第25話『パラン東の決戦 下』

 ダヴィ軍、突出。


 その一報がシャルルの元に届けられる頃には、ダヴィたちはすでに大きく動き出していた。


「みんな!ついてくるんだ!」


 先頭を勢いよく駆けていくダヴィに、ジャンヌたちは必死に追っていく。


 ダヴィの馬が立ちはだかる兵士を蹴飛ばした。


(荒っぽい馬だ)


 ジャンヌが舌を巻く。ダヴィ自身はそこまで剣技が優れているわけではない。しかし彼の馬、ブーケの巨大な体格と、ダヴィの巧みな馬術で、驚異の存在として見られていた。ダヴィの剣で斬りつけられた敵兵よりも、逃げる際にブーケに背中を蹴られた者の方が多かった。


 ジャンヌは、ブーケの乱暴な性格と、それを操るダヴィの馬術に、感嘆したのだった。


「あ、あたいだって、負けてないんだからね!」


 馬で駆けながら、器用に弓をひき絞り、敵兵の身体に矢を突き立てていく。ダヴィのブーケと彼女の弓を目標にして、あとから多数の騎兵が続いていった。


 ライルとスコットはと言うと、残念ながらお留守番である。


「俺たちを置いていきやがって!」


「だんなのバッキャロー!」


「まあ、まあ。ここを守るのも、大事な役割だぞ」


 彼らと一緒に元の陣で守っているのは、マクシミリアンである。彼は左翼に着くなり、ダヴィに頼まれたのだった。


『マクシミリアン!ここを代わりに守ってくれ!僕は突撃する』


「まったく、頼もしくなりやがって」


 かつてとは役割が代わってしまったことに、少しさびしさを感じながら、彼は弓を絞るのだった。


 ダヴィは敵に真っすぐ突撃したわけではない。騎兵を率いて左へ左へと大きく迂回していき、ついにはルイ軍の後方に躍り出た。


 そこには、戦意の低い、新たに参陣してきた貴族の軍勢が並んでいた。彼のオッドアイがそれを捉えた。


「彼らが標的だ!突撃!」


 ダヴィの掛け声とともに、騎兵が戦場を駆ける。一方で急に襲われた敵兵は、ほとんど戦わずに粉砕されていく。


 最前線で戦うダヴィは、闘う意志の乏しい彼らの存在に気が付いた。そこを叩けば、ルイ軍全体に影響が出るに違いない。そう考えた結果の突出である。


 敵の柔らかい部分に、ダヴィの刃が刺さる。彼におびえた敵兵は、周囲を巻き込んで逃げ始めた。


 そして彼の狙い通りに、ルイ軍は後方から乱れ始めた。やがて前線にもその混乱が広がりつつある。


 それを、見抜けないダヴィの主君ではなかった。


「これぞ、好機!者ども、続け!」


 シャルルは剣を高く掲げ、自ら駆け出していった。金色のその姿の後ろから、本陣の兵士がついて行く。


 シャルルを剣先とするかの如く、ルイ軍の前線は切り裂かれ始めた。その傷口から、モランたちが入り込み、ギリギリと万力のようにその傷を広げ始めた。


「バカな!?」


 ルイが吐き捨てる。自分たちの数的優位はどこにいったのだ。伝令の騎士を睨みつけるも、彼は何もできない。震えるばかりだ。


 ルイは一番の相談役に命じた。この結果を招いた張本人ともいえる。


「ジャック。俺はシャルルを迎え撃つ。お前は後軍の乱れを正してこい!」


「分かりました」


 ネック公も危機感を抱く。彼は素直に馬に乗り、老体を機敏に動かして駆け出していった。


 ルイも馬で前線へと進んだ。


(こんなはずでは!?)


 そんな思いで頭を占めながら、大勢の護衛の騎士を従えて、ネック公は進む。ここまで準備をして、数多くの味方を得た。この戦いの前には、この国で一番の権勢を誇っていたのだ。


 この戦いも、自分の権威を高める勝利で終えるはずだった。


(なぜ上手くいかない?)


 ファルム国に敗北したのが、ケチのつけ始めだった。それから徐々にシャルルが台頭してきて、この状況に至った。


 それでも、この戦いに勝てばいいのだ。そしてその勝算は高かった。


 シャルルさえ排除すれば、ルイの王位継承も確実となる。そして自分の名声は否応なく高まり、自分の家系が宰相位を確保していく、はずだった。


(諦めんぞ!諦めてたまるか!)


