第46話『夢のあと』

 シャルルを誅殺ちゅうさつした後、ジーン6世の政治は変質した。


 シャルルが育てた強力な軍隊と権力基盤を奪い、専制的な政治を行うようになったのだ。今まで意見を求めていた貴族たちの言うことなど、まるで聞く耳をもたない。長男のヘンリー王子と共に、圧政を布いた。次々とシャルル派であった貴族たちを潰し、その領土を召し上げる。ジーン6世の力が強まるのに比例して、国内に恐怖が膨れ上がる。


 考察すれば、これが彼の本質であったかもしれない。先代の王である父親が暗殺され、大貴族たちに手足を封じられていた彼が初めて味わう“自分の政治”である。この時の彼の気分を、彼自身がこう表している。


『王とは、このような存在であったか』


 膨張しすぎた傲慢ごうまんさは、やがて国外にあふれ出した。


 ファルム国への宣戦布告である。


 数年前にルイ王子が引き起こしたあの敗戦の復讐をするという理由で、彼らの領土に攻め入ったのである。ルイ王子が生きていれば、彼も驚くだろう。明らかに言いがかりであった。以前ダヴィたちを包囲した、ファルム国の重臣・ヨハン=セルクスは、これを聞いて首をかしげる。


「ウォーター王は頭がおかしくなったのか?」


 両軍の戦いは、両国の国境沿いで行われた。


 ウォーター軍は王自らが出陣したこともあり、国内の動員できる兵数すべてが加わり、その数は6万人を超えた。その先陣は、シャルルが鍛えた彼の軍勢である。一方でファルム軍は4万人と、数で劣る。


 ところが、勝利したのはファルム軍であった。


 数に頼って連携も考えないまま攻撃を開始したウォーター軍に対し、ファルム軍は虎の子の重騎兵部隊『金獅子王の角』を中心に、巧みに戦場をコントロールし、ついには左右の軍で挟撃することに成功する。


 その結果、一番最初に崩れたのは、先陣を任されたシャルルの軍隊であった。


「なぜだ!なぜ敗れる?!」


とジーン6世は敗走しながら叫んだ。『一頭の狼に率いられた百頭の羊の群れは、一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れに勝る』。自分の急造された実力を過信するあまり、彼は“指揮官がシャルルではない”を忘れてしまったのだ。


 この戦いでヘンリー王子は敗死する。ジーン6世は逃げ帰ることが出来たが、軍事力は半減してしまう。


 さらにこの敗戦に追い打ちをかけるように、ソイル国とヌーン国もウォーター国に宣戦布告した。ソイル国はソイル家出身であり、シャルル王子の妻・カトリーナを殺したことをとがめ、ヌーン国は失った領土の回復を求めての行動だった。次々とウォーター国に他国軍が攻め入る


 そして金歴548年の初夏、首都近郊までファルム軍に攻め込まれ、ウォーター国は降伏した。シャルル王子の死去から、まだ半年しか経っていなかった。


 ウォーター国の降伏を受け入れたファルム国・ヌーン国・ソイル国は、祭司教皇の仲裁もあり、ウォーター国の国力を縮小するにとどめることにした。各国でウォーター国の領土を削り取り、当然、ダヴィが必死に勝ち取ったヌーン国の領土も奪い返されてしまう。


 元凶であるジーン6世は祭司庁で幽閉、跡継ぎは戦死したヘンリー王子の幼い息子とした。まだ7歳の彼は、ヘンリー2世と呼ばれる。もちろん、彼に政治は行えない。貴族たちが彼の後見を務め、ウォーター国の政治を行うことになる。


 国王の力を強め、貴族たちの合議政治から脱却するシャルルの夢は、これで完全についえてしまった。


 ジーン6世の最期は、壮絶なものだった。


 彼の叫び声を聞いて、祭司庁の衛士が部屋に飛び込んだ時に見たのは、壁一面の傷、飛び散った羽毛、血だまりの中でうめく道化師、そして肩で息をしながら、やみくもに剣を振るう彼の姿であった。


「や、やめろ!私を見るな!」


 怯えた表情で剣を振るい、空気を切り裂く。そして部屋中を走り回る。見えない敵と戦っているのか、それとも逃げ回っているのか。


 やがて部屋の真ん中に立った彼は、静かに笑った。


「シャルル、お前などに決して恐れを抱かない。お前に負けはしない」


 国王はおもむろに剣を自分の首に突き立て、大量の鮮血せんけつと共に倒れ伏した。


 狂った彼に斬られた道化師は治療されたが、その数日後に死んだ。最後にこう言ったという。


「世の中は悲しい。笑顔の仮面を皆つけて、その実、泣いているのだ。……あの世はどうだろうか」


 ――*――


 時間は少し戻る。


 ウォーター国でジーン6世の圧政が始まった頃、首都パリスの広場で、奇妙なさらしものが現れた。


 モランとマクシミリアンの首に挟まれ、一本の焼け焦げた剣が設置されたのである。


 これはシャルル王子の死体が焼失してしまったために、焼け残った彼の剣を彼の代わりとしてさらしたのである。


 自分が送った剣を、自分の息子を討ち取った証としてさらす。正気の沙汰ではなかった。


 焼け溶けた海龍の彫り物が、剣の側面で醜く光る。


 群衆は最初は興味深く観ていたが、さらされているのはただの剣であるため、すぐに興味を失った。このさらしものを守る近衛兵たちも、シャルル王子の残党狩りに執着していたこともあり、つい守りが手薄になった。


 そこを、狙った。白昼の出来事である。


「あっ!お前は!」


 驚く衛士の大きく開いた口を切り裂き、アキレスがその首を飛ばす。ライルとスコット、そしてジャンヌも残った衛士たちを片付けていく。


 ダヴィはシャルルの剣をつかみ取り、それを三回、太陽に掲げたという。そして高らかに言った。


「太陽よ。聖女様よ。ご覧あれ。この剣の持ち主が、曇りなき人であったことを」


 これは『シャルルが潔白であると、太陽と聖女に証明した』行動であると考察されている。


 すぐに他の近衛兵たちが駆けつけた。


「待て!逃がすな!」


 ダヴィはその剣を、アキレスは父と兄の首を持ち、それぞれ馬に乗って逃げ去った。兵士たちは怒号と共に追っていくが、追いつけない。その様子を群衆が興味深く観ていた。


 その群衆の中に、1人の女性がいた。誰も気が付かない。彼女が服も顔もショートヘアの髪すらも、“光り輝くほど白かった”にも関わらずにだ。


 彼女は白い唇を動かして微笑む。


「……これは始まったばかり……彼の旅は、これから……」


 群衆の何人かがその声に反応して振り返る。しかしそこには誰もいない。空耳かと思い、彼らはダヴィたちが逃げた方向をまた眺める。


 もう彼らはいない。近衛兵も見失った。


 金歴548年。ダヴィ17歳。


 彼はここから数年の間、歴史の表舞台から姿を消す。


 世界が彼を隠した。そう言った方が正しいかもしれない。


 第二章 完

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