第294話 俺はお前のお義父さんじゃない!

「おーい! ミツ、連れてきたぞ」


「ミツ、来たみたいよ」


「うん」


 リックの声が訓練場に響く。

 彼の後ろには驚き顔に周囲を見渡すベルガーとナシルの姿。

 ベルガーのミツとの模擬戦を希望を応える為ととんぼ返りに家の方に両親を迎えに行っていたリック。

 ゲートを見た両親は驚きつつも、スタネット村に到着後に見せられるその光景に唖然と口を開いたまま。

 リックに背を押され、訓練場までやってきたようだ。

 模擬戦と言うことでミツもドラゴンメイルに着替えての対応。

 久しぶりに見る少年の姿に眉尻を上げるベルガー。

 

「(リッコの)お父さん、お母さん、態々お越しいただきありがとうございます」


 しかし、ミツの開口一番の言葉がベルガーに影を落とした。


「あらあら。ミツさん、お久しぶりですね。少し見ない間に立派になられたようで。お話は息子たちから聞きましたよ。随分と冒険者としてのランクを上げられたようですね」


「ははっ、運が良かったんですよ。それで、今日はリッコがこちらに寝泊まりすることの許可を頂くためにお父さんとの模擬戦との話ですが」


「お義父さん……? お義父さん……?」


「あ、あれ? ベルガーさん?」


「ちょっと、お父さん! ミツと模擬戦するんでしょ!」

 

 ベルガーはブツブツと何か独り言を呟き続け、ミツの言葉に反応を返さない。

 リッコがユサユサと父の腕を引き、何とか意識を戻すがベルガーの顔は引き攣った笑顔のまま。

 


「!……。ああ、そうだったな。久しいね。君には息子達だけではなく、井戸の件など色々と世話になったが、今日はそれは別として君の力を見せてもらいたい」


「はい。自分が勝てばリッコは家に来ていいんですよね?」


「うぐっ!? う、家に……。そ、そうだね……。き、君は随分と実力もあるようだし、娘を任せても……よ、よ、よ、良いかもしれ、しれんな……」


 話す度にベルガーの挙動が変わっていく。

 ピクピクと引き攣った笑顔、じわじわとその額には脂汗が出てき始めている。


「分かりました。リッコも自分の家を気に入ってくれたようなので、後はベルガーさんの許可だけですね」


「ははっ……ははっ。……君が俺に負けるようでは娘をやる事はできんぞ」


「……(リック達が言ってたみたいに、やっぱり娘であるリッコが知らないところで泊まるのは親としても不安なんだろうな)分かりました。ベルガーさんが不安にならないように、リッコにはずっと側にいますので、安心してください」


「「「「!?」」」」


 仲間を思うミツの言葉足らずの気持ちはベルガーを更に嗾け、リック達には笑みと驚きを与える。


「ヒュー。ミツも言うじゃねえか」


「あらあら、何だか食い違いが見えるのは母さんだけかしら。でも本人が喜んでるみたいだから良いかしらね。フフッ、やっと娘にも春が来るのね」


「ううっ……///」


「母さん、楽しそうですね……」


 ベルガーの反応が面白く見えてきたのか、ナシルはリッコの赤面にも微笑みを向けている。


「そそそそそそっか……。それじゃ、早速殺ろうか」


「あれ? 何だかベルガーさんから変な雰囲気を感じるんだけど」


 緊張しているのか、それとも別の理由なのか。

 理由は分からないが、ミツはベルガーの笑っていないその影を落とした笑みに違和感を感じていた。


「あ、あの、ミツ……その……///」


(あー、リッコも不安なんだろうな。そりゃ自分のせいでお父さんが動いちゃったんだもんね。よしっ、ここはしっかりと安心させないと)


