第19話『先の見えない未来』

 強盗団の正体は、農業を営む若者たちだった。彼らの親や長老を集めて謝罪したいというミュールの申し出を受け、彼の後に続いていく。


 街は寝静まっている。年明けの冷たい夜風に、吐く息は白かった。


 その道中、アキレスはダヴィの耳に口を近づける。先頭を歩くミュールに聞こえないように、注意を促した。


「ダヴィ様、大丈夫でしょうか」


「……これはチャンスだ」


 農民たちと交渉したいと思ってきた矢先である。その指導者たちに会うことが出来るのだ。多少のリスクをおかしても、やっておく価値はある。


「それに、彼は信じられる」


とダヴィはポケットを探った。ミュールから渡されたペンダントを手に取った。


 先ほど宿にて、彼は土下座した上で、首からかけていたそれを渡した。


『母親の形見だ。これを預ける。俺を信じて、ついてきてほしい』


『何をするつもりだい?』


『謝罪をしたい。それと、あんたがこの街を助けると言うなら、その話を聞きたい』


 ダヴィはその時のことを思い出しながら、ペンダントを見た。暗がりで分からないが、誰かの顔が彫っていた。


 ミュールがチラチラと振り返ってくる。ダヴィは彼に声をかけた。


「どこに連れて行くつもりだ?」


「郊外の集会場だ。兵士に見つからないところに行く」


 ダヴィたちに背中をさらし、彼はどんどん進んでいく。彼の行動にためらいがない。これでダヴィたちをはめめようとしているなら、よほどの度胸と演技力である。


 夜空に雲が浮かんでいる。どこに流れていくのだろうか。ダヴィは不敵にも微笑んだ。


「ま、こういう状況を楽しむことも大事さ」


「はあ、そういうものですか」


 アキレスは口をへの字に曲げるも、ダヴィに敬意を払う。時折見せるダヴィのこういう大胆さは真似できない。


(ともかく、俺が守ればいいだけだ)


 アキレスは腰にわいた剣を確かめる。金属のつばから伝わる冷たさに、頭が冷静さを取り戻していった。


 ――*――


 集会場につくと、先回りしていたミュールの使いが呼んできたらしく、中にはすでに大勢の大人たちが待っていた。赤いロウソクの光を中心に、車座になって藁の上に座っている。


 ダヴィたちが席に着くと、その中の白髪の男が口を開く。


「この度は若い衆がとんだ無礼なことをしでかしてしまった。申し訳ない」


「「「すみませんでした!」」」


 一斉に頭を下げられる。ダヴィは鷹揚おうように頷いて、それに応えた。


「過ぎたことです。許しましょう」


 白髪の男は頭を上げる。そしてダヴィの顔を見て、感心した。


「……その若さで、その落ち着きよう。やはり、ウォーター国で名をとどろかせた将軍だけのことはありますのう」


「なに!?長老、本当か!」


 ミュールは驚きのあまり、立ち上がった。長老と呼ばれた白髪の男は頷く。


「教会より、お達しを受けていた。『金の輪を耳から下げたオッドアイの男に注意せよ』と。ダヴィ=イスル様、あなたはウォーター国から捕縛命令が出ているそうですな」


 ダヴィは眉をピクリと動かし、アキレスは思わず顔をこわばらせた。クロス国において、イサイなど教会に近しい者に捕縛命令は伝えられていたが、庶民は全く知らないことは分かっていた。しかし、長老クラスになると伝えられるのか、と彼らは後悔する。


 ダヴィは静かに尋ねた。


「僕を捕まえる気ですか?」


「いえ、教会も本気ではない。確実に捕まえようとするならば、高札を立てて、大々的に告知するはずでしょうし」


 それよりも、と長老は膝をにじり寄せた。


「職人たちや商人たちを懐柔して、なにをしようとされているのか、お聞かせ願いたい」

「なんだと?!」


 ミュールはダヴィを睨んだ。長老の話を聞いて、ダヴィが凶悪犯だと知ったからだ。


 ところがその一方で、ダヴィの身体が一段と大きく見えてきた。彼は内心戸惑う。他の農民たちも同様である。彼らもダヴィの顔を睨むが、誰も動こうとしない。勝手にダヴィに威圧されていた。


 ダヴィは淡々と答える。


「この地に国を建てます」


「なっ」


「カルロ=ナポラを倒し、正しい政治を行う。そのために来ました」


 ミュールを始め、農民たちは絶句した。あまりの野望の大きさに、度肝を抜かれる。どんな妄想家でも、思いつかないことだろう。領主への反逆は、いかなる国家・宗教において当然禁止されていることだ。


