第302話 村会議 後編

「それではこの善悪水晶は村の中に入られる人に使用するという事で決まりですね」


 ミツが村と畑を壁で囲った理由は村の中で作られる村産業の技術を外に出さないため。

 その為には、外から入ってくる人の中には金儲けの為と村の技術や物を盗まれては困る。100%これで犯罪が防げるかと言ったら無理だが、露骨な悪党を村の中に入れない事は治安維持にも繋がることなので問題ないだろう。

 いずれは水車小屋や井戸の手押しポンプ、また他の事も他の街に伝わるかもしれないが、稼げるうちに村で稼ぐことが一番の目標でもある。


 善悪水晶の仕様に関しては全員が賛成の異を唱えた。


「では次にトムさんにお願いします家畜関係ですが、今いる草牛と新たに増えた馬数頭では村はやっていけません。と言うか300人超えた人の数に対して家畜が足りなさ過ぎます」


「んー。と言ってもね。草牛一頭でもなかなかの値段がするからね……」


「はい。トムさんのおっしゃることは確かです。ですが、村にいる草牛は全て乳を目的とした草牛ならば、雄を買って繁殖方として増やしていこうかと思います。幸いと言ってなんですが、雄は雌の半額の値段で売買されていることを聞きました。それと鶏も飼います。子供達には栄養のある草牛の乳と卵、そして野菜と米と、栄養バランス良く食べて、スクスクと育って欲しですからね」


「その、栄養バランスってのは分からんが、鶏は増えればそれも肉にできるので。俺は鶏を飼う事は賛成する」


「私も。賛成するわ。鶏の羽と骨も捨てることなく矢に使えるし、何よりそのへんの草でも育っちゃうくらいに餌代がかからないわよ」


「フム。ミツ坊、皆も賛成のようじゃし、鶏を村で飼うのは構わん。しかし、少し人の住む場所から離すことを頼めるかね」


「ああ、勿論です。騒音もそうですが、鶏の糞などは病気の原因にもなりますからね」


「ほう、知っておったか。うむ。鶏は特に注意せねばならん。羽、骨、肉と人にとっては助かる家畜であっても、鶏は特に病を発症させやすい家畜だからね。ライアングルの街でも少し離れた場所で育ててるんだよ。まぁ、人から離して育てているその分、モンスターなど野生の動物に襲われやすいんだがね」


「今の状態なら放し飼いでも問題ないと思いますよ。基本病が発症するのは、一定の場所にフンや死骸をそのままにしておくからじゃないですかね。伸び伸びと飼育すれば鶏のストレスも軽減して卵も多く産んでくれるかなと」


「ははっ、しかしミツ君、それだと洗濯物がフンに汚れたと女どもが言ってきそうだな」


「あー、それはあるかも……。さて。話を戻しまして次に村に更に家畜を増やそうと思います。なにかこれと言った家畜に心当たりがある人は居ますか?」


 家畜家畜と呟く村人達。

 その中、トムが思い当たる動物を上げる。


「メリープ……なんてどうかな?」


「メリープ?」


《羊の事です》


「あっ、なるほど)


「そう、メリープの毛なら売買もできるし、育てるのは草牛とそう変わりはない。当然だが草牛とは管理方法も違うが、村産業としても羊毛を売り出すのも良いんじゃないかな」


「なるほど。羊毛も取れますし肉にもできますか」


「あっ、ごめん、言い忘れてたけど、メリープの肉は多分取れないよ」


「えっ? 美味しくないんですか?」


「いや、オイラも食べたことないから味は分かんないんだけど、メリープは基本死ぬまで毛を飼っている者に与えるからね。昔っからメリープに関してはその感謝の思いを込めて食べずに土へと返すんだよ」


「あー、なるほど。なら草牛もですか? あれも乳も出してくれますけど」


「んー、草牛に関してはその村の状態にもよるね。貧困してたら人だけじゃなく草牛も痩せて食べるところなんて無いも同然だし、逆に作物が方策に豊かな所は草牛も太って入るが、乳だけじゃなく、畑や山の石をどかすために働くから肉にする訳にもいかないよな」