「安心してリッコ。君の為に必ず勝つからね(はい、ここで笑顔を向けて相手を安心させる、ニッコリ)」


「……///。 あ、あったりまえでしょ! 負けたら絶対に許さないからね!」


「うんうん」


 ミツの笑みにボンッと正に顔が爆発した気持ちのリッコさん。

 母と兄は二人のやり取りにニヤニヤと笑みを作るが、父は額には青筋を浮かべ、今にも血の涙を流す思いと腰に携えた剣を強く握りしめていた。


 気持ちが大きく揺らぐベルガーも元はプロの冒険者。

 直ぐに気持ちを持ち直し、対面に立つ少年の力量を既に視界のみで感じ始めていた。


(いかんな……。話では聞いてたが厄介な程に力を付けてるみたいじゃないか……。しかし、ここで引き下がっては……くっ)


 対面に立つミツの強さが無意識と伝わってくるため、ベルガーは既にたらりと汗をかいていた。

 これは先程まで浮かばせていた脂汗とは違い、冷や汗に入るかもしれない。

 その中、ふっと視線を変えれば祈るような娘の姿。

 ああ、あんなにも大きく、また愛する妻のナシルの様に綺麗になって。

 リッコがまだ幼い頃、アハハアハハと幼い娘を肩車と遊んだ懐かしい日々。

 家族揃っての温かい食事風景。

 仕事に夜遅くに帰ってきた自身を迎えてくれた娘の姿。

 初めての料理は苦くとも、美味しいと答えれば、自身に花のような満開の笑みを見せてくれた。

 15歳の成人を迎えた時、子供達から冒険者になると伝えられたその時の強い瞳。 

 赤ん坊の姿から成長していくリッコの姿がベルガーの脳内に流れる。


「お父さん! おとーさん! お父さん?」


 自身を呼ぶ娘の顔と優しい声。

 何故かベルガーはまるで戦う前からと既に走馬灯を走らせていた。


「行きますよ! ベルガーさん!」


 記憶を遡る中、ミツの声が記憶の中のリッコの声を消す。

 その瞬間、目の前の少年と娘が仲良く見つめ合う姿を想像してしまい、そしてミツがベルガーさんと告げたにも関わらず、ベルガーの耳にはお義父さんと聞き違いを起こしてしまった。


「お、俺は(お前の)お義父さんじゃねえーーー!!」


「はい!?」


「「「!?」」」


 剣の鞘を捨て、爆速にその場から駆け出すベルガーの一撃。

 今回は模擬戦と言う事でミツは木刀を所持。

 しかし、ベルガーはこの勝負にて娘を取られてたまるかと真剣に取り組んでいた。

 そう、彼の娘を思う気持ちが真剣なら、手に持つ物も真剣なのだ。

 まるで目がキラリと光を出しているかの様な勢い。

 

「!」


 ベルガーの一撃はミツには届かず、彼の手に持つ木刀の先を斬る程度。

 コロンっと地面に落ちる木刀の先端、それを見てリッコが怒りと声を出す。


「お、お父さん! なんで真剣使ってるのよ! 莫迦でしょ! ミツは木刀持ってるの見てなかったの!? ちょっと! お父さん、聞いてるの!!」


「五月蝿い! 娘を任せる相手を見定めるのに、木刀何ぞの餓鬼の玩具で計れるか!! お前は黙って、お父さんの応援だけしてなさい!」


「なっ!?」


 ベルガーは再度強い踏み込みを入れ、ミツへと剣先を向ける。

 ミツは木刀相手では鍔迫り合いもできず、払うなど回避に動きを集中させる。

 激しい攻撃を仕掛ける父に対して、ミツは防戦一方。

 その戦いを見てリックは呆れと驚きを混ぜたような表情を作る。


「親父の奴、いきなり頭に来てんな……」


「ははっ……黙って応援って何でしょうかね……?」


「くっ! ミツ! 遠慮する事無いわ、お父さんなんてぶっ飛ばしちゃって! やってくれたら私があんたにご飯作ってあげるし、何だってしてあげるわよ!」


「なっ!? リ、リッコ! お前……」


「あらあら。リッコがそこまで言うなんて。随分とおませな娘になっちゃって」


「なっ!? お、お母さん! 私はそんな意味で言ったわけじゃ!」


「おーおー。父娘だなー。二人とも反応が似てる似てる」


「娘にそこ迄言わせるとは……。ミツ君、君は娘をこの先ずっと(生涯)守りきれると言うのか!? 半端な返事は許さんぞ!!」


「(そうだよね……大切な家族を人に預けるんだから、リッコのお父さんがムキになるのも当然だよね……)勿論です! リッコのお父さんとお母さんが安心できるように、自分は娘さんをズッとお守りします!」


