第3話『運命の急変』
(どうして、こんなことになったんだろう?)
とダヴィは思いながら、豪華な馬車の中で小さな体をもっと小さくして座っていた。こんな立派な馬車に乗ったことはない。なるべく自分の汚い体で馬車を汚さないようにと、椅子に浅く座っている。地面に置いた靴磨きの道具を踏んで、床を汚さないようにする気の入れようだ。
その姿を、対面に座るシャルルは、左腕で肘枕をしながら、ジッと観察していた。その手に金色の髪が垂れる。隣に座るアルマが眼鏡を直しながら、心配する。
「シャルル様、よろしかったのですか、連れてきても?」
「大丈夫、城門前までだ。もう一人の靴磨きもそれで納得しただろ。その後はこの馬車で家まで送り届けてやろう」
アルマはため息を漏らした。慣れているとはいえ、好奇心旺盛なこの主君の
(頑固者のモランがいたら、さぞや怒るだろう)
そんな部下の懸念を知ってか知らずか、シャルルはこの少年から視線を外さない。そして右腕を伸ばして、白くて細長い指で、ダヴィの頬を触った。ダヴィはびくりと震えたが、なされるがままにされている。
やがてシャルルの右手が、彼の最大の特徴である耳にぶら下がる大きな金の輪に向かった。耳の真ん中に穴をあけて、輪を通している。それを触ろうとした。
パシッ! その手をダヴィは払った。
「あ、ご、ごめんなさい」
頬は触っても良いのに、耳輪は触ってはいけない。シャルルは怒るどころか微笑み、ますます興味を強くする。
この少年のことを知りたい。シャルルは話題を変えてみた。思いつくままに、窓の外の光景から話を振ってみる。
「ダヴィ、君はこの街のことをどう感じる」
抽象的な質問に対して、ダヴィはしっかりとかみ砕くように時間をかけて、そしてこう答えた。
「うるさい街です」
シャルルはその答えにがっかりした。三歳児でも思いつく回答じゃないかと。
ただし、ダヴィはこう付け加えた。
「職人さんや商人さんが混ぜこぜです。悪いうるささです」
興味をとりもどしたシャルルがまた尋ねた。
「ほう、“悪いうるささ”とは面白い。それはどんな悪いことがあるのだい?」
「悪いお店が色んな所にあります。女の人がいっぱいいるお店とか……。そういうお店には他の人を脅す悪い人も多いです。色んな店を混ぜこぜにすると、そんな悪い人もあちこちにいてしまうから」
シャルルとアルマは、彼が言おうとしていることを理解した。娼館など歓楽街があちこちにあると、そこに寄生する悪党がはびこり、治安が悪化する。
「それに、同じ種類の商人さんが近くにいると、一生懸命頑張るから、そういうところは良い商品が作られやすいって」
商業集積による産業の競争力の強化。先ほどの治安の件といい、これらはシャルル自身が指摘をして国王に提言してきたことだ。私と同じ考えを持つ子供がいたとは。
(げっ)
アルマが隣の主君の茶色の瞳を見ると、
(こうなると、もはや止められまい)
シャルルは身を乗り出すように、ダヴィに顔を近づけ質問をする。ダヴィのオッドアイが驚いて大きく開かれる。
「どこでそんな考えを身に着けた? どんな経験をした?」
「えっと、これはウィンの街と比べただけです」
「ファルム国から来たのか! こんな小さいのに、どうやって?」
シャルルの長い髪がダヴィの顔にかかるぐらいに近づかれ、威圧されていると感じた彼はとうとう黙ってしまう。それを見かねたアルマが、この可哀そうな少年に助け舟を出した。
「シャルル様、そのぐらいになさいませ。この子が可哀そうです」
「むう」
口をとがらせて、シャルルは椅子にもたれ直した。その姿さえ様になるのだから、美形は得だ。その姿にクスリと笑いつつ、アルマはダヴィに尋ねた。
「坊や、送り届けてあげよう。先ほどの靴磨きをしていた場所でいいかい?」
「え、あっと、それだと稽古に遅れちゃう……」
“稽古”と聞いて、シャルルの好奇心が再びわき上がる。靴磨きの修行を“稽古”とは言わないはずだ。
「“稽古”とはなんだ。どんなことをするんだ?」
「…………」
「言わないと、送り届けてやらないぞ」
そう言ってシャルルが意地悪く笑うと、少年は泣きそうな表情を浮かべる。こんな子供相手にひどいことを、とアルマが苦笑した。
ダヴィはようやく口を割って、おずおずと答えた。
「サーカス団の、です」
「つまり、君はそこに所属しているのだな」
ダヴィはゆっくりと頷く。シャルルは目を細め、アルマは息をのんだ。
この時代、芸人とは庶民の中でも最下層に位置する職業であることは常識となっている。芸人にわざわざなろうとする庶民はいない。いるとすれば、あぶれ者か、元奴隷か。
シャルルは何となく、ダヴィの耳を触られることを嫌がった意味に、想像がついた。シャルルはアルマに耳打ちする。
「この子を買うことができるのであれば、買ってやってくれ」
「それは良いですが、その後はどうするのですか?」
「俺の屋敷で奉公させるのもいい。奉公人が一人増えても構わん。サーカス団よりマシだろう」
「分かりました」
その時、辺りがふと暗くなった気がした。シャルルとアルマは顔を上げる。そして窓の外を見ると、アルマが思わず叫ぶ。
「ここはどこだ?! 道が違います!」
馬のいななきが外から響く。それと同時に、キラリと光った気がした。剣の輝きだ。
「敵だ!」
「
慌てふためき、辺りを見渡すアルマ。その一方で、余裕の笑みを浮かべて、頬杖をつくシャルル。
ダヴィは顔を真っ青にして、体を恐怖で震わせながら、自分の運命を呪った。
(どうして、こんなことになったんだろう?)
彼ら三人が乗る馬車は、日光がかすかに入る路地裏で、馬を外されて止められていた。周りには剣を持ち、ほくそ笑む男たち。
大都市・パランの薄暗い場所で、血
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