第46話『孤独との戦い』
激しい防衛戦の翌日、一睡もしていないダヴィは城内を見回っていた。朝日が昇り、兵士たちは恐怖の夜を乗り越え、ホッと一息ついていた。ダヴィはあくびをする見張りの兵士の背を叩いた。
「油断したところを襲ってくるかもしれない。もうすぐ交代させるから、頑張ってくれ」
「は、はい!」
城壁の上に立ち続けるダヴィに、一人の兵士が登ってきた。
「被害状況を報告します。昨日の戦闘で死者は三十三人、けが人の合計は五十一人となりました。戦うことが出来る兵士は四百三十九人です」
あの激しい戦闘で、この被害の小ささは奇跡だろう。ダヴィは報告に頷いた。
「分かった。食料と武器の残りはどのくらい残っている?」
「食料はしばらくもちそうです。雪が降る頃まで耐えられるでしょう。武器は剣や弩は十二分に残っていますが、矢が昨日の戦闘で半分無くなりました」
「雪が降る頃までか」
その間に救援が来るだろうか。そんな疑念を目の前の兵士には言えず、心の奥に飲み込んだ。
「今晩、元気な者を十名ほど集めたい。城外に出て、矢を回収してきてくれ」
「はあ。私が指示を出していいのですか?」
兵士の言葉に、ダヴィはハタと気づいた。確かに、先日の戦いでは個々人が思い思いに戦うばかりで、指示系統を確立させていなかった。ダヴィは疲れた頭をポリポリとかいた。
朝日がダヴィの両耳の飾りを照らし、金色に輝く。
「朝食にしよう。皆に準備をさせて、城門前で食事をするように伝えてほしい」
ダヴィの号令の下、動ける兵士たちは朝食の準備を始めた。幸い、教会に残っていた大鍋を使ってスープを作り始め、固いパンと一緒に食べる。ダヴィも緊張しきった体にスープを流し込んだ。暖かい息を吐き出し、一緒に疲れが消えていくようだ。
「食事が終わったら、こっちに集まって。指揮官を決めよう」
ダヴィは集まった兵士の中から次々と指名していき、十人組長、五十人組長と決めていった。その五十人組長の中にはライルとスコットも指名されていた。
「ダンナ、俺たちでいいんですか?」
「こんな人数を束ねるの、盗賊の時もなかった」
バツが悪そうに顔をかく彼らに、ダヴィは笑みを浮かべる。
「君たちが昨日の戦いで一番働いていた。これは当然さ。ただし、一つ忠告しておくと」
「なんですか?」
「盗賊だったとは言わない方がいいよ」
ライルとスコットがお互いの顔を見合わせる。
「だってさ、ライル」
「おめえのことだよ!」
二人が言い争う中、他の五十人組長に指名した兵士から、質問が出た。
「ダヴィ様、我々はいつ帰ることが出来るのでしょうか?」
ダヴィは少し考えてから、ゆっくりと口を開く。
「本隊はいったん帰国して軍を立て直しているに違いない。そうすると、救援に来るまで早くても秋の終わりまではかかる」
「秋が終わる頃ですか……そこまで頑張れば助かるのですか?」
ダヴィは強く頷き、それを見た兵士たちが「おお」と声を上げる。
嘘である。こんなところまで危険を冒して助けに来るとは、到底思えない。自分たちは打ち捨てられるだろう。
ダヴィがそんな絶望的な考えを押し隠して、断言した。彼の言葉によって、皆の目に希望の光がともる。兵士たちの中には感づいている者もいたかもしれないが、彼らは明るい未来を求めて、盲目的にダヴィの言葉を信じた。
また他の兵士が質問する。
「なぜ敵が攻めてこないのでしょう。攻めにくいとはいえ、あの大軍で攻め続けられればひとたまりもないのに」
「それは……」
ダヴィが言いよどんでいると、城壁の上で見張りをしていた兵士が彼を呼んだ。
「ダヴィ様! 敵の使者が」
急いで城壁の上に登ると、使者と思われる騎士が馬に乗って城門前にいた。そして城に向かって叫ぶ。
「レオポルト様とお会いしたい! 城門を開けろ!」
「レオポルト様?」
「ここに逃げ込んだことは分かっているのだ! 会わせなければ、再び攻めるぞ! 門を開けろ!」
「いかがしましょうか、ダヴィ様?」
攻めると聞いて焦る兵士と違い、ダヴィはピンときた。わざと焦った様子で返答する。急に態度を変えて、緑と赤の目で睨みつける。
「ここにはレオポルト様はいない! 絶対にいないぞ!」
「小僧! 我らを
「うるさい! いないといったら、いないんだ! 弓を貸せ」
