの方針で、粗食そしょくと数枚の衣服で過ごしてきましたわ。慣れっこですから、お気になさらず」


「兄様と一緒なら……なんでも、いい…」


「おいらも大丈夫だあ」


「おめえには聞いてねえよ!」


 ライルがスコットの背中をバシッと叩いた。ダヴィは苦笑いを浮かべて、ジョムニに質問する。


「ジョムニ、ナポラの状況は分かった。問題は周りの反応だ」


 彼が気にしていたのは、ナポラで反乱を起こした自分たちを攻めてくるのではないか、ということだった。カルロ=ナポラはクロス国の重臣であった。クロス国全体で攻めてこられてもおかしくない。


 ところが、ジョムニは自信ある笑みを見せる。


「問題はないでしょう。今のところ、周りの領主が兵を集めている気配はありません。そうですよね、オリアナさん?」


「そう……動いていない」


「なんでさ?カルロが嫌われていたのは分かったけど、そんだって、この機にこの街を分捕ぶんどろうとしてくるもんじゃないの?」


「そこが足かせになっているのです」


 ジャンヌの指摘を逆手に取り、ジョムニは説明を始める。


「この反乱自体が、他の領主のたくらみだと、思われてしまうのを恐れているのです」


「……これで攻めてきたら、自分が反乱をけしかけたと疑いがかけられるということか」


 アキレスの指摘に、ジョムニが頷く。この時代の常識で考えれば、民衆が単独で反乱を起こしたとは思われない。むしろ、謀略によって、カルロが倒されたと考えるのが自然だろう。周りの領主はその汚名を着させられることを恐れている。


「ナポラはこの地域でも大きな街です。そこを獲ろうものなら、他の領主から妬まれ、最後には潰されると考えるでしょう」


「なるほど。全員がお互いをけん制している状態ってことか」


「そうです。これを逃さないように、次の一手を打ちます」


 ジョムニは膝に置いていた巻物を開いた。


「これはクロス国王への書状です。私が書きました」


 ダヴィと一緒に、全員がそれを読んだ。そこにはカルロ=ナポラの悪政を並べ立てており、そしてダヴィ=イスルを新たな領主とすることを要求していた。


「この書状に、この街の各階層の代表者の署名をもらいます。彼らから主張する形にするのです」


「最初の方針通りですわね」


「ですが、クロス国王は受け入れるのでしょうか?」


「元々、カルロ=ナポラは反国王派でした。彼がいなくなって喜んでいるのは国王も同じ。だから、ナポラの新たな領主であるダヴィ様が自分の側についたと分かれば、認めるはずです」


「なるほど!国王が認めちまえば、他の領主も納得するだろう」


とライルが首を縦に振る。ミュールも納得し、その書状を手に取った。


「それじゃ、俺が今から街の連中にかけ合えばいいんだな」


「話が早くて助かります。それではお願いします」


「おう!」


 急いで飛び出ていったミュールに続いて、アキレスたちも会議室を出ていった。ジョムニの車いすを押しながら、口々に喜ぶ。


「これでダヴィ様も立派な領主様だな」


「だね!あたしたちも忙しくなるよ!」


「張り切りすぎるのは勘弁してくれよ、ジャンヌ」


「この街の食べ物屋、まわんないとなあ」


 一方で会議室に残ったダヴィと妹たちは、不安そうに顔を見合わせた。


「本当に、大丈夫かな?」


「ええ、私もしっくりきていませんわ」


「不安……」


 そんな彼らの中で、1人だけ違う表情の者がいた。車いすを押されながら、キャスケット帽をかぶっている少年である。


(……さあ、これからです)


 ジョムニが、誰にも気づかれないように、うっすらと笑みを浮かべた。


 ――*――


 クロス国の首都・ミラノス。


 正円教の祭司教皇が所有する領土、いわゆる教皇領に隣接するこの都市は、当然だが正円教徒が多く、宗教独特の静寂さが漂っている。というよりも、他の巨大都市に活気さを奪われている。


 ミラノス城内も同じである。百年前の内紛で、クロス王家の血筋が全滅しかけるという危機が発生して以来、クロス国の政治や経済の中心はこの城から去った。形骸化された儀式だけが残ったといえる。


 その内紛の際、重臣たちがやっと見つけ出したのが、当時の先々代の王が侍女に産ませた、御者をやっていた男であった。そのため、この国の王は陰では『御者の王』と蔑まれるようになった。


 それから百年、現在の国王はアルフォン2世。錠前をいじるのが趣味の、小男である。


 今日も錠前をいじっていると、その部屋に胸元まで伸ばした長い髭の男がやって来た。この国の宰相・バルトロメオ=カラッチである。


「国王陛下、ご相談したいことがありまして」


「珍しいじゃないか。今まで私を通さずに、何でも決めてきたじゃないか」


と皮肉を言ったアルフォン2世は、もうすぐ開けられそうな錠前から目を離さない。カラッチ公は自慢の長い髭を撫でながら、彼の背中に向かって再度言う。


「ご相談したいこととは、他でもありません。カルロ=ナポラが死にました」


 アルフォン2世はようやく錠前から手を離した。そして振り向いて、目の下に隈を蓄えた顔で笑ってみせる。


「ふふふ、待っているのも良いことがある」


 カラッチ公はその目を見て顔をしかめる。きっと昨日の晩も遅くまで、錠前いじりをしていたのだろう。彼ももうすぐ30歳になる大人だ。いい歳して何をやっているのかと、言いたくなる。


 そんな気持ちを知ってか知らずか、アルフォン2世はカラッチ公にニヤニヤとしながら聞く。


「なあ、やつはなんで死んだんだ?あの重い図体を、馬に蹴られて死んだとか?」


「似たようなものでしょう。民衆に反乱を起こされて殺されたようです」


「殺された?」


 アルフォン2世はカラッチ公が持っていた書状を手に取った。その内容を読んで、首をかしげる。


「ダヴィ=イスルとは誰だ?」


「調べたところ、ウォーター国で将軍をしていた者のようです。今はウォーター国から捕縛命令が出ています」


「お尋ね者に殺されたのか、ククク……」


 丸い頬を歪ませて、アルフォン2世はいつも自分の悪口を公然と言っていたカルロ=ナポラの最期を想像した。


「やつはどうやって死んだ?どうやって殺されたんだ?」


「国王陛下。問題はそこではありません。ナポラの街をどうするかです」


「ふむ」


 アルフォン2世は改めて書状を読んだ。そこにはダヴィを領主としてほしいと要望されていた。


「いかがしましょうか。当然、無視することもできず、カルロ=ナポラの親族からは訴えが来ましょうし」


「なんだ、そんな簡単なことを悩んでいたのかい」


「え?」


と眉間をひそめるカラッチ公に、アルフォン2世は短い人差し指を突き立てて、正解を教えてやる。


「返してもらえばいいのさ、このダヴィとかいう男から。この国は元々私のものだろう?」

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