第24話『パラン東の決戦 上』
かつて、ここまでの大軍がこの国で集まったことはなかった。
この戦いに参加した、ある貴族は、日記の中でこのように
『ルイ王子側が5万人、シャルル王子側が3万人。我らウォーター国がこのような大軍を集められるとは知らなかった。十年前、数千人の戦いを見て、恐れおののいていた自分がいたはずなのに!決戦は明日だ。こんな大軍同士が戦えば、大地は崩れ、空が割れてしまうのではないか。おお、聖女様よ!あなたはこのウォーター国を滅ぼしたまうのか!』
両軍は陣を立てて一晩睨みあった翌朝、まだ朝霧が立ち込める中、わずか数十メートルを開けて対峙した。
ルイ側は横一文字に陣形をとり、シャルル側はルイ側に向かってV字に陣形をとった。
ダヴィは一軍を任され、そのV字の片側の頂点、最左翼に陣取った。
2人の大将がそれぞれの陣から出てきた。お互いに馬に乗り、鎧で身を固める。
馬脚が朝露に濡れた草を、シャリシャリと踏み分ける。
「シャルル!」
最初に口火を切ったのは、ルイの方だった。
「我が弟よ。なぜお前は我が行く手を妨げようとするのか。正道を阻み、邪道な欲まみれの我道を貫こうとするのか」
「黙れ!」
シャルルが反論する。朝日が彼の金髪を輝かせる。
「王都に攻め込もうとする悪を働く中、その言い草、笑止千万!恥を知るがいい!」
「王の近くにいる
「私が守りたいのは、王都に住む貴族や民衆たちである。お前のやることは、混迷を加速させ、この国を破滅へと導くだろう!」
何度かの
「もはや議論は言いつくした」
「決戦あるのみ」
2人はクルリと馬首を返すと、自分の陣へ戻っていった。
以前、この時代の戦いには、戦いの前にお互いに挑発すると説明した。しかし大将同士が挑発しあうのは極めて稀なケースである。
この時、示し合わせたように、シャルルとルイが出てきた。事前に打ち合わせがあったのか。もしや、2人の心に通じるものがあったのか。
歴史は何も記録していない。
記録しているのは、この言い合いの直後、矢合戦が始まったことである。
「奴らを射殺せ!放て!」
「負けるなよ!それ!」
朝霧が晴れ、晴天の空を覆うように、無数の黒い矢が飛び交う。空気を切り裂く矢の音と、両軍から上がる悲鳴が、戦場を包み込む。
矢合戦は互角だったという。1時間も経たないうちに、突撃に切り替えたのは、お互いにほぼ同時であった。
シャルルの戦略は後先考えない、捨て身の攻勢に出た。V字に伸びた陣を展開させ、ルイ軍の側面と正面を同時に攻撃し始めた。数が劣るにも関わらずである。
この戦術的な不利を、ルイは数で補う。彼の方も巧妙であった。彼は一部の部隊を温存し、相手の疲れを待つ作戦をとった。
これは老獪なネック公の提案した戦術である。乾いた自分の手を撫でながら、ルイに説明する。
「相手は強行軍を続け、しかも最初から全力で攻撃を仕掛けてきています。陽が中天をまたぐ頃には、疲れ果てていましょう。そこを狙うのです」
「うむ、道理だ」
ルイは冷静に頷く。確かに今はシャルル軍の勢いは凄まじい。しかし、これを乗り切ってさえしまえば、勝ちは見えてくる。
一方で、シャルル軍はこの数時間で勝負を決めなければならない。最左翼で戦うダヴィたちの責任も重大である。
「押し込め!ルイの本陣まで攻め込め!」
ダヴィは兵士たちに命令していく。彼に配属された兵士たちは勇猛な者が多く、重厚なルイの陣形にひるむことなく、攻め入っていく。
彼らを先導するのは、小さな少女であった。
「そら!また一人!」
ジャンヌの矢が飛ぶ。騎士の首に突き刺さり、鎧を着た重い体が馬から転げ落ちた。
彼女の矢は百発百中である。彼女が茶色の三つ編みを躍動させながら矢を放つたびに、敵が倒れていく。
「このガキ!」
彼女に敵の騎士が斧を振りかざして、馬で迫ってくる。ところが、その足元から槍が伸びる。
「へへ、あらよっと!」
「ぐわっ!」
ライルが突いた槍が、騎士の脇下の隙間に潜り込み、騎士は血を噴き出して転げ落ちる。そこをスコットが自然な動きで細い腕を伸ばし、彼の喉を切り裂いて殺した。
ジャンヌが親指を立てた。
「ナイス!泥棒たち!」
「せめて盗賊って言え、こんちくしょ!」
「あんがと!」
妙なコンビネーションを発揮して、味方の勇気の源になっている3人である。
活躍しているのは、彼らばかりではない。モラン指揮下のルイ軍中央部隊にも、敵に恐れられる弓兵がいた。
「1人!もう1人!」
彼の声と共に、豪速の矢が飛ぶ。ある騎士は鎧を貫かれ、肩に刺さり、落馬した。
