第三話 駒



 神々が使ったゲーム板——それはあらゆる世界の人間を操るために造られたものだった。

 ゲーム板から遊ぶ対象の世界と人間を選び出し、サイコロの出目で行動も運命も操作する……ただの暇つぶしのゲーム。特に高位の神となれば、そんな物がなくても容易に人間を操ることができるが、運任せにサイコロを転がして操るほうがおもしろいのだ。

 今は、そのゲームはもちろん、人の運命を操ることは禁止されている。神であっても人の人生を踏みにじってはいけないし、生死も決めてはならない。

「人を駒として使うのは禁じられているはず」

 一番奥の席に座る神が口を開いた。高位の神だった。

「それぐらい判っているだろう。三笠隊長」

「ええ、当然です」

「ということは……新たに駒を造るということか?」

「はい」

「そうか……」彼は何か思案していたが、

「駒はもう決めております。あなた様の手を煩わせたりはしません」

 三笠隊長が言った。

「……それは残念だ。せっかく君と遊べると思ったのだが」

「遊ばないでください」

「で、その駒というのは?」

「はい。私の部下——椿にこれから造らせます」

「その子はどこだ?」

「ここに」

 三笠隊長に促され、俺は一歩前へでた。

「なんだ、君か」

「俺です」

 やはり椿という名前で、この神も女を想像したらしい。

「今の話、君はいま初めて聞かされたのかい?」

「はい」

「なにも驚いてないようだけど」

「話を聞きながら、もしかして……と思ったんで」

「君は椿……いや、本当にもと人間だよね」

「はい」

「…………まあいい」

 なんなんだ?

「みんなも反対はしないだろう? 明日さっそく始めてくれ」

「はい。ありがとうございます」

 三笠隊長は頭を下げた。

「まず明日、下見のため椿の駒をラティラに送ります。ゲーム板に問題がなければ他の部下の駒も造り、送り出します。それでよろしいですね」

 反対する者はいなかった。

「では、これで会議を終わらせていただきます。ありがとうございました」



 会議が終わった後、「ごめんね」と三笠隊長が言った。

「何がですか?」

「勝手に決めちゃって」

「別にいいですよ。俺自身がいかなくて済みますし、楽じゃないですか」

「うーん。楽なんだけどね」

 三笠隊長は顔を伏せた。

「椿は知っているよね。人間を殺したらいけないこと」

「はい。当然です」

「駒を使って殺すのも大罪だからね」

「……そう、でしょうね」

 それぐらいは、わかる。

「念のため言っておくけど、駒か、もしくは椿が殺意を持って人を殺せば、君は永遠に呪われる。強制的にただの人間に戻されたあと、永遠にここには帰ってこれない。

 事故に見せかけて殺しても、誰かの手を使って殺してもダメ」

「三笠隊長……」俺はため息をついた。「俺が人を殺すような奴に見えるんですか?」

「いや、君はそんなことをしない。もちろん。わかってる。ただ、念のためだよ」



 翌日、俺は指定された建物へ向かった。機関の敷地内にある、今は使われていない小さな建物だ。

「明日の昼、君はここに向かって」

 と、昨日隊長に言われ、地図を渡された。敷地内ではあるが、行ったこともない場所だ。北の端のほうにある。

「ここで、朱音というものが待っている。君にゲームの支持をするものだ。彼女の指示に従って駒を作り、ラティラに送ればいい」

 とのことだった。

「隊長は行かないんですか?」

「私は先に別の仕事を済ませなくてはならない。とにかく、ルールを守ってゲームをすればいい。ああ、もう一度念のため言っとくけど、駒を使って戦争するのも駄目だから。普通の戦争はもちろん、経済戦争も核戦争もだ」

「ただの駒で、そこまでできないでしょう」

「そうでもないんだよ。でなきゃ禁止されてなかっただろうし。

 アイリス連邦は昔インドラの矢を使った上、今も平和のためと言って、インドラの矢を保持している。それどころか増やし続けている。また経済を自分の国のいいように動かそうと罠を仕掛けている。あわよくば多くの国を経済破綻させようとしてるせいで常世はいろんな制裁をアイリス連邦にしなくてはいけない。だから常世の神がストライキ起こしそうなんだよ。そのうえ個人個人にも制裁しないといけないし」

「へえ。ちなみにストライキって、何やるんですか」興味本位で聞いた。

「よくて太陽フレアの大爆発。悪くて彗星衝突」

「仕事してるじゃないですか。ニートの神だったら、何もせず放置してるだけですし」

「いや、あんなのと比べたらだめだよ。あと人殺したらいけないんだって」

 本気で言ったわけではないのだが、三笠隊長は真剣な顔で話し続けた。

「ここの神は一つの世界を滅ぼすことによって、楽しようとしてるんだよ。もともとラティラの国に制裁下すのは、ラティラの現人神の仕事だし、面倒だと思ってるんだよ。まあ、ラティラの現人神が破壊を認めない限り、こっちの神は何もできないんだけどね」

「ん?」

 俺は気づいた。「それだったら、地震発生装置も無効になるはずでしょう。なぜ、多くの世界戦で人口地震が起きたんですか?」

 現人神なら、人の体であってもある程度能力はあるはずだ。主に持っているのは現象を操る能力だったはずだ。それは自然現象だったり、人の体に起こる現象だったり……強ければ、人であっても、怪我もすぐに治る。ラティラの現人神は、それぐらいは強いはずだ。地震発生装置の存在に気付くはずだし、止めることもできるはずだ。

「まあ、たった一人だけだったら、難しいんじゃないかな」

「ひとり?」

 俺は笑った。

「まさか」

 それぐらいの想像はしたことがある。しかし、今までラティラで神が一人だったことはなかった。ありえないことだ。

「よく考えてごらんよ」三笠隊長は言った。「人の姿をしているくせに、いつまでも若い人間がいたらどうなる? 傷がすぐに治ってしまうような奴が、人間の中に混じって暮らして……大事にされると思う?」

「どうですかねー」俺は考えた。

「思い出してみなよ」彼女は微笑んだ。「自分が普通でないと気付く者は多い。だから死ぬことができるうちに、死ぬんだよ。もちろん、殺されるのも多いけどね」

 俺は何も言わず、ため息をついた。

 つまり、結局は人間のせいでこっちが忙しいわけだ。

 ラティラは神を生み出すための世界だったはずだが……たった一人だけでは、保持する理由にならない。やる気は元からなかったが、さらにやる気がなくなった。しかし、仕事はしないといけない。

 そんな気分のまま今日になり、扉の前に立つ。

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