第35話『ルイ王子の独壇場』


 宮廷の中でも一番広い謁見の間で、ただ一人座る王の前で開かれた会議は、第二王子・ルイと、財務大臣・ジャック=ネックの独壇場となっていた。


 荒々しく足音を立てながら歩きつつ、ルイが唾を飛ばしながら主張する。彼の茶色の髪が逆立つかのように、勢いよく言葉が発せられる。


「この機にファルム国を叩き、奴らを我々の下風に立たせることが、我々の覇権を築く第一歩となる!」


(我々、ときたか)


 ルイとネック公の支持者が拍手をする中で、シャルルは苦笑した。まるで自分が王のようである。


 皆を見下ろすように座る王も、顔をしかめていた。しかしルイは主張をやめようとしない。


「レオポルトというピースがそろった今、我らの勝利は間違いない!」


 この会議が開かれるきっかけとなったのは、レオポルト=ファルムが亡命してきたからである。現ファルム国王・ルドルフ7世の弟である彼は、前国王に溺愛できあいされ、本来であれば彼が国王になっていたかもしれなかった。


 ところが、そうはならなかった。敬虔な正円教信徒であったルドルフ7世が祭司教皇に頼み込むことで、正円教の後ろ盾を得て、前国王に認めさせた。


 それを恨みに思ったレオポルトは、前国王の晩年から、正円教の改革・政教分離をもくろむ進歩派の領主たちに担がれることになる。そして今まで通りの政治体制を望む保守派のルドルフ7世と、対立を続けていた。


 ファルム国は周辺国を巻き込む、お家騒動を何年も続けていた。その火種が、ウォーター国に舞い込んだのである。ルイが嬉々としてこの事態をチャンスととらえていた。


 しかし、シャルルの見解は違った。そもそもレオポルトという男が好きになれない。詩の才能はあると評判であるが、会ってみると、軽薄でおべっかに弱い男であった。ルドルフ7世も凡庸ぼんようと聞いているが、この男よりは優れているのではないか。


(そもそも、この国に亡命してきたということが、もう負けたことを物語っていないか)


 現状維持を望む国王は、渋い顔つきを続けている。この場にいない長男・ヘンリーも国王と同様の反応をするであろう。


 彼らを差し置いて、ルイの一派だけが気炎きえんを上げている。


 ネック公が皆の意見を取りまとめ、国王のそばへ近寄り、右手を左胸に当てながら頭を下げて、進言する。


「国王陛下、この機会にファルム国へ攻め入ることこそ、この国の百年の繁栄の礎となりましょう」


「……シャルルはどう思う」


 国王はいつも通り、自分の意見を述べることなく、シャルルの口を借りた。彼は小さくため息を漏らして、発言する。


「ファルム国は強大です。レオポルト様という大義名分がそろったとしても、攻め入る準備が足りていません。さらに言えば、無関係な我が国が攻め入ることに対して、進歩派の皆様でも反感を抱きかねません」


「まったく、我が弟は弱気で困る」


 淡々と述べていたシャルルの言葉をさえぎり、ルイは大声で罵った。彼が声を上げた瞬間に、支持者たちは拍手で応援した。


 ルイはその拍手に応えようと、熱弁をふるう。


「これを逃しては、千載一遇のチャンスを逃すことになります。リスクがない戦いなど、この世にありません!ましてや、この大陸の覇権を賭けた戦いになるのです。危険を恐れて、なにになりましょうか!」


 万感の拍手が、ルイを後押しする。ネック公はその様子を眺め、拍手が収まった頃に再び進言する。


「ファルム国を攻める準備は、東の国境での演習を経て、数年前から進めております。ファルム国内の諸侯と連絡を取っております。ご心配なさりませんよう」


「そうか」


 国王の淡白な言葉を聞いて、シャルルはがっくりと肩を落とす。俯いたことで、彼の金髪が彼の顔を隠した。これで、ファルム国への侵攻は決定してしまった。


 一方でネック公は深く頷き、そして会議場の皆へと振り返る。


「これより、この会議は、ファルム国へ攻める部隊の編成会議となる。編成案は私が作成してきた。……おや? シャルル王子、どちらへ?」


「私の領土は西にありますので、今から編成しても皆様の進撃には間に合わないでしょう。この戦争では役に立ちますまい」


 こんな戦いに巻き込まれては困る。国王に頭を下げて謁見の間を去ろうとするシャルルの袖を、ネック公がつかんだ。


「戦術に長けているシャルル王子にも一軍率いていただきたいと存じます。もちろん配下の方々にも参陣していただきます」


「お前にも戦功を立てさせてやるんだ。感謝しろよ」


 ルイはともかく、ネック公はシャルルを参陣させないといけないと確信していた。彼は民衆からの信頼が厚い。彼を出陣させるか否かで、募兵の調子が変わってくるのだ。


 シャルルはこの場から逃げ出す手段を模索した。しかしながら、諸侯はうろんな目で彼を見てくるし、国王は目をつむって無関心を装う。


 ここで、ネック公のつかむ手を振りほどけば、諸侯の信頼を失いかねない。彼の冷静な計算が生んだのは、会議に戻ることだけだった。


 ルイが恩着せがましく言ってきたことに、シャルルは何も答えず、ただ微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る