ダヴィは隣の兵士から弓を奪うと、騎士に向かって矢を射かけた。騎士は罵声を浴びせながら、逃げていった。
その様子を見ていたライルとスコット、そして他の兵士が顔を
「ダンナ、なんてことをしてくれたんだ? 敵が攻めてきちまう!」
「攻めてこないさ」
「はあ?」
ダヴィは再び城門前の広場に皆を集めて、説明をする。
「先ほどの質問に答えよう。おそらく、レオポルト様が原因だ」
「レオポルト様とは、ファルム国の王子の?」
「そうだよ。敵はこの城にレオポルト様がいると勘違いして、攻撃をやめたように思う。殺したくないのか。他の理由があるのか知らないが」
兵士たちが首をかしげる。ダヴィも疑問に思うことは多々あったが、彼は泰然とした態度をとる。彼自身不安いっぱいだったが、自分の考えを信じる。
「この中で作詩が出来る者はいるか? ここにレオポルト様がいると見せかけるために、毎日新しい歌を作って歌おう。皆、行軍中の時のように、明るく振舞うんだ。ここにいると勘違いしている間は、攻めてこない」
――*――
ダヴィたちの城を包囲して一週間、ヨハンは毎日欠かさず偵察を出していた。朝と夕方、報告を聞くのが日課となった。
「そうか。今日も歌っているか」
「昨日や一昨日とは違う歌です。歌の良さは分かりませんが、恋愛に関する歌詞でした」
「レオポルトが作る歌らしい」
使者を追い返した少年兵(ダヴィ)の反応、そして毎日の浮かれようから、ヨハンはレオポルトがいると確信した。
「城から密使が出た様子はないか? もしくは城に入る者は」
「周辺の道すべてを見張っていますが、その様子はございません」
「分かった。下がれ」
頭を下げて本陣を出た偵察と入れ替わるように、騎士とみすぼらしい麻の服を着た老人が入ってきた。
「ヨハン様、この近くの村の長です。あの城について詳しいと」
老人は震えながら土下座をした。ヨハンはじろりと見下し、声をかける。
「顔を上げろ。正直に答えれば褒美をくれてやる。あの城について申せ」
老人は恐る恐る顔を上げると、ぼそぼそと答え始めた。
「あれは城ではございません。かつては修道院でした」
「ならば、なぜあの高い城壁がある?」
「ここを治めていらした先々代の領主様が、さる高名な司教様が赴任されたことを喜び、古城を改装して修道院にされたのです。しばらくは数百名の修道士が生活しておりましたが、その司教様が亡くなると、他の修道会へ移っていき、あの修道院は捨てられました。しかし司教様を
立派な防壁を持つ城を捨てておくとは、異教徒や盗賊が根城としたらどうするのか。ここの領主を罰っせねばならぬと、ヨハンは決意した。それとは別に、もう一度訪ねる。
「あの修道院に抜け道はあるか?」
「ない、はずです。あの山は岩で出来ていまして、掘ることすら容易ではありません。古くは領主様の居城でしたが、囲まれては逃げられないために移転したと伝え聞いています」
包囲していれば逃げ道がない。それを聞いて、ヨハンは密かに胸をなでおろした。これでレオポルトを逃がすことはない。
「この者に城内の地図を書かせろ。終わったら褒美を渡して解放してやれ」
「はっ」
「それと、ウォーター軍の捕虜を集めておけ。毎日十人を城の前に立たせて、殺せ」
「…………」
この時代、捕虜は異教徒でない限り、身代金を要求する道具として大事に扱われるのが通例である。それを畜生のように殺すのは、異常である。
二人が逃げるように出ていくと、彼は一人で考える。さて、どのようにレオポルトを捕えるか。見たことのない城に籠るウォーター軍の指揮官を思い浮かべる。
「お前らに気が狂うほどの恐怖を与えてやる」
――*――
その頃、兵士たちを解散させたダヴィは、治療場所となった教会へ歩きながら、不安で押しつぶされそうになっていた。彼が兵を指揮するのは初めてで、しかも籠城戦の指揮官である。全くの未経験だ。
それでも彼に弱音を吐くことは許されていない。十四歳の彼の肩に、数百名の命がのしかかる。いつも通りの耳飾りが、今日は重く感じられた。
(シャルル様もこんな気持ちで指揮されていたのか)
冬に向かいつつある。敵が囲む山の中で、主君の指揮する背中を思い浮かべる。それだけが彼の孤独を癒す唯一の薬となっていた。
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