第14話

「…ランスロット。」

「何だい…。」

「ランスロットは、どうして僕を好きになってくれたの?」

「…。」

ランスロットは顔を上げて、凛一を見る。笑ってほしいから、凛一から先に笑うことにした。にっと口角を上げて、目を細める。笑って?と首を傾げて見せる。

「こんなことを言えば、頭のおかしい奴だと思われるかもしれない…。」

「思わない。約束する。」

「…俺には、生まれる前の記憶がある。」

凛一は目を丸くした。

「それは…、前世のこと?」

「そう。俺の前世は、鳥だった。」

翼を携えて、蒼い空を飛びまわる自由な鳥。眼下には人の街並みが広がり、森深くの木々で休み、時には大海を渡ったという。

「仲間とはぐれた俺は孤独だった。だけど、凛一が俺を見つけてくれた。」

「僕が?」

「そう。君はとても美しい、鳥だった。」

真っ白な羽は真珠のようで、空飛ぶ鳥の中で一等美しかったらしい。

「よく…、僕だってわかったね。」

生まれ変わり、人間となった凛一を。ランスロットは微かに笑った。

「確信を得たのは、歌のおかげだ。」

「?」

首を傾げる凛一を見て、ランスロットは一層笑みを深める。

「梅雨の晴れ間、この見世の中庭で凛一がうたっていた歌のことだよ。あの歌、続きはこうじゃないかい?」

そう言って、ランスロットはすうと息を吸い込んで歌をうたった。それは凛一が幻聴だと思っていた歌の続きで、優しく甘い旋律だった。

「どうして…、それを。」

「この歌は、君が俺に囀ってくれた歌だ。鳥の君は空を飛ぶ姿も綺麗だったが、歌がとても上手かった。」

ずっと覚えていたよ、とランスロットは言う。

「…疲れた羽を休ませている間、楽しそうにうたっていた。その声を辿って、君を見つけた。」

墨絵の景色に色が彩るかのようだった。ランスロットは、ずっと凛一を探してくれていたのだ。凛一がずっと、愛し合える人を探していたかのように。

「…ランスロット。ありがとう。」

「凛一…。」

「あなたに見つけてもらえて、本当に嬉しい。…嬉しいよ。」

目頭が熱くなり、つん、と鼻の奥が痛い。

「もし、また生まれ変わることができて、あなたと再会できたら。」

「…うん。」

「…神さまがいるとして、次に生まれ変わることができたなら。もっと君に対して優しい僕に…なれたらと、思うよ。」

「じゃあ、」

ランスロットは縋るような眼で凛一を見た。凛一も、頷いて見せる。

「…生きて、別れましょう。」

気持ちが溢れだす。

好き。好き、大好き。愛してる。気付いているでしょう?

蒼い空が高くて、幾つもの想いを重ねた明日が訪れるその前に。あなたの笑顔が見たくて、両手を広げて待っている。

ありがとう、とランスロットは柔らかく微笑む。凛一はその笑みを見て、泣きたくなった。

光が蕩けるように、心は酷く真白に染み入る。家族愛、友愛、そして恋愛。真実の愛の名を教えてほしい。

―…神さま、この気持ちは何ですか。

二人で語った互いの未来に、名前がなくても。

「凛一が…、許してくれるなら。君のしあわせを祈っていてもいいだろうか。」

「許すも何も、僕は咎めていません。」

「…そうか。ありがとう。」

「この部屋を出たら、終わりにしましょう。」

そう言って凛一は起き上がり、ランスロットの手をそっと握った。とても静かで、まるで世界で二人だけのような気がした。

「わかった。」

別離のカウントダウンが始まる。二人の逢瀬が終わるまでの距離、およそ5m。


…4m。

……3m。

………2m。

…………1m。


「さようなら。」

ゆっくりと離れていく二人の手。名残を惜しむように、最後まで触れていた指先がやがて完全に途切れた。

僕はランスロットの時間の中に一時でも居られたことに感謝しなければならない。


別れたランスロット背中を、凛一は出窓からいつまでも見送っていた。

「…亡くなった子も、やっと旅立てるかな。」

鳥の子は一羽、成長につれてかなりの確率で巣から落ちる。そして死に逝くのだ。親、兄妹が暖かい国へ旅立つその時、一緒にいくことができるのだろう。

地平線の彼方に、彼らのエデンがあるのだ。

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