第29話『正しさとは』
苦い思い出は語りたくない。シャルルの表情がそれを物語っていた。
それでも、彼は目の前の少年のために、語り始める。
「俺は昔、ある少女の罪を許した。俺に渡したおやつに、毒を盛ったんだ。たまたま飼い犬がそれを食べて、死んだことで判明した。その少女は、故意でやってはいなかった。砂糖か何かだと思ったらしい。しかし、王族の殺人未遂は重罪だ。死罪は
目をつむりながら、シャルルは語っていく。苦しいことを吐きだすように、顔を歪めながら。
「その数日後だった。俺の母が血を吐いて、死んだ。殺したのは、その少女の父親である料理人だった。彼女は父親の持ち物から持ち出したんだ。あの時調査していれば、母は死ぬことはなかった。母を殺したのは、俺だ!」
中庭に吹く風に、母親譲りの金色の髪がたなびく。まだ夏だというのに、中庭の空気が冷たくなる。ダヴィ以上に、シャルルの表情は悲しそうだった。
「結局、彼女も含めて一家全員が死罪となった。母が死んだ次の日には、広場で首をつるされて体を揺らしている少女の姿を見た」
シャルルの脳裏に、吐しゃ物でまみれながら食卓から転げ落ちている母親の姿と、自分の頭上高くぶら下がる少女の姿が、交互に映し出される。
いずれも自分のせいで、その姿を見てしまった。
「分かるか、ダヴィ。時には非情にならなければ、誰も救えない。それが、俺たちのいる世界だ。俺たちが民を率いる存在意義だ。優しくすれば、誰しもが幸せになれる世界であるなら、政治は必要ない」
シャルルは一転して語気を強める。ダヴィはまだ泣いていた。シャルルは自分の部下としてではなく、自分の跡を追う後輩に対して、激励する。
「俺たちは、一人を殺して、やっと一人しか守れない、力のない存在だ。間違っても前進し続ける。民を正しい方向へと導き、未来を築く。それが、俺たちの生きる意味だ! ダヴィ、自分を許すな。失敗して、自分を慕う民を殺した、自分の罪を忘れるな! それが、君の行く道を照らしていく」
シャルルはおもむろに剣を抜いた。そして思いっきりダヴィを切りつけた。
「ひっ」
クロエが小さく悲鳴を上げる。しかし彼が切ったのは、縄だけだった。解放されたダヴィは、地面に手をついて、自分の無力さに絶望する。
「しばらく謹慎を命ずる。今の言葉、よく噛みしめろ」
シャルルは、
初陣とは、若い軍人に、多くの経験を教えてくれる。勝てば勝利の美酒を、負ければ敗北の苦さを、教えてくる。
――*――
自分の部屋に戻ったシャルルは、ドッと、椅子へ体を預けた。そして大きく息を吐いて、前髪をかき上げた。
そこへ、アルマが部屋に入ってきた。天井を見たままのシャルルが、独り言ともつかない言葉を話す。
「人を叱るとは、難しいな」
「見事な怒り方でした。一緒に見ていた息子たちも、しょげていましたよ」
「彼らも見ていたか。フフフ、怒ったかいがあったかもな」
「私も怒ることは苦手です。最近は息子や娘には言いくるめられるばかりで」
最近、ますます髪が少なくなった頭を、困ったように撫でた。アルマのその様子に、シャルルは微笑む。そして愚痴を重ねた。
「俺が率いていなかったら、手放しに褒めただろうな。なんたって、俺を出し抜いて、一城を落としたんだから。十四歳にできることじゃない」
「いつまでダヴィは謹慎させるので?」
「俺の気が済むまでかな。すぐに呼ぶかもしれないし」
「確かに。最近、王子にダヴィは欠かせない存在ですからな。さぞ、寂しくなるでしょう」
「おいおい、おもちゃを取られた子供じゃあるまいし」
穏やかな雰囲気で話している中で、部屋のドアをノックする音が響いた。シャルルは、椅子の背もたれに、だらしなく預けていた体を持ち上げ、腕を組む。
「誰だ?」
「王の使者がいらっしゃいました」
「通してくれ」
開かれた扉から、皺ひとつない藍色の服に身を包み、口ひげを蓄えた大柄な男が現れる。そしてシャルルの前で、お辞儀をした。
「シャルル王子、招集のご命令です。すぐに王城まで来るようにと」
「バカな。王子は今、ご帰宅したばかりだぞ。それに、先ほど王へのご報告は済んだ。それをまた呼ばれるとは」
「なにがあった? 急用か? もしかして、ソイル軍が復讐に攻め立ててきたとか」
使者は声を落として、冗談交じりに質問してきたシャルルに、答えた。
「似たようなものかもしれません」
「なに?」
「どういうことだ?」
「それが……ソイル国の王女が来訪すると、連絡があったのです。その対応をすぐに決めたいとの、王のご命令です」
シャルルとアルマは、顔を見合わせる。お互いに、目を丸くしていた。
そしてシャルルは顔をしかめ、自分の金色の髪をかく。
「早速、ダヴィに相談したくなってきたよ」
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