第22話『決戦の狼煙』
『……ヌーン国は極めて閉鎖的な国だ。街道は整備され、世界とつながっているにも関わらず、彼らの心は大陸南西に広がるジャングルから出てこようとしない。私が初めて訪れた時は、様々な人から
ピエトロ=ヌーンはあくびをした。ソファーに褐色の身体を横たえ、目の前に並べられた果物の一片を口に運ぶが、表情を全く変えない。
隣には侍女たちがうちわを持ち、彼に風を送る。この国の王子として、当たり前の姿である。
彼がくつろぐ部屋に、宰相・ルジェーロ=ピサロが入ってきた。ターバンを巻いた頭を下げる。
「王子。王がお呼びです」
「何の用だ?」
「用と言うことではないかと……ただ、お話ししたいだけでは」
「では、行かぬ」
体を動かし、ルジェーロに背を向ける。ターバンの下から手を伸ばし、ポリポリと頭をかいた。
ルジェーロは彼に苦言を
「王は病床の身。唯一のお子様であるあなたとお話ししたいというのは、自然なことではありませんか。どうか、王のご要望をお聞きください」
「下らぬ。寂しいというなら、早く病気を治して、自分から会いにくればいいのだ。病気の老人の話以上に、つまらないことはない」
「王子……」
ルジェーロはため息をつく。王に対しても非情な言葉に、これ以上の提言を言えなくなった。
王も晩年にやっと出来た子供であるため、彼に強く言えなかった。その結果、このようなワガママな王子が出来上がってしまった。
それにしても、とピエトロ王子はまた体を戻して、
「我はとても暇だ。なにか無いか?」
(だったら、見舞いに行けばいいじゃないですか)
不満をぐっとこらえて、ルジェーロは他の提案をする。
「闘技会はいかがですか。この前まで楽しまれていたではありませんか」
「いや、あれは中止だ。やりすぎてな、武官連中に泣きつかれた。『戦わせすぎては、国内から戦士がいなくなる』と」
彼は父親とは異なり、戦士が好きだ。彼の側近にも武勇を誇る者が多い。その戦士が減るとなっては、彼としては中止にせざる終えないのだろう。
彼自身も武術をたしなんでいる。均整の取れた体が、退屈さを示している。
その時、外から大きな声が聞こえてきた。
「なんだ?」
「ああ、ウォーター国のルイ王子からの要請で、首都で演習を行っているのですよ。ウォーター国に攻め込むかもと、思わせるためです」
「何のために?」
「対立するシャルル王子をけん制するためです。この願いを聞いてくれたら、ヌーン国に城を3つ割譲し、ヌーン王家から妻をめとると」
「本当に守ると思うか」
「いいのです。ちょうど演習の時期ではありましたし。約束を破れば、それを理由に攻め込みます」
ふーん、とピエトロは適当に返事をする。
ところが、彼は急に表情を変えた。
「演習中だったな」
「はい、そうですが」
「すぐに攻め込むこともできるのだな」
「はあ、それはそうですが……」
ルジェーロはハッと気が付いた。彼は笑っていた。
こういう時には、ろくなことにならないことを、経験上、知っていた。
(マズい。大変なことになった)
「演習の指揮官を呼べ。話がしたい」
――*――
ウォーター国とヌーン国の国境は分かりやすい。大きな川で分かれているが、それだけではない。ウォーター国側とヌーン国側で全く光景が異なるのだ。
「相変わらず、うっそうとしているな」
シャルルは汗をぬぐいながら、嫌味を言う。隣にいるモランも同意する。彼の坊主頭にも玉のような汗が浮かんでいた。
「あのジャングルには入りたくありませんな」
このチュール城から見えるヌーン国は、一面ジャングルが広がっている。木の下に街道が走っているはずだが、この
一方で、北のウォーター国側は、ほぼ平原が広がっている。ここまでくっきり分かれていると、まるでこの城がジャングルの浸食を抑えているようにも見える。
首都パランと比べて、大分蒸し暑い。髪の長いシャルルにとっては、余計に辛いだろう。
その時、マクシミリアンが
「シャルル様、ヌーン国の様子が分かりました」
「どうだった?」
「首都で演習を続けています。こちらに攻め込むと噂は広がっていますが、動向は不明です」
「だろうな」
シャルルは彼らが本気で攻め込んでくるとは思えなかった。思い返せば、彼らの国王は重病なのだ。このタイミングで軍を挙げるとは思えない。
そうなれば、彼が気にするのは、背後だけとなる。
モランが彼に声をかける。
「アルマが準備しました。屋敷で報告を待ちましょう」
「分かった」
シャルル達は
その頃、ダヴィは城壁の上にいた。
見渡す限りの熱帯雨林が広がる。この中でヌーン国の人々はどのように暮らしているのだろうか。興味がわく。
「こんな木々が生い茂るところもあるんだね」
「それにしてもあっちいですね!」
「汗が止まんねえ」
一緒についてきたジャンヌやライル、スコットも口々に感想をもらす。ただ、暑苦しい気候に辟易としており、良い感想はなかった。
ライルが流れ出る汗をぬぐいながら質問する。特に太っている彼は、この暑さには耐えかねている。
「いつまでここにいるんですかい?」
「ルイ王子が兵を挙げるまで。その報告が来るまでだよ」
「そうしたら帰るんでしょう?何のために来たんですか」
「文句を言うなよ。これも戦略さ」
ジャンヌもライルに便乗して、文句を言う。寒い草原出身の彼女の肌にも汗が絶え間なく流れていた。
「近くに川はないのかい。体ぐらい拭かせてよ」
「川はあるけど、生活水を流しているから汚いぞ」
「えー、だったら井戸はどこ?」
「勝手に使えないよ。順番を待って」
「……草原だったら、自由だったのに」
まだ従軍に慣れていない彼女は、茶色い前髪をいじりながら、不満をこぼす。まだ彼女は13歳。しょうがないかと、ダヴィは諦める。
後に、彼がこの話を出すと、成長した彼女が顔を赤くして「そんなの、忘れろ!」と恥ずかしがる光景が、何度もあったという。
その時、スコットが北の山からうっすらと伸びる灰色の物体を見つけた。
「だんなあ、あれは
「え?……あ!」
ダヴィは急いで駆けだした。あれはアルマが急ごしらえで作った、急報を伝える狼煙である。あの狼煙が上がったということは……!
ダヴィはシャルルがいる屋敷に駆け込んだ。耳の金の輪を大きく跳ね上げながら、作戦室として使っている部屋に飛び込む。
「ダヴィ、どうした?」
シャルル達が顔をこわばらせる。これらも予感していたはずだ。この時が来ることを。
ダヴィは一息に報告する。
「狼煙が上がりました!ルイ軍、反転した模様!」
シャルルは作戦室にいるメンバーに大声で宣言する。彼の気迫で、金の長髪が舞い上がる。
「時は来た!全軍、北へ向かうぞ!ルイの首をとるのだ!」
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