「それは確かに、太ってるからと言ってその草牛を食べてしまったら農作も大変になりますからね」


「そうそう。今の所この村は草牛を食べる予定もないね」


「まぁ、本当に場合によっては食すかもしれんが、態々高い金払って奴を4~5回の飯に変えることの方が贅沢すぎるだろな」


「ミツ坊、これもじゃが、メリープは注意して買うんだよ」


「飼う時ではなく買う時ですか?」


「ああ、メリープを売る奴の中にはそれが病気状態のまま売り付ける奴もいるからな。なんせあの毛に体を隠している分、病気のメリープってのを見抜くことは難しいだろう。毛を切れば体に斑な模様が出てるから分かるんだが、売る奴はその時に毛を切らせることはないからね」


「商品価値を態々落とすことにもなりますもんね。分かりました。その辺を考慮しまして、購入時は誰か一緒にお願いします」


「その時は私がともに行くとするかね」


「ならオイラも行くよ。家畜はオイラの担当だからね。これからも村に家畜を増やすなら自分の目で確かめたいよ」


「ギーラ村長、トムさん、よろしくお願いします。それでは、他に思い当たる家畜は居ますか?」


「「「……」」」


「居ないみたいですね。それでは……」


「あの!」


「んっ。えーっと、エレンビーさん。何かありますか?」


 村人達が口を閉ざす中、一人の女性が手を上げる。

 彼女はエレンビー。

 15の成人を迎えてから出稼ぎに村から出ていた女性。

 その為に彼女は残念ながら婚期を失ってしまっている。

 見た目は悪くわないが、彼女自身、恋愛よりもお金の方が優先のようだ。


「はい。家畜ではありませんが、セレクトワームなんて如何でしょうか?」


「セレクトワーム? ああ、シーツとかの生地を出すアレですか」


 ミツが思い出したのはライアングルの街にて、寝具などを買いにいった時、店主からセレクトワームを使用したシーツなどを紹介されたことを思い出す。

 

「そうです。私は出稼ぎのときにセレクトワームの飼育場にて働いていました。基本的な事は覚えていますので、村のために使えたらなと……。あっ、セレクトワームの糸は加工しなくても、糸玉として売買も可能です。現に私が働いていた所は加工までしていましたが、外からの持ち込みとして糸玉を持ってくる人も幾度か見かけたこともあります。村でも糸玉にして加工場に持っていけば良いかと」


「なるほど(カイコの眉みたいに考えていいのかな? 昔ネットの動画で見たことあるわ)」


「セレクトワーム、俺はいいと思うぞ?」


「そうだね。話を聞くと家畜よりも世話の量は少なそうだ」


「皆さん賛成のようですね。ではセレクトワームも追加とします。因みにセレクトワームって何処で買うもんなんですか?(その前に、カブトムシみたいにお店で売ってるもんなのか?)」


