第5話『道の王』
女王の
彼は
「陛下、なにやら城外が騒がしいようですな。あの小僧の仕業とか」
「そうよ。それがなにか?」
「……1国の宰相ではありますが、首都の周りで行われている事象を知りません。恥ずかしながら、詳細を教えていただきたく存じます」
再度白髪頭を下げるウィルバードに、彼女は微笑んだ。赤い前髪を整えながら言う。
「あなたがこの国の内で知らないことなどあるはずがないでしょ。あなたが知りたいのは、この工事の詳細ではなく、ダヴィの意図ではなくて?」
「お察しの通りです」
ダヴィは女王から資金や人員を借りて、この首都・モスシャからこの国の第二の商業都市・ペテルギルスまでの道を整備しているのだ。その距離は馬で駆けても三日かかるほど長い。国家の大事業である。
「ただの道路整備なら
「噂?」
「大量の金塊を運ぶための道だとか」
「ふふふ」
女王もダヴィの意図が分からない。彼女にとって策が理解できないのは、久しぶりだ。しかし彼女はおかしみを感じていた。
女王は頬に手を当てて、遠くで汗を流しているはずの彼を想う。
「さて、どんな風に私を楽しませてくれるのかしら」
――*――
その頃、ダヴィは労働者と共に、木桶を持ち上げていた。
「「せーの!」」
ドンと下ろされた桶が、地面に円形の跡をつける。そして再び持ち上げて、少しずらした地面にまた落とす。それを千人近い人員が毎日繰り返している。
「ちょっと休憩しよう」
「おう」
ダヴィが指導者と知らない労働者の男が返事をする。彼らは羊の胃袋で出来た水筒に口をつける。冬なのに汗が首筋を伝い、耳飾りからも汗が滴る。
ダヴィは顔を上げて、今までの成果を確認した。地平線の先まで、土を露出した道の原型が出来上がっている。
(やっと、ここまで出来た)
この時期は雨が少ない。そのため工事は順調に進んでくれた。ダヴィはホッと息をついた。
道の整備とは、ただ草を刈って、地面を露出させるだけではない。まず露出させた地面に重りを入れた桶で何度も叩き、形状が崩れないようにする。その上に砂利を乗せるのだ。もっと整備された道ではセメントを流しこみ、その表層に平らな石を敷きつめるのだが、ダヴィは早く仕上げるために砂利だけにした。
目の前の労働者が不平を垂れる。
「しかし女王様も
この国では馬に直接またがって荷物を運ぶことが多い。テントごと馬にひかせる時もあるが、馬に荷台をつけての運搬を伝統的にしてこなかった。
その理由は諸説ある。最も有力なのが、遊牧民文化において大都市が形成されなかったことから、都市間輸送が十分に確立していなかった説だ。他にも馬が大量に確保できたために荷台を必要としなかった説や、馬車を作るための堅い木材の確保が難しかった説などがある。
この国で馬車が発達しなかった文化は、この大陸の歴史も変化させた。元々国土拡大方針をとっていて十分な軍事力があるソイル国が、他国を侵略できなかったのは、荷馬車の未発達による
余談がすぎた。
以上の歴史的背景を理由に、荷馬車に不可欠な道の整備は
それでも、ダヴィは道にこだわる。
『ダヴィ、行商人は商品を運ぶだけが仕事じゃない。船や道を利用して、遠くの人の心を結びつけるのが役割なんだ』
だからこそ、人と人をつなぐ道は大事なのだ。彼は確信している。
砂利が入った荷車を手で押してきたライルとスコットがやってきた。背丈は大分違う2人だが、息を合わせて荷車を押す。
「ダンナ、持ってきやしたぜ」
「これで終わり?」
「まだまだ。もっと運んでもらうよ。まだ10キロしか出来ていないのだから」
「「そんなあ~」」
2人は荷車のそばでへたり込む。ライルは質問した。
「なんでこんな大変なことをやろうと思ったんですか?」
「もしかして、あの大男のいじめから逃げられるから? この仕事を朝からやっていれば、会わずにすむし」
「………………そんなことないよ」
「ちょっと、ダンナ! なんですかい、今の間は!」
ダヴィは笑ってごまかしたが、彼にはもう一つの目的があった。それは女王の悪評を散らすためだ。
彼女の悪評が首都に留まっていると、彼は気が付いた。その一方で、女王が減税したおかげで、ペテルギルスの商人からは好かれている。ならば首都と交流を活発にさせて、首都での悪評を中和させればいい。
モスシャとペテルギルスの人の心を結びつける。そのための道だ。
後に、彼はこのような大規模な道路工事を大陸中で行う。その結果、国と国との境が無くなり、人々は7大国の頃を段々と忘れていったという。
ダヴィは汗を拭って、桶を持つ。彼の耳飾りが光る。
「さあ、頑張ろう! 太陽がかたむくまで」
「「へーい」」
後の世に、彼は“創世王”の呼び名とは別に、“道の王”と呼ばれるようになる。彼の生涯の事業はこの北の草原を通る街道の整備から始まったのだ。
――*――
工事を開始してから一か月、ソイル国の冬は長く、まだ春の気配を感じられない。
ダヴィはこの日も女王と晩食を共にしていた。そして報告に移るが、先に彼女が口を開いて彼を褒めた。
「もう道の半分が出来上がったそうじゃないの」
「まだ
隣で聞いていたウィルバードが内心舌を巻いた。凄まじいスピードである。これだけの大事業に関わらず、あと数か月で出来上がってしまうじゃないか。
これは、この少年が道路工事の知識を持っていたからだろうか。
(いや、たぐいまれなる統率力のおかげか)
彼は異邦人なのだ。それにもかかわらず、未知の事業に出資させるほどの魅力を彼は持っているのか。
(認識を改めなくてはならない)
ウィルバードは、女王を挟んで
ダヴィは彼女に依頼する。
「一週間後、黄金を運ぶという情報を流します。そこで、陛下にご依頼したいのです」
「なにかしら」
「ハワード=トーマス公以下騎士団をお借りしたい」
女王は赤い眉をピクリと動かす。そして笑い出した。
「フフフ。借りたいというのは、助力してほしいということ?」
「いえ、僕の指揮下に入ってほしいのです」
彼女はいよいよ本気で笑い出した。隣のハワードが眉間にしわを寄せる。ウィルバードはというと、興味深そうにダヴィの顔を見ていた。
「アハハハハハ……それで、あなたはどうしたいの? この国最強の騎士団に何をさせるつもり?」
「もうすぐ陛下の誕生日が近いと聞きました。そのプレゼントを作りに行きます」
彼女は額に手を当てて、体をくの字にまげて笑っている。キザな言葉を真面目な顔で言ったダヴィが、余計に面白かったようだ。
ハワードはますます顔をしかめた。こうなれば、彼女は何を言うか、想像は難くない。
「ハワード、手伝ってあげなさい」
「…………はっ」
ダヴィとハワードは打ち合わせのため部屋を出ていく。残ったウィルバードに、彼女は声をかけた。
「反対しなかったわね」
「ええ。反対しても無駄だったでしょう」
女王があの少年を買っていることも、あの提案に魅力を感じてしまったことも見抜いていた。そしてなにより、自分自身もあの少年に興味を持った。
「どんな結果になりますやら」
「そうね。成功したら、ご褒美をあげなくちゃ」
彼女は真っ赤な自分の唇を撫でた。誕生日まで、あと10日。
何年ぶりだろうか。彼女は自分の誕生日が待ち遠しくてしかたなかった。
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