第26話『南からの脅威』

「ヌーン国が攻めよせてくる。その数、3万」


 本陣に着いたダヴィたちに、シャルルが苦り切った表情で語る。先ほどのお祭り気分はどこにも存在しない。


 ダヴィは確認する。


「その情報は、本当なのですか?」


「本当だ。確実な筋から持ってきた情報だ。ルイが謀ったような威嚇行為とは違う。明らかにこちらに攻め上がってきている」


 その情報によれば、すでにヌーン軍は首都を出発し、半月後にはウォーター国に侵攻を始めるという。シャルルは頭をかいた。金色の髪を乱れさせ、苦笑いを浮かべて強がった。


「物事は良いことばかり続かないな」


「それでは、我々はこれからまた南へ戻るのでしょうか」


と、ジョルジュが尋ねる。しかしその質問に、モランが代わりに首を振った。


「ダメだ。ここでルイ王子を逃してしまっては、元も子もなくなる。彼らを追うべきだ」


「しかし、ヌーン軍の侵攻を許しては」


「その通りだ、父上。国土を守るのも、重要なことだ」


 ジョルジュの言葉に、マクシミリアンが賛同する。このままルイを追って東へ進めば、南の国境から首都まではがら空きになってしまう。それはあまりにも危険だ。


 さらに、ここで問題になってくるのが、相手がヌーン軍だということだ。


「彼らは強い」


 シャルルの発言に、皆が賛成する。この大陸西部に住んでいる者なら、彼らの恐ろしさは十分に理解していた。


 ヌーン軍の強さは、個々の兵士の能力が高いことにある。歴史的に武術研究が盛んであり、ヌーン国の男たちは武芸に励むことを日々求められている。そして国全体として武芸に優れた者を称える文化があり、中には一兵士から将軍にまで上り詰めた武術者もいたという。ピエトロ王子の趣味の背景には、このような文化的な要因が存在するのだ。


 そして強さの秘密はそれだけではない。


「彼らの信奉する円一文字教において、上位者の命令は絶対だ。忠誠心が高い」


「では、調略は望めないのですね」


「ああ。しかも今回は王子自らが出陣してきている。全体の士気も高いだろう」


 円一文字教。ヌーン国だけで信奉されている教義であり、ダヴィたちが信仰している正円教徒と異なる。一番の違いは、『ヌーン国の王族は《聖女の子・人類の始祖であるゼロ》の直系の末裔』としている点である。そのため、ヌーン国の民は王族を盲目的に崇め、彼らの命令に歯向かわない。


 彼らの腕っぷしと固い忠誠心が脅威であることは、この世界の常識である。


 彼らが北進しなかったのは、彼らの主食であるコメが、ウォーター国以北では育たないためである。それゆえに彼らはジャングルから出てこなかったのだが、好戦的な王子がそれを変えてしまったらしい。


 並の武将では勝てない。シャルルはまぶたを閉じて悩む。


(軍を分けるとしても、ルイにはまだ1万以上は集める力がある。そこまでの兵力を南には裂けない。しかし彼らの脅威は本物だ!誰か、彼らに一歩も引かず、国境を守り切れる者はいないのか?!)


 沈黙に包まれる本陣。シャルルはふと、あることを思い出した。大きな目を開く。


(いた。大軍に取り囲まれながらも、4か月もの間城を守り抜いた者が!)