「セレクトワームの売買は基本していません。皆さん外で見つけたのを持ち帰ってます。ただ、何処から持ってきてる間では知らなくて……。すみません」


「いえいえ、お気になさらずに。それじゃセレクトワーム探しからですね?」


「ミツ坊、それなら冒険者ギルドに依頼として出してみたらどうだい? と言っても今は冬の時期。暖かくなってから届くだろうね」


「冒険者ギルドの依頼として……確かにそうですね」


「しかし、冒険者に頼むとしても直ぐに見つかると良いがな」


「んっ? セレクトワームって希少なんですか?」


「いや、希少と言う訳ではないよ。ただ、アレは擬態が凄くてね。目を凝らして見ないと見分けが難しいんだよ」


「外敵から見を守るためですかね」


「そうだろうね」


「それでは村にセレクトワームを追加する方に反対の人は居ますか?」


 彼の言葉に挙手をする者は出ない。

 エレンビーの提案に皆は賛成のようだ。

 序にエレンビーはセレクトワームの注意点を上げてくれる。

 餌は森に生えている草木で良いのだが、途中上げていた餌を変えることは止めたほうが良いと言われた。

 何でも食べる葉っぱの種類で作り出す糸の性質が異なるそうだ。

 その為、途中に葉っぱを変えると糸が細くなったり切れやすくなったりと悪品になるとの事。

 ならば、セレクトワーム用として同じ葉っぱを集めることを統一させておこう。


「家畜関係は以上ですね。それでは今後スタネット村には雄の草牛、鶏、メリープ、セレクトワームを追加します。後に牛舎小屋などは自分が作っておきますので、担当を皆さんで決めてもらいます。その場での仕事の利益が皆さんの収入にもなりますので、しっかりと話し合ってください。その辺は村長とトムさんを中心としてお願いします」


「「「「はいっ!」」」」


 ミツの言葉に頷きに返事を返す二人。

 そして鶏、メリープ、セレクトワームと、既に担当をやってみたい人が数人居たのだろう。

 エレンビーも含め、元気な返事が帰ってきた。


「さて、次にですが……」


「マスター、お連れいたしました」


 ミツが入り口の方に視線を向ければ、まるでタイミングを合わせたかのように入ってくるティシモ。


「ああ、ティシモ、ありがとうね。ゲンさんもお呼びしてすみません」


「いや、構わんよ」


 ティシモと共に部屋に入ってきたのはゲンである。


「親父? ミツさん、何で親父を呼んだんだ?」


「はい。これからする話はゲンさんを抜きにして話す内容ではないのでお呼びしました」


「「?」」


「皆さん、自分はこの村の近くにあります川、その近くに養殖をしようと思います。その為にゲンさんにお力を借りようかと思いまして」


「? その、養殖というのは良くわからんが、何をする気だね?」


「はい。近くにあります川の魚、それを家畜の様に増やして育てる事が養殖と言います」


「「「!?」」」


「さ、魚を育てるだと? ミツ君、君はそんな事をやった事あるのかい……」


「いえ、ありませんよ」


「だっ!?」


「「「!!」」」


 ミツの即答の返答にバンが椅子からズッコケた。

 少し身を乗り出していた人も足を崩している。


「な。なら何故そんな事を……」


「バンさん、無いんですよ……。自分は養殖の経験がありませんし、旅の中、そんな物を見たこともありません」


「「「……」」」


「「……!?」」


 意味深な言葉使いに疑問符を浮かべる面々。

 その中、年の功が効いたのか、ギーラとゲンがミツの考えへと真っ先にたどり着いたようだ。


「ミツ坊、お前さん、まさか……」


「はい。皆さんの考えでは魚と言う物は川から釣った物を食べる、それだと思います。ですが、いつも釣りに行って確実に魚を取って帰れる保証はあるでしょうか?」


「……」


「魚も家畜同様に育て、食べる時に食べれるようになったら如何でしょうか? 川の魚も取りすぎては数が減り、下手したら次の日からずっと取れなくなるかもしれません。ゲンさんは無意識とそう言うのが分かり、釣りをする時も取り過ぎないように気おつけていたんじゃないですか?」


「親父、そうなのか?」


「……うむ。口で説明するには難しいんだが、確かに川を見ていれば分かる……」


 これはゲンの持つスキル〈生物本能理解〉と言う、猟師と言うジョブに付いているゲンだからこそ使えるスキルだ。

 スキル効果は獲物となる動物や魚の動きが先読みでき、更にその数も雰囲気で分かるようになるそうだ。 

 案の定、ゲンはこのスキルが発動し、獲物が居ないと分かった時は直ぐに狩猟や釣りを引き上げている。


「そこでゲンさんにはその養殖の担当をして頂きたいと思います。狩人を引退した後も村人の為と自身の力を無意識と振る舞われていますゲンさんのお力をそのままにしているには勿体無いですからね。勿論これも他の村産業と同じで初めて行う事になります。別に他の村町に魚を売るような事業までは行かなくとも、この村のために、ご協力を是非ともお願いします」


