第10話

夜の帳が下りる頃。色町に光が灯った。香が焚かれ、見世の奥からは事や三味線の雅な音楽が流れてくる。美しい遊女が出見世に並び客を取り、客はほろ酔い気分で誘われていく。

「先日の若旦那が、花盛に謝罪したいと見世に顔を出しているんですが…。」

「…!」

番頭の声にひびきとかなでが、はっと息を呑む。そして心配そうに凛一を見上げた。川口もいつもの温和な雰囲気に反して、厳しい顔をする。

「お引き取り願おうか。」

「待ってください。」

腰を上げようとする川口を、凛一は制した。

「り、凛一兄…。」

大丈夫、と凛一は皆に微笑んで見せる。

「若旦那様はこの見世の、燦然名花の上客。もとはと言えば、自分が蒔いた種です。芽は刈り取らないといけません。」

「…わかった。凛一がそのつもりなら、会わせよう。ただし、部屋の前には番頭を待機させる。」

川口の妥協案に、凛一は頭を下げた。


種子のひびきとかなでを引き連れて、凛一は若旦那が待つ部屋へと足を運ぶ。心なしか、双子の空気が固く緊張しているようだ。部屋の襖の前で佇まいを正し、正座する。傍らに番頭を控え、凛一は部屋の内部に向かって声を掛けた。

「―…若旦那様。凛一です。」

「入ってくれ。」

声を聞いて、凛一と双子が連れ立って入室する。若旦那は凛一の顔を見ると、笑顔を浮かべた。

「やあやあ。凛一。この間はすまなかった。」

「いいえ。僕の方こそ、とんでもないご無礼を…。」

凛一は三つ指をつき、頭を下げる。双子も追って、頭を下げた。

「申し訳ありませんでした。」

「もういいんだ。この件は互いの非を認めて終わりにしようじゃないか。」

「若旦那様がそうおっしゃって下さるのなら、綺麗さっぱり水に流しましょう。」

ほっとした空気が流れる。背後で双子も安心したようだった。それも束の間、次に続いた言葉にその場にいた者は絶句した。

「凛一。お前を身請けしようと思う。」

若旦那は凛一の手を取る。


凛一に他の男の名前を呼ばれたとき、気付いたんだ。


君を独り占めしたいんだ。俺以外の男を見てほしくない。


俺には妻がいるから、妾ということになるが…大事にするよ。


「どうだ。悪い話じゃないだろう。」

満足そうに笑む若旦那は川口に話があるからと、凛一の肩を叩いて出ていった。

唖然とするひびきとかなでだけではなかった。

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