 それを思い当たると同時に、一人の腕が上がる。


「シャルル様、僕が南へ行きましょう」


「ダヴィ」


 ファルム軍の猛攻からしのぎ切った勇者が、名乗りを上げる。シャルルは彼に近づき、そしてその手をしっかりと両手で握った。彼のオッドアイを見つめる。


「頼めるか」


「はい」


 彼らはしばらく見つめあった。この防衛が苦しいものであることは誰もが分かる。それでも、ダヴィに任せるしかない。シャルルは決断する。


「君に5千の兵士を預ける。守り切ってくれ」


 5千対3万。ダヴィも決心した。


「分かりました!」


 シャルルが手を離すと、今度は2人の親友が手を握ってくれた。ジョルジュは細い手を、マクシミリアンは指が足らない太い手で、しっかりとダヴィを鼓舞する。


「ダヴィ、頼んだぞ」


「よろしく頼みます。この国のために」


「ああ。頑張る」


 そんな彼らを見ながら、シャルルはモランに指示した。


「わが軍でも勇猛な兵士を、ダヴィにつけてくれ」


「分かりました。それと、シャルル様」


「なんだ?」


「私のもう一人の息子を彼につけたいのですが」


 もう一人の息子。その存在を、シャルルは思い出す。そして納得して、頷いた。


「彼ならよく働くだろう。そうしてやってくれ」


「はい。承知しました」


 ――*――


 防衛戦を指揮する。それを3人に伝えると、不平不満が噴出した。


「えー!?防衛戦?あたいは馬で駆けまわる方がいい」


「ジャンヌ。ワガママ言わないでくれ。これも必要な戦いなんだ」


「それにしても、貧乏くじじゃないですか、ダンナ!分かっているでしょう?!あんなに苦しい思いをしたのに」


「またひもじいのは、いやだなあ」


 ライルとスコットはあのつらい経験を思い出し、苦り切った表情を浮かべる。ダヴィも思いは同じだが、やるしかない。


「僕たちで食い止めるんだ。僕たちだけしかできない」


「うーん」


「…………」


 ジャンヌたちは腕を組んで、悩む。でも、結局は彼と一緒に戦うことを決めた。


「それにしても」


と、ライルは気が付く。案外肝が太いのか、丸い腹をかきながらこんな感想を言う。


「前回は5百人。今回は5千人を指揮するなんて、ダンナも出世しましたね」


「責任が重たいけどね」


「情けないこと言わないでよ。ほら、大将!がんば!」


 ジャンヌの小さな手にポンと背中を叩かれる。威厳のない自分の姿に、ダヴィは苦笑した。


 その時、彼らの天幕に入ってくる影があった。


「失礼します」


「誰だ?」


 ライルの問いかけを無視して、大きな図体の騎士がずかずかと入ってくる。そして座るダヴィの前に来ると、彼を見下しながら名乗った。


「モランが息子、アキレスです。貴殿に従えと、指示を受けました」


「ああ。君がアキレスか」


 マクシミリアンの弟、アキレスである。まだ14歳と聞いていたが、もうダヴィよりも背が高い。先の戦いではモランの下で戦い、名のある騎士を2人討ち取ったと聞いている。その戦功にたがわぬ、立派な体格をしていた。


 しかし、とダヴィは内心首をかしげる。マクシミリアンから聞いていた話とは違う。


『あいつは素直なやつでさ。俺が頭の横をそり上げたら、それをマネしてくるんだ。体はでかいが、かわいいやつだよ』


(どこがかわいいのか?)


 指揮官であるダヴィに膝をついて挨拶せず、ただただ傲然ごうぜんと見下し続ける。素直さのかけらもない。


 この態度に、ダヴィたちの周りの連中が怒る。


「ちょっと!なんだい、その態度は?!」


「そうだぞ。目上の人を敬えって、教わらなかったのか?生意気だぞ、小僧!」


「そうだ!そうだ!」


 アキレスはじろりと3人を見て、そして再びダヴィを見る。彼は姿勢を変えることなく、言い放つ。


「俺は、あんたを認めない」


「なに?」


「兄を戦えない状態にした、あんたを認めない」


 それだけ言うと、アキレスはダヴィに背中を向けて、天幕から出ていった。


 あっけにとられるダヴィの一方で、ライルが激怒する。


「あれはダンナのせいじゃねえ!ファルム軍と戦ったから、指を失ったんじゃねえか!」


「それをダヴィのせいにするなんて、無茶苦茶だよ」


「だんなあ、あいつ、どうする?」


 スコットが坊主頭をかきながら尋ねてくる。ダヴィは腕を組んで考えた。挨拶はしてきたのだから、闘う意志はあるのだろう。自分を嫌う彼とうまくやるしかない。


 ダヴィはふうと息を吐いた。これからヌーン軍との戦い方も決めなければならない。自分の肩に重責がかかる。


「問題、山積だな」

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