第2話 その状況になりゃ誰でもできる

洋輔ようすけのあまりに赤裸々な言葉を受けて清春きよはるが顔を赤らめると、洋輔はその反応さえも笑って受け流した。


「出来るのかよ」

「できる。できるが、しないのが最低限の礼儀だろ」


清春はカラになったダイキリのグラスを無意識のうちにカウンターの中に戻しつつ、答えた。

清春も洋輔も学生時代にはこのバーで働いていたため、自然とスタッフのような身動きをする。カウンターの中のマスターも、何の違和感もなく、清春からカラになったグラスを受け取った。

そんな清春を見て、洋輔はせせら笑うように


「よく言うぜ。この夏、元カノの香奈子かなこさんと、盛大な浮気をしやがったくせに」

「あれは違う。香奈子さんとは、そういうことじゃなかったんだ」


へえ、と言って、洋輔はカウンターを回り込み、ひょいと百八十八センチの長身を滑り込ませた。


「マスター、ちょっとやってもいい?」

「いいよ。他のお客さんのオーダーもこなしてね」

「了解」

そういうと、洋輔はなめらかな動きでカクテルの準備をし始めた。

老舗ホテル・コルヌイエのバーでバーテンダーをつとめる洋輔は、酒の扱いが天才的にうまい。

長い指で、タンブラーにカットしたライムを絞りいれ、ぽいとライムを放り込んだ後に氷をくわえる。金色のラムをグラスに注いでから、コーラでアップ。クバ・リブレの完成だ。

洋輔はカウンターの中からクバ・リブレのグラスを差し出しかけて、小声でささやいた。


「あの時、香奈子さんと寝たんだろ」

「しつこいな、おまえ」

真乃まのがさ」


と、洋輔は妻であり、清春の異母妹にあたる真乃の名を出した。


「真乃が言うんだよ、あの時のお前と香奈子さんには、何にもなかったはずだって。だから言ってやったんだ、『お前はアニキを見くびりすぎている』」

「見くびる?」


ああ、といって、洋輔はカウンターの中でするっとクバ・リブレのグラスに口をつけた。


「男ってのは、その状況になりゃ誰でもできる。そうだろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る