第12話

凛一は少しずつ身辺整理をするかのように、自分の物を片付け始めることにした。

「花盛、これ、本当にもらっていいんですか?」

「いいよ。使ってくれたら嬉しい。」

着物、装飾品、琴や三味線などを他の男娼に譲ったり、それでも余るものは捨てた。どれも長く使っていて愛着のあるものだったが、捨てることを決意してしまえば身軽になった。

「準備は、着々と進んでいるようだな。凛一。」

「…若旦那様。」

「我が家に来る日が待ち遠しいよ。お前のために離れを準備している。今日は工務店と打ち合わせだから、もう帰るよ。」

時々、若旦那が様子を見に来ては凛一の行動を身請けの準備と思い、上機嫌に帰っていく。

ごめんなさい、とは思う。だがこの気持ちに、嘘がつけない。

若旦那を見送りに、見世の玄関に立つ。凛一を抱き締めて、若旦那は耳元で囁いた。

「凛一。君を一週間ほど早く、迎えに来られそうだ。」

「…!」

ぴくりと肩が震える。凛一のその反応を見て若旦那が、嬉しそうに笑った。

「驚いたか?急ぎで、準備を進めたんだ。」

「そう、ですか。」

内心の焦りを、表情に出さぬようにするのに苦労した。ランスロットからはまだ何の音沙汰もない。

「あの、僕はまだ…、」

「ああ。わかっているよ、仕度には時間が掛かるだろう。その時間も楽しみにしているから。」

ぽんぽんと凛一の頭を撫で、若旦那は今度こそ本当に帰っていった。姿が見えなくなったのを確認して、凛一は慌てて紙を用意して筆を取った。身請けまでの時間が一週間早まった旨を認めたが、だれに託せばいいかがわからない。部屋の中を右往左往して、親指の爪を歯痒く噛んでいると、ひびきとかなでが凛一の部屋に訪れた。

「花盛、夕食の支度が整いました…、」

「? 凛一兄、どうしたの?」

「ひびき…。かなで。」

なんでもない、と言いかけてそれは双子によって憚れた。

「なんでもなくなんて、ないです!」

「どうしたんですか?僕たちでは、力になれませんか。」

ひびきとかなでは、本当によく人を見ている。それは凛一の身請けが決まってから、より一層強くなった。恐らく、自分たちに出来ることを探していたのだろう。

「…ランスロットに会いたいんです。」

はじめて吐露した、自分の気持ち。凛一はずっと張りつめていた気が弛み、涙が声に滲んだ。

「でも、僕にはあの人の居場所を知る術がない。」

「…。」

「どうすればいいのか、わからなくて…。」

「凛一兄、僕たちに任せてください!」

ひびきが、どん、と自身の胸を叩く。それにかなでも続く。

「ランスロット様に以前、連絡の手紙を届けたのは僕たちです。場所は覚えています!」

「! で、でも、勝手に見世を抜け出すなんて…っ、」

下手をしたら逃亡を図ったと思われる。そうじゃなくとも、きつい仕置きが待っているだろう。

「お仕置きは受けます。でも、大丈夫です。僕たちは、二人だから耐えられる。」

「かなでの言うとおりだよ、凛一兄。二人なら大丈夫。でも、凛一兄は一人だ。…一人は寂しいでしょ?」

「…。」

凛一はいつの間にか頼もしく成長した双子の種子を見つめた。

「すぐにランスロット様をお連れします、」

踵を返して駆けだそうとする二人を、凛一は抱きしめた。

「ひびき!かなで!」

「り、凛一兄?」

ぎゅうっとその小さな身体を力いっぱい。

「ありがとうね…。ごめんね。」

「大丈夫です、花盛。待っていてください。」

ひびきとかなでは微笑んだ。そして凛一を抱き締め返して、飛び出していった。

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