「……そうか」


「……///」


 ミツの断言するようなその言葉に、ベルガーとリッコは時が止まったかのように動きを止めてしまう。

 そして時は動き出す。

 親の仇を見つけたような憎しみの涙を流すベルガーは、今日一番と剣を握りしめる、


「ならば君を倒させてもらおう!!」


「なんでそうなるのよー!! そこはゆずりなさいよね!!」


「ニャハハハハ!!」


 呆れと怒りの娘の声が訓練場に響く。 

 隣に立つプルンはとうとう我慢の限界が来たと腹を抱えて笑い出す始末。


 ミツは先程から防戦一方だが、これは彼なりの戦術である。

 ベルガーは歴戦の冒険者である事はリック達息子達から話を幾度か聞かされている。

 その際、勿論ベルガーとの剣の訓練の話もだ。

 ベルガーは強者であるが、それは数年前の話。

 現役の頃のスタミナは無いのか、リックの発動した〈城壁〉に苦戦しながらもなんとか突破するが、続けてリッケの剣術の訓練はパスする程だ。

 ミツはその話を思い出し、先にベルガーのスタミナ切れを狙っていた。

 またベルガーはリッコの事で頭に血が登り、大振りの攻撃を見せている。

 荒い攻撃を仕掛けている状態が続くならと、冷えるのは早いだろうと先を読んでいた。

 これはミツの前世で見たネット情報が活かされている。

 クレーム対応とお客の話を聞く際、取り敢えず一方的に相手に思った事、気持ちを吐き出させる事が早期のクレーム対応を終わらせる秘訣である。 

 ある程度話し終わった客は言いたい事を言い切った後に、こちらの謝罪を受けると怒りも収まりやすい事がデータに出ている。

 これはミツの処世術と言う程でもないが、今のベルガーは一方的な怒りをミツにぶつけている様にも見える。

 案の定、ベルガーの踏み込みは初手の半分の勢いと落ちてきた。

 ここからミツの反撃だ。

 と言っても相手はリック達の父親。

 父親の情けない姿など、子は見たいものでは無い。  

 なのでミツの狙いはベルガーが振り下ろした剣先。 


「せいっ!」


「!?」


 ガキンッと金属の鳴る音の後、シュルシュルと勢いのある風切音が訓練場の壁に向かって飛んでいく。

 ミツの蹴りにてベルガーの手から離れた剣は、回転しながら壁にザクッと刺さる。

 空かさずミツの木刀の先がベルガーの首筋に当てられる。


「終わりです」


「……っ。ふー……。俺の負けだ」


「ありがとうございます」


 ベルガーの降参宣言の後、ミツは木刀を下げ感謝と礼儀に言葉を告げる。


「やったー!!」


「おっしゃ!」


「やっぱりと言うか、予想通りでしたね」


「まぁ……フフッ」


 父親が負けてしまったと言うのにそれに喜ぶ子供たちを見ては、苦笑を浮かべる三人の母であった。

 ベルガーも勝負の結果に最初落ち込んでいたようだが、リック達を交えて話し合っている間と落ち着きを取り戻してきた。 

 折角ならと昼食を共にする事に。

 テーブルに並ぶ料理の数々、ベルガーとナシルの二人にはお酒を振る舞っている。

 一応リック達の親と言ってもこの家ではお客さん扱いの接待だ。 


「うまっ!? ミツ、これ何って料理だ!?」


「酢豚だよ。その右から春巻き、チンジャオロース、麻婆豆腐、八宝菜、回鍋肉、餃子、エビチリね。デザートは杏仁豆腐か胡麻団子食べたい分だけ小皿に移して食べてね」


