第39話『シャルルの栄華』
夕刻から始まったパーティーには、大勢の人が集まっていた。遅い冬が訪れた、肌寒い日のことであったが、人々の熱気で若干暑い。
ルイに勝利してから、はや半年が経とうとしていた年末のことである。
主賓であるシャルルがグラスを上げる。彼の金色の髪が、シャンデリアの光でより輝いた。
「諸君、私の宰相就任パーティーによく集まってくれた。今日は心ゆくまで楽しんでくれ」
カンパイ!という掛け声とともに、パーティーが始まる。大きな屋敷の広間には、大きなシャンデリアの下、数々の料理が並んでいる。今日は立食式だ。
ジャンヌとライル、スコットは、皿いっぱいに料理を盛っては、バクバクと食べていた。遠慮なく口を大きく開けて、バクバクとほおばる。
「これウマい!」
「こっちもイケるぜ!」
「うまい、うまい」
「ちょ、ちょっと……」
ダヴィが彼らをたしなめる。貴族たちも怪訝な表情で彼らを見ていた。なにかの野生の動物を見ているような目だった。
ダヴィの心配もお構いなしに、3人は目の前の豪華な食事に舌鼓を打っている。彼らは口の周りをソースで汚し、それを見てダヴィはまたため息をついた。
ダヴィはグラスを片手に彼らから離れた。今日、彼は黒髪に菜種油を塗り、黒いドレス服を着ておめかししていた。とても元奴隷とは誰も思わないだろう。
そんな彼のもとに、貴族が数人集まってきた。大きな耳飾りをつけた彼は見つけやすい。
「イスル殿、本日はおめでたい日になりましたな」
「シャルル様の側近であるイスル殿もさぞかしお喜びでしょう」
「ありがとうございます」
「シャルル様のご出世も、イスル殿がヌーン軍を破ったおかげでしょうな」
シャルルの側近の中でも一番名声が高いダヴィは、貴族たちの間でも有名になりつつあった。特にヌーン軍を寡兵で討ち破ったことは、国中で褒めたたえられた。彼の名を知らない庶民は、どこにもいない。
だからこそ、彼に取り入ろうとする貴族も少なくない。
「ところでイスル殿、まだご結婚されていらっしゃらなかったですな」
「はあ、まあ17歳になったばかりですから」
「それはいけない!跡継ぎのこともありますから、早めにご結婚された方が良い。私の5女などいかがでしょうか。まだ12歳ですが、だいぶ大人びてまいりまして」
「いやいや、私の妻の妹はいかがですか。30歳ですが、まだまだ若々しく……」
「それよりも私の姪はいかがですかな。ちょっと顔が不自由なのですが……」
「えっと、ちょっと」
貴族たちに結婚話をたたみかけられ、ダヴィは焦る。笑ってごまかそうとするが、相手も慣れたもの、強引に勧めることを止めない。
彼の助け舟は、後ろから来た。
「ダヴィ、シャルル様がお呼びだ」
「皆さんすみません。さあ、行こう」
「え?ああ……」
マクシミリアンとジョルジュに連れ出され、ダヴィは貴族たちからやっと離れることができた。
ダヴィは2人に感謝する。今日は彼らも着飾っている。つややかに油を長い黒髪に塗り、メガネを新調したジョルジュはともかく、武骨なマクシミリアンですら手を黒い手袋で覆い、頭の横をキレイに刈り上げていた。
「ありがとう、2人とも」
「あんなのさっさと断れよ。俺たちも適齢期だ。これから死ぬほど勧められるぞ」
「それにしても人気ですね。やっぱりヌーン軍に勝ったことが影響しています」
「勧められるのは、あんなのばかりだけどね」
結婚を勧められる相手は、縁戚でも外れの方や、厄介払いと言われかねない人ばかりであった。有名になったとはいえ、庶民出身の彼に対して差別意識は拭えないのだろう。長女や妹など、貴族本人に近い存在を勧められることはない。
それでもモテていることには変わらない。この間のパーティーでも、ご婦人たちに囲まれて、耳の金の輪を触られて赤面していた。そのことをマクシミリアンがいじる。
「そんな浮気性だと、彼女に振られちまうぞ」
「はあ……実はもう疑われているんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。この間も」
ダヴィはトリシャと久しぶりに会った時のことを思い出す。
トリシャたちサーカス団『虹色の奇跡』がウォーター国を訪れたのは、ヌーン軍との戦いから2か月経った頃だった。シャルルとルイの争いを避けて国外に出ていたこともあり、久々のウォーター国公演だった。
ダヴィは久々の公演であるため、気合を入れて練習にのぞもうとした。ところが、サーカス団の方がためらってしまう。
『ダヴィ、練習に参加していいのかい』
あまつさえ、団長のロミーが心配してきた。ダヴィの名声は、ロミーたちの耳にも聞こえていた。今まで可愛がってくれた団員たちも、ダヴィに接することを遠慮していた。
それに怒ったのが、トリシャとビンスである。
『なによ。みんな、よそよそしくしちゃって。いつも通りにしなさいよ』
『ダヴィはダヴィじゃねえか。変わんねえよ』
2人に諭されて、徐々に挨拶を交わしていく。ぎこちない。ダヴィは少し寂しくなった。
ところが、寂しいのはトリシャも同じであった。練習の合間に、ダヴィの隣に座り、彼の肩に頭を預けながらふてくされる。彼女の金髪がダヴィの身体にかかる。
『こんなに有名になっちゃって。私のことなんて忘れていたでしょ』
『忘れてなんかいないよ』
『嘘よ。街でも有名じゃない。酒場の女の子はみんな、あなたのことを噂しているそうじゃない。ずいぶんとモテちゃって』
『トリシャのことしか考えてない』
