駒(3)

 教えられた場所についたが、建物の中には誰もいないような気がした。

 とりあえずドアをノックする。

「すみませーん」

 しばらく待っても、誰かが出てくる様子はない。物音ひとつしなかった。

 まさか留守か? そう思ってドアをよく見ると、鍵が開いていた。

「ごめんなさい」

 テレパシーで、誰かが話しかけてきた。

「いま手がふさがってるので、勝手に入ってください。入って真っ直ぐ進んだら、部屋があるので、そこでお待ちください」

「わかりました」

 俺はドアを押して、建物の中に入った。これも、洋館のようだった。しかし、本館とも、俺がいる寮ともなんだか違う。確かに中から誰かの声が一応したが、本当に住んでいるのだろうか。

 一番奥の部屋は、長いテーブルと、椅子がおかれているだけだった。あとは何もない。もちろん、窓やカーテン、木の枠の模様など装飾はある。

 ドアから一番近い席に座り、待っている間、さっきの声の主のことを考えた。

 どこかで聞いたことのある声だったはずだが、誰だろう?

 いろんな同僚や上司の声を思い出してみるが、どれも違う。記憶力に自信はあるのに、こんなに思い出せないのは初めてだ。確かに昔聞いたことのある声だったが、本当に、誰だ?

 考え込んでいたが、ノックの音で我に返った。

「失礼します」

 さっきの声だ。見ると、ドアの前には少女が立っていた。ピンク色の髪に、赤い眼、それだけでも変わっているのだが、肌がやけに白く見えた。傷跡一つない。

 常世の住人は、みな再生力は高いが、傷跡が残ることもある。俺も、ひどいけがをした後は、一か月ほど痕が消えなかった。傷痕が消えるまで一年かかる者もいる。それとは逆に、全く傷跡が残らないものもいる。おそらく彼女は、かなり再生力が高い。

「初めまして」俺は立ち上がった。「世界管理機関、軍人の椿と申します」

「……こんにちは」

 彼女は言った。

「私は、所属と職業はいえませんが、あなたと同じく、ここでしばらく働くことになりました。朱音と言います。朱音と呼んでください」

 所属と職業が言えないということは、上位の神である可能性が高い。神は自分を神と名乗ることができない。

「敬称はどうしますか?」

 俺は聞いた。名前に様とつけると、嫌がる神もいる。

「そんなのいりません。私のことはただ、朱音と呼んでください」

「わかりました」

「では、席に座って。仕事の前に、まずは糖分を補給しないと。私、クッキーとお茶を作ったのよ」

 お茶を作るって? 変な表現だが、突っ込まないことにした。

「紅茶と普通のクッキーだけど、よかったかしら?」

「ええ。好物です」

「そう。じゃあ、食べて」

 目の前にクッキーと紅茶がおかれた。

「たくさんありますね」

 クッキーが大きな皿に山のように積まれている。

「張り切っちゃって。一応焼き立てよ」

「はあ……」

 崩さないように、俺はクッキーを一番上からとった。「いただきます」

 クッキーは、本当に焼き立てらしい。少し熱い。だが美味い。

「おいしいですね」

「でしょ? どんどん食べてね」

「どうやって作ったんですか?」

「それは言えないわ」

「そうですか」

 しかし、怪しい材料は使ってないだろう。俺は二つ目のクッキーを口に入れた。

 


「では、私たちの仕事について説明します」

 朱音はそう言って、分厚い資料を俺の目の前に置いた。

 ざっと読んだ限り、ゲームの概要と、ラティラの滅ぶ原因をまとめたもののようだ。

「私たちが今からやるのは、古の神たちが作成したゲーム、常世遊びです。

 このゲームを始めたのは、万物を創造し、操れる上位の神々でしたが、このゲームは世界に住む人間の人権を侵害するものとして、一億年前に禁止されました。

 しかし、人間が作るようなコンピューターゲームとは違い、やろうと思えばいつでもできるゲームです。お互いに心が読めるので、やればすぐにバレてしまいますが、今回は特例なので許可されています」

「テーブルゲームのようなものだと聞きましたが、道具はあるのですか?」

「はい。基本的に、サイコロを使います。あと、現世――世界を映す鏡や水晶も必要なのですが、今回は記録も残すのでコンピューターを使います」

 常世遊びのルールですが、まずゲームの舞台を用意したグランドマスター、GMがゲームの進行役を務めます。ゲームの舞台として用意した世界戦に標準を合わせ、ゲームに参加するプレイヤーに見えるように現世の映像を映し出すのもGMの役目です。

 プレイヤーは自分の血をGMに提出し、分身――つまりゲームの舞台で動くキャラクターを作成してもらいます。数分でできるので、すぐにプレイできます。

 ちなみに昔はすでに存在している人間を分身として操っていたみたいです。やはり人権の侵害となるので、今回は自分の血から作成した分身を駒として使って下さい」

「その分身となる駒ですが、能力はどうなりますか」

「はい。分身ですが、やはり能力は本人に劣ります。体力を上げるとか、知能を上げるとか、希望があれば能力の調整は行えますが、再生力やテレパシー能力など、特殊能力は制限がかかります。例え分身であっても、常世の存在を知られるわけにはいかないので」