 今日の昼はフォルテ達には頼んで中華料理を作ってもらっている。

 前世では酢豚にパイナップルを入れる事に腹を立てる人がいるが、ミツは美味ければ良いだろうの考えなので勿論リックの気に入った酢豚にはパイナップルが入っている。


「おっ! これも美味そう! って! リッコ、まだ取ってねえのに回すなよ!」


 仲間達の家族と共に円卓を囲むミツ。

 リックは中華料理を気に入ったのか、おかわりと皿に手を伸ばした瞬間、対面に座るリッコにターンテーブルを回され、狙っていた料理が遠のいていく事に声を上げる。


「あんたの小皿一杯が多すぎんのよ。先に私達が取るから、あんたは目の前のを食べてなさいよ。はい、お父さん」

 

「んっ、うん。すまん……」


「何? まだミツに負けたこと気にしてんの?」


「ゴフッ!」


 リッコの気にもしない言葉はベルガーの口に含まれたお茶を息子二人に吹きかける結果となった。


「「うわっ!!」」


「汚ったねえな!!」


「父さん、勘弁してくださいよ……。ミツ君はかかりませんでしたか?」


「う、うん。大丈夫大丈夫」


「あなた、気にすることはありませんよ。ほら、これで口元を拭いて下さい」


「すまん……」


「もう、お父さんが強いのは知ってても、ミツがお父さんよりも強い事知ってる私達に気にすること無いのよ。あれだけ家でミツの強さはちゃんと話したでしょ。もうっ!」


「そうですよ。リッコがあそこまで熱心に話をしてくれていましたのに。貴方、途中から聞いてるようでちゃんと聞いてなかったんでしょ」


「いや、話は聞いてたさ。しかしな……、ナシルは信じられるか? お前も元冒険者、アルミナランクなんぞ夢物語のランクを伝えられてもな……」


「娘の言葉ですから、私はちゃんと信じましたよ」


「流石お母さん! それに、お父さん。約束通りにミツは模擬戦してくれたんだから、私は自由にさせてもらうわよ」


「……分かった。少年の元に行く事を許してやる!」


「やった!」


「リッコ、良かったニャね!」


「うん! あっ、お母さん、折角なら帰る前にお風呂入って行きなよ! ミツが造ったお風呂があるの! ミツ、いいよね!?」


「うん、どうぞ、ナシルさんも(リッコ達と)一緒に入りましょう」


「なっ!? 風呂だと!? き、き、貴様ーー!! ナシルだけは絶対にやらんぞー!!」


「なんでそんな話になるのよ!!」


 ベルガーの早とちりの暴走はその後、妻のナシルからの腹部への一撃にて鎮圧。

 賑やかな食事場は慌ただしく、そして父であるベルガーは父の威厳を何処かに落としてきたのか今はソファーの上で寝かされている。

 その中、街に戻っていたのはプルン達だけではなく、ヘキドナ達も用事と街に戻っては帰ってきた。

 

「戻ったよ。昼には間に合ったみたいで食いっぱぐれる事は無さそうだね」


「リーダー、荷物は取り敢えず家の方に運んでおきますよー」


 家の外からエクレアの声が聞こえる。

 その後、馬が馬車を引いているのか、ゴトゴトと走り去る音を残した。


「おかえりなさい、ヘキドナさん。プルン達と別に帰ってきましたけど、何か用事だったんですか?」


「ああ、酒だよ。流石に冬の間は口が寂しくなるからね。あんたの出す酒も悪くわないけど、たまには不味い酒も飲まないと舌が甘えちまうからさ。安心しな、坊やと娘達が飲めそうな物も選んでるよ」