『どうだか。どうせ鼻の下伸ばしていたくせに』
機嫌が悪いトリシャを慰めるのに、かなり神経をすり減らし、ダヴィはヌーン軍との戦いよりも疲れた気がした。
肩を落とすダヴィを、マクシミリアンとジョルジュが慰める。
「まあまあ。これも有名税ってやつさ。すぐに慣れる」
「勝ったことの副産物ですよ。ほら、シャルル様もすごいご機嫌ですし、そのくらいは我慢しましょう」
「そうだね」
彼らは自分たちの主君を見た。シャルルはパーティーの中心で、椅子に座る妻のカトリーナと娘のエラと一緒に、大貴族たちと会話を楽しんでいた。満面の笑みだ。
エラが飽きたのか、母親の膝の上でぐずり始める。
「ほら、エラ。じっとしていなさい」
シャルルの目がエラに向く。ある貴族がすかさず、エラを褒めた。
「何度見ても可愛らしい娘さんですな。将来が楽しみです」
「ありがとう。でも困るのが、こう可愛らしいと手放したくなくなるのが、親の性でして。嫁に行かせるのが、今から気鬱ですよ。どこかにいい話があればいいのですが」
そう言った途端、数人の大貴族がエラに話しかける。半ば冗談、半ば本気で、息子を結婚相手に勧める。
「いかがですか、エラお嬢さま。お選びいただけないですか」
「う~~」
彼女は知らない大人たちに囲まれて、うめき声と共に母親の胸に顔をうずめて隠れてしまう。カトリーナはその姿に微笑んだ。
「あらあら、私を選ぶの?」
「ハハハ!まだエラには早かったかな」
大貴族たちもシャルルに同調して笑う。その声に、エラはますます隠れてしまった。
その姿を、ダヴィたちは遠くからほほえましく眺める。
「ああいう家族を作りたいな」
「そうだな。シャルル様も貫禄がつかれたようだ。ほら、あの有名な大貴族たちが、手をこねて媚びているぜ」
「それはそうです。これで名実ともに、この国で一番の権力者になったのですから」
ネック公の亡命以降、空席になっていた宰相の地位を、今回シャルルは受け継いだ。王族が宰相位に就くのは、約100年ぶりだと聞く。この半年で権力を固めた結果が出たのだ。
ルイ王子は死んだ。シャルルの兄のヘンリー王子は、最近は病気が悪化したと見え、皆の前に姿を現さない。王位を継ぐのはシャルルであるというのは、確定事項になりつつある。
誰もシャルルに逆らえない。父の国王さえも。
「この栄華が続くことを祈ろう」
ダヴィの発言を、2人がたしなめる。
「祈るだけじゃダメだろ。俺たちが守るんだ」
「そうですよ。これからなんですよ」
「ごめん。そうだね。これからだ」
まだ始まったばかりだ。3人はまだまだ働かないといけないだろう。
シャルルの他の部下も、同様である。
「モラン様とアキレスは元気かい?」
「もちろんだ。シャルル様の領土で、軍の拡充に勤しんでいるはずさ。あっ、そういえば、アキレスから手紙を預かっているぞ。これで何通目だ?」
「さあ、数えてないけど」
あの戦い以来、アキレスはダヴィを慕うようになり、事あるごとにダヴィと会話しようとしてくるようになった。会えない時は手紙を出しては、細かいことまで質問してくる。まるで生徒か、弟のように、ダヴィに頼ってくる。実の兄のマクシミリアンは、苦笑いを浮かべる。
「アキレスは単純だから、良いと思ったことには一直線さ。面倒くさいかもしれないが、可愛い奴だから、邪険にしないでやってくれよ」
「大丈夫だよ。僕も彼と会話するのは楽しい」
それはそうと、と今度は、ジョルジュに尋ねる。
「アルマ様はいないのかい?こういうパーティーには必ず参加すると思っていたけど」
「それが、今日は体調が悪いと」
「そうなのか?大丈夫か?」
「少しめまいがするだけです。大丈夫ですよ」
アルマもシャルルの重臣として、この半年、働きづめだった。この宰相位を獲得する政治活動にも積極的に参加していた。疲れてしかるべきだろう。
ダヴィとマクシミリアンが心配する。
「お大事になさってください、と伝えてね」
「大事なお身体だからな。代われる仕事があったら、何でも言ってくれ」
「ありがとう。父にそう伝えるよ」
その時、雨の音が聞こえてきた。
「おや?雨かい?」
使用人たちが急いで窓を閉める。窓に当たる雨を見る。
冷たそうな、雨だった。
――*――
咳払いが聞こえる。アルマの屋敷の応接間。何本も立てられたロウソクが、暗い部屋を照らす。
時刻は大分遅い。パーティーは終わっているはずだろう。
ひどい咳の音が響く。アルマは目の前で咳をする彼を気遣う。
「大丈夫ですか」
「……大丈夫だ。いつも通りだよ」
コップの水を飲み、やっと咳が収まる。彼は微笑んだ。
「脅されているというのに、相手を気遣うなんて。余裕だな、リシュ公」
「…………」
アルマの表情は暗い。この部屋の暗さが原因ではないことは、その男には分かっている。
雨が激しくなってきたようだ。窓の外を見て、男は「今夜はここまでだ」と言う。
「いい返事を待っている」
アルマの返事を待たずに、彼は部屋を出ていく。しばらくして、雨の音の中に、馬車が出ていく音が聞こえた。
アルマはため息を何度もつき、頭を抱える。この頃ますます薄くなった髪が、彼の手でぐしゃぐしゃにかき上げられた。メガネを外して、唸り声を上げる。
「……いったい、どうすれば……」
彼のかすれた声は、冷たい部屋の空気に溶けていく。
冬は始まったばかりだ。
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