第15話 オンナを落とすモード
「犬だとしたら、血統書付きの犬よね。あなたって何をしていても隠しようがないくらいに
「血統については、疑う余地はないよ。おれは雑種さ。あの親父の愛人の子供だからね」
「ああ、そういえばそんな話も聞いたわ」
めぐみもキールに口をつける。
オリエンタルホテルのバーは正統派で雰囲気もいいが、酒の味だけならコルヌイエホテルのメインバーの方がおいしいとめぐみは思った。
「ねえ、あなたいくつ?」
めぐみが尋ねると、清春は
「三十七。いつのまにかこんな年齢になった」
「とてもそんなふうに見えないわね。あたしと同じくらいだと思ったわ。あたし、今年で三十三になるけど」
「うん。いい年齢だね。
「口がうまいのね…あたし、あなたの恋人じゃなくてよかった」
めぐみは微笑み、
「こんなにあっちこっちでコナかけている男が恋人じゃあ、こっちの神経がすり切れてしまいそう」
「佐江は平気だよ」
「平気じゃないでしょう。平気なふりをしているだけよ。井上さん、これほど女心がよくわかるのに、彼女さんの気持ちには敏感じゃないのね」
「あいつの考えていることなんて、これっぽっちもわからない」
清春はため息をついて煙草をくわえた。
「不安で、心配で。平気じゃないのはおれだけだよ」
ねえ井上さん、とめぐみは真面目な顔になり、下からすくい上げるように清春を見た。清春はくわえた煙草に火をつけながら不思議そうに言う。
「なに?」
「”さえ”さんに、ちゃんと好きだって言ってあげなくちゃだめよ」
ふん、と清春は煙草を吸いながらうなった。
「おれは、ちゃんと伝えているつもりだけどな」
「あなたはそうでも、これほどの男と付き合うっていうのは女にとって楽な事じゃないのよ。一瞬でも目を離したら、あなたどこかに行っちゃいそうだもの」
「どこにも行かないよ。おれはもうどこにも行けないんだ」
「あなたはそう思っているでしょうけど、彼女さんは不安がっているはずよ。そして、女を不安なままにしておくと困ったことになる」
「困ったこと?」
「よそ見されちゃうわよ。あなたのほうが」
ふう、と清春はため息をついた。
「じゃあさ、ご教授願えますか。いったいどうしたら佐江によそ見をされずに済む?」
「ちゃんと好きだと言ってあげて。言葉にしなくちゃダメよ。男って、なじんでくるとすぐに言葉を惜しむから」
「了解。つぎは?」
「浮気をしない。こんなふうに女性と二人で飲むなんて厳禁よ」
「普段はやらない。今日は本当に特別なんだ」
そう言うと清春はじっとめぐみの目を見た。そのしぐさがあまりにも自然で、慣れきっている様子なのでめぐみは吹き出す。
「ほら、もうオンナを落とすモードに入っている。そんな状態が長く続きすぎたから、無意識にやっているんでしょうね」
清春は降参と言うふうに、めぐみにむかって両手を上げた。
「わかった。もう二度と女性と二人でバーにはいかない。あとは?」
あとはね、と笑いながらめぐみは清春の耳元に口を寄せた。
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