第274話 貴族の話場

「んー! いいお湯ね〜。お腹一杯食べたし、何だかこのまま眠っちゃいそうだわー」


「リッコ、流石にお風呂で寝たらダメニャよ?」


 暖かな湯に身を委ね、リッコは湯の中で背筋を伸ばし、ミツが造った露天風呂を堪能していた。


「冗談よ、分かってるって。しっかし凄い所作ったわねアンタも」


 リッコが声をかけるは竹で作られた壁。

 そちらから同じく湯に浸かっていたミツの声が帰ってくる。


「うん。街のお風呂場が今は止まっちゃってるからね。お風呂に入りたい気持ちもあったから造ってみたんだ」


「簡単に言ってくれるわ。まぁ、それも実際に造ってるんだから何とも言えないけど」


「フフッ。私はここのお風呂気に入っちゃったわ〜。お湯は綺麗だし、温度も気持ちいいし。今まで入った事のないお風呂で素敵じゃない」


 お風呂の造りは露天風呂をイメージしてみた。

 外壁はあるが屋根は無く、気持的にも広々とした星空が一望出来る。

 打たせ湯などの珍しい物にも好奇心にプルンが試している。


「ミーシャ、お湯につかるなら髪を結んでよ。川草みたいにこっちに来てるんだけど」


「あら、ごめんね〜。でも今は髪をまとめる物がないの」


「あっ、ミーシャさん、必要ならこれどうぞ。髪留め用として使ってください」


「あら、ミツ君ありがとうね〜」


 腰まで長いロングヘアーのミーシャの髪を束ねる為と、収縮制のある紐を女湯の方へと投げこむ。

 誰かがそれを受け取ったのか、ミーシャはスッキリと長い髪の毛をまとめる事ができた。


「女は大変だな。そんなの戦いの邪魔にしかならねえんだから、髪なんか短くても良いだろうに」


「リック、今の言葉、多くの女の人を敵に回したわよ」


「なっ!? えっ!? そ、そこまで言うか!?」


「私も長い方じゃないけど、髪は女の命よ。褒めることはあってもその言い方は男としてマイナスね」


「うぐっ!」


 リッコのダメ出しの言葉に続き、ローゼの言葉。

 さり気ない一言が、女性陣のリックの株を少し下げてしまった。


「プッハー! 冷たくて美味いニャー」


「これ、果物と草牛の乳を混ぜてるんですよね? 私、この味大好きです!」


「俺もこれなら何杯でも飲めそうだぜ」


「お腹を壊すかもしれないから何杯もは止めといた方が良いいかな」


 皆は渡された瓶に入ったフルーツ牛乳をグビグビと飲み、プハッと大きな息を吐く。

 無意識なのか、やはりフルーツ牛乳を飲む時は腰に手をあてがえてしまうものなのか。

 

「ミツ君、浴衣って言うこの服も着心地が良いわね。簡単に着れるのに、汗でベタベタしないのが気に入ったわ」


「ローゼの言うとおりね。でも、ミツの精霊が居なかったら着替えるのに手間取ってたかも」


 ローゼとリッコは浴衣が気に入ったのか、西洋顔の二人が東洋の衣装を着ると何だか可愛く見え。

 皆にも寝間着用として浴衣を渡してある。男は白生地に青の柄入り、女は白生地に赤の柄入りと分けて分かりやすい。

 