「……」


「ゲン! 黙ってないで何か言ったらどうだい? ミツ坊もお前さんを見込んでのこの話だよ」


「親父! 俺も手伝うからよ!」


 黙ったままと目を伏せるゲンを嗾ける思いなのか、ギーラと息子のドンが声をかけ続ける。


「……ええい。五月蝿いの。ワシは別にやらんとは言っておらんだろうに」


「親父!」


「ゲンさん」


 二人の言葉に先走るなと呆れながら言葉を返すゲン。

 彼は居住まいをただし、ミツの方へと視線を真っ直ぐに返す。


「ミツ殿、この莫迦息子と義理娘のサネ、そして孫娘を救っていただきました礼を返せる機会を頂き、心より感謝します。このような老いぼれが何処までお役に立てるか分かりませんが、力となりましょう! 勿論こいつも一緒にしごいて下され!」


「ああっ! ミツさん、よろしくお願いするよ!」


 深々と頭を下げる二人に、ミツも感謝の言葉と村人達へと頭を下げる。


「はい、こちらこそよろしくお願いします。皆さん、どれも始めるのはこの村だけではなく、自身でも初めてな事ばかり。失敗する事もあるかもしれません。ですが、皆さんのご協力があれば必ず成功に行けると思います。さて、次ですが……えーっと、フォルテ」


「はい」


 ミツの後ろに秘書のように立っていたフォルテが一歩前に出る。


「子供たちの状況って如何なってる?」


「はい、ご報告させていただきます。前回の入学式から数日と経ちまして、新たに学び場に入りたいと言う子供達が12名殖えました。また学びの場にて子供達には先ずは文字の意味、数字の使い方を教えております。皆様熱心に勉学に取り込まれております。二組担当のメゾからも同じ報告が来ております」


「うん。順調みたいで良かった。追加として入って来たご家族には説明はティシモ達にお願いしてもいいかな?」


 その言葉にマスターの頼みが嬉しくもティシモは恭しく頭を下げる。


「はい、承りました。中にはマスターの作られました図書館の本に興味を持たれた子供達も居まして、早くこれを自身で読みたいと発言しておりました。今は絵を楽しんでいる子供達が大半になります。また、これは私からの提案なのですが宜しいでしょうか」


「おっ、フォルテ先生からご提案ですか。宜しいでしょう。この校長となる自分にどうぞ先生のご意見を聞かせていただきましょう」


 一応学び場の責任者はミツなので本人は教員ではなく、校長先生の位置を口にする。

 フォルテとティシモはそれを理解してか、無邪気に話すマスターへと優しく微笑みを返してくれる。


「フフッ、はい。実は保護者の皆様の他にも、成人されました大人の皆様からも是非とも学び場での参加を希望したい人が多数ございます。そこで今はダカーポとフィーネの二人が手が空いておりますので、マスター……校長先生のご許可が頂けますなら、この二人には成人されました皆様の勉強を見てもらおうかと。いかがでしょう」


 子供達から学び場での話を聞いた保護者から話が村中に広がっているのだろう。

 中には出稼ぎにて戻って来た大人達がタダで文字の書き方や計算法が学べると聞いて参加したいと声を上げたようだ。 

 やはり出稼ぎにで多分、村の外での力となるのは知識だと言うことを痛感したのだろう。


「因みにそれは何人程?」


「今の所18名の希望者が出ております。恐らくまだ増える可能性もございます」


「んー。既に子供さんだけでも12人増えて今は34人、プラスして18人……流石に五人で回すのは大変じゃない?」


「はい。お優しい校長先生ならば私達のことを思いそう申されると思っておりました。ですが私達はマスターの精霊にございます。少し失礼します」


「んっ。フォルテ?」


「「「?」」」


 何をする気なのかと思持っていると、壁際に移動したフォルテの身体がポワッと光を出す。

 するといつの間にかフォルテの横には彼女に雰囲気が似ている女性が二人いた。


「「「「!?」」」」


「この様に私達もマスターと同じ様に自身の分身体を出す事ができるようになりました」


「えっ!? フォルテ〈影分身〉できるようになったの?」


「マスターの力とは異なりますが、それに近いですね」


 疑問に思ったことを口にすると、フォルテはこの場で口にして良い内容なのかを少し躊躇ったのだろう。

 そんなフォルテのフォローとユイシスの言葉が入る。


《ミツ、貴方が使用しますスキルの〈影分身〉と違い、彼女達は精霊の力を分散して自身を分けることができます。今フォルテは三人に数を増やしましたので、彼女の力も1/3と力を落としております》


(えっ、それだと何人にも増えることができるんじゃないの? ってか1/3って大丈夫なの?)


