第275話 内なる真実

 ミツ達が王都に来て数日が過ぎた。

 ダニエルの叙爵式まではまだ日もあると、彼らは街を観光と日を過ごしている。 

 

 馬番の仕事は基本朝と夕方。

 それ以外は自由行動と皆は観光三昧である。

 例え王都の外れまで足を向けようと、帰りはミツのゲートを使い宿へと一気に戻ってこれる。

 道中、別行動をしていたリッコ達がナンパまがいな事をする男達に絡まれてしまったが、相手が悪かった。

 プルンは手に持っていた食べ終わった串肉用の串を相手の影へと投げ〈ストッパー〉を発動。

 ピタリと動きを止めたナンパ野郎へと、ミーシャが相手へと踊りスキル〈魅了の瞳〉を発動する。

 男たちは催眠状態となり、店の看板を撫で回したり、壁に向かって無人の壁ドンを繰り広げていた。

 周囲から見たら滑稽な姿に、彼らをそのままにし、彼女達は店周りを楽しんでいたようだ。

 ちなみに、二日目からはアイシャも同行している。

 彼女も馬番のお手伝いをしつつ、女性部屋にはベットが一つ空きがあると寝泊まりには困ることはなかった。

 また、街でお昼を食べていると冒険者のゲイツ達と遭遇。

 久しぶりの再開にリック達もゲイツの仲間の前衛冒険者達と楽しく話していた。

 正に旅行気分と王都を見回り、皆は知り合いへとお土産を買い漁っていた。

 お店をめぐる際、ミツとアイシャは魔導具店へと入る。

 店の中はカラクリ仕掛けの店と、あちらこちらに魔導具が置かれている。

 勿論貴重な魔導具、盗難防止に冒険者が雇われている。

 お客に対して随分厳しい視線を向けているなと思っていたのだが、相手は入ってきたミツの事を知っていたのか、その目は警戒の目ではなく、驚きの視線だったようだ。

 折角ならばと村で使えそうな魔導具が無いかを探してみる。

 ただの箱に見えるこれもちゃんと蓋には術式が刻まれており、これは何ですかと店員に聞けば、箱の中に入れた物を千切りにしてくれる道具だそうだ。 

 千切りと聞くとシュレッダーみたいな物かと思えば、店員が何処から出したのかジャガイモを出しそれを魔導具の中に入れてしまった。  

 そして蓋を閉じて数秒後、蓋を開ければ刃も無い箱の中に入れたジャガイモは、見事な千切り状態となっている。

 アイシャが凄いと声を出す為、店員は他にもミキサーや様々な調理器具を見せてくれる。

 まるでテレビショッピングの実演販売を見せられている気分だ。

 他には無いかなと店内を見回ると、店内が妙に明るい事に気づく。  

 店員はこれも魔導具ですよと室内灯の様なライトを見せてもらう。

 明るさは十分、これなら村で使っている雷の矢の代用品に使えそうだ。

 他にも様々な魔導具があり、ミツは取り敢えず紹介してもらった調理器具、室内用のライトや様々な魔導具を購入しておく。

 

