第一話 世界管理機関



 暗い闇の中を潜り抜け、俺は目的の場所に着いた。

 二〇××年、五月十六日の鵺鳴国の首都……時間も間違えずに無事に着いたようだ。時計はないが、間違いなかった。しかし、街の建物の殆どが崩れ、その下敷きになっているものが数多いる。なんの対策もしていなかったのか、歩道や道路にはビルから落ちたガラス片が散乱していた。

 大きな地震が起きた後だった。揺れた時、俺はここにはいなかったが、地震が来たのは明白だ。

 がれきの上を歩き、俺は生き埋めになっている人間を一人見つける。わずかではあるが、隙間から目的の人間がいるのが見えた。生き埋めといっても、何かの下敷きになっているわけではない。予測通り、怪我も軽いもので済んでいるだろう。

 俺はその中にいる女に話しかけ、名前を確認した。女は驚いていた。顔は殆ど見えないし、女と俺は知り合いでもない。

「公安のお前に情報をやる」俺は言った。「この地震は、普通の地震じゃない。地震発生装置による地震だ」

 女は、信じていないのか、何も言わなかった。

「信じないならいい。俺のことも忘れるかもしれないしな。だがこの地震を皮切りに、人工災害による戦争が起こる。死にたくなかったら、ほかの奴と死に物狂いで調査し、兵器の存在を暴け」

 俺はそう言って、ほかの人間に同じことを伝えるべく、再び空間のひずみに入った。再び暗い闇の中に入り、何度も移動する。

 昔は入る瞬間、体がゆがむため、かなり抵抗があった。しかし、今はもう慣れている。こんなところに入って大丈夫なのか、と上司に聞くと、「人間じゃないんだから、大丈夫だよ」と言われた。

 俺たちは人の姿をしている。しかし人間ではない。呼び名は様々あるが、簡単に言えば、俺たちは「化け物」だろう。

 人間と違って簡単には死なないし、歳もとらない。人間にはない能力もある。

 こんなことを話しただけで、自慢だと勝手にとらえる人間がいるが、俺たちには、自慢したい、見下したい、という感情は持ち合わせていない。いや、そもそも人間らしい感情は殆どない。……だから俺たちは化け物と呼ばれるそうだ。何が「だから」なのか理解できていないが、そうらしい。

 だって、俺たちは元々……人間だったわけだし。



 任務を終え、元居た世界に戻った。常世と呼ばれるこの世界からは、数多くの世界を行き来できる。

 俺は常世の軍人で、今は世界管理機関に所属している。ほかに用事はないため、そこへ直接帰った。

 街の中心にある、大きな施設だった。その周りは高い塀で囲まれており、簡単には侵入できないようになっていた。結界もはってあり、ひずみを利用したとしても部外者は入ることができない。本部の建物以外にも図書館や訓練場、寮など、さまざまある。建物はどれも、洋館を参考に建てられたものだ。今までいろんな時代の建物が建てられたが、今はこれで落ち着いている。

 常世にも四季や時間は存在する。着いたころには、もう日が沈んでいた。薄暗い二階の廊下から、外を見やると、暮れ残った桜の花があった。朝には柔らかな淡いピンク色をしていたが、今は夜のとばりがおりて、青白い色に染められている。