「お気遣いありがとうございます。でもお酒ですか……。ヘキドナさん、飲むなとは言いませんが、程々にしといた方が良いですよ? あの時みたいに二日酔いで次の日が大変になるかもしれませんからね。そう言えばお金は大丈夫だったんですか? 家を買われて懐事情が厳しい事を言ってたみたいですけど?」


「フンッ、つまらない事ばっか覚えているね。なぁに、これのおかげで少しはツケが効くんだよ」


 そう言いながらヘキドナは胸元からグラスランクのカードを見せる。

 フンッと笑みを見せる彼女は、こればっかりはエンリに感謝だねと呟いていた。


「そうそう、ギルドの婆から顔を出せって話を預かってるよ」


「ネーザンさんからですか? あー、そう言えばロックバードのお金貰ってなかったな。分かりました。明日にでも顔を出してきますね」


「ああ、序に口煩いエンリの言葉も受けるだろうが、気にすることないさ」


「ははっ、エンリエッタさんは心配から来てる言葉ですから元から気にもしませんよ」


「はぁ……。私もあんたぐらい鈍い性格ならあいつの小言も流せるんだけどね……。坊や、先に風呂をもらうよ。飯は後だ」


「はいはい。風邪を引かないように、じっくりと温まってくださいね」


 ヘキドナが脱衣場の方に向かった後、共に帰ってきた妹達が入ってきた。

 馬車に乗せた荷物の量は彼女にはそれ程でも無かったのか、マネは肩に乗った雪を払い落とす。

 

「戻ったよー! ふー。参ったね〜、雪がまた降ってきやがったよ。おかげで馬車に荷物を積み込むのに手間取ったもんだ。おっ、お客さんかい?」


「マネ、お客さんの迷惑になるシ。あんまり大声上げちゃ駄目だよ」


「何言ってんだい、アタイはいつもこれくらいの話し声だってばよ!」


「おかえりなさいマネさん。直ぐに追いつくと思ってたんですけど、随分と遅かったですね。心配しましたよ」


 マネの声に気づいたのか、リッケが若妻の様に玄関口にとマネをお出迎え。

 別に二人の家と言う訳ではないが、リッケのおかえりの言葉はマネにはドストライクだったのだろう。

 高笑いとご機嫌に街で安値で買えた酒などの戦利品を見せる。


「ハッハハ。わりいわりい。酒を買うついでに干し肉も買っておこうと色んな店を回っててね。ああ、ほら、これとかお前さんが飲めそうな奴を買っておいたから後で付き合いなよ」


「ははっ……お酒は苦手ですけど、お付き合いしますよ」


 二人の楽しそうな声。そこに顔を出す女性がリッケの後ろから声をかける。


「あらあら。リッケ、衣服が濡れた状態のお客さんをそのままに何時までもその場で立ち話はご迷惑でしょ」


「は、はい、そうですよね……」


「すみませんね。気の利かない者で」


 母のナシルに尻を叩かれる思いと、軽く叱咤されるリッケ。

 しかし、さり気ないそのナシルのリッケへのボディタッチがマネに嫉妬の顔を出させる。 


「むっ……。おうおう。何処の何方様か知らないけどね! 随分とリッケに馴れ馴れしいじゃないか」


「マ、マネさん!? あの、この人は」


「ああ!? あんたも女に触られたぐらいでデレデレしてんじゃないよ。いいかい、お嬢さん! 先に行っておくけど目の前の男はあたしんだからね! これ以上、指一本たりとも触れちゃ困るね!」


