第4話『少年は叫ぶ』
男たちの凶悪な声が聞こえる。「殺せ、殺せ」と、剣のきらめきと共に、騒がしく響く。
薄汚れた衣服を着る彼らの姿を見て、シャルルは自分の金髪を指でクルクルといじりながら、感想を述べる。
「うまく化けたな。浮浪民のようだが、剣の握り方を見ると、武術の心得はあるな」
「そんなこと言っている場合ではありません! 囲まれました!」
アルマはズレた眼鏡を直さず、悲鳴のような声を上げる。相手は十数人。指揮官は先ほどまで馬車を護衛していた騎兵だろうか。男たちの後方で、声を上げている。襲い方を指示しているのだろう。
十歳のダヴィは震えていた。耳の金の輪の飾りが小刻みに動く。目の前では、シャルルとアルマが剣を抜き、戦う準備をしていた。
だが、この人数差だ。到底、勝てるとは思えない。
「まさか、リヨンヌ公の仕業か!」
「ふっ、まさか。きっと、ルイか、その手下か」
「兄君の!」
「奴らは松明は持っていないようだ。この馬車は燃やさずに、俺たちの死体をハッキリ確認させて、褒美をもらうつもりだろう。それはいいが……」
シャルルの笑みが固い。ダヴィは察しがついた。
「このままパランの裏町で、露と消えるか」
ダヴィは耳を塞ぎ、小さく体を丸めようとした。このまま嵐のように、頭の上を過ぎ去ってくれないか。そして、あの裏寂れた街角で、ボロボロの服をまとい、靴を磨いていたい。あそこが自分の居場所なのだと、彼は思った。
卑屈になり、逃げようとする少年に、シャルルの言葉が不意に聞こえた。
――彼の人生を変えた。
「やはり運命には抗えないのか。自分の命の意味すら分からず、死んでいくのか」
ダヴィは顔を上げた。耳の金の輪がキラリと光る。彼のオッドアイが大きく見開いた。
彼は考えた。考えた。外から男たちの暴力的な声が聞こえる。それに負けずに、彼は考える。
そして、足元の靴磨きの道具を取り出した。
「何をする気だ?」
ダヴィが手に持ったのは、馬油だ。そして彼は上着を脱いで半裸になる。その脱いだ服に、油を濡らした。
さらに、火打石を取り出し、あろうことか、その服に火を点けた。
「何を!」
アルマとシャルルが驚く間に、馬車の中は煙が充満する。外にいた男たちは驚いて、馬車の扉を開けようとした。
その時、ダヴィはその燃える服を掴んで、外に飛び出した。
「うわっ!」
彼が振り回す火に驚いて、男たちは後ろに下がった。その隙をついて、ダヴィは騎兵へと駆け寄る。そしてその燃える服を投げたのだった。
「うりゃ!」
「わっ!」
馬が飛び跳ねて、兵士は転げ落ちる。その暴れる馬に、ダヴィは
そしてあっという間に、その馬に飛び乗り、興奮する馬を静めてしまった。
「なんだと!?」
貴族じゃない、しかも子供が、馬を乗りこなしている。この時代の常識とはかけ離れた事態に、男たちも、シャルルたちも驚く。
だが、ダヴィの挑戦はこれだけにとどまらない。馬の手綱で叩き、馬を男たちに向かって走らせた。
「くそっ」
「どわあ!」
「このガキ!」
馬に蹴飛ばされる恐怖で、男たちは地面を転げるように逃げた。彼らの隊列が、一直線に裂けた。
「今だ!」
馬車の中から、シャルルとアルマが飛び出す。そして狼狽える敵に向かった。
シャルルは金色の髪を踊らせ、剣を振り下ろす。
「ふぐっ!」
一人の男を肩口から斬り下ろし、その後ろにいた男に向かって突き飛ばした。そして振り向くと同時に、横にいる男の首筋を
シャルルは倒れた男の剣を掴み、素早く投げる。
「わっ」
「ぎゃあああ!」
敵の指揮官は辛うじて避けるが、その後ろにいた男の右目に刺さった。指揮官は息を飲む。
(シャルル王子の腕前を甘く見ていたか)
「どうした。終わりか?」
アルマも一人を倒していた。ダヴィは馬を巧みに操り、男たちを追いかける。指揮官は下唇を噛んだ。
そして情けないことに、小さな少年に悲痛な罵り声を飛ばした。
「このクソガキ! なんてことしやがるんだ! 台無しだ」
「ハハハ! ダヴィにしてやられたな」
とシャルルが笑う。こんな場面でなければ、腹を抱えていたであろう。屈託のなく大声で笑う。指揮官はそれを聞いて、余計に眉尻を上げた。そして余計にダヴィを罵る。
「こんな“はずれ”の王子を助けて何になる。よく考えろ! こんなことをしても、何の利益にもならないぞ」
「う、うるさい!」
ダヴィはあばら骨が見える裸を見せつけ、声を震わす。それでも、彼の心は熱い。その熱が言葉として表れた。
「ぼくの運命は、ぼくのものだ! なにが正しいかは、ぼくがきめる!」
シャルルの目が光る。そして剣を握り、指揮官に向かいながら叫んだ。
「よく言った! お前の負けだ!」
「クソおおおおお!」
指揮官は剣で防ごうとした。しかしシャルルの攻撃が速い。剣を構えた瞬間に、手首に強烈な一撃が加わり、彼の苦痛に歪む顔が、シャルルの目の前に現れる。
「終わりだ」
シャルルの右足が踏み込む。その勢いのままに剣が飛び込み、指揮官の首が空を飛んだ。
それを見て、残りの襲撃者たちは叫び声を上げて、武器を捨てた。そして蜘蛛の子を散らすように逃げていく。アルマがシャルルの元に駆け寄る。
「追いますか!」
「いや、いいだろう。恐らく、金で雇われた連中だ。捕まえたところで、何にもならないだろう。さらに言えば、彼らは逃げたところで、ルイが許すとは思えん」
それよりも、とシャルルは、まだ馬に乗っているダヴィに向いた。
「本当にありがとう。助かったよ」
「…………」
ダヴィの身体から力が抜ける。ゆっくりと倒れていき、馬から落ちた。
「おっと」
シャルルがダヴィを受け止める。軽い身体だ。ダヴィは意識を失っていた。
「気が抜けたのかな」
「緊張が解けたのでしょう。いやはや、思わぬ拾いものでしたな」
「ああ……」
アルマはこの襲撃のことだけを言っているのだろう。確かに、この少年のおかげで助かった。服を燃やして、馬を奪う機知は、素晴らしかった。
だが、シャルルは違うことを考えていた。彼の真っすぐな信念。そして心の強さ。そこに彼の真価を見つける。
シャルルは自分の腕の中で眠るダヴィの顔を見つめた。まぶたの奥のオッドアイに想いを
この国の王子は、貧しい靴磨きの少年を見つめて、強く思う。
(欲しい――)
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