 その樹の影に、誰かが隠れたように見えた。……女のようだったが、見覚えがない。しかも、髪がピンク色だった。

 侵入者か? と思ったが、許可がなければ簡単には入れない。放っておこうか調べてみようかと考えていると、

「おかえり」

 声を掛けられた。同僚の藍色だった。

「どうしたの?」

「いや、いま誰かいたんだけど」

 もう一度、外を見たが、いなくなっていた。

「いないね」

「……気のせいじゃないと思うが」

「まあ、そんなことより」藍色は言った。「椿は任務どうだった?」

 椿というのは俺のことだ。女みたいな名前だと、本当に百回以上言われた。

「たぶんダメだな。あの世界線も。一応伝えたけどさ、最後の奴なんか話も聞かなかった。俺見た途端に、なんて言ったと思う?」

 藍色は笑った。「コスプレ」

「それだよ。この軍服、普通だよな」

 俺たちは黒い軍服を着ている。装飾はあまりないが、やはりあの世界の人間から見れば、コスプレ衣装らしい。

「君の場合、服装以前の問題だよ」

 と、藍色は俺の髪を指さす。「そんな赤い髪した人間はいないし」

「そんなことねーよ」

 俺の髪は、確かに赤い。しかし、人間だったころから赤かったのだ。

「それに、椿って眼が金色だし。きれいだけどさ。ていうか、……ほんとにそれ地毛? 将来禿げない?」

「やめろ」

「まあ、いいじゃん。コスプレで。妖怪とか化け物とか言われるはマシだろ」

「いや、そのほうがいいだろ」

「あ、禿げといえば……佐伯くんは核戦争が起こる世界線行ったけどダメだった。結局人類滅んだよ」

 なんで禿げの話をして佐伯くんを思い出したんだろう。彼は禿げてない。

「いや、禿げればいいなって」

「勝手に読むなよ。いや、それより……核戦争のほうが抑えられそうだけど」と、俺は言った。「人間だって、感覚でわかるだろ。あの兵器を使えばどうなるか」

「いや……人間の血は、もう昔とは違うからわからないみたいだ。人を殺せばどうなるかすらわかっていない。インドラの矢が呪われた兵器だということも……。使用者の一族が一番、害を被るというのに」

「使用を促したやつも、もれなく呪われるしな」

 世界管理機関は、あらゆる世界を監視し、統括してる。多くの神々も監視下に置かれ、人々を虐げていないか、世界を滅ぼそうとしていないか、常に目を光らせている。世界が一つ滅びると、ほかの世界にまで悪影響が及ぶ。多くの世界が滅べば、常世も危ない。

「それにしても、どうして上司たちはあんな世界に拘るんだろう」

 藍色は首を捻った。「今まで世界が滅びそうになった時は、俺たちがわざわざ出向いて、人間にアドバイスなんてしなかったろ?」

「そうだなぁ」

 俺も首を捻った。

 俺がさっき行った世界「ラティラ」は、滅びかけている。邪神が原因でない場合は、簡単な対策をするのだが、今回のような任務は例にない。そもそも、俺たちは別の次元の者だ。声をかけても滅多に気づかれないし、気づかれても時間が経てば忘れられる。

 常世に住む者たちはみな、互いに考えていることが何となくわかる。持っている力のためだが、血がつながっているせいで、余計にわかってしまう。しかし、なぜあんな世界を保とうとするのか――その答えは、どうしてもわからなかった。


 三笠隊長に報告した後、会議に参加することになった。普段俺は参加しないのだが、今後の仕事にかかわることだからと、強制参加させられた。

 会議室には、機関の上層部の者や、常世の神々が集まっていた。

「お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」

 三笠隊長が司会をする。

「皆様もご存知の通り、神々を生むための世界……ラティラが滅びようとしています。原因は核戦争、人為的なウイルスの蔓延や地震、天災により、肉体を持った神々が全滅するためです。

 いま多くの世界線を生成し、何とかラティラは滅びずに済んでいますが、何か対策を打たなければ……」

「ウイルスとはなんだ」

 一人が聞いた。「一見、人が死ぬようなウイルスは広がってないように見えるが……」

「アルツハイマー病に似たウイルスです。例えばA国がB国の知性や生産性を奪うために、輸出品……主に食料にそのウイルスを混ぜ、アルツハイマー病に見える患者を増やします。

 実際、……は、輸入した肉にそれが混ざっていることに気づきますが、輸出した国は検査しなかったそちらが悪いと、もしくは農業者が悪いと言い張っています。故意であることにほかの国や個人が気づき、輸出国に同じウイルスを広め、ラティラの人間の知性はどんどん下がり、怒りっぽくなり、戦争を始め、自滅しました」

「いやな世界になったな」

 三笠隊長は首を傾げた。「もともとですよ?」

「そうだったな」

「さて、皆様。様々な世界線を見て、お気づきになられたと思いますが……ラティラの世界にいるはずの、肉体を持った神々が殆どいません」

「確かに……」

「いても、その神は、災害も戦争も眺めているだけです。神の力を使わず、世界を放置しています」

「しかし、どうする。これ以上干渉するのは危険だ」

「はい。ですが、干渉する以外に道はありません」

 そして隊長は言った。

「しかし、直接干渉しなければ、あまり問題はないでしょう」

 その言葉に、全員が目を見張った。

「古の神が使ったゲーム板。それを使用し、ラティラを存続させます」

 

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