第10話『お祭りとしびれる再会』

 バクス族の尽力もあり、道路建設工事は春を迎える前に完了した。首都・モスシャから商業都市・ペテルギルスまで伸びる長距離の交易路の完成である。今までの草原を突っ切る交通手段と比べて、格段に便利となった。


 当初は疑問の目で見ていた民衆も、工事中から徐々に増大していく交易品の物量と、道中の危険が少なくなる効果を目にして、完成を素直に喜ぶようになった。


 当然、この工事を進めた女王の評判も高まる。パーヴェル王子はさぞやほぞをかんでいるだろう。


 その完成の直前、ダヴィは女王に呼び出されていた。彼女が座る前で、お辞儀をする。


「いよいよ出来上がるわね。ここまでよくやってくれたわ」


「ありがとうございます」


「ご褒美をあげないと、ね」


 なめるように見てくる赤い視線を感じて、ダヴィのほほが赤らんだ。あの夜を思い出す。そんな様子を女王は面白そうに見つめていた。


「今回は違うご褒美をあげるわ」


「え?」


「あら? 不満かしら。また、あのご褒美が良い?」


 そう尋ねられて、ダヴィはますます顔を赤くする。彼女はクスリと笑った。


「道路建設の完成を記念して、祭典をとり行う段取りにしたわ」


「祭典ですか?」


「そうよ。民衆に喜ばしい事業と認知させるため。ウィルバードの提案よ」


 官製のお祭りを行い、権力者の偉大さを示す。古来からの常とう手段である。そして女王はこの祭典の中に、彼へのご褒美を隠していた。


「あなたのサーカス団を呼ぶ指示を出したわ」


「僕の、ですか?」


「私も観戦した、あなたがいたサーカス団よ」


 久しぶりにみんなに会える。そう思うと、ダヴィは15歳の少年らしく目を輝かせた。


「不思議よね」


 ウィルバードと祭典について打ち合わせすべくダヴィが去った後、女王は一人呟く。紅色の髪を撫でながら、彼に想いをせる。


「あなたは色々な顔を持っているわ。見ていて飽きない。さて、次はどんな顔をしてくれるかしら」


 ――*――


 祭典の当日、モスシャの街は人であふれかえっていた。


 ダヴィが作った道を通って、ペテルギルスから商人や観光客が集まると同時に、女王が招集した各部族の代表者も訪れていた。


 この国の市場はバザールと呼ばれ、国内外から訪れた商人たちが一堂に会し、主に毛織物などを取引していく。この国にとって毛織物や毛皮は主要な輸出品である。


 ところが今日は、様相が違う。祭りに伴い、宝石などの奢侈品しゃしひんを扱う屋台が建ち並び、食べ物屋は普段の倍は出ている。普段はバザールのど真ん中に陣取る毛織物商人は、端に追いやられていた。


 この春先なのに汗がにじむ。人々の熱気が立ち籠る人ごみの中を、ダヴィとジャンヌはゆっくりと歩いていた。進むたびに人と触れ合い、衣擦れの音が聞こえる。


「こ、こんなに多いの? 押しつぶされそうだよ!」


「こっちだよ!」


 ダヴィが先頭に立ち、やっと落ち着ける広場に出た。


 いつの間にかダヴィの手が、ジャンヌの手を握っていた。彼女はフンッとその手を振り払う。彼は払われた手で頭をかきながら笑う。


「大変だったね」


「まったくさ! こっちの祭りっていつもこうなのかい!」


「祭りは初めて……ああ、それはそうだよね」


 ダヴィは勝手に納得した。異教徒である彼女たちは町にすら入れない。当然、祭りを経験することはできないのだ。


 ジャンヌはムッとして反論する。


「あたいだって経験しているさ。バクス族には年に一度『風祭り』があって、冬に入る前に風の神様にお祈りするのさ。冬を越せるようにってね」


「そうなんだ」


「そうさ! その時は近くの親しい部族も集まって、それはもう盛大に……でも、ここまでじゃないけどね」


 ジャンヌは周囲を眺める。広場には色とりどりの衣服をまとう人が集まり、この国以外からも大勢の人が来ている状況を物語っている。


 彼女はハアとため息をついた。自分たちが敵対していた相手の大きさを、まざまざと感じさせられる。


 ダヴィはその『風祭り』に興味を持った。


「お祈りって、どういうことをするの?」


「選ばれた女の子が、祭壇の前で踊るのさ。そして皆はその前に座って、黙って見守るんだ。その後、祭壇に捧げた食べ物を料理して宴会をするんだよ」


「君も踊ったの?」


「あたいはそんななガラじゃないさ。……ちょっとステップが踏めなかっただけだよ」


 下手で、選ばれなかったのだろう。ダヴィは笑いかけたが、彼女ににらまれて慌てて話題を変える。


「異教徒……あ、いや、別の神様を信仰する部族では『風祭り』は一般的なのか?」


「異教徒でいい。ううん、別の地域では他の祭りをしているさ。西の方では『星祭り』なんてしているけど」


 ふと、彼女はあることに気が付いた。


「あいつらはどうしたんだい?」


 あいつらとは、ダヴィたちについて来ていたライルとスコットである。ダヴィは首を振った。


「多分、はぐれた。この人混みじゃあ、探せないだろう」


「あんたねえ。案外、冷たいんだね」


「目的地は伝えてあるから、大丈夫だと思うけど」


 目的地、と聞いて、彼女は質問する。


「それで、どこに連れていくつもりだったのさ」


「もうすぐだよ。ここで待ち合わせているのだけど……」


 ダヴィがきょろきょろと何かを探していると、彼を呼ぶ声が聞こえた。


「ダヴィ! こっちだ」


 人の間をすり抜けながら、長身のビンスがやってきた。彼は美形とはいい難いものの、自信に満ちているような背筋の伸びた姿勢と、整えられた黒いツーブロックの髪が、男のダヴィからもカッコよく見えた。


 その後ろから、もう一人近づいてきた。


「あ……」


「トリシャ……」


 白いドレスに身を包むトリシャがダヴィの前にやってくる。金色の長い髪が風に揺られ、彼女の容姿に通行人は思わず振り向く。


 しかしながら、当の本人はダヴィの前に来ると、もじもじと手を動かし、うつむきがちになっていた。快活な性格の彼女らしくない。


 それもそうである。彼女は恋をしたのだ。人生初めての恋を。それも弟と思っていた彼に。


 今までと同じように接する態度が出来ない。でも、それをさとられたくない。彼女の中で葛藤かっとうが生じていた。


 その一方で、ダヴィも気まずさを抱えていた。彼はつい先日、初めての体験を済ませている。しかも女王相手に。そのことがトリシャに対して、、申し訳なさを感じてしまっていた。


 お互いが何も話さない。そのうちにビンスがダヴィの顔を見て、眉間にしわを寄せた。


「おい、ダヴィ。お前また傷が増えたな」


「えっ?」


 トリシャがやっと彼の顔を見る。確かにビンスの言う通り、ダヴィの顔には生傷なまきずが多くついていた。彼女は自然と彼の頬を撫でる。


「痛そう」


「なんてことないさ。あの大男に負け続けた結果さ。自業自得だよ」


 トリシャがキッと目を向けると、せせら笑うジャンヌがいた。その態度に余計に腹が立つ。第一、ダヴィに馴れ馴れしすぎないか、この女の子は。茶色い髪に巻かれたバンダナまで憎らしく見えてくる。


「……あなたは、誰?」


「あんたから名乗りなよ。それが礼儀ってもんだ」


 明らかに、年下の子にそんな言葉を吐かれて、ますます機嫌が悪くなる。それを隣で見ていたダヴィとビンスは思わず体をこわばらせた。


 トリシャはきつめの口調で自己紹介する。


「あたしはトリシャ=リンド。ダヴィの幼なじみなの」


「安っぽい名前だね。あたいはジャンヌ=バクス。誇り高き草原の弓使いさ」


 ジャンヌはトリシャから好からぬ感情を抱かれていると気づいている。そして、それがダヴィが原因であることも。


(なんであんな奴のせいで、嫌われないといけないのさ)


 女性二人はお互いに視線を外そうとしなかった。沈黙が続く。


 その仲を取り持とうと、年上のビンスが焦りながら、声をかけて割って入った。


「こ、これから、祭りを見に行くんだろ! 公演まで時間もあるし。この国のことを知っておかないとな。なあ、ダヴィ!」


「う、うん!」


 男どもの下手な取りつくろい方に、女性陣はやっと口を開いた。


「……楽しい時間になりそうだわ」


「……弓を持ってきた方が良かったかも」


 周りの観光客もいつの間にか距離をとっている。ダヴィとビンスはこれからの時間を思って、盛大にため息をついた。

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