第33話『女王の弱点』

 シャルルがアルマたちの報告を受けたのは、指示を出した翌朝である。女王を迎えに行く前に、屋敷で着替えていた時のことだ。アルマは眼鏡の下に隈を作り、モランは坊主頭に脂汗をかいている。恐らく寝ていないのだろう。


 その内容に、シャルルが目をむいた。茶色の瞳に驚きを表す。


「国王の姿を、去年から見ていない?」


「はい。ソイル国と親交のある領主から、そのように聞き取りました」


「ソイル国と交易している商人からは、国王の病が重篤であると、噂があります」


 女王自身はソイル家出身ではないと、事前に情報として知っていた。いくら名目上は女王が君臨していると言っても、実権を握っているのは国王・カーロス4世のはずだ。シャルルはそう信じていた。


「国王には、女王より年上の、成人した息子がいたはずだろう。国王に何かあれば、嫡男であるその息子が政治を司るはずだ」


「ところが、国王の姿は見えなくとも、国王が政治を行っているのです」


「どういうことだ?」


「部屋から出ない国王の命令を、女王が代わりに伝えている状況なのです。国王の部屋には女王しか入れない。ソイル国の貴族たちは困り果てていると、聞いております」


「つまり、今、ソイル国の実権を握っているのは、国王の皮を被った女王だというのか?!」


「宰相のウィルバード=セシルと、ソイル国軍の切り札『風の騎士団』団長ハワード=トーマスが、不満を漏らす臣下を抑え込んでいます。他の王族も手が出せないと聞きました」


 シャルルの脳裏に、女王と、その後ろに従って歩く二人の男性の姿が映る。つまりは、あの三人が広大なソイル国を牛耳ぎゅうじっているのだ。


『私は、ソイル国を滅ぼし、新たな国を作る』


 冗談半分で聞いていたあの言葉が、不意に思い出される。彼女の言ってた夢物語に、が帯びてきた。


 その女王の白魚のような手を握った、自分の右手を見つめる。


「怖い握手、だったかもしれない」


 シャルルは顔がこわばって、上手く笑えなかった。


 ――*――


 一方で、謹慎が解けたダヴィは、久々にマザールの家に行った。そこで何日かぶりに会うマクシミリアンとジョルジュに、質問攻めにされた。主にソイル国の女王についてである。


「どんな会談だったのですか?! 女王様はどんな方だったのですか?」


「すっげえ美人だって聞いているぞ!」


「シャルル様はどのように対応されたのですか?!」


「なあ、教えてくれよ、ダヴィ!」


「えーと」


 マクシミリアンとジョルジュは息荒く、質問を繰り返し、ダヴィは一歩あとずさる。

 

 一緒に過酷な戦場を戦い、結果としてダヴィだけ処分を受けた。そんな重い状況だったにもかかわらず、学友たちは新しい話題に夢中である。ダヴィとしては、ちょっといただけない。


 しかし怒るのが苦手な彼である。そんな感情は押し殺して、回答した。


「きれいな人だったよ。あんまり近寄れない、オーラがすごい人だった」


「ひゃー、やっぱり噂通りだったんだな。一目でも見てみてえ!」


「シャルル様はそれでも毅然きぜんとした態度だったのでしょう?」


「うーん。それが、シャルル様も対応に困られている様子だった。あんなシャルル様見たことない」


 マクシミリアンは太い腕を組み、ジョルジュは眼鏡をかけ直して考える。そんな主君の様子は想像がつかない。


「そっちも見てみたかったな」


「同感です」


 学習に使っている部屋の隣から、くくく、と笑い声が聞こえてきた。


「ほう、あやつが、しかも年下の女性に翻弄ほんろうされているとはな。儂も見てみたかったわい」


「先生」


 扉から、笑みをこぼすマザールが顔を出す。数年前と比べて、少年たちを教えているうちに、性格が角が取れて丸くなった。肩まで伸びた白髪は薄くなってきたが、少し太って、見た目も温厚さを増しつつある。宮廷にいた頃の同僚が見たら、驚くに違いなかった。


 それでも、眼の鋭さは変わらない。鷹のような眼で、ダヴィを見る。


「『赤い魔女』の噂通りじゃな。シャルルはああ見えて隙が多い。何か、弱みを握られたとかか?」


「その通りです。あのシャルル様に余裕がなくなるほど、ひどい状況でした」


 うむ、とマザールは口ひげを撫でながら考えた。そしてダヴィを見て、試すように問いかける。


「それで、お主はどうするのだ」


「どうするのだといわれても……」


「お主はシャルルの部下ではないのか。シャルルに恩義があるだろう。ならば、主君の危機を救うのは、お主の役割だ」


「役割、ですか」


 ダヴィは額に手を当てて考え込む。ジョルジュが彼の代わりに、マザールに質問する。


「救うとはこの場合、逆に女王の弱点を把握するのですか?」


「端的に言えば、そういうことじゃな。それを交換条件にすればよい」


 その時、マクシミリアンがニヤリと笑う。


「女王を惚れさせたら、一発逆転になるぜ」


「ダヴィが? それは、無理でしょう」


「だよなあ」


 ケラケラと笑うマクシミリアンとジョルジュに対して、ダヴィはムッとしつつ、無言のまま考える。頭をポリポリとかいた。マザールの助言で、何かをひらめきそうだった。


「弱点かあ」


 金色の耳飾りが揺れている。ダヴィがぼそりと呟く姿を、マザールは興味深そうに観察していた。

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