 別にリッケは母親との絡みでデレデレしていた訳ではないのだ。

 ナシルの表情が茶化す時のリッコとプルンに重なってしまった為、思わず苦笑を浮かべていただけだ。


「まぁまぁ、それはそれは。……でも私とリッケはお風呂も一緒に入ったり、同じベットで眠った仲ですので……どちらかと言うと貴女の方が後の女になるのでは?」


「「なっ!?」」


「痛でっ!!」


 ナシルの爆弾発言に二人が凍りつく。

 思わず手に持っていた酒瓶を落とすも、運が良いのか悪いのか、シューの頭の上にゴチンっと落ちるも酒瓶は割れることはなかった。

 マネはナシルの言葉を確かめる思いとリッケを掴む。

 んー、掴むというか、リッケがマネよりも小柄だけに首を絞めあげてる様にも見えてしまう。


「ちょっ! かぁ……! ぐへっ!」


「リッケ! あんたって奴は! アタイがいながらそんな男だったのかい!!」


「ちょっ!? マネさん、待って!?」


「アタイは確かに姉さんみたいに見た目は綺麗じゃないさ! でもね! あんたへの気持ちは誰よりも想ってるつもりだったんだよ!! それなのに、それなのに……ううっ」


「話を、ぎいでっぐだ……」


「マネ、止めるシ! お前がその子を強く掴んでるから喋れないんだよ!!」


 マネの言葉にリッケが何も反論しない事に彼女の次第と怒りは悲しみに変わり、目尻に大きな涙が溜まりだす。

 シューが慌てて言葉を出すも耳に入っていないのか、ユサユサと揺らすリッケが人形の様に手足が揺れている。


「あらあら、まあまあ」


「おい、お袋。何やってんだよ……」


「えっ? フフッ、なんか楽しいなって」


 会話が騒がしくなった事が気になったのか、リックが茶碗とフォーク持って話しかけてきた。


「おうっ!? リッケの兄貴さん、聞いておくれよ! リッケの野郎、あんたのお袋さんと風呂に入ったって……リッケと……。んっ? お袋さん?」


 告げられた言葉を信じたくないと涙目のマネ。リックの言葉を彼女は自身で口にすると、リッケを掴む腕の力が緩む。


「マ、マネさん、誤解です。そこに居る人は僕の母さんです」


「えっ……。えっ!?」


「はーい。リッケの母のナシルです。マネさん、リッケと仲良くしてくれていつもありがとうございます。あっ、ちなみにお風呂やベットの話はまだリッケが幼い頃の話ですからね」


