第13話『この世界のかたち』


 この世界は、七つの国に分かれている。ウォーター国はそのひとつであり、この分割状態は約五百年前から変わらない。


 この世界を築いたのが、金獅子王ローラン大帝である。


「金獅子王の説明の前に、この王の登場の前の世界を教えておこう。ダヴィ、正円教は信仰しているな。いつも何に拝んでいるか言ってみろ」


「太陽と月と、聖女様です」


「その通りだ。それが我々の心の支えとなる信仰である」


 人を始めとしたあらゆる世界の自然や生き物は、太陽と月の子供である聖女が、一週間かけて産み落とした、と伝承されている。それが多くの地域で信仰されている正円教の教義の根本である。


 そして人は死ぬと、生前の行いを見ていた聖女が、その魂の行く先を太陽の国(天国)か月の国(地獄)どちらかに決めるのである。


「ヌーン国で信仰されている円一文字教、ソイル家で信仰されている二重円教と派生したものはあるが、太陽と月への信仰、その二つの象徴である円を信仰の旗印としていること、そして聖女様への信仰は共通している」


 聖女の特徴は、目が見えない背の高い女性であったと伝わる。


「正円教では十年に一度、清廉せいれんな若い女性を選抜して、その女性を現世における聖女の代理として信仰の柱とする」


 その名称を聖子女という。その女性を支えるのは修道院と祭司庁である。修道院は儀式や公務を補佐し、祭司庁は各地に教会を設けて人々からの寄付を集めている。


「祭司庁のトップが祭司教皇であり、現在はニコライス5世がその座についている。……いや、奪ったというべきか」


 その言い方に苦々しさがただようことに、ダヴィは気が付いた。話は続く。


「ジョルジュ、この聖女から生まれた初めての人間とその特徴を答えよ」


「ゼロです。金髪碧眼きんぱつへきがんでたくましい男性です」


「不思議な力を使えた、という特徴が抜けておるぞ。この男性までを、正円教では信仰の対象としているが、二重円教ではゼロは普通の人間であるとして信仰していない。逆に円一文字教では、ヌーン家の一族をこのゼロの正統なる血統としている。ともあれ、このゼロから派生したのが現在の我々であることは間違いない」


 このゼロの誕生後、数百年間は歴史として記録が少ない『暗黒時代』が続いた。聖女を信仰しない異教徒・異民族が幅を利かせ、人々は逃げまどっていたと伝わる。


 この時代に終止符を打ったのが、金獅子王・ローラン大帝である。


「マクシミリアン、ローラン大帝の業績を答えよ」


「えっと、言語の統一と、世界を平和にしたのと……」


「もうよい。お前はまた読書をサボって剣を振っていたな。何度も言うが、剣を上手に扱っても、知識が無ければ正しく使えない。分かっておるのか」


「は、はい」


 しょげたマクシミリアンに代わって、ジョルジュが答える。


「言語・文字を統一したことと、正円教の教義を定義したこと、金歴を始めとした暦を定めたこと、そして世界を統一したことです」


「その通りだ。ジョルジュを見習うといい」


 鼻高々なジョルジュを、マクシミリアンが恨みがましく見つめる。マザールは無視して、授業を続ける。


「このローラン大帝は聖女に導かれて、世界を統一したと言われている。そして統一した年を金歴元年と定めた。だが残念なことに、彼には子供がいなかった」


 そのため彼の死後、彼の七人の部下たちによって世界は分割された。これがウォーター家を始めとした『黄金の七家』である。


「この七家を筆頭として“いかにローラン大帝に忠節を尽くしたか”を以って、現在の身分制度が作られていると定義できる。今の貴族の多くは、その時から七家に仕えていた家臣の末裔である。お前らの父親は少し異なるがな」


 マクシミリアンとジョルジュが頷いた。ダヴィは思う。そんな歴史の中で自分が一度属したことのある奴隷の先祖は、どんな罪を犯したのだろうかと。


 マザールは現在の統治体制を説明する。


「現行の政治体制は封建主義といわれている。主君であるウォーター家が貴族や騎士たちに領土の統治権と血統の正統性を認め、代わりに貴族たちは忠誠と納税を義務付けられている。貴族たちが国王に忠誠を誓うのは、国王を否定した途端に、自分たちの社会的地位を失うことを意味するからだ。逆に言えば、国王へ直接忠節を尽くしていない平民、特に異教徒は、蔑まれる対象となる」


