第6話『凶事の準備』
数少なくなった戦利品の残りを数えるバクス族に、噂が入った。ソイル王家が女王の誕生日用の調度品を購入するために、ペテルギルスまで金塊を運んでいるらしい。
「どういうことだ?」
「本当か?」
バクス族の族長・ロレックを始めとした大人たちが、街から噂を拾った者を囲んで話を聞いている。広いテントの中で耳をすませば、凶悪な冬の風が聞こえてくる。ぱちりと
彼は自信を持って言う。
「間違いないと思います。モスシャでもペテルギウスでも、厳戒態勢が敷かれています。街の人々の間でその噂が絶えず会話されています。なんでも、正円教の高位祭司を招く豪勢な式典を準備をしているとか」
正円教はこの国の二重円教よりも異教徒への迫害を勧めている教義である。その名を聞いただけで、異教徒のバクス族の皆は顔を曇らせた。
ロレックは身を乗り出して尋ねる。
「だから道路を作っていたのか。金塊もその準備費用だな。その量は?」
「荷馬車で20台分」
おお、と歓声が上がる。それだけあれば、バクス族は何もしなくても10年は食っていける。
「大地からの贈り物か」
「貯えも少なくなってきて、渡りに船だ」
「しかし、これは罠の可能性が……」
あまりにもうまい話に、ロレックたちは悩んだ。護衛も多いはず。成功するかどうかわからない。ロレックは茶色い口髭を撫でた。
黙り込む大人たちのの席に、飛び込んでくる影があった。ジャンヌだ。
「あんな奴らごときにビビってんじゃないよ! 草原を一番知っているのはあたいらさ。勝てない相手なんてないよ!」
茶色い三つ編みを揺らし、唾を飛ばしながら主張する彼女に、父であるロレックがたしなめる。
「ジャンヌ、会議中だ。子供が口を出すな」
「なにさ。戦いに何度も出ているんだから、子ども扱いしないでよ! お父ちゃんたちが情けないから、口出しているんじゃないか」
ロレックたちは苦笑いをする。それを見て、彼女はとび色の眼を怒らせて、ますますボルテージを上げる。
「こんな絶好のチャンス、逃す術はないさ。これは草原の神様がくれた贈り物だよ!」
「しかし、なあ」
「罠だったら逃げればいいじゃないか。負けそうだったらすぐに逃げる。いつもやっていることじゃん!」
一人の大人がロレックに話しかけた。
「族長、ジャンヌ様がおっしゃられているのも一理あるかと」
「お前まで熱に当てられるな」
「危険だと判断すれば、すぐに逃げればいいだけです。ソイル軍に馬で負ける者はいません」
「…………」
ロレックは周りを見渡した。全員が彼を見ている。期待した目で。
彼は茶色の短髪に手を当て、ハアとため息をついた。
「お前たちは血の気が多くて困る。……偵察を放て。現在の金塊の場所を探してこい」
おおっ、と満場から声が上がり、皆は立ち上がった。ジャンヌも当然、満面の笑みで飛び跳ねるように立ち上がる。
皆が盛り上がる中、
――*――
ダヴィは再び道路工事の現場まで来ていた。小高い丘の上に馬で登り、地平線の先まで伸びる、一本の露出した地面を眺めている。工事はまだまだ続いていた。邪魔な草木の除去は終わったが、砂利の搬入が遅れている。
だが、“想定したポイント”までは荷馬車はたどり着けるはずだろう。
ダヴィの後ろから、二頭の馬が駆けあがってきた。その馬にしがみつくように、ライルとスコットがやってくる。2人とも息絶え絶えだ。
「ダンナァ! 早すぎますぜ」
「つ、ついていけねえよ」
「なんだい? ソイル国に着いた時から、習ってきたじゃないか」
「そうは言ったって、子供の時から習ってきたダンナとはちがいますよ」
「おいら、へとへとだ……」
ダヴィは笑った。2人にはソイル国内の諜報活動とは別に、騎乗を習わせていた。30歳を超えてからの手習いで覚えは悪かったが、やっと振り落とされずに乗れるようになった。彼らが乗る馬がため息のような息を吐く。