《問題ありません。力が1/3となりましても、ミツの魔力が増加したことに彼女達の力も増しております。分身体を出した今の彼女だとしても、貴方以外に力でねじ伏せることは不可能と思われます。フォルテが説明を躊躇ったのは、力を落とすことを貴方以外の者に聞かれてもよいのか判断に悩んだのでしょう》


(ああ、なるほどね)


 ミツはフォルテへと〈念話〉にて気遣ってくれた事に感謝を伝えておく。


「それでは二人ともマスターである校長先生にご挨拶を」


「「よろしくお願いします」」

 

 彼女達にも名前を与えるべきかとおもったが、フォルテの分身体はミツと同じ分身と同じと、取り敢えず考えて良いそうだ。

 またミツの〈影分身〉と違い、フォルテの分身体は本人との記憶が共有されるそうだ。

 なのでフォルテの分身体に子供達の授業をお願いすれば、次に何処まで授業をやったのかが分かるそうだ。

 ミツと精霊の分身の違いは、記憶を共有するか、力を共有するかの違いだろう。


「うん、私達って事は、ティシモ達もできるんだよね」


「はい。これにより教員数が15人まで増えましたので、問題なく子供達と成人を迎えられました。大人の方々も、問題なく受け入れることは可能となります」


「分かった。クラス分けの方はその人の学力を判断した上でフォルテが分けてあげて」


「かしこまりました」


「さてと、んっ?」


「「「「……」」」」


 次の話に行こうとバン達の方に振り向けば、皆は驚き顔のまま止まっていた。


「えーっと、皆さん、最後の話をしたいんですけど、良いでしょうか?」


「はっ!? わ、悪い悪い……。突然の事で驚きに言葉が出なかっただけだよ……」


「ホント、ミツさんと居ると驚かされる事ばかりね」


「ははっ、マーサさん、今のは自分も驚いてたんですけどね」


「しかし、お前さんの付き人のその娘さんがまさか精霊だったとは……」


「そう言えばパーティーの時にはお手伝いとして来てくれましたとしか言ってませんでしたね。では、今更ですけど。フォルテ、皆さんに挨拶を」


「はい。皆様、遅ればせながらご挨拶させていただきます。私の名はフォルテ。マスターに名を頂きましたその時から私はマスターの一部にございます。我々姉妹、全員がマスターの力の一部とお考えください。マスターに取って皆様が保護すべき対象ならば、私達は全力の力をもって皆様、この村をお守りする事をお約束いたします。どうぞ、これからもこの場にはおりませんが、三女のメゾ、四女のダカーポ、五女のフィーネ共々よろしくお願いします」


 フォルテの挨拶の後、共に立つ次女のティシモも村人へと頭を下げる。

 パチパチとミツが拍手をすれば、村人たちも釣られて拍手を二人へと送る。

 元々教員として既に受け入れられていた二人だけに、精霊と言う事実を告げられても嫌悪感を感じたりしないのは、ミツの精霊と言う言葉が強かったりする。

 

「それでは最後となります。ギーラ村長」


「ああ、分かったよ。それでは最後に私から一つ。これを見て欲しい」


「んっ? おふくろ、何だそれ? 布? いや、違うな」


 バンはギーラからある物を受け取り、しげしげとそれを見ている。


「皆にも見てもらおうかね。お嬢さん方、すまないがこれを皆に渡してくれんかね」


「「はい」」


 フォルテとティシモがギーラからそれを受け取り、部屋の中にいる人々へとそれを渡していく。

 村の人たちはそれを触ったり、嗅いだり、部屋に置いてある光に透かして見ている。

 