 次に入ったのは本屋だ。

 村に1冊も書物がない事に、そりゃ人々の識字率も上がるわけ無いと簡単な本を探しに来た。

 ここで更に同行したのはリッコとローゼとミミの三人。

 中にはいるとモノクルを付けた男性が前に立つ。  

 冒険者が本屋に入る事が珍しいのか、それとも物取りと思われたのか、あまり歓迎された雰囲気は受けなかった。

 一応身分証代わりのギルドカードを出すと、男性はフムと一言つげ、入り口近くにあるカウンターを指し示す。

 ここは入店料が必要なのか、案内された場所にて一人銀貨二枚を求められた。  

 ならばと女性陣には黙って、ミツはスッと金貨一枚を渡す。


 本は貴重な品でもある為、男性の対応が普通なのだろう。

 ミツ達が中に入った後、次に着た人にも同じ様な対応をしている。


 店内に居るのは貴族と思われる人だらけ。  

 騎士の格好をした人も近くに居るが、それは護衛の為だろう。

 難しい本は手に取ることなく、取り敢えず文字の書き方、数字の計算法が書かれた物を探す。


「こ、これは……。薄っ……」


 ミツが手に取った本は内容はほぼ無く、9ページ程しかないと言うのに1ページに書かれた内容は足し算を言葉で表した品であった。

 これなら確かに誰かに教えて貰わなくても読めば足し算のやり方は理解できるかもしれない。

 でも先ずは文字が読めなければこれも意味はなさない。

 更に付け加えるなら、日本教育の教科書を見慣れている彼には読みづらい本でしかない。

 因みにわずか数ページしかない品であっても、最低金5枚からのやり取りとなるそうだ。

 ミツは静かにそれを棚に戻し、別の本を手にする。

 取り敢えず教育に使えそうな本へと全て目を通す。

 少し視線を外せば、貴族の女性が棚から持ち出した本をカウンターへと持って行き何かを伝え、その女性は手に取った本を別の場で複写し始めている。

 どうやら高価な本は買わずに、複写してその分の金を払う方法なのだろう。

 そんな商売もあるのかと思いつつ、ミミとアイシャの元へ。

 二人が見ているのは野草の本。

 冒険者になるアイシャは、先輩となるミミに依頼に出てくる野草を教えているのだろう。

 しかし、その絵は滲んでいる為に色合いしか分からん。

 二人は文字が読めないのか、絵を楽しむようにページをめくっている。


 ローゼとリッコは何処に行ったのかと探してみると、彼女たちは席の隅で黙々と本を読んでいる。

 二人とも大体の字は読めるようで、結構その目は真剣だ。

 何の本を読んでいるのかと思い、二人の本を鑑定。

 リッコが読んでいるのは【眠れる殿方の唇に重ねた亡き夫】ローゼが読んでいるのは【お姉さんと弟】。

 うん、見なかったことにしよう。


 また後日、ミツはリック達と王都の冒険者ギルドへと足を向けていた。

 中に入るとやはり停剣祭と人数は少ないのか、カウンターに居る人の数が以前よりも少ない。

 それでもライアングルの冒険者ギルドと違い、壁一面の依頼の数、また人の数にリック達は興奮気味だ。

 天井には何かの魔物の骨であろうか、大きな物がぶら下げている為にリッケ達はポカーンと口を開けている。

 そんな田舎者丸出しの姿がカモに見えたのか、スキンヘッドのチャラそうな男がリッケへと絡んできた。

 禿頭の男は既に酒に酔っていたのか、タコのように顔が赤色。 

 禿頭の男は恐らくリックとトトと比べたらリッケが絡みやすく思われたのかもしれない。

 

「おいおい、田舎者の冒険者が王都に何しに来たんだよ」


「えっ? いえ、僕達はただここを見に来ただけで……」


「へっ! ここは子供の遊び場じゃねえんだよ。こんなボロそうな装備着てよく冒険者を名乗れるもんだ。あっ、田舎だから鉄がねえのか。こりゃごめんちゃいねー」


 リッケの言葉を小馬鹿にした感じに返す禿頭の男。  

 リッケの着ている革装備を強く小突く。

 酔っているせいか、たまに鎧で守られていない肩や二の腕に男の指先が強く当たり、リッケに苦悶の表情を浮かべさせる。  


「オッサン、いきなり絡んで来んじゃねえよ! おい、こんな奴放っといて向こう行こうぜ」


 リックがその手を横から払い除け、その場から離れようとするが、その行為が禿頭の男の苛立ちを起こしたのだろう。

 リックが後ろを向いた瞬間、男の蹴りがリックの足に当たり、足を崩させる。


「痛っえ!」


「オイッ! 舐めてんじゃねえぞガキが!」


 男の声に注目が集まる。

 その顔は面白いものを見せろと言わんばかりに観戦する冒険者達。 

 禿頭の男は観戦している冒険者から歓声に似た様な声を飛ばされて更に調子に乗ってしまったのだろう。

 倒れたリックが起き上がろうとすると、禿頭の男はわざとらしく足を突き出す。 

 足が当たることはないが、その行為にリックは思わず顔を守るように腕を上げる。そのパフォーマンス的な行為が周囲に笑いを出させるには十分な事だったのか。

 しかし、その笑い声も禿頭の男の後ろにある人物が立てばピタリと止まってしまう。


「へっ! ここはお前達の様なガキが来るような場じゃねえんだよ」


「なら、酔っ払ってる貴方はギルドから出たほうが良いですよ」


「ああっ!? ぐへっ!」


 禿頭の男の腰のベルトをミツが引っ張り、男は入り口の方に飛ばされてしまう。

 自身の頭上を何かが飛んでいくとは思っていなかったのか、入って来た人は何事かと思い、外に飛んでいった物が人だと驚きを見せている。

 リックに手を貸し、蹴られた場所を心配するが怪我をしていないとひらひらと手を振替してくれる。

 ミツは良かったとリックたちには笑みを向けるが、禿頭の男の仲間と思える方へは厳しい視線を向けそちらに足を進める。

 

「自分の仲間が何故かいきなり蹴られたんですが、その理由を聞いても良いですか?」


 声をかけられた男達はミツがアルミナランクの冒険者だと言う事を知っているのか、ダラダラと嫌な汗が額に出てきている。


「はっ!? な、仲間!? いや、ちょっと待ってくれ! 別に俺達がおま、君の仲間に何かした訳じゃ無いだろう!? その言葉は君が外に放り投げた奴に言ってくれ!」 


 恰幅の良い男が慌ててミツが外に放り投げた男の方へと指を指せば、他の冒険者もコクコクと頷きを見せている。  


「そうですね。でも、人がやってる事を止めなかったのは皆さんに聞く事だと思いまして。それで、何故皆さんはあの人の行ないを止めなかったんですか?」


「そ、それは、その……」


 酒に酔っていたなど言い訳にしかならない。

 自身達も禿頭の男がやった事を止めなかったのは面白そうだと思ったからだ。

 しかし、それを目の前の少年に言えるわけもない。

 顔は笑みを作っているが、内心は理不尽な嫌がらせに腹を立てているだろうと冒険者達は直ぐに理解したからだ。


 そこに禿頭の男を引きずり、ギルドに入って来た人物が居た。

 

「おいおい、ギルドの前にこいつ倒れてっけど、何かあったか? おっ! 後輩、来てたのかよ!」


「あっ、ディオさん」


 気絶した禿頭の男を連れてきたのはシルバーランク冒険者のディオ。

 取り巻きに綺麗な女性の冒険者を数名連れている。

 ディオとの再会も和やかに済ませると、ミツは自身の仲間がその禿頭の男に嫌がらせを受けた事を説明。

 近くで共に酒を飲んでいた男たちもそれを認めると。


「オメェが悪いじゃねえか!」


「ぐほっ!」


 気絶から起きた禿頭の男の顔面へとディオの拳が入る。

 どうやらこの禿頭の男、ディオのパーティーの一人だと言う事だそうだ。

 仲間の失態、ディオの近くにいた女性人も一緒にすまなかったと誤ってきた。 

 特に足蹴りを受けたリックには女性陣が手厚く謝罪を入れた為に、少し彼の鼻の下が伸びている気がする。

 まー、谷間が強調された服装で胸を押し当てられたらそうなるか。 

 じーっとそれをミツが見ていると、何故かプルンさんが冷たい視線をミツに向けていたが、何故だろう。


「ミツはスケベな奴ニャ」


 意味が分からん、マジ解せぬ。

 

 折角の停剣祭に水を差すような事があった為に、場の雰囲気はお通夜モード。

 ディオがそんな空気を振り払う様に、ギルドの中にある酒場で飲む奴らへと酒を振る舞うことに場がまた盛り上がった。

 祭り中は査定する受付スタッフも少ないと思い、やはり王都での買い取りは控えておくことにした。  

 別に急で素材を出さないといけない理由もないので、暖かくなってから持ってくればよいだろう。

 

 数日を王都の街で過ごした後、ダニエルの叙爵の日が訪れた。 


 その日は晴天、冬にしては雲一つない暖かな日和。

 

 大きく広がる王の謁見の間。 

 そこに集まる数百の貴族の人々。

 上は公爵から下は男爵までがずらりと並ぶ。

 客人として招かれたセルヴェリン、ミンミン、セルフィのエルフ族の面々も対面に並んでいる。

 今回の主役となるダニエルが、ローソフィアを前に恭しく膝を折り頭を下げている。

 静まり返る謁見の間にて、男性の声が響く。

 

「これより、ダニエル・フロールス伯爵、辺境伯となる叙爵式を執り行う! ダニエル・フロールス、前に」

 

「はっ!」


 式典は数百の貴族の前で行われる。

 先ずはダニエルの言葉。

 国に対する忠誠の言葉を長々と告げ、それをローソフィアが良きの声で次に進む。

 ダニエルのこれまでの貴族としての行い、国への利を男性が長く書かれたスクロールを読み上げていく。

 それが終わった後、これ迄の行いを形とする為、勲章と褒章がダニエルに渡された。

 また身を飾った二人の女性が近づき、ダニエルの肩に付けてある伯爵の証を外し、代わりと辺境伯の証を取り付ける。

 辺境伯の証を付けたダニエルが静かに立ち上がり、ローソフィアの前に膝を折る。

 彼女は近くに控えた者から剣を受け取り、剣先を辺境伯の証へと当てが得る。

 そしてまた長々とした話が始まった。

 そりゃもう長すぎてセルフィがあくびを我慢するために、奥歯を噛み締めるほどに長かったのだろう。

 ローソフィアが剣をまた近くに控える者へと渡した後、王としてダニエルの今後の街の発展を望むことを伝える。

 本来ならここで拍手が巻き起こるのだが、拍手をするのは王族からと決まりがある為、貴族達は疑問と視線を王族の息子たちへと視線を向けている。

 ローソフィアは話を続け、ダニエルに聞かなければいけない話をこの場でする事になった。


「数日前、我々は旧王都の戦いにて、ある者の助力を借りる事により多くの兵の命が助けられました。勿論その中には王子レオニス、アベル二人もそこに……」


「「……」」


 ローソフィアの言葉に少しだけ頭を下げる兄弟。

 

「その者は貴殿との繋がりをきっかけと、この国を守る働きを行っております。この場の幾人の者達の親族が救われたか。彼らの感謝を貴殿と冒険者ミツに送ります。そして、ダニエル・フロールス。この場にて貴殿に問いましょう。貴方にとってあの者、アルミナランク冒険者のミツは如何なる者か答えよ」


「「「!?」」」


「「「……」」」


 ローソフィアの問に静寂が満ちた謁見の間では、ダニエルの声が響く。

 

「お答え致します。私と彼は貴族と平民としてではなく、心繋がる友としての繋がりを感じております。私の信とする行いに、無垢に彼は向き合い、そしてこれまでも彼は応えてくれました。ならば私も応えます。相手が向き合わぬ者から異様者と言われようと、この国に救いの手を伸ばす限り、私は恥じぬ行いで彼に返そうと。私の忠義はこの国ににこそ捧げております。されば心義は彼に捧げる所存にございます!」


 彼と私は友だ。

 彼が誤った判断をした時は、友として彼に道を指し示そう。 

 それが叶わぬ時は、自身の命を捧げよう。

 

 これがダニエル・フロールスと言う貴族……いや。男の答えである。


「ならばダニエル・フロールス。貴殿の忠義と心義、両者は貴殿が命尽きるその時まで、最後まで貫くこと盟約として心得なさい」


「はっ!」


 最後に少し小太りで髪型がモーツァルトの様な巻き巻きヘアーの男性が領地増加、辺境伯となるダニエルへと褒賞などが書かれたスクロールを座布団の様な物の上に乗せて渡す。

  

「これにて、ダニエル・フロールス辺境伯の叙爵式を終了とする!」


 瞬間、王族の拍手に合わせ、謁見の間にて祝の拍手がダニエルへと降り注がれた。


 ダニエルの祝会の後、ミツは王女ローソフィア、息子のレオニス、アベル、カイン、王宮神殿の神殿長のルリ、神官長のジーク、辺境伯のマトラストとダニエル、他多くの貴族を集め、大きな円卓を前に話し場が作られた。  

 この話場はローソフィアが作り、主に次に開催する戦勝式に関する事を目的としていた。

 今回の一番の功労者であるミツも呼ばれたのは分かるが、何故この場に神殿の者である二人が来たのか首を傾げる貴族も居たかもしれない。

 二人の同席をお願いしたのはミツである。

 彼女にも伝えなければ行けない事であり、この場にはルリの存在が必要な事を話すからだ。


 戦いにて旧王都を失った事は、王国としても苦渋の判断である。

 しかし、実際に旧王都が無くなって困る事はあるだろうか?

 旧王都に固執した老人達が口煩く言ってくるだろうが、既にその者たちは隠居の身。

 何かしらの嫌がらせと言う事はされるだろうが、今迄自身の懐を痛めることなく、管理するものだけが出費しなければいけない現状が消えたのだ。

 それを良しとする者は多く、正に今迄金をドブに捨てていた様な行いが無くなった。

 旧王都の消失に関しては民衆には昔の柵に取られては行けないと、元々取り壊す事を決めていた事と伝える。

 消失させる方法は規格外な方法であるが、それが国に向けられる事は無い……だろう。

 それをハッキリと言えないのは対面に座る少年の雰囲気がまた厳しく感じてしまうせいかもしれない。

 穏やかな戦勝議会のはずが、緊迫とした空気が満ちている。

 ダニエルやルリがミツに話しかければその返しは穏やかなのだが、話が終わった瞬間、ああ、また緊迫とした空気です。

 ここでミツの出す雰囲気に痺れを切らしたのか、カインが席を立ち、ミツへと言葉を飛ばす。


「如何したミツ! また何か貴殿を不快とさせる事でもあったのか!?」


「えっ?」


「「「「「!?」」」」」


 カインの言葉に、その場にいた重鎮や貴族、ローソフィアですら彼へと視線を向ける。

 また客人であるミツへと暗殺者が向けられたのか!?

 今回の戦いにて功労者である者への行いは、国への反逆とみなされても仕方ない。

 愚貴族共の後始末がやっと終わりを見せてきたと言うのに、また数名の、いや数十名の貴族家が処分される事になるのか!?

 その場は一変し、貴族たちの背中に重圧がのしかかった気分と、頭痛が起きそうな緊迫とした場と変わってしまった。

 

「いえ、別に何もされてませんよ?」


「ならば何故その様な雰囲気を出す!? 見てみろ、お前の対面に座っておる財務官が青ざめておるぞ」


「えっ? あっ、す、すみません」


「殿下、おそらく勘違いなされております。彼もこの場の空気に緊張していたのでしょう」


「……それなら、仕方ないか。スマヌ、俺の勘違いだったようだ」


 マトラストの言葉にそうなのかと視線を向けるカイン。

 ミツも苦笑いを返し、周囲へと軽く会釈を返しておく。


 重々しく始まった戦勝議会。

 先ずは今回の戦いにて戦果を見せた者への報奨の話から始まり、後に犠牲となった兵達の家族へ金の話と、ここ迄はミツは相槌程度は返しても、一切口を開くことはなかった。

 そして予定通り話が終わり、結局神殿の者とミツはなんの為に来たんだと疑問で終わりそうなその時だった。


「ローソフィア様、最後に自分から宜しいでしょうか」


「「「!?」」」


「……どうぞ」


「ありがとうございます」


 来た、やっばり何かあったのか!?

 この時ばかりは無意識にも貴族達の気持ちは一つとなり、何を言われようと直ぐに対応できるようにと心構えを入れる。

 

 ミツは先ずローソフィアから下賜された土地特権10枚全てをフロールス家領地にて使用したことを告げる。

 この話はダニエルは妻を通して聞いていたが、周囲の貴族たちからしたら面白くない話だろう。 

 またフロールス家かと思う者は中には居るが、ミツの話を聞き進めるとその顔はみるみると驚きの表情から次第と青ざめていく。


「ミツ、それは誠か!?」


 思わずカインが円卓に手を起き、身を乗り出して声を出す。

 驚くのは分かるが、王の前でその対応はいけませんとマトラストが窘める。

 

「はい。冒険者のミツ、神より神託を頂き、それを皆様にお伝えさせて頂きました。旧王都の戦いも、レオニス様、アベル様をお救いできたのはこの神託の導きあってにございます」


「「「「「!?」」」」」


「し、神託だと……そのような事が……。しかし……」


 ミツが神託を受ける事ができる存在と言うのは、国としても見過ごすことができない。

 神の存在は絶対であり、神託には王ですら膝を付くべき言葉。

 ミツはローソフィア達へとローガディア王国に起きる干ばつの話を伝えた。

 彼が先ずフロールス領地にて土地特権を全て使用した理由。

 そして隣国の危機の為にセレナーデ王国に協力を求める話。

 周囲の視線はミツと隣に座るルリへと向けられている。

 この場の全員が周知した事だが、ルリの前で詭弁などは使えない。

 彼女が神殿の神殿長であり、巫女姫である事を知っているからだ。

 ルリも驚きにその話を聞きつつ、神官長のジークに促されミツの言葉の審議を調べている。

 元々ミツにはユイシスの【女神の加護】がある為、彼の言葉の審議を測ることはできない。

 しかし、今回ばかりは全てが事実。  

 神々からの神託から、土地を所有した理由、そしてその彼の答えですら。

 ルリは彼の話は事実ですと、向けられる視線、周囲に聞かせるように頷きを見せる。

 その瞬間、隣国で起きる干ばつは確定したと頭を悩ませる貴族達。

 ここで見て見ぬふりはできない。

 先ずローガディア王国が隣国である事。

 そしてそのローガディア王国とは友好国として繋がりがある。

 救いの手を差し伸ばしてくることは確実であろうと。

 下手に知らぬ存ぜんを見通せば、ローガディア王国との亀裂が起きてしまうかもしれない。

 ただでさえセレナーデ王国は北方の国、ノアグランド帝国に目を付けられているのだから。

 ローガディア王国との同盟も、ノアグランド帝国に対する武器である。

 直ぐに動き出さなければ、救いの手を出さなかったセレナーデ王国は見限られ、ローガディア王国とノアグランド帝国が手を結ぶかもしれない。

 そうなったら国が戦場となるのは確実だ。

 不穏な先々を考えてしまうと円卓に顔を伏せたくなる面々であった。

 だが、彼らは運が良かった。 

 ここにはその危機を知らせる者がいて、尚且つその対策が取れる人物が目の前にいる。

 ミツは貰った土地にて米などの作物を作った事を伝える。

 ローソフィアの許可を貰い、少し離れた場所に米俵と小麦を取り出す。  

 米の生産率や自給率がある事を伝え、そして国の協力を求める話を続ける。

 ここで疑問と思う事が浮き出て来る。

 食に詳しいマトラストが米に関して、これは直ぐに栽培できない品である事を知っていたのだ。

 それに関してミツは嘘偽りなど告げず、豊穣神の加護がある事を告げる。

 その力により、種を土に植え、自身が撒いた水を使えば5分もかからずに実りを実現できる事を告げた。

 この話に流石に信じられないと、幾度もルリの方へと視線を向ける者たち。

 勿論ルリはコクコクと頷きを返し続けている。  

 何だかルリが赤べこかドリンキングバードみたいだ。

 

「フムッ。ミツ殿、スマヌが言葉だけでは信じられぬ者も中にはおろう。良ければ実際にそれを見せて頂くことはできるであろうか?」


「はい。マトラスト様のお言葉もご理解しております。では、良ければ皆様の前で実演してみようと思いますが宜しいでしょうか?」


 その言葉に椅子から立ち上がるレオニス。  


「良かろう! ならば貴殿の奇術、我々の目で確認させてもらおう! 因みに育つ種はこちらで用意するが、勿論問題なかろうな?」


「はい、レオニス様、勿論にございます」


「巫女姫の手前、貴殿が詭弁ごとを口にしておらぬ事は理解しておるが、もしもの時は……良いか。貴殿に我々から一つ頼みを聞いてもらおう」


「なっ!? 兄様。兄様も巫女姫の肯定する頷きを目になされたはずです、それなのに」


「いや、カイン。ここは兄上の言うとおりだよ。ミツ殿、君の力、改めて我々に見せて頂きたい」


「アベル兄上、貴方まで……」


「大丈夫ですよカイン様。因みにカイン様は嫌いな野菜とか無いですよね?」


「ミツ、お前は……。そうだな……。俺はイモは好まん……」


「なら、美味しいサツマイモでもご馳走しますよ」


「なっ!? サツマイモと言うのは分からんが、それは絶対にイモだろ!?」


「はい」


 二人のやり取りに、少しだけ場に笑いが溢れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る