「そうですか」

「分身の能力が自動的に上がった場合、本体、つまりプレイヤーの憑依が可能になります。しかしどのようなトラブルが起きるかわからないので、憑依も禁止とします」

「はい」

 そのほうが早く仕事がすみそうだが、だめなら仕方ない。

「本当にダメですからね」

「わかってますよ」

「ちなみに、GMの許可なしに、分身を操作しないでください。これもトラブル防止のためです。といっても、現世の様子を見るにはGMの許可が必要なので、滅多にないことだとは思いますが、やったらこの仕事から外れてもらうことになるかもしれません」

「わかりました」

「では、さっそく分身を作りましょう」

 と、目の前にナイフとグラスが差し出された。

「このグラスがいっぱいになるまで血を注いでください」

「え、マジですか」

「痛いのは慣れているでしょう? ある程度本人そっくりに作ろうとすると、やはりこれくらいは必要なので」

「そっくりに作らないといけないんですか?」

「できるだけ能力値を本体に近いものにしないと、操りにくくなるので。また性別も変更できますが、その場合、本当に操れません」

 仕方なく、俺は自分の手首を切って、グラスに注いだ。傷がすぐにふさがらないように、ナイフを当てたまま注ぎ続ける。

「はい。それぐらいで結構ですよ」

 と濡れたタオルを渡された。

「ありがとう」

「いえいえ」

 血が止まるのを待って、タオルで血をぬぐった。まだ痛いが、傷口は塞がった。

「では、これで作りますね。分身の職業はどうしますか?」

「職業?」

「はい。ちなみに、今回プレイするゲームの舞台はアイリス連合です」

 アイリス連合は、地球のアメリカ合衆国と似ている。

「確か、アイリス連合は今どの世界線でも白人至上主義が戦争にかかわってるんですよね」

「はい。アイリス連合の白人至上主義者たちは、あらゆる組織のトップに立ち、経済や政治にかかわってきました。経済戦争のきっかけを作ったのも彼らです。

 アイリス連合の政治家たちは、白人至上主義者らが何をやっているのか、薄々気づいてはいました。しかし、今日のアイリス連合は、AIにインターネットの監視を任せっきりにしていました。AIは白人至上主義者らの監視をプログラムされておらず、国内国外のスパイやテロリスト、犯罪者予備群を監視していました。関係ない人まで、AIにより犯罪者予備群として監視され、真のテロリストを見逃し、様々な策略が実行に移されました」

「地球もそんな世界線が増えましたよね」

「はい。もう地球は存在しませんが、地球の情報をもとに、ゲームを進めることにしましょう」

「というと?」

「地球は経済戦争の悪化により、戦争が起こりました。核戦争まで起こった世界線もあります。政府は経済戦争の原因となりうる組織に関わっていませんでしたが、監視を怠っていました。

 地球が完全に消滅した原因は、地球の心臓が弱められたためですが、核戦争が起こった世界線では殆どの神が死んだため、世界が消滅しました。

 また、核戦争が起こった原因はそれだけではありません。アメリカもAIに監視を任せっきりだったため、アメリカは他の国が に制裁しようとしていると勘違いしました。その国の観察と実験もかねて をあおり、制裁をその国に秘密裏に委ねた結果、取り返しのつかないことが起こりました。地球の心臓にも関わることが……。ただでさえ熱の上がっている心臓が刺激を受ければ、ただではすみません。同じことが、ラティラでも起こるでしょう」

「具体的に、俺は分身に何をさせればいい?」

「可能なら戦争をやめさせてください」

「かなり無理そうですが」

「でしたら、ラティラの現人神を見つけ出し、世界中の政府を脅すように仕向けてもいいですよ。太陽爆破させるとか、彗星落とすとか」

「それはやったらいけないんじゃ……」

「それは」彼女は口ごもった。「やってはいけないことです。やってみたいな、とは思います。あんまりにもひどい状況なので、だめな世界線の人類は滅ぼしたい。そう思うのは、当然のことではありませんか?」

 少なくとも人は思わないだろう。

「冗談ですか? それとも本気ですか?」念のため聞いておく。

「もちろん。半分冗談ですよ」

 半分は本気なのか。

「しかし、もし現世の人間が現人神を本気で怒らせたら、常世の神々は人類を滅ぼすでしょうね。現人神も常世の神々も、無意識に力を使い、人類を滅ぼします。だから、神を説得するのは無意味です。

 あなたが人間の駒を使って、人類をうまくいい方向へ導くのが一番でしょう」

「しかし……どの職業を選んでも無理じゃないですか? 今までだって、俺たちは人類に戦争を止めるように言ってきました」

「現世の住人でなかったからでしょう。しかし、今回は違います。あなたの駒は、現世の人間として生まれるのですから」

「そうですか」

 しかし、これは犯罪でも侵さない限り、戦争なんて止められないだろう。

「経済戦争を止めるだけでもいいですよ」

 それができれば苦労しない。

「じゃあ……とりあえず刑事で」

「刑事さん? どうして?」

「刑事なら、あっちこっち調べられるでしょう。アイリス連合のAIが監視した情報も見れるかもしれない」

「わかりました。では、能力は捜査能力が長けるよう調整します」

 と言って、彼女は部屋を出ていった。

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