第13話 意図しない一言が、人生をそっくり変える
「あなたも、子供のころからホテルにいた?」
「そうだ。長いところは半年くらい住んでいたな」
「父親に連れられて日本中と世界のホテルで暮らしてきたひと」
「親父はホテルが好きなんだよ。今だって
「今じゃ、切れ者のマネージャーになっている…」
「コルヌイエはできる上司が多くてね。頑張ってはいるが、おれはまだアシマネだよ」
「
清春は笑ってめぐみに向かって、手をさし出した。
「はじめまして。コルヌイエホテルの井上清春です」
「やだ、全然気が付かなかったわ」
「初対面なんだし、気づくはずがないでしょう」
「でもあたし、あなたの名前は知っているわ。べつの研修で会った人があなたがすごいホテルマンだって言っていたし」
「とんでもない。まだまだ精進が足りませんよ」
「むかしね、あなたの記事を業界紙で読んだことがあったの」
めぐみは柔らかい笑いを浮かべた。
「“このひとの下で働きたい、と思う人と出会えたことが幸運です”って言っていた。それを読んで、あたしもそんな風になりたいって唐突に思ったの。それがきっかけで、あの男とようやく切れたわ」
清春はまるで棒を呑み込んだような顔をした。
「そうなんだ。わるい、そんなことを言ったとは全然覚えていなくて」
「いいのよ、そんなものでしょう。意図しない一言が他人の人生をそっくり変えることもあるわ」
そうみたいだ、と清春は静かに答えた。
「おれもついさっき、おれの人生を変える一言をあなたからもらったよ」
えっ、と今度はめぐみが驚いた顔をした。
「あたしが?」
「そう」
「あたしが何を言ったの?」
「まあ、それは秘密ってことだね。今度おれの彼女に会ったら、聞いてみてくれよ」
ふわっと清春は笑った。その端正な笑顔にめぐみは目を丸くした。
「おどろいた。あなたってほんとうにきれいな男なのね」
「よしてくれよ。それに
「そうなの?彼女さんの好きな顔じゃないのかしら」
「佐江の好みはどうでもいいんだがね」
といって、清春は少し恥ずかしそうに自分の顔を撫でた。
「おれがカエルみたいな顔をしていれば、他の女が寄ってこないからだって」
「かわいい嫉妬ね」
「その程度だよ」
清春はふんわりと笑いをおさめた。
「あいつの嫉妬はその程度。おれなんて、あいつを見ている男全部を殺してやりたいくらいに思っているのに」
「ふうん。彼女さん、きれいな人なのね。人目を惹くくらいに」
「きれいだよ。ただ歩いているだけで振り返られるくらいにきれいだ。それがもう、おれには腹立たしい。あいつこそカエルだったら良かったよ」
「そんな女性にあなたみたいな人が惹かれるかしら。やっぱり美人が良いんでしょう」
とんでもない、と言って清春は肩をすくめた。
「おれは、佐江がカエルでもなんでも惚れるよ。あの肚のすわったところに惚れているんだ。一人の人間に寸分のスキもなくまっすぐに愛されてごらん。天にも昇る心地がするぜ」
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