第273話 再会

 停剣祭(ていけんさい)

 それは冒険者の中で言われている冒険者活動の長期の休日。

 冒険者の活動は基本年中無休であるが、あえて冬場などの冒険者活動の危険性が跳ね上がる時期だけを休む冒険者が多く出る。

 簡単に言えば、冒険者にとっての冬休みだ。

 停剣祭の間は人それぞれであり、雪が溶けたら活動する者や暖かくなってから活動する者それぞれだ。 

 その間、討伐依頼は溜まるので、それを狙って停剣祭を行わない冒険者も中にはいる。 

 ミツが冒険者ギルドに入ると、隣接した酒場は宴会状態。  

 まだ昼にもなっていないが、酒を飲み続け、ベロンベロン状態の冒険者も目に入る。

 勿論普通に依頼を受けに来た人も居るので迷惑をかけたら追い出されるのだが、一番はその場に関わらないことだろう。

 しかし、ミツの目的の人物がその場に居るので彼は足を向ける。


「じゃー、俺が言うぜ。えー、全員無事に冬を迎えた事を戦神に感謝して!」


「「「「「「「カンパーイ!」」」」」」」


 リックの音頭に合わせ、リッコ達が山葡萄のジュースが入ったコッブをぶつけ合い音を鳴らす。

 本当はお酒を飲むのだが、まだ日が明るい事と、酔っ払いが多数いるこの場で酒を飲むのは危険と言う事でジュースで乾杯する事にしたようだ。


「くー! 今季一番の山葡萄も美味えな!」


「これ、トト君とミミさんが依頼で取ってきた分も入ってるんですよね? 探すの大変じゃなかったですか?」


「そうっす! でも、シューの姉さんから比較的安全な収穫ポイントとか教えてもらったので、直ぐに篭いっぱいに集まりましたよ! なっ、ミミ」


「うん。ホント、誰もまだ手に付けてなかったのか、あっちこっちに実がなってました。シューさんの言うとおり、他の冒険者の為に全部は取らないよにして、籠一つ分だけにちゃんと抑えました」


「嘘っ、そんな所があったの!? 私もリックとリッケの三人でその依頼やった時は、たしか数日かかったわよね?」


「ええ、実ってても数粒だけでしたし、岩肌の所に実ってるやつは見えてても取ることはできませんでしたからね。全く取れない日が三日続いたときは依頼を変えようかと話し合ったくらいでした」


「それで偶然見つけた場所で、依頼達成の最低数まで集めたのはホントギリギリだったな」


「ウチもやった事あるけど、その時は災難だったニャ。猪には追い掛け回されるし、見つけても傷物ばっかで粗悪品なのは見てわかったニャ。あの時の猪、今会ったら肉にしてやるニャ! んっ、ニャ?」


 テーブルに置かれたドライフルーツにプルンが手を伸ばそうとした時、それをスッと横から取る手が伸びる。


「なら、猪の討伐依頼が出た時は、プルンの敵討ちと言う事で皆で行こうか?」


「「「!?」」」


「おうっ、そうだなって。相変わらずいきなり現れるなお前は、ミツ」


「フフッ、それも彼らしいじゃない。久しぶりねミツ君。少し合わないだけでも随分男らしく見違えたじゃない」


 入り口の方を見ていたリックとローゼは、ミツが近づく事に気がついて居たのだろう。

 周囲の驚きよりも若干驚きは弱いが、久しぶりの再開に嬉しくミツの頬も上がっている。

 当たり前と用意されていた空席に彼が座れば、久しぶりとメンバーが揃うことになった。

 外見的にはミツの着ている装備が黒鉄からドラゴンメイルに変わっているぐらいしかないのだが、やはり数週間合わないだけでも見違えたