第5話 俺が彼女なら、あのとき手あたり次第に男とやりまくってる
「あのな、あの人は自分が惚れて信じてた男に裏切られたんだ。佐江さんだって、ヤケクソになるだろうがよ。お前、あの人に感謝しろよ。俺が彼女なら、あのとき手あたり次第に男とやりまくってる」
清春は露骨に嫌そうな顔をして
「おまえみたいな鬼畜と佐江を、一緒にするなよ」
「そのキチクがいなけりゃ、とっくに佐江さんに捨てられたことを忘れんな。おれが、助けてやったんじゃねえか」
「感謝してるよ」
清春は、素直な口調で言った。
洋輔は自分のクバ・リブレを飲み干してにやりと笑い、
「じゃあその感謝、カタチにしてもらおうか」
と、ろくに手元も見ずにすばやくカシスオレンジとファジーネーブルを作り上げた。シルバー盆に二つのカクテルをのせ、百八十八センチの長身でカウンターから、かろやかに出てくる。
そして、スツールに座っている清春に向かってわずかに身体をかたむけ、
「奥の四番テーブル、ちょうどいいと思わねえか」
清春が目線だけで四番テーブルを見ると、ニット姿の女性ふたりが座っている。
半分空になったロックグラスのふちが白っぽく見え、ソルティードッグを飲んでいるとわかった。
「三十代前半、仕事持ち、男あり。でも一晩くらいの遊びならいいってタイプだ」
清春は顔をしかめて
「そうかもな。だが三十代後半、仕事持ち、女房ありの男が遊んでいいタイプじゃないぞ」
「お前まだ、女房もちじゃないだろ」
「おれのことじゃない、おまえの話だ」
「
「最低な亭主だな」
清春がため息をつくと、洋輔はすでに臨戦態勢に入っている表情で、にやっと笑った。
「おまえには、あのショートカットをやる。おれはロングのほうだ」
「どっちもいらない。おれは、あと三十分したら帰るんだ。佐江がうちで待ってる」
「十分じゃねえか。三十分ありゃ、落とせるだろ」
「なんでおれ、こんな鬼畜と二十五年も付き合っているんだ」
清春はため息をつきながら立ち上がった。
洋輔と清春が“トリルビー”の中をゆったりと横切っていく。その姿を見ながら、若いバーテンが感に
「かっこいいなあ」
それを聞いて、銀髪のマスターがくすっと笑った。
「ああいうのはね、生まれつきなんだ。あの二人は、十六でうちの店に出入りし始めたときに、もうああだったね」
「十六?まだ高校生じゃないですか」
「うん。でもふたりとも高校生っていうくくりじゃ、おさまらなかったよ」
マスターは男盛りのふたりの背中を見ながら、笑った。
「まあ、ふつうの十六歳が経験しないようなことばかりしてきた子たちだからね」
マスターがグラス洗いを終えるころには、洋輔はロングヘアの女の横に座り、かるく髪をなでながらつややかな横顔をバーの中に浮き上がらせていた。
清春はもう、惚れた女の待つ家に戻ってしまったようだ。
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