 しかしながら、長老は頷くだけであった。彼は商人たちから伝え聞いて、予想していた。


「やはり、反乱を起こすのですか」


「そうです。この街全体が、カルロ=ナポラの浪費癖に苦しめられている。彼を追い出せば、生活が良くなるはずでしょう」


「その通りです。しかし……」


 長老は顔に刻まれたしわを深くした。


「誰が上に立とうと、同じことでしょう」


「…………」


 長老の言葉に、農民誰しもがうつむく。彼らは為政者に何の期待もしていない。


「先代のナポラ公が良かったとも思えん。彼はいくさ好きで、若者が多く死んだ」


「教会とてそうだ。我らを太陽の国に行けないぞと脅しつけて、寄付を募るばかり。ナポラ公の悪政を訴えても聞き流している」


「どうせ、誰に支配されても、苦しいだけだろう……」


 ミュールも押し黙って、下を向いた。彼は生活を変えようと、兵士に志願して各地で戦ったことがあった。しかしそれで得られたのは、わずかな報酬とささやかな感謝だけだった。彼が獲った大将首の手柄は、身分の高い騎士に横取りされた。


 身分のへだたりは大きく、変えることは出来ない。彼らの心に虚無感が押し寄せる。


 ダヴィはじっくりと考えた。そしてこんな話をしだした。


「我が旧主、シャルル=ウォーターは何の後ろ盾もない王子でした。我が父、イサイ=イスルは地方から出稼ぎにきた少年でした。そして私は奴隷出身のサーカス団の一員だった」


「む……」


 奴隷という言葉に、農民たちは耳をそばだてる。奴隷は身分の最下層であり、蔑まれる存在だ。隣にいるアキレスは、突然のダヴィの告白に、顔をしかめる。自分の主が奴隷であったことは、彼にとっても隠しておきたいことだ。


 だが、ダヴィは背筋を伸ばし、彼らに語りかける。


「我々は世界を変えたいと思い、行動してきた。その結果、自分が変わり、自分の周囲が変わり、やがて国が変わった。自分がなにかを成し遂げたいと思わなければ、何も始まらない」


「しかし、あなた様は負けて、ここにいる」


「僕は負けてなどいない!」


 ダヴィは立ちあがった。そして胸に手を当てて、大声で宣言する。


「僕は戦い続けている!理想の政治を求めて、歩き続けているのだ!自分の心が折れない限り、それは敗北じゃないんだ!」


 「ミュール」とダヴィは呼びかける。ミュールの顔が上を向いた。


「君は金獅子王のようになりたくないのか」


 そう言うと、ダヴィは先ほど預かったペンダントを彼に返した。そのペンダントには伝説の王、金獅子王が彫られていた。それを改めて見て、ミュールは息を飲む。亡くなった母が大事にしていた、憧れの王の姿だ。


 ダヴィはまた問いかける。


「ミュール、なぜ現代に金獅子王がいないと思う?」


「なぜって……」


「それは、誰も金獅子王になろうとしないだけだ。彼のように、困難に抗い、理想を追い求めないからだ」


 僕は違う、とダヴィは続ける。


「僕はここに理想の国家をつくる!能力ある誰もが、身分にとらわれず、その能力を発揮できる、平等な国家を形成する!」


 ダヴィは再び長老の前に座った。長老の戸惑った目を真っすぐに見つめる。そして両手を差し出した。


「ここに2つの選択肢がある。右が、このまま搾取され続けて苦しむ道。左が、一時の困難を耐えて、新たな世界を見る道。どっちを選ぶ?」


「…………」


 沈黙が集会場を包む。長老は何度も手を上げようとして下すのを繰り返していた。


 それを破ったのは、おもむろに立ち上がったミュールだった。彼はずんずんと近寄ると、ダヴィの左の手を握った。


「ミュール!」


「長老、俺は賭けるぜ。灰色の未来よりも、先が全く見えない未来をな」


 彼の言葉に、若者たちも立ち上がり、ダヴィの左手に手を乗せた。彼らの手は興奮で震えている。


 長老はため息をついた。


「やれやれ、老い先短いのに、安寧な生活を許してはくれんのか」


と言うと、彼も左手の上にしわがれた手を乗せた。ダヴィはしっかりと頷く。


「必ず、良い生活を取り戻しましょう」


「しかし、どうやってカルロを倒すんだ?奴には城も兵士もある」


 ダヴィは口角を上げ、自信ある顔を見せた。


「すでに、僕の軍師が策を立てています」

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