第4話 おれみたいな男はうっとうしい

「ああ?」


清春きよはるの言葉を聞いて、洋輔ようすけは、まるで初めて見る生き物を前にするように、まじまじと清春に視線を据えた。


「え、ホントか?冗談のつもりだったんだが」

香奈子かなこさんとさえ、できなかったんだ。もう、ほかに思いつくひとはいないよ」


洋輔はしばらく考え込み


「お前、佐江さえさんとは春からの付き合いだろ。ってことは、半年のあいだ一人の女で我慢できてんのか?…すげえな」


清春はふたたび、かすかに顔を赤らめた。


「佐江と付き合い始めたばかりのころは、何度か他の女と寝たんだ。そのころは、できた」

「ふん。いつ頃だ」

「五月…えっ、あれが最後か」


清春は、じっと自分の手を見つめて、つぶやいた。


「あれが、最後か。あれ以来、ほかの女としてない?」

「優等生じゃねえか」


洋輔の言葉を受けて、清春の弧を描く眉毛がかすかにひそめられた。


「洋輔」

「なんだってば」

「こういうのって、女は重く感じないかな」


カウンターの中で、他の客のためのカクテルを作りながら、洋輔はあきれたように清春を見た。

清春は、きれいな形の鼻筋を微動もさせずに、じっと手元のグラスを見ている。


「おれが女だったら、おれみたいな男はうっとうしいよ、洋輔」

「そうでもねえだろ。お前は女の仕事にも理解があるし、ほどよく距離を取る方法も知っているし…って。そうか、今回は、距離が取れねえのか、キヨ」


清春はシルバーフレームの眼鏡をはずしてカウンターに放り出し、ため息をはく。


「距離なんて、とれないよ。少しでも手綱をゆるめたら、佐江はどっかにいってしまう」

「信用してねえんだな、佐江さんのこと。あのひと、お前にベタ惚れじゃねえか」

「そんなふうに、見えるか」


清春はわずかに上目づかいになって、カウンターの中の親友を見上げた。切れ上がった目じりにかすかな酔いがたまり、洋輔が見ても、すさまじい色気があった。

そんな清春が、気弱げにつぶやく。


「あいつは、おれが惚れているようには、おれを好きじゃないよ。いつだって、一方通行なんだ」


ぽすっと、清春はカウンターに突っ伏した。


「おれは、佐江なしじゃやっていけないが、佐江はそんな風にならない。香奈子さんの時だって、おれといったん切れた後も、佐江はちゃんとやっていたじゃないか」

「そうでもねえだろ。あの人だって、飯も食わず仕事漬けになってた。真乃まのが、よく知ってるよ」


洋輔はオーダーを受けて手早く作り上げたカクテルをホールにいるスタッフに渡して、今度は自分用にクバ・リブレをもう一杯作り始めた。

ライムをカットし、酸味のある芳香をふきださせる果汁をグラスにしぼり入れてから、氷、ゴールドラム、コーラをいれる。


こんなシンプルな材料のカクテルが、洋輔の手にかかると、キューバの街角の気配を漂わせる酒、クバ・リブレに変貌する。

洋輔の手には、酒の神からのギフトが宿っているのだ。

洋輔は、出来上がった酒を一口飲んで、満足そうにうなずいた。そしてカウンターに座る清春をじろりと見おろし


「あのとき、お前にゃ言わなかったがな。真乃だって、あの時期はずいぶんと佐江さんのマンションに泊まり込んでたんだ。あのひと、真乃がいなきゃメシなんて一粒も食わなかったらしい」

「…それは、愛情じゃないだろ」


清春は、腹立たしげにつぶやいた。

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