第8話

凛一とランスロットの逢瀬は短く、密やかなものだった。それはランスロットが商いの売り物を持ってきたときが多かった。

「長谷さん。こんにちは。」

帽子を取って頭を下げて、花守の部屋へ入っていく僅かな瞬間。ランスロットは出迎えに来た凛一の手にそっと紙片を握らせる。それは手紙だった。


『長谷さんへ。

今日は、君に会えるだろうか。これを読んでいてくれているということは、無事に会えたのだろうね。その時の俺が羨ましいよ。

扱っている商品で長谷さんに似合いそうなかんざしをいくつか、選んでみた。川口さんに預けるから、受け取ってほしい。俺の一押しは琥珀の玉が付いたものだよ。きっと長谷さんの瞳の色と似あうと思う。

ごめん。こんな話だけをしたいわけじゃない。本当は、君と愛を語らいたいよ。好きと、愛していると伝えたいと切に願う。いつだって長谷さんのことを思っている。お願いがあるんだ、聞いてくれるかい?

長谷さんの髪の毛を一房、俺にください。わけてくれたならその髪の毛を懐中時計の裏蓋にしまって、肌身離さず持ち歩こう。君をずっと、傍に感じられるように。

また、凛一と呼べる夜が来ることを待ちわびている。

ランスロット・ザラ』


何度も、何度もランスロットの手紙を読み返す。少し右上がりで、まるで植物の蔦のように流れる筆跡すら愛しかった。凛一は紙を用意し、筆を持つ。そして自分の気持ちをどう書けば伝わるかを考えつつ、文を認めた。


『ランスロット様

お手紙、ありがとうございました。あなたに会えただけで嬉しいのに、形に残るものを頂けてとても嬉しかったです。だってランスロットさんに出会えたことが現実として、手元に残るのだから。

今度、ランスロットさんが見世にいらっしゃるときは琥珀のかんざしをつけてお待ちしていようと思います。似合っていなかったら、笑ってください。

欲してくれた髪の毛を一房、編んで同封します。あまり綺麗でなくてごめんなさい。その代わりに僕にも、ランスロットさんの髪の毛を頂けないでしょうか。あなたと言う人の証明に、僕が生きていける糧になるように。

夜毎、あなたを思っています。

長谷凛一』


雨が降ると、待ち遠しかった。まるでランスロットが来る合図のように思っていた。忙しなく雨を避けるように歩く人並みに反して、ランスロットはゆっくりと雨を楽しむように歩いているから遠目ですぐにわかる。自室の出窓から見つけると嬉しくて、見つめていたいのに早く辿り着いてほしかった。ランスロットも見世に近付くと、凛一の部屋を見上げてくれる。そうして目が合うと傘を僅かに持ち上げて、にこ、と微笑むのだ。

今日は梅雨の晴れ間、川口が前の客との話が遅れている日だった。束の間にぽっかりと空いた時間に、凛一とランスロットは見世の中庭にいた。

小川に足を浸して涼を扇ぎながら、何気ない会話を楽しんだ。

「先日預かった猫たちだけど、もう立派にネズミを仕留めるようになったと仲間が言っていたよ。」

「水人が聞けば、喜びます。伝えておきますね。」

「うん。すっかり慣れて、船乗りたちに可愛がられているとも伝えておくれ。」

ちゃぷ、と音を立て水を蹴る。日差しを浴びて、きらりと雫が輝いた。凛一はもう癖になりつつある、左手を太陽にかざした。その仕草に気が付いてランスロットも後を追うように左手を出した。お揃いの指輪をいつかはめられることが待ち遠しい。

「…長谷さん。プロミスリング、今、着けている?」

「着けてますよ。」

左手を引っ込めて、代わりに右手を出して証明して見せる。ランスロットは凛一の右手を取った。風がそよぎ、二人の合間にも温かい空気が流れる。それを追いかけるように蒼い木の葉が一枚舞って行った。

凛一の手を揉むように触れて、人差し指の腹で指輪をなぞった。そしてその指輪を食むように口元に誘って、かりりと甘噛みするのだった。指輪の固さが凛一の指を傷付けていないかを確かめるように。

「右手だから…、いつも身に着けていられるんです。左手だと勘のいいお客様が気付いてしまうから。」

「だろうなあ、とは思っていたよ。」

ランスロットにはすべてがお見通しらしい。本当に頭が下がる思いだった。

「その客が、嫉妬に狂って死んでしまえばいいのにね?」

時々毒を吐くランスロットすらも愛おしいと思うのは、すでに彼に対して中毒を起こして麻痺しているからだろうか。それもいいと考えてしまうから末期だ。

「ランスロットさん、お待たせしました。」

見世の母屋から川口が声を張った。

「…じゃあね。長谷さん。」

「!」

ランスロットは立ち上がる前に、自然な動作で凛一の頬に素早く唇を押し付けた。柔い口付けはすぐに離れていき、そこに熱い体温の名残だけが宿った。

「凛一と一緒にいたのですか。」

「はい。彼に話し相手になってもらっていました。」

そんな会話を凛一は遠くで聞いていた。

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