ささやかなロマンス⑩
水ぎわ
「ささやかなロマンス」
1「他の女・よその女・大事な女」
第1話 「キヨ。お前、もう他の女じゃ勃たねえんだろう」
おれは、今さら
清春が
「お前も、こうなったら首輪をつけられたようなもんだな」
洋輔が色気たっぷりの表情でからかうので、清春はかっきりした眉毛をゆがませ
「佐江と付き合ってるくらいで、犬扱いするなよ」
と言い返した。すると洋輔はますます面白がって
「犬だろ。ご主人様は、”佐江ちゃん”だ」
清春はムッとしたまま自分の前のダイキリに手を伸ばした。
この酒はバー“トリルビー”では、むかし洋輔が命名したとおりに”洋輔のダイキリ”で通っている。
ヘミングウェイが好きだったレシピを再現していて、ホワイトラムを使い、砂糖を抜いているので酸味と爽快さが強いカクテルだ。そして、うまい。
清春はひんやりと汗をかいているグラスをもって、きりりとしたダイキリを一口飲み、憤然として
「ひとりの女が居ればそれだけでいい、という状況こそが、しあわせだろう」
と言い返した。洋輔はにやりと笑ったまま、清春のダイキリを取り上げて、遠慮もなく一気に飲み干した。
くいっとあげられた洋輔の顎からのどにかけてのラインが、同性の清春から見ても鳥肌が立つほど色っぽい。
洋輔はこの春に清春の妹と結婚したばかりだが、今も独身時代と同じく、浮気しほうだいだ。そうであっても仕方がないと思わせるほど、色気がある。
清春のダイキリをあっさりカラにしてから、洋輔は
「”しあわせ”かよ。これまで三カ月おきに女をとっかえてきた男がねえ」
と、正面から親友を眺める。清春がますます、むっとした顔をした。
洋輔からは、清春のきれいに伸びた鼻筋と絶妙なカーブを描く切れ長の目が見えた。
清春は身長百八十五センチの長身だ。細身だが実はしっかりと筋肉のついている全身から、こちらも隠しようのない色気をなびかせている。
いまも、”バー・トリルビー”にいる女客のほとんどが、清春と洋輔のふたりをちらちらと盗み見ている。
洋輔と清春は子供のころの親友で遊び仲間だ。お互いに、これまで女をとっかえひっかえしてきた。
そんな清春が、今はひとりの女で幸せだと言うのを聞いて、洋輔は首をかたむけて、コキリと音をさせて考え込んだ、
「じゃあ、なにか?この春に、佐江さんと付き合い始めてから、ほかの女は一切、なしか?」
「まあ、なしだ」
一瞬だけためらってから、清春は断言した。
清春の気も知らず、洋輔はにやりと笑って、身体を寄せてきた。そして、清春の耳元でささやく。
「キヨ。お前、もう他の女じゃ勃たねえんだろう」
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