「お母様、これはもしかして……」


「マーサは分かったようだね。他にそれが何なのか分かる者はおるかい?」


 ギーラの言葉にチラホラと手を上げるものが居る。

 それは一部共通点のある人達だった。


「おふくろ、何だよこのれは?」


「うむ、お前さんは他の者と違い、それを見る機会が無いからね。知らないのはしかたないか。それはミツ坊と昨晩作った紙だよ」


「紙……えっ! これ、羊皮紙かよ!?」


「いや、バンさん。それは動物の皮で作った羊皮紙ではなく、木から作ったわしという別物ですよ」


「「「!?」」」


「きっ!? 木って、その辺にある木から紙を作ったってのかい!?


「はい。先程手を上げられました人達は恐らく子供達が家などで使っている紙を見たんじゃないでしょうか。子供達には文字練習の為に紙を毎回学び場に来たときに一枚ですが渡してますからね。それに好きにその日に学んだ事、絵とか描いてる子も居るそうです。あれです、学び場に来た子へのご褒美的な物でしょうか」


 まだ子供達には宿題などは出してはいないが、フォルテの提案にて少しでも紙に慣れておくべきだろうの言葉を受け、毎日子供達にはA4サイズの紙を帰りに渡してある。

 それを家で見たことあるのが手を上げた保護者の人達だろう。


「ミツ坊が作る物よりかは不格好だろうが、それでも十分紙として使えるのは確か。そこで紙の製造も村産業の一つとしてあげようと思う」


「俺達でも紙を作れるのか!?」


「はい。今は羊皮紙が一般的に売られていますが、それは小さくとも値段の貼る品物となります。それは製造面でのコストもありますが、皮となる動物の数が取れない時などは、更に値段が上がる事にもなります。ですがこれは木を使うとしても、木の表面にあります繊維を使うので剥ぎとるだけで木の数を減らす事もありません。木の表面は一年経てばもとに元通りになる事は(ユイシスの言葉にて)調べが付いています」


「ミツさん、因みにその和紙と言うのはいくらぐらいになるの?」


「はい。通常の羊皮紙、例えますならこちらにあります子供達が学び場で使ってます画用紙サイズ(B2サイズ)は、羊皮紙なら金額5~10枚でのやり取りとなります。ですがこれを和紙の値段に変えると、1枚銀貨一枚にもなりません」


「「「「「「はっ!?」」」」」」


「フフフッ。皆、私と同じでミツ坊に告げられた時と同じ反応だね」


「う、嘘だろ!? 1/10の値段にまで落ちるのかよ……」


「勿論その分羊皮紙と違って和紙は水に弱いのですし、日に当たり続ければ変色するデメリットもあります。ですが製造する際でのデメリットが少ないのも事実です。それでは今から和紙の製造を簡単に説明しますので、移動します」


 ミツは川近くに作った小屋へと村人達と移動。

 いつの間に出来ていたのか、川の隣に小屋が建築されている。

 村人達が中に入ると少し狭ぜだが、後で増築はできるので今は我慢してもらおう。

 そこには教室で使っている黒板が壁にあり、バン達が見たこともない道具がズラリ。

 桶や樽は見たことあるが、それ以外は何に使うのかが分からない。

 ミツは授業を行うように黒板へと絵を描いた紙を貼っていく。

 簡単な手順を絵に描いただけなので大体はこれで理解できると思う。


「先ずは木の表面の皮を洗い、汚れを落とします。その後この樽には木の表面の皮を二日間柔くなるまで付けておきます。次に十分に水分を含んだ皮を蒸し器にて蒸します」


「ここ迄は羊皮紙とやる事は変わらんの」


「そうですね。ゲンさんのおっしゃるとおり、羊皮紙も和紙も使うのは中身ですから。ということで次に蒸し上がったのがこれです」


 ミツは村人達へと一つ一つ絵と現物を見合わせながら説明していく。

 蒸した時に火を使うので、その時に出た灰なども使う事を告げれば村人は驚き。

 別に食べ物を作ってるわけじゃ無いんですからとミツは笑いながら灰の中にあるアルカリ成分の話をするが、これはギーラがなんとか理解した事なので村人達には難しかったようだ。