「ええええええ!!!」


 マネの絶叫が家中に広がった。


「か、母さん、マネさんの事知ってたんですか……?」


「ええ、リッコから話を聞いてるもの。だから一目で気づいてたわよ?」


「そ、そうですか……」


「うわっ……。あのおかっさん策士だシ。マネ、マーネ! 固まってる場合じゃないシ。ほら、ちゃんと挨拶するシ」


「はっ!? あ、ああ、ああ、あの、あの……」


「フフッ、お話は座ってからにどうかしら。その方がゆっくりと話せるでしょ」


「は、はい! ……はい」


 初対面としては最悪なのだろう。

 マネは顔面蒼白と言われるままにナシルの後を付いていく。


「如何したの?」


「いや、何でもねえよ」


 ミツが何があったのとリックに質問するも、兄は母親の悪戯を口にするのも恥ずかしいのか話題を止め円卓へと戻っていく。


 外の気温は肌寒くも、お湯にて身を温める母娘。


「ホント、貴女の言う通りにいいお風呂ね〜」


「でしょ。街の臨時のお風呂場も良かったけど、ここは広いし静かだから素敵なお風呂よね!」


 仲間達、特に女性陣に人気となっているミツが造った露天風呂。

 お湯は地下水ではなく魔石のお湯だが、彼が初手に発動した水はほんの少しだけとろみが付いた水である。

 それを水の魔石が常に出し続け、火の魔石にて温かい湯を実現している。

 リッコの誘いに共に湯に浸かるナシルは、三人の子供を産んだとは思えないスタイルの持ち主。

 胸などの女性の魅力はリッコの倍はあるが、流石に娘のリッコも母の胸の大きさに嫉妬心は出してはいない。

 そんな彼女はタオルを頭に乗せ、頭も温め全身に湯を楽しんでいた。


「ねえ、お母さん、さっきはリッケとマネさんと何を話してたの? ミツに部屋を借りてまで話す事だったの?」


「勿論よ。大切なお話よー」


 ナシルは食事を止め、一応気絶しているがベルガーを連れてマネ達と話場を作っていた。

 マネにとっては死刑宣告を告げられるのではないかと心臓をバクバクにさせていたが、それは彼女の杞憂であった。

 ナシルは乙女の様に馴れ初めから話を聞き出し、それをきっかけと何方から告白したのかを根掘り葉掘りと話を聞き出す。

 流石にリッケが母を止めようとするが、ナシルは大事なことなのよと先程までの女子学生の様な顔を消し、スッと真面目な表情を作る。

 馴れ初め話はただ彼女が聞きたい話だけなのだが、本題は実はこれからだった。

 ナシルはリッケとマネ、二人に厳しくも二人の本心を聞き出し、その場は一先ずミツの家を借りて長話は迷惑になると後日また話し場を作る約束に話が終わっている。

 その間も、ベルガーは気を失ったままであった。


「ふーん。にしては部屋から出てきた二人とも変な顔してたけど」


「フフッ。そうね、リッコがあの子を応援する時みたいに二人とも顔を真っ赤にしてたわね」


「なっ!? 真っ赤になんかしてないもん! もうっ!」


「……」


「……」


 母の茶化す言葉は、湯に体温を上げた娘の顔を更に赤くする言葉になっていた。

 チョロチョロと常に湯を出し続ける竹筒の音だけがその場の音と変わり、恥ずかしさに俯く娘の横顔に母は優しく問いかける。

 

「ねぇ、リッコ。あの子に貴女の気持ち、好きってちゃんと言えてる?」


「なっ!? ……。……まだ、言えてない」


「……はぁ。我が娘ながら情けないわね」


「べ、別に良いでしょ!? 別に急ぐ事じゃないんだから!」


「……リッコ。そこに座りなさい」


「な、何よ、私そろそろ上がりたいんだけど」


 声を落とした話し方に警戒心を上げるリッコ。

 これは身に覚えはなくとも、リックが怒られるときの母の話し方である事と思い出し、その場から離れようとする。


「座りなさい」


「……はい」


 しかし、母からは逃げられるわけもなく、リッコは湯船の中で正座をする事になった。


「はぁーー」


「もう! ため息から話始めないでよ」


「ため息も出ますよ。良いですかリッコ、相手の殿方が手近な人物ならお母さんもアレコレと口は出さないわ。でもね、貴女が好意を向けてる相手はあの子でしょ?」


「……」


「なら、もっと危機感を持ちなさい!」


「危機感って……別にミツは危険な奴じゃ無いわよ。そりゃ、力が凄いのは認めてるけど……」


「お莫迦! そっちの危機感じゃありません! 大体あの子が貴女達を仲間として大事にしてる事は親としても分かります」


「いったー。いちいち叩かないでよ! じゃあ何の危機感なのよ」


「……あの子の周り、随分と胸部が大きなお嬢さんが多いわねー」


「うっ……」


 その言葉に、リッコが思い浮かべたのは胸部の服を膨らませたプルンとエクレアの姿。 そして、その二人を超える程に胸部を腕組みにて持ち上げるヘキドナとミーシャの姿であった。


「さっきも話しかけられた女性も態度は冷たく見えるけど、随分と打ち解けた話し方に感じるわ。それにこの村にも随分と独り身の女性は多そうね……。後数年で成人する女の子も居るみたいだけど、リッコ、貴女は本当に危機感を感じてないのかしら? お母さんとお父さんは貴方達が産まれて来てくれて十分に幸せだし、だからこそ互いと第二の夫と妻は入れてないの。でも……あの子は私達とは違う立場にいるわよ?」


「……」


 考えたくはないが母の言うとおりである。

 仲間の身内だけではなく、ミツは村人にも好意を向けられている。

 今は耳にはしてはいないが、村人の中にはミツへと自身の娘を差し出す親も出てくるだろう。

 改めて考えると彼を狙う女性は既に指の数では足りない程に居るのでは。

 リッコは息を飲む様に言葉を失ってしまう。


「リッコ、いいかしら? 最初に選ばれた女性は二番目、三番目の妻より優遇されるわ。例えば本人が公平に愛する事を告げても、気持ちは一番目の妻に寄り添うのよ。……それなのに、貴女はそんな気持ちも伝えないで余裕見せるところかしら?」


「分かってる! お母さんに言われなくても分かってるもん……」


「いいえ、貴女は分かってないわ。いい、リッコ。考えてみなさい。貴女の仲間、身近な娘とあの子が先に結婚したとするわよ。その後に続いて数人が妻になったとするわ。そこでやっと貴女は動き出すの。でも、貴女が動くのが遅くて、貴方が入る場所がそこにあるかしら? 言われてみなさい、私も貴女の妻にしてくださいと気持ちを伝えても、「ごめん、もう妻はいらないかな。リッコとは友達でいよう」……どう」


「うっ……ううっ……」


 母のもしかしてのミツのセリフ、その瞬間、胸にナイフを突き刺された痛みが彼女に走る。

 彼女の中で満身とした気持ちがあったのかもしれない。

 あいつは優しいからきっと受け入れてくれる。

 でもそれは彼女の勝手な妄想であり、身勝手な考えだ。

 ミツが受け入れている女性はプルンであり、彼女は後の事に恐怖に震えながらも自身で気持ちをぶつけ、そして今の位置を掴んでいる。

 ヘキドナの後押しもあったろうが、結果的に動いたのは本人の覚悟あってなのだ。

 プルンが受け入れられたのなら私も大丈夫よと、そんな甘えた考えが母に見透かされたのか、女としても恥ずかしくなったのだろう。

 甘えている、私は甘えた女だ。

 あいつの隣に立つプルンの姿は想像できるのに、こんな私がミツの隣に並び立つイメージが全くわかない。

 力の問題じゃない。

 ミツの隣に立てるのは、気持ちを伝えた女だけなんだと。

 リッコの目から湯でも汗でもない、涙がボロボロと止めどなく溢れてくる。


「もうっ、考えただけで泣くぐらいなら、さっさと気持ちを伝えなさい」


「だって……だって……。恥ずかしいもん……。あいつと話すと、伝えたい気持ちも話せなくなっちゃうんだもん……。だがら、いつも、あいつにキツく言って……、でも、あいつはそれを受け止めてくれるから……。駄目ってわがっでいるのに゛……」


「フフッ、変なとこはお父さんに似ちゃうのね。あの人も私に結婚を申し込むときはズッと黙ったまだったわ」


「グスッ……。如何やってお父さんは……お母さんに気持ちを伝えたの……」


「……何もしてないわよ」


 ナシルは優しく娘の顔をタオルで拭い、その時の話を娘へと話し出す。


「えっ……」


「そう、お母さんはズッと待ってたわ。お昼を食べる時も、お父さんはいつも以上に口数が少なくてね。街を歩いて買い物の時もブツブツと独り言ばっかり。でも、お父さんの気持ちには気づいてたから、お母さん、意地悪るしちゃった。そして日も暮れて夕方になったから帰ろうとした時かしら。やっと言ってくれたの。ナシル、俺と結婚してくれって。フフッ、たったこれだけ。短い言葉を伝えるだけで、どれだけ待たせてんのって感じよ」


「……」


「リッコ。女からの告白は男以上に価値があるの。貴女のその言葉は、きっとあの子は応えてくれるわよ。後悔したくないなら、動きなさい。言葉に出しなさい。恥ずかしい気持ちなんて貴女の魔法で燃やすつもりで行きなさい」


「……」


「それでも不安な時なら周りの娘を頼りなさい。きっと貴女の気持ちを分かってくれる素敵な仲間が居るわよ」


「……うん、分かった」


 母娘の会話を聞くものはこの場には居ない。でも彼女の気持ちは母の言葉によってやっと動き出した。

 それが遠くない日の事かもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る