「服の上から一度教えたけど、浴衣は男性と女性じゃ少し着こなし方が違うからね。二人、ともありがとうね」


 ミツの視線の先には旅館の客室係の姿のフォルテ達。

 ピンク色の浴衣に赤色の前掛け。 

 邪魔になる羽は今は出さず、気品よく五人とも両手を前に揃えている。


「いえ。お気になさらず」


「マスター、皆様の休まれる場をご用意しております。言われました通り、大部屋の方に布団を敷いております」


「助かるよ。皆、悪いけどまだ個室用の寝具が揃ってないんだ。大部屋で皆で寝る事になるけど良かったかな?」


「別に。護衛依頼では外で寝るんだからそれと比べたらここはズッとマシよ」


「あー、寒空じゃねえし、夜番も要らねえ、なんたって家みたいに鎧を脱いで寝れんだしよ」


「特にリックはパーティーの盾ですからね。最低限とは言え、流石に装備一式全部外して寝ることはできませんから大変ですよね」


 フォルテを先導させ、案内させたのは増築で作った大部屋。

 ここで寝る事も可能だし、100人以上の人が纏めて食事を取ることが出来る部屋を作ってある。

 ユイシスにい草の草を探してもらい、それを多くの畳と作り変えている。

 い草の匂いに部屋の中はいい香りだ。

 大部屋の中央にポツンと数個の布団。  

 布団もミツが作っているので寝心地は良い。 

 と言っても教会で使っている布団などはミツの〈糸出し〉スキルで糸を出して作り変えた布団だ。

 実際、今日買った寝具店で売っているセレクトワームの糸よ理も彼が出す糸の方が人肌に合わせれるので高品質なのだから。

 ならお金が勿体無いから買わない方が良かったのではと思うだろうが、ライアングルの街で買ったものだからこそ意味がある物になる。


「でさ、本当に俺達も一緒に王都に行っても良いのか? 行くとしても俺達はいつもの服装で良いのか?」


「勿論。自分も冒険者として参加をお願いされてるからね。それならリック達も良いですかってちゃんとパメラ様には許可を貰ってるから。今回の叙爵式自体結構駆け足に開催するから服の用意なんて元から難しかったと思うよ。それに皆の装備一式は洗浄魔法をかけてるから大丈夫大丈夫」


「それなら良いけどよ。あー、王都か。でっけえ街何だろ!?」


「うん、ライアングルの街の5~6倍の広さはあるね」


「ウチ、姉のサリーと一度行ったニャけど、1日だけじゃ周りきれニャかったニャ」


「そ、そんなにかよ!?」


 プルンが大きく手を広げ、王都の大きさを表現する。


「えっ!? プルンは王都に行ったことあるの!?」


「フフンッ、勿論ニャ」


「ズルいー! 何で誘ってくれなかったのよー」


「ニャ〜。悪かったニャ。でも、その時は育児に疲れたサリーの息抜きに行っただけで、お店もサリーの希望する所しか周ってニャいニャよ」


「そ、それは仕方ないわね。母親にも休みは確かに必要ね……。でも、やっぱりズルい!」


 プルンが王都で巡ったお店の話を聞けば、リッコだけではなく、他の女性からも同じような声が出ている。


「そう言う事で。一緒にダニエル様の叙爵式を見に行こう。その後に街を見回っても良いじゃない」


「叙爵かー。良く分かんねえけど、詰まりは領主様が更に偉くなったってことだろ?」


「そう言う事だね。これからはダニエル伯爵様じゃなく、ダニエル辺境伯様って呼び方も変わるからね」


「と言われてもな。貴族様は貴族様。俺達に取っては変わんねえと思うぜ?」


 リックの言う事も確かと、領主相手なら周囲もこれからも変わらない対応を取るしかない。


「そうですね……。極端な話ですが、今迄の領主様と叙爵されました領主様では考え方が変わるかもしれません。もしかしたら街の流れ、例えば税の見直し、街のイベントの変わり、他にも街に住む僕達の生活が影響出るかもしれません」


「住在税が安くなるなら助かるけどな」


「住在税……。ああ、住民税ね。ちなみにリック達はどれくらいの期間で払ってるの?」


「えーっと、いくらだっけか? 確かこの間お袋に渡したから」


「僕達は冒険者なので銀貨3枚ですね。ちなみにこの街で働いてるお父さんが銀貨6枚で、母さんが専業主婦なので銀貨2枚です。払う時期は季節の切り替わりおきですので、4回でしょうか」


「冒険者って言っても、勿論この街に住んでる冒険者だけよ。この街に市民権を持たない冒険者は冒険者ギルドを通して少しだけ取られてるはずね」


「へー。なら自分も引かれてるのかな?」


 街で長く生活をしていたミツだが、彼はライアングルの街の者が持つ市民権は持っていない。

 その為、ギルドカードを通して、定期的に彼も何かしらの税を徴収されている。 


「お前の場合は一定の収入が大きいから別の税も取られてるんじゃねえか?」


「ああ、確かに、商人とか大きな金の取引をする際も税は取られてますからね。ミツ君の場合だと素材代から自動で引かれてると思いますよ」


「恐らく婆がその辺は引いてるニャ。伝えてないって事はそれ程気にする金額は引かれてないニャよ」


「そっか……。今度エンリエッタさんかネーザンさんにちゃんと聞いておこうかな」


 他愛ない話をしつつ、暫く会っていなかった時の話を互いに話していく。 

 ミツは王都で王女ローソフィアとの謁見の話から始まり、カルテット国のセルヴェリンとミンミンとの対談の話、そして旧王都でのアンデッドの戦闘話など。

 後はこの村をローソフィアから貰った土地特権を使用し自身の土地とした事。

 ほんの僅か別行動をしただけでも彼の行いに驚く面々。

 うんうん、皆のこの反応が見たかったんだなとミツは内心楽しんでいた。

 変わってリック達である。 

 先ずはパーティー名が正式に【ノワール】に決まった事だ。

 これに関してはミツも賛成し、アドバイスをくれたシューに 何かしらのお礼がいるかなと思考していた。

 次に依頼だが、主にトトとミミの依頼を中心とした依頼をこなしていた様だ。

 トトとミミを除けば6人がブロンズランク。

 次のアイアンランクにはモンスターの討伐成績が関係する為、二人を先にランクアップさせる方針を教えてもらう。

 なるほどと思いつつ、ミツはトトとミミを鑑定。  

 二人のレベルは以前見た時よりも上がっては居るが、まだジョブを変えるには少しだけレベルが足りない。 

 ならばと、ミツが手伝えるのは二人のレベルアップの協力である。

 ミツはダニエルの叙爵式が終わった後、二人を他のメンバーと同じくらいの強さにする計画を内心で立てる。


 次の日、仲間たちと軽い朝食を済ませ、アン達に家の留守番をお願いして彼らはフロールス家の人々と共に王都へと向かう。

 本来ならパメラ達の移動は長旅となる為、馬車での移動で叙爵式を日には間に合わない。

 しかし、それでも一日でも早めても、ダニエルの叙爵式が決まったのは元カバー領地の荒れ具合の為。

 最後の最後までダニエルの足を引っ張るベンザのいらぬ置土産である。

 ミツゲートを開き、王都セレナーデが見える丘へと扉を出す。 

街中でのゲート使用は混乱を招く事もあり、一応王都入場は検問のある入り口からの入る事が望ましいとゼクスの言葉である。

 以前の様に待ち時間もさほど食わず、入り口を通ることがきた。

 街の門をくぐれば、ライアングルの街の道の三倍の広さの歩道が目の前に広がり、冒険者達の好奇心と興奮を爆上げする。

 フロールス家の家族には私兵の数十名が付き添い、冒険者達のミツは貴族の馬車の雑用係として雇われた形を取っている。

 そうすればリック達も馬番として王城に入る事ができるそうだ。

 ゲイツは表向きに護衛である事を告げたので、護衛の必要の無い城には入る事はできなかった。

 もし無理矢理に入る物なら、お前は城に仕える兵の力が雇い冒険者よりも怠っていると言いたいのかと喧嘩を売るような物。

 馬番ならば兵は関係ないし、寧ろ外から来た貴族の馬番など城に仕えた馬番にやらせる事の方が問題である。

 街の中を歩けばダニエルの叙爵式とは別に、数日前の旧王都での戦勝式を祝うムードに包まれていた。  

 馬車の中に居るロキアとセルフィは街の雰囲気に興奮しているが、お祭りは後でとその場は大人しくなっている。

 あっ、伝え忘れましたがカルテット国の面々も共に来ています。 

 流石に客人を屋敷の主と婦人不在の場に置いていくとなどできない。

 ミンミンはならばミツの作った家で留守番をしてますなど言い出すが、それはセルヴェリンが却下。

 ミツも家を留守にすると言うのに、ミンミン含む何十人ものエルフがミツの家に滞在するのもおかしな話だ。  

 セルフィの提案に、自身達も同行することを告げる。  

 カルテット国の三人の王族が兵を連れたとしても、セレナーデ王国の祝の日、遠路はるばる祝辞を伝える為に来たと言えば外向きには問題ない。

 フロールス家、カルテットから来た客人、冒険者を連れた100人超えの人が城に入る


 ここからは各自部屋などを振り分けられる。  

 フロールス家の人々とカルテットの面々は、ダニエルが使用している客人用の宮廷へと進み、ミツ達馬番は馬小屋のある方へと道を変える。

 ミツが列から離れた事に婦人の二人からは申し訳ないと言葉を添えられたが、元々こうなる事は分かっていた事ですからと二人には笑みを返しておく。 

 ミツも戦勝式には招待された客人ではあるが、仲間達と一緒の方が気も休まる。

 馬番に与えられる部屋は、ライアングルの街にもありそうな宿部屋であった。

 だが流石城の中にある宿部屋。

 人も多く寝泊まりする為、寝る為の建物は体育館程に大きい建物だ。

  

「デカっ!? こ、これが俺達が泊まる宿かよ……。宿だよな?」


「街のギルドよりも大きんじゃないかしら? えっ? これ、泊まるのにいくらかかるの……」


「リッコ、心配しなくても宿泊費はフロールス家が持ってくれるそうだよ。寧ろ街の宿屋と違って、ここは朝昼晩と三回何時でもご飯を出してくれるって。勿論それも自分達は支払いは不要って言葉ももらってるからね」


「「「おおっ!」」」


「街の宿泊場も気になったけど、浮いた分のお金が買い物に使えるから私は嬉しいわ。この街の服屋さんって何処にあるか楽しみだわ」


「はいはい。皆、喋るのは後でともできるわよ。早く荷物部屋に置いて馬の世話して街に行きましょう」


「そうだな。まー、世話って言っても馬達も疲れてないから、やるのは餌と水ぐらいか?」


「寝床も用意してあげなきゃダメよ。リック、言っておくけど馬は数頭の数じゃ無いのよ。カルテット国の馬も含めて私達は馬番を任されてるの。事実上、これは貴族様からの依頼なのよ」


「分かってる分かってる。俺達は馬番だけど、ミツは領主様の所に行くんだろ。まー、そっちも頑張れや」


「ありがとう。行くのは呼ばれた時だけどね」


 専用の宿屋に入ると、1階は大きく広がった食事場であった。

 2階から宿泊場となるようで、建物の造りは日本のホテルと大して変わらない。

 六人用の大部屋が一つ、四人部屋が一つ。

 広い方を女性メンバーが使い、男性メンバーは四人部屋を使うことになった。

 冒険者の鎧の格好では馬番はやりにくいと、着替えてから移動。

 早速とフロールス家から連れてきた馬達の寝床作りだ。

 馬達は簡易な場所に繋がれているだけなので雨が降ってきたら病気になってしまう。

 若者たちがせっせと働いている間と、フロールス家の家族もダニエルと数日ぶりの再開、また叙爵式の日を迎える事に喜び合っていた。

 その夜。  

 とある貴族達の食事会が行われていた。

 今回の主役となるダニエルを数名の貴族が囲み、祝の言葉が彼を中心として飛び交う。


「おめでとう、ダニエル殿」


「貴殿の栄光に、近隣に領地を持つ我々も心から祝辞を述べさせて頂きたい」


「いやいや。祝の言葉、謹んでお受け致す。これからも隣領の者同士と、領地を盛り上げて参りましょう」


「はっははは! 勿論ですとも」


「しかし、今回は急な式典だと言うのに、最愛とするご婦人二人とご子息と娘様。ご家族揃って式に参加できるとはダニエル殿は幸福者ではないですか。それも彼の協力あっての事ですかな?」


 白髪混じりの男性の言葉に、ミツの姿が思い浮かぶ面々。

 自身達も彼の力にて長旅を回避し、王都で長期に渡り滞在できている。

 ダニエルは隠す事でもないと、家族を城に連れてきてくれたのはミツである事を告げる。


「はい。その者の好意です。賢明なお察し、ご理解受け入れて頂ければと」


「勿論ですよ、ダニエル殿。彼には我々も恩義ある身。失礼……祝の席に、少々口を当ててしまう事をお許し下さい。ダニエル殿もですが、あの少年が居なければ我々は未だカバー家派閥の嫌がらせを受けておりましたでしょう。直接的な物はなくとも、当てこすりが当たり前としておりました故、今回の裁きには我々全員が落ち着きました思いです」


 少し小太り気味であり角刈り男性が、疲れきった気分とカバー家に属する派閥に受けていた嫌がらせを思い出したのか、思わず視線を落とし、はーっとため息を漏らしてしまう。

 その姿を見て隣に立つガタイの良い男性が同感と、手に持つゴブレットを握る手に力が入り、口を開く。


「左様。更にその……失礼。あの者の名を口にもしたくないので愚行者と言わせて頂きたい。その愚行者の跡地をダニエル殿が手直しするとなれば我々も心より安心できます。何かございましたら、何時でも力をお貸し致しますぞっ」


 彼の言葉に、周囲の貴族達が私もですと声を上げる。


「フムッ……ですが少々私には過ぎたる場となるかもしれません。私もですが、皆々様も新たな地を得られるお立場。先ずはもう一度自身の足場を見直し固めた後、次世代の若者に不利益な場を引き継ぐ様なことはせぬようにせねばなりません」


 それはごもっともですと、ダニエルの言葉を受け入れる貴族達。

 その後は既にある自身の産業を発展させる為の流れ、また新たな事業を起こそうと協力者を求める声が楽しく話題となっていた。

 暫くして、ダニエルの対面に立つ貴族が婦人の集まる方へと視線を変える。


「しかし、ダニエル殿は良き奥方を得られましたな。私の妻など、お二人と比べましたら恥ずかしい限りにございます」


「ハッハハハ。それはこの場の誰でも考える事。ダニエル殿には奥方だけではなく、聡明なご子息もいらっしゃる。おお、そうだ、ダニエル殿、今度是非とも私の娘を貴殿のご子息に紹介したいのだが」


「こらこら、これから多忙となるお方に更に手を煩わしていかがする? いやっ、ダニエル殿が良ければ私の孫息子の話を」


「おいおい、貴殿も何を仰るか……プッ。」


「「ハッハハハ!」」


「はっ、ははっは……」


 その話題には、ダニエルは簡素な笑いしか返せなかった。

 ダニエルも家を継ぐ後継者の考えを持つ立場。

 息子のラルスは自慢ではないが、魔法学園では良い成績を収め、既に婚約の話も出ている。

 しかし、今は魔法を集中して学びたいのか、そう言う話は母上が納得する魔法を自分が使えてからと。

 また、自身の磨きは後の領地の為だと言われたら、二人の妻もそれは立派ですねと口にすればダニエルもその場は口を閉ざすしかできなかった。

 本音は溺愛とする妹と弟の時間を学園以外に取られたくないと言う、シスコンブラコンのダブル二つ名が結婚と言う言葉を足蹴りしてるだけだ。

 また叙爵がちらつき出してからは娘のミアを狙ってくる他貴族もいる。

 ミアと王都に住む貴族との繋がりができればダニエルの領地は交易が厚くなり、庶民の識字率なども上げていく事ができる。

 元々ミアは貴族の娘として、女としての役割はこう言う時こそ使われる身。

 しかし、その話はミアの母であるエマンダがバッサリと絶ち切ってしまう。

 領地婦人ならば領地発展の考えを持つべき。娘が他貴族との、また同格の上位貴族の妻となればそれは喜ばしい事だろう。 

 だが、妻はハッキリと言った。

 ミアの婚約はミツであるべきであると。

 流石にその時ばかりはダニエルも驚き、側に居たゼクスも目を見開く驚きぶり。

 確かに妻がミツを評価しているのは分かっている。

 なんせ自身だけではなく、屋敷に仕える者ですら彼を受け入れている。

 ならば等の本人はどうか?

 たまたまだが、夫婦の話を娘が耳にした時だ。

 珍しく会話に入り、あの活発な娘が彼の話をするだけで花が咲いたような笑みを向けていた。

 その時はただの話題の一つでしかなかったが、今考えればモヤっとする気分になったそうな。  

 いや、別にダニエルはミツを拒否ている訳ではない。

 誰でも娘を持つ父として、相手が王族だろうが名誉貴族であろうが内心は娘を渡したくない気持ちに襲われているのだ。

 しかし、もう一度彼と言う存在を見返してみた。

 ダニエルは話題をミツに変え、あまり関わりのない彼らから見てもミツはどう見えているのか、どう評価されているのかを聞いてみた。

 話を聞くと、自身と同じ様な評価を与えている。

 先ず貴族的な礼儀が無い事、これは誰もが謁見の場で感じた感想だ。  

 しかし、それは彼が貴族ではないので仕方ないこともあるが、あの時彼は毒殺されそうになった事がきっかけであり、彼の意思ではない。

 次に突発的な行動が悪目立ちする為、彼の側に貴族が居たらその者がけしかけたと思われかねない。

 それも分かっている。

 だが、彼が何かしらやる時は必ず誰かの許可を得た上で行った事ばかり。 

 周りに連絡が回る前と、結果が先回りしている為にただの伝達遅れになっている。

 だが、彼の低評価もそこまで。

 後は彼を持ち上げる話が続く。

 

 それは王都に入る前、待ち時間も長く、お茶の席を用意しては数名の近隣貴族がミツと軽い対談を行っている。    

 そこにフィンナッツ家のディマス子爵がその時の話をしてくれる。

 話はとても盛り上がり、待ち時間も苦とならない良い時間が過ごせたと。

 貴族と言うのは目敏い生き物だ。

 話す相手の話し方、仕草、どれを見ても相手を評価してしまう。

 彼はまだ成人したての少年だと言うのに、歳上相手の話し方を弁えている。   

 いや、寧ろ上手過ぎる。

 ただ話が上手いだけではなく、相手が不快とする話だと少しでも思えば直ぐに話題を切り替える観察眼。  

 ここは貴族でも下手な奴もいる為、最悪会話が終わってしまうのだ。  

 そんな事もなく、会話内容は浅くとも、その場の茶会を共にした者達は数回はミツに話を振られ周囲の視線を集めている。

 これは貴族の茶会、特に妻たちが気にする所でもある。 

 たまに見せてしまう庶民的な感覚に驚かされるが、社交性があるのかないのか首を傾げるのは仕方ない。

 では彼の他に見るべき所はあるか?