 普段の飄々ひょうひょうとした姿を脱ぎ捨てて、彼の老いた目に闘志が灯る。


 そんな彼の野望を打ち砕いたのは、一本の矢だった。


 ヒュ。そんな音を立てて、護衛たちの間をすり抜けて、ネック公の右肩を貫いた。


「ガッ!ウグゥ……」


「ネック様!ネック様!」


 護衛たちは彼の馬を止めて、人の盾で彼を覆い隠す。彼は馬から降り、血が噴き出す肩を抑えた。


 この矢を放った者は、顔すら判別できないほど遠くにいた。糸を引いたようなその正確な矢の軌道を、ダヴィが褒めたたえる。


「さすがだ、ジャンヌ!この距離で当てるなんて」


「へへーん!どんなもんだい」


 緑のバンダナを風になびかせ、鼻の下をさするジャンヌの隣で、ダヴィは満足げに頷く。恐らく、あれは敵本陣から混乱を抑えに来た指揮官に違いない。それを彼女に狙わせて、混乱を長引かせようとしたのだった。


 この指揮官が宰相・ジャック=ネックであったことを、彼は知らない。


 ともあれ、これで彼の目論見通りとなった。ダヴィは剣を掲げて、部下たちに指示する。


「もっと暴れまわるぞ!彼らを追いつめてやれ!」


「「「おう!」」」


 ルイ軍の混迷は極まった。ルイ自らが指揮しても、シャルルの突撃を跳ね返すことが出来ず、前線・後軍問わず、逃げ出す兵士たちも出始めた。


 声を枯らして指揮を続けるルイの馬綱を、側近の一人が引いた。


「ルイ王子!ネック様も撤退した模様!ここは引くべきです!」


「ならん!!ここで負ければ、俺の未来はない!」


「命あっての物種です!ここは撤退しましょう!」


 嫌がるルイを複数の側近が取り囲み、一緒に戦場から逃げようとする。ルイがもがこうにも、彼らも助かりたい一心でブロックし、無理やりに彼の馬を引いていく。


 ルイは頬を伝うものを感じた。それが涙であると、すぐに気が付いた。


(俺が、またあいつに、負けるのか)


 悔しさ、みじめさ、そして怒り。様々な感情が噴き出し、それは涙や言葉として現れる。


「シャルル!」


 彼は戦場のどこかにいるライバルに向かって叫んだ。


「これで終わりではないぞ!必ず、必ずや、お前を屈服させてみせる!待っていろ!」


 そう言い残して、彼は戦場から去った。それをきっかけに、ルイ軍は完全に崩壊する。


 シャルルは無理に敵を追うことはせず、一度全軍を集めた。


 集まった将兵たちに、血まみれの剣を掲げて言った。


「我らの勝利だ!」


「「「うおおおおおおお!」」」


 ときの声に大地は埋め尽くされる。


 ようやくたどり着いたアルマはメガネを取って流れた涙を拭き、モランは新たにできた傷をさすりながら満足そうに頷いていた。


 ダヴィたちも喜びに浸る。


「やりましたぜ、ダンナ!」


「また褒美もらえるかなあ」


「ああ、絶対に貰える。お疲れ、みんな」


 ライルとスコットにねぎらいの言葉をかけ、そしてジャンヌに感謝を伝える。


「一緒に戦ってくれて、助かったよ。ありがとう」


「べ、べつに、感謝なんてされる義理じゃねーよ。あんたには借りもあるし」


 ジャンヌは茶色い髪をかきながら、顔を赤くして照れていた。こんな悪態のつけ方も彼女らしい。


 そこへマクシミリアンとジョルジュが現れた。


「ダヴィ、流石だな。お前の働きで戦局がこっちに傾いた」


「私は一緒に戦えなくて残念でしたが」


「いや、ジョルジュの働きが無ければ、この戦場にもたどり着けていなかったんだ。ジョルジュのおかげだよ」


 ダヴィが褒めると、ジョルジュは自分の長い黒髪を撫でた。微笑んでいるところを見ると、それなりに自分の働きに自負があったようだ。


 マクシミリアンも彼なりに褒める。


「そうだな。俺の功績よりは少なかったに違いないが、大したもんだよ」


「なんですか、それ?」


「相変わらずだな、マクシミリアンは」


 3人は笑いあった。そして彼らの目には涙が浮かんでいた。


 幼少からシャルルの側近として働いてきた彼らである。その働きが、本日、ようやく一つ報われたのだ。ホッとすると同時に、満足したのだろう。彼らの笑みに屈託はない。


 遠くにシャルルの姿が見える。気を緩めると、その姿がにじんでしまう。


 しばらくして彼らは笑うのをやめ、これからのことを話し合った。ジョルジュは涙を拭いた後、メガネをかけ直して言う。


「シャルル様はルイ王子を追うでしょう」


「ああ、そうだな。まだやつらの戦力は残っている。それを徹底的につぶさねば、今日の勝利も無意味になる」


「そうだね。このまま軍を東へ進められるのだろう」


「残念ながら、そうはならなそうだ」


 3人が振り返ると、モランがそこにいた。彼の顔に喜びはなく、むしろ強面を渋くゆがめている。マクシミリアンが最初に反応する。


「父上」


「ここに集まってくれて助かった。シャルル様がお呼びだ。緊急のことだ」


 そう言われて、彼らは怪訝な表情になる。


 緊急?何があったのか?


「どういうことですか?」


「詳しくはシャルル様がお話しなさるが、南から急報があったのだ」


「急報?」


 モランは彼らに四角い顔を近づけ、小声で言った。


「ヌーン国が動いた」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る