第13話
「凛一!」
二時間後。ランスロットが見世に忍び込み、凛一の部屋を訪ねた。呼吸が乱れている。恐らく、走ってきてくれたのだろう。
「ランスロット…、」
「ごめん、待たせてしまった。…ひびきとかなでが、教えてくれたよ。」
「二人は?」
凛一はランスロットにひびきとかなでの安否を聞く。
「一生懸命、駆けて来てくれた。後から行くと、早く行けと言ってくれた。」
「そう、ですか。」
返事を聞いてへなへなと座り込むと、ランスロットは凛一を抱き締めた。
「時間が…、ないんだね。」
「…はい…。」
月の美しい夜だった。太陽から注がれた光を浴びて青々と茂っている庭園の木々たちは息をひそめ、今は銀色に染められている。葉の一枚一枚に濃い影が落ち、風がさわさわと植物たちを騒がせた。それは初めて出会った日の夜とよく似ていて、思わず時間が逆戻りをしたのかと錯覚しそうだった。
今日、梅雨が明けたと聞いた。雨が降る気配はない。
「凛一。これは、トリカブトの毒だ。二人分の致死量が入っている。」
ランスロットはシャツのポケットから、トリカブトの根から抽出した毒が入った小瓶を取り出した。透明な液体は、ただの水のように思える。
「…飲めば、死ねるんですか?」
「ああ。」
凛一はその小瓶を受け取ると、ガラスの杯に二つに分けた。
満月にはちょっと丸みが足りないが、月は充分丸く柔らかい光を放っている。まるで今の心の持ち方のようだった。満足には足りないが、希望の光に満ちている。
雲が流れて、月に陰った。一瞬、辺りは暗くなる。紺碧の夜空が高くて、星々が自ら輝いていた。その星の一つが流れる刹那、凛一とランスロットは杯を傾ける。
「ランスロット、大好きだよ。」
「俺も、君のことをずっと好いている。」
どちらかともなく、かちん、と涼しげな音を立て杯同士の縁をあてた。
「乾杯。」
淡く微笑んで、口をつけようとした刹那。
「っ、飲むな!!」
ランスロットに突き飛ばされて凛一の手から杯は落ち、身体は畳の上に転がった。
「…ランスロット…?」
今までにランスロットにされたことのない、乱暴な仕打ちに凛一は目を丸くする。ランスロットは呼吸を荒げて、凛一を見つめていた。そして小さな声で呟く。
「ごめん…。」
「…どうして?」
「…ごめん。」
俯き、肩を震わすランスロットは泣いていた。初めて見るランスロットの涙だった。悔しそうに唇を噛み、血が滲んでいる。凛一はそっと起き上がり、ランスロットの元へと這った。強く握りしめた拳に手を添えて、凛一はランスロットにキスをした。その滲んだ血液を舐めると、苦くて少し塩っぽかった。ちゅ、と音を立て離れると、徐にランスロットに強く抱きしめられる。背中に回された大きな手は震えていた。その震えを抑え込み、凛一はゆっくりと押し倒される。長い黒髪が丸く広がって、視界一杯にランスロットが映った。ランスロットの潤んだ瞳に、凛一自身がいる。
「いいだろうか。」
囁くような掠れた涙声が、凛一の鼓膜を刺激した。
呼吸荒く、二人は抱き合う。
「どうしたの。泣かないで…。」
「…っ!」
凛一の言葉にランスロットはふるふると首を振る。その拍子に涙が数滴、散った。覆い被さるように凛一に体重を預ける。少し、苦しかったが凛一は我慢した。よしよし、と金糸の髪の毛を梳いてやると、一層ランスロットの肩が震えた。
「…生きて…、」
「え?」
「…生きて、笑う。温かい、君が好きだよ…っ。」
何度も、何度も謝罪を繰り返し、咽び泣くランスロット。凛一は戸惑いつつ、次の言葉を待った。
「ごめん。君には、生きていてほしいのに…俺のわがままに付き合わせてしまった。」
「そんな、ことない。僕は君と、」
「生きてほしい。」
ランスロットは鼻を啜って、だけどきっぱりと言い切った。
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