 この世界での貴族とは、開墾などで自分で切り開いた領土を、爵位などで国王から永代の支配権を追認された存在である。公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵と分かれている。


 一方で騎士は、国王や貴族に一代限りの領土を与えられる代わりに、彼らに忠誠を誓う存在だ。いずれも国王の存在が自分の社会的地位の確立に必要だ。


 ここまで話すと、マザールは大きな羊皮紙を取り出して広げる。そこには絵が描かれていた。


「これが世界地図だ」


 ダヴィは思わず椅子から身を乗り出して覗き込む。世界の姿を見るのは初めてだ。小さな島々は周りに点在しているが、この世界は巨大な一つの大陸で出来ていた。


「ぼくは、今どこにいるのですか?!」


「まあ、待て。わしたちがいるのは西方のここだ」


 マザールが指さしたところを見ると、確かにウォーター国の首都、パランの文字があった。ダヴィは再び世界全体を眺めた。その形はまるで


(半ズボンのようだ)


と、感想を持った。きれいに南東と南西に向けてズボンの足が出ている。そして股の部分に三角形の海が広がる。まさしく半ズボンの形である。


「この世界を西の商業大国・ウォーター家・中央の戦闘国家ファルム家・中央東の宗教国家クロス家・南西の奴隷国家ヌーン家・南東の農業国家ウッド家・北の遊牧国家ソイル家・東の海洋国家ゴールド家が大まかに分けている」


「こんなにきっちり分かれているのですか?」


「いや、各国の国境付近はこの七家の権威が及ばない空白地帯、主に異教徒が住んでいる地域があるのじゃ」


 ダヴィはロミーがこの国に来る道中で「異教徒が襲ってくるかもしれないぞ。早く歩け」と急かしていたことを思い出した。確かにこの地図でも、国と国との間は山脈や湿地など厳しい自然の壁で分かれており、彼らが住んでいるかもしれないとダヴィは思った。


 マザールはマクシミリアンに再度質問した。


「この国と対立している国はどこだ」


「北のソイル国と南のヌーン国、あと東のファルム国です!」


「そうだな。北のゴルト森林と東のピレン山脈で防いでいるとはいえ、この国は敵に取り囲まれている」


 正解して誇らしげに笑うマクシミリアンに、ジョルジュは冷たい視線を送った。ダヴィはなんとなくこの二人の関係性を理解してきた。


 ジョルジュがマクシミリアンを無視して、マザールに質問する。


「これまでに、滅ぼされた国はないのですか?」


「あることはある。しかしそれは黄金の七家から派生した国であり、この七家が途絶えたことはない。ある血統が危機的状況を迎えたとしても、他の六家が政治的バランスを考えて建て直す。そうやって歴史は繰り返されてきた。それほどこの世界にとって、この七家は重要なファクターとなっている」


 そういえば、とマザールはジョルジュに指摘する。


「先ほどのローラン大帝の件、一つがあるぞ」


「え?」


「彼は。その当時最大の勢力を持つ国を形成したのは間違いないが、彼が統治したのは南ファルム平野を中心として、せいぜい現在のファルム国とクロス国の一部だけだろう」


 マザールが指でぐるりと地図上でその領土を示すと、この大陸の四分の一も満たない面積であった。マザールは言う。


「彼の死後、数百年の歳月をかけて黄金の七家が勢力を大陸中に伸ばした結果、今の形が出来上がった。本当の意味で、世界をまとめ上げた人物は歴史上


 マザールは長い髭を撫でながら、こう呟いた。


「この世界を統一して平和をもたらす者は、百年、二百年後に果たして現れるだろうか」


 天下屈指の知識を持つマザールでも、この時全く想像できなかったであろう。まさか目の前で地図を覗き込む無邪気な少年が、この半ズボンの形をした世界を制圧し、自分がその師として歴史に名を刻まれることになることを。


 今はただ、この無知な少年にどう教えていこうか、頭を悩ませているだけだった。

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