 表面を剥いだ後、後はミキサーにかけるのだが、これはミツが思いついた便利道具が使われる。

 前世で料理をする際、玉ねぎなどを微塵切りに使う道具だ。

 紐を引けば中にある刃が木の繊維を細切れにし、紐を引く力を抜けば中に仕込んであるバネが勝手に紐を引き寄せる。

 これならば一人でもできる工程である。

 試しに女性のマーサがやってみると、そんなに力は入れないでいいと簡単に中に入れた物をドロドロになるまでミックス。

 ここで更にとろみをつけるのだが、前世の和紙は科学の力を使いとろみを付けるのだが、ここにはミツのスライムが居る。

 スライムにとろみ液を出してもらい、それを入れてまた混ぜる。

 もう、ここまでくれば見知った光景が始まる。

 今回は練習なので水を入れた大きな桶に、ドロドロになった液体を入れていく。

 型を取るために、すだれを引いた形組を桶に入れてユサユサ。

 この作業はギーラにやってもらい、綺麗に貼れたので大きなすだれに逆さにして引いていく。

 

「おおー! 村長、上手いもんですね!」


「うむ、どうかね、ミツ坊?」


「はい。綺麗にできてますね。それじゃこれも時間を早めて乾燥させます」


 本来なら何枚も重ねた後に重しを載せてゆっくりと水抜きと乾燥を行うのだが、それは省略する。

 ミツが掌をかざせば、水分を含んでいた和紙が固まり、先程皆が手に触った和紙が出来上がった。

 その間30分もかからずに出来上がった事に驚きの面々。


「さて、先程の話ですが、和紙の製造面でのメリットをお教えします。羊皮紙の場合ですが、皮から毛を削ぎ落とす際、皮を誤って切ってしまう事もあります。また、なめしをする際も、穴が開いたり事故も起きてしまいます。ですが和紙はやり直しが効きます。このように形組に入れる時に偏って出来てしまっても、また中に戻せばやり直しができますし、こうして乾燥して出来上がった和紙に穴が開いていたり、ムラがあったとしても、またこの中に戻して水分を含ませれば形組から再開できます」


「「「……」」」


 実際の和紙の製造面でも同じ事がされている。

 形を整える時に端っこを切り落とす際に出てくるカスは水に戻され、また使われるそうだ。

 淡々と和紙のメリットを説明するが、勿論デメリットも説明していく。

 一つは水を扱うので、形組など木で作った所は簡単に腐食しやすい事。

 道具がかなり多く必要なところ。

 乾燥などで時間がかかる所。

 彼は正直に隠すこと無く、紙の製造面でのメリットとデメリットの両方を告げる。


「羊皮紙と違って安く売る事になりますが、その分コストもかからず、羊皮紙以上に和紙は大量生産が可能です。今子供達が使っています紙も作り続ければ恐らく10枚でも銅貨3枚まで抑えることもできるようになります。これが広がれば村は常に村産業を抱えることができるようになります」


「……ははっ、す、凄えな……」


「お、俺、やってみたいです!」


「私も!」


「良いですよ、皆さんやってみてください。あっ、作られた人はそれを記念としてお渡ししますよ」


 その言葉に大人達はまるで子供のように紙作りに没頭。

 中には上手くできる人、苦手な人と別れるが、皆楽しそうに和紙作りをやっている。

 中でも一番上手かったのがルーラだった。

 彼女は既にバンに手解きをする程にコツを掴んだようだ。


 こうして話し場が終わり、今後村の発展が明るい事に村人達はニコニコとして受け取った和紙を見ている。

 後日にでも予定通りに草牛の雄、メリープ、鶏を買いにいく予定をたて、ギーラやバンと話し場に参加した人や家族を招いての食事場が開かれた。

 折角ならとやはり村の人達を呼んでの宴会騒ぎになるのは、そんなに時間を必要とはしなかった。

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