巨大な盾も貫いてしまうかもしれない彼の矢を恐れて、敵の兵士が逃げていく。その背中に、また矢を放った。
「うぐっ!」
「のわっ!」
背中に突き刺さった矢の衝撃で、前にいた兵士と共に倒れこむ。それを見て、また彼らは震え上がった。
この男、マクシミリアンは、汗を手の甲で拭った。何本か短くなった指が見えた。
「まだまだ、行くぞ」
自分に言い聞かせ、また弓を引き絞る。そして狙いを定めて、指を離した。
遠くで、また騎士が馬から転げ落ちる。もう動かない。
「よしっ!」
馬上で、息を吐く。先の戦いで指を失ったことで、剣を握れない彼は、弓矢を訓練し続けていた。そしてウォーター国屈指の、堅い鉄の盾も貫く強弓を、放つことが出来るようになっていた。
彼の活躍が、シャルル軍の中央部隊に刺激を与える。先の戦いの時以上に、シャルルの長弓部隊は鍛えられており、マクシミリアンを筆頭に、敵を怯えさせる存在になっていた。これはシャルルの直轄地で鍛錬を続けたダヴィたちの成果である。
剣で戦えない彼の周りには護衛が付き、彼の弓におびえて逃げる敵兵に襲いかかる。その活躍を、父のモランは誇らしく、見つめていた。
「マクシミリアン」
「父上、なにか」
戦場と言えども気負わず、平時と同じような口ぶりで話す親子は、戦局について会話した。
「ここまま押し込めると思うか」
「……いえ、難しいでしょう。敵の陣は重厚です。予備戦力も豊富かと」
「そうか……マクシミリアン、お前は左翼に行け」
「左翼に?」
「ダヴィたちが良く戦って、活発に攻撃を続けている。お前もこれに加勢して、左翼から崩すんだ。ここは私とアキレスが支える」
アキレスはマクシミリアンの弟である。この戦いが彼の初陣であった。
マクシミリアンは素直に頷き、馬首を左翼へ向け、駆け出した。彼の後ろを護衛が追いかけていった。彼のツーブロックの黒髪を、西からの風が撫でた。
開始から2時間が経ち、戦局は硬直し始めた。
この状況はルイたちにとって望ましいはずだった。しかし彼に予想外の光景が見えていた。
「わが軍が疲れている……?」
数的な余裕を持って戦っているはずなのに、シャルル軍と同様に、ルイ軍も疲れが見えていた。その原因を、ネック公が苦い表情で説明する。
「新たに参陣してきた貴族が戦っていませんな」
「なに?!」
「適当に戦っています。いわゆる日和見かと」
彼らは勝つ方に付きたかったのだ。それで数の多いルイ側に参陣した。本気で戦って自軍を傷つけたくないのだろう。
戦局がルイ側に傾けば、積極的に戦うに違いない。その一方で、そのような状況にならない限り、この状況が続く。
その結果、ルイ軍の中でも一部の軍兵の負担が大きくなり、疲労しているのだ。
ルイが額に青筋を立て、拳を強く握る。
「役に立たない奴らめ!」
「お声を、お下げください。彼らとて最後には役に立ちましょう」
自分の思うようならない状況に、彼はいら立ちを強めた。
ところが、いら立っているのは彼だけではない。彼の敵であるシャルルも同様である。
「なかなか押し切れないな」
渋い顔で、前方の戦場を眺める。風が生臭い血の匂いを運ぶたびに、何度も金色の長髪を撫でては、ジッと前方を睨んでいた。
彼にとって意外だったのは、ルイ軍の慎重な戦いぶりであった。てっきりルイのことであるから、
ところが良く陣形を固め、数の優位を頼みに戦っている。恐らく自分でも同じような戦い方をするだろう。
彼は素直に兄を褒める。短気だと思っていたルイの姿を思い浮かべる。
(ルイめ、ファルム軍との戦いで学んだか)
褒めているばかりでもいけない。彼は活路を見出さなければならない。このままいくと、自軍は疲労し、瓦解してしまうかもしれない。
彼は近くの騎士に状況を確認した。
「アルマたちの援軍は?」
アルマとジョルジュは先の大返しの影響で、まだこの戦場には参陣していなかった。騎士は首を振る。
「まだ参陣の兆し無し!先ほどの連絡によれば、本日の夕刻になる模様!」
「北に派遣していた者どもは?」
「いまだ参陣せず!そちらは明日になる模様!」
シャルルは小さく唇をかんだ。いら立つままに、風に舞う自分の長髪を何度も手ぐしで整える。こうなれば、自分が本陣を率いて突撃し、活路を見出すしかない。
しかし、それは最後の手段だ。
(そのタイミングを見出さねば!)
その時、シャルルの元に急報が舞い込んだ。馬から降りた騎士がシャルルに近寄る。
「申し上げます!ダヴィ様、突出!」
「突出?!」
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