 力、言わずもながらある。

 権力、ないに等しいが人脈はある。

 財力、ヒュドラを倒した時点で街を数個引き渡せる金が入る。

 容姿、時折子供っぽいが、それを気にさせない大人びた雰囲気を見せる。

 ダニエルは考える。 

 考えていると、娘が彼の子を大切に抱き、孫が自身を爺と呼ぶ所までいつの間にか妄想を膨らませていた。

 

「ダニエル殿」


「……。フムッ……良い」


「ダニエル殿?」


「えっ? あっ、はい。無論私もそれが良いと思います」


「おおっ、左様でございますか! 良かった良かった。それではまたミツ殿との食事会がございましたら、我々も楽しみといたしましょう」


「はい? あっ、はい、食事ですね。その時は皆様を我が屋敷にご招待させて頂きます」


 思わず返した返事が自身に不利益なことでない事でホッとするダニエルであった。

 今日は珍しく息子と娘の二人も食事場に参加している。 

 ロキアはまだ五歳のお披露目を行っていないので、こう言う表向きな食事会にはまだ参加できない。

 残念だがロキアはゼクスと数名の側仕えと一緒に食事をする事で機嫌を直してもらっている。

 ミアはミアでエマンダとパメラ、二人の紹介と多くの貴族婦人の中に。

 今度ミアが主流となり、立ち上げる事業(自転車)の宣伝を兼ねて顔を覚えてもらう為である。

 主に整地された道のある街、また近隣の街町を領地として持つ人が対象。

 化粧品や服、またお茶の話題だけではなく、貴族婦人は旦那以上に領地経済に鋭くなくてはならない。

 ここでフロールス家に金を出資すれば、後の産業や交易、自身の領地との扱いが大きく変わってくるのだ。  

 しかし、自身の家の財布を握る奥様達の判断は厳しい。  

 相手が叙爵が確定している伯爵家であろうと、愚策な物に金は出せないのは何処も同じ。

 だが、海千山千と多くの商談をやって来た二人の母は切り札を隠し持っていた。 

 多くの見返りを先ずは口約束的に軽く話し、それに乗る者を集める。

 ここで先に声を上げた者は勿論デメリットを理解しつつも、二人からは優遇される。

 声を上げない物は賢明な判断でもあるが、守りに入ってしまうとそれでは商談は進めない。

 ミアは自転車の素晴らしさ、また貴族だけではなく、庶民にも広げる事ができる商売である事を説明する。

 ここでは二人の言葉は入らず、ミアの見せ所。

 興味を深めた者は話を聞いているが、興味が薄れた婦人は別の話を持ち出してくる。  

 ここでパメラとエマンダは婦人たちを振るいにかけていた。

 大体分け終わった後、最後の言葉。

 

「では最後に私から一言。今回の商品、かのアルミナランクとなられました冒険者ミツ殿のご提案にございます。先程娘が説明しました自転車なる品の他、皆々様が今迄見たことの無い商品を出し、我がフロールス家は芯にこの事業を大きく広げていく所存です。先程ご興味をいだかれました方には、後程ご連絡を差し上げさせていただきます」


「「「!?」」」


 エマンダの言葉に貴婦人の嗜みを忘れたかの様な表情を作る人々。

 勿論それは話に乗らなかった婦人が大半。

 すると先程までノリ気では無かった人々はこぞって金を出す事を告げてくる。

 しかし、既にパメラとエマンダの選定は終わっている。

 厳しいが、今更金を出そうがその領地に回される商品は全て後回しになるだろう。


 今回ミアを通し、自転車などミツがフロールス家に教えた家具などは元々幅広く広げる考えであった。

 ここでできるだけ商品に興味を持った婦人を取り込まなければ、副産物など作られたりと後々面倒な事になる。

 著作権に似たような考えは勿論あるが、商品の一部を変えただけでこれは私が考えた商品ですなど言ってくる輩が後から出てくる。

 もしその様な事があっても、既にオリジナルが出回っている領地などで偽物を売る事はできない。何故なら、この場で自転車商業に関わった婦人達が商業ギルドを通し、偽物を販売できないようにする為だ。

 

 婦人達の話は更に盛り上がり、予定よりも晩餐は長引いてしまったそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る