2「これから始まる初めての浮気」
第6話 男の本能と生理は、つねに新しい女を求める
おれは一体、こんなところで何をしている?
清春は浮気というものを、これまでしたことがない。
たとえどれほど短期間であれ、一人の女性と付き合っている間は、清春は他の女性と寝ない。それが最低限の礼儀だと思ってきたし、三ヶ月ていどなら一人の女で十分満足できたからだ。
だとしたら、清春がこれからしようとしていることが、人生で初めての“浮気”かもしれない。
今ホテルのバーカウンターで清春の隣にいるのは、今日のマネージャー研修ではじめて会った女だ。
広島の鉄道系ホテルにつとめていると言っていて、清春ごのみのほっそりした長身に理知的な美貌の持ち主。
清春は、二十代の初めから長身で細身の女にしか興味がない。
佐江は、清春の異母妹である
清春はひょんなきっかけから十九歳の佐江の身体に初めての悦楽を教え込んだ。たった一度きりの悦楽は、清春の身体にも深い
十九歳の佐江との短い経験以来、清春は佐江に似た体形の女でなければ、欲情できなくなった
だから今、清春の隣で笑っている女が細身で背が高いのは不思議でも何でもないことなのだ。
不思議なのは、本当に欲しかった佐江を手に入れたあとなのに清春が別の女と浮気してみようと思っていることだ。
とはいえ男の本能と生理は、つねに新しい女を求める。
それは清春の中の佐江に対する愛情とは、別の場所に存在する欲求なのかもしれない。
「考え込んでいるわね。ここで帰ってもいいのよ?」
隣にいる女はくすっと笑って清春を見た。
きちんとまとめたヘアスタイルにかっちりしたネイビーのスーツは、女性ホテルマンの制服ともいえるものだ。
決まりきったスタイルをまるで自分が選んだコーディネートのように着こなしているところが、清春の気にいった。
井上清春は、自分のスタイルを持っている女に惹かれる。
だから今この女が清春の隣でカクテルを飲んでいるのだが…。
いったい、これからおれはどうするつもりだ?
清春は内心の困惑を押しかくし、スーツの内ポケットから煙草を取り出した。
「帰るって?まさか。こんな魅力的なひとをひとりでバーにおいて帰る男はいないよ」
「お家にもっと素敵なひとを待たせている男は、あっさり帰るでしょう。あたし気にしないわよ。お互いに大事な人がいるんだもの」
「あなたの大事な人は、広島に置いてきた?」
清春は煙草をパッケージから引き抜くと、女のほうを向いて尋ねた。
「
「ええ。あたしにも一本くれるなら」
清春がパッケージを差し出し、女がてきぱきとした手つきで煙草を抜くのを待ってから金色のライターを取り出して火をつけた。
女が、わずかに身体を傾けて煙草に火をつける。その角度がまた清春に岡本佐江を思い出させた。
「いいライターね」
女はふううっと煙を吐いた後、カウンターの上のライターを見た。
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