ダヴィは彼らに聞く。
「準備は大丈夫かな」
「へえ、心配ないかと。荷馬車の準備もできました」
「そうか。あとは上手く引っかかってくれるといいのだけど」
「引っかかっていると、思うよ」
スコットが指さす。工事中の道を挟んで反対側の丘に、小さな影があった。
「おいらなら、あそこから偵察する」
「じゃあ、あれがバクス族の」
「偵察だろう」
突然、後ろから声がした。振り返ると、大きな馬に乗る巨大な騎士が彼らの目の前にいた。ハワードである。
ライルたちがダヴィを守るようにハワードの前に立った。馬を動かす手綱の扱いは、危ういものだったが。
「や、やい! ダンナに近づくんじゃねえ……近づかないでください」
「あっちに行け! ……行ってください」
すごんではみたものの、鋭い目から発される威圧感に圧されて、語気が弱くなる。
今度はダヴィが彼らをかばって、2人の前に出た。
「すみません! 2人が無礼なことを」
「不思議な男だ。お前にはいい部下が集まる」
ハワードは怒ることなく、ただただ感心していた。表情は一切変えなかったが。
気が付くと、バクス族の偵察は消えていた。
「この辺りと決めたのだろう。ここは周囲の街からも離れている」
「……そうですね」
ここのポイントを目指して、バクス族は襲撃するに違いない。ダヴィはそれを見越して、襲撃時刻として最適な夜明けの時刻を狙って、ここに金塊を乗せた荷馬車を持ってこさせればいい。彼の頭の中で、静かに計算されていく。
考えるダヴィの表情を見て、ハワードは眉間をひそめた。
「ここまでお前の策に敵は乗ってきている。なぜ、お前はそんなに深刻な顔をしているのだ」
「え?」
ダヴィは彼に目を向けた。自然と顔がこわばっていたのかもしれない。ライルとスコットも同じ感想を抱いていた。
「そうですよ、ダンナ。敵は罠にはまっているのですよ」
「勝ちは目前」
ダヴィはシャルルのことを思い出した。確かに、彼も自分の策が当たった時が、一番嬉しそうだった。
けれど、ダヴィは首を振る。
「戦争は凶事。人が死ぬ。喜んではいけないのだと思います」
彼の心には、ロミーの言葉が根付いていた。そして自分が死なせてしまったトーリのことも。
「殺してしまった味方、そして敵の分まで、僕は生きている人を幸せにする責任を負う。それを思うと、楽しいなんて思えません」
臆病と
ハワードはその言葉に頷く。
「それでいい」
「え?」
「戦争とは外交の失敗だ。国を富ませる者は、命を
そこまで言って、彼は口をつぐんだ。彼の短い黒髪が風に揺れている。武骨な彼にしては饒舌だった方だろう。彼はダヴィに言う。
「配置が決まったら、すぐに伝えろ。それから、明日からの鍛錬は、お前は攻撃を避けることに専念しろ。いいな」
それだけ言うと、彼は丘から去った。不安そうに、ライルたちがダヴィに近寄ってくる。
「ダンナ、怒っていたんですかね」
「また、いじめられちゃうよ」
「……いや、そうじゃないと思う」
ダヴィは彼の言葉をありがたく感じていた。シャルルの部下として、戦争を恐れることは失格ではないかと不安を抱いていた。
しかし、彼が絶対に勝てない存在から肯定された。それがなによりの自信となっていた。
ダヴィは成長していく。その過程で、シャルルと考え方が食い違い始めた。これは結果として、彼らの運命を変えることにつながることになる。
冬の太陽が、彼らを照らす。自ら凶事に手を染めるダヴィに、運命は何と言うのだろうか。
彼らに吹く冷たい風は、何も答えてくれなかった。
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