第23話『デム公領南の戦い 上』


 首都パランを出発してしばらくすると、ニコール=デムの領土へ明日入る地点まで来た。


 その時、シャルルのもとに意外な情報が入った。


「敵が待ち構えている?」


「この先の平野で陣取っていると報告がありました」


 ニコール=デムの軍勢が領土南部から入る手前の平野で待ち構えている。これは予想外だ。


 シャルルはすぐに指揮官たちを集めた。意外な出来事に、彼らに動揺が走る。しかしシャルルは笑顔だ。これは天恵てんけいであると、明るく宣言する。


「デム公は我々に贈り物をしたいらしい。明日、それを受け取るとしよう。諸君、備えるんだ」


 落ち着いて冗談を交えて命令するシャルルの姿は、参陣した貴族たちに安心感を与えた。ダヴィたち三人も天幕の中の簡易ベッドに寝ころび、はやる気持ちを抑える。


「いよいよ明日だな。俺の活躍の第一歩!」


「早く寝てください。明日は早いんですから」


「二人とも、明日は頑張ろう」


 そして翌早朝、両軍は平野で対峙たいじした。


 農繫期のうはんきが理由で、両軍ともに数は少なかったが、それでもこの小さな平野を埋め尽くすほどだった。諜報によれば、彼らの軍勢数は二千、こちらは一万である。防衛戦だから領土中の男どもを集めたのだろう、と推察できる。


「戦力差は明白。無謀と言うべきか、悲壮ひそうと言うべきか」


 とシャルルは馬上で、彼らを目の前に呟く。ニコール=デムの状況を察してそう言ったのだ。


 彼はソイル家に寝返った。彼の領土はソイル家に有益であるが、彼自身の価値を示せていない。本来なら、城の中に隠れながらソイル家の援軍を待つべきだ。しかし自分が必要な存在だとソイル家に認めさせるために、この戦いに挑んできたのである。


 その証拠に、彼らの軍勢の中にソイル家の旗印を見つけたと連絡があった。彼らにおける軍監(監督者。戦功や軍律違反を報告する役目)なのだろう。


 モランも相手のことを想い、四角い顔をしかめさせる。


「確かに、つらい状況ですな。それでなくてもこの布陣を見れば、彼らに戦術家はいないとみえます」


「ああ、そうだな」


 シャルルがモランと話していたのは、彼らが布陣したこの平野の場所である。ここは厳密にはニコール=デムの領土ではない。防衛戦では、防御側が地形を知っている利があるが、彼らはそれをむやみに放棄している。


 さらにこの平野は狭いながらも、大軍が展開できる場所だ。兵力が少ない彼らとしては、数が多い敵の動きを制約できる戦場を選ぶべきだ。恐らく、領土を荒らされたくない感情が先走ったばかりに、敵に利する場所を選んでしまったのだろう。


「ニコール=デムは噂通りのお人良しのようだ」


「領民を愛すると評判でしたか。確かに、そのようです」


 この裏切りも、不当な裁判に負けて、怒った領民たちの突き上げをくらったからだろう。目先の感情だけで、先祖代々育てた領土と領民を危険にさらしている。


(なぜこのように侵攻される事態が、結果として領民に一番ダメージを負わせると想像できないのか)


 考えが足らない。少し前まではウォーター国の一貴族だった者の短慮さに、シャルルは頭が痛くなった。金色の頭に手を当てて、悩んでしまう。


 シャルルがそう考えているうちに、日が高く昇った。敵の軍使が戦いの前に挑発してきた。これはこの時代の戦いにおいて、伝統的な戦闘開始の合図である。シャルルも自分の軍使を送り、挑発し返した。


 軍使が帰ってきた後、両軍に緊張感と殺気がこみあげる。


「歩兵部隊! 弓兵! 前へ!」


 盾を構えた兵士たちと、その後ろから弓兵が行軍していく。敵も同じく歩兵と弓兵が行軍してきた。


 平野における戦術のひとつとして、まずお互いに弓兵による攻撃を行う。この矢合戦で敵の戦力と士気を削ぐのである。矢合戦で大勢が決まってしまう戦いもある。


 この戦いでも、元々弓兵の数が多く、シャルルに鍛えられていたウォーター軍の攻撃にさらされ、ニコール=デムの軍勢は隊列をみだし始めた。


 そして強烈な攻撃に耐えかねて、矢合戦を放棄した敵の歩兵部隊が駆け足で向かってきた。


「おっ、出てきたみたいだな」


「迎え撃ちます」


「頼んだ」


 モランがシャルルの代わりに、ダヴィら伝令役に指令を出す。そして各部隊に散っていき、弓兵は後ろへと下がった。その代わりに、槍と剣を構えた歩兵たちが前面に出てきて、彼らを迎え撃った。


 前線はすぐに乱戦になる。その隙間をダヴィが馬で駆け抜ける。


 伝令役は鳥の羽で彩った旗を背中につけて走り回る。その格好で、各部隊の指揮官が彼らを見つけやすくなり、伝令を受け取りやすくなるのだ。


 それは当然、敵に見つけられやすくなるのと同義である。


「そこの騎兵、もらったーー!」


(ハッ!!)


 ダヴィは振り返る。確認した時にはすでに、ダヴィの倍以上体が太い騎兵が、斧を横に振りかぶっていた。


 焦って剣の柄を握れない。男の声に驚いて、乗っていた馬も体が固まる。騎兵の馬の荒い足音が肌で感じられる。彼の金の輪が不気味に揺れた。


 斧の刀身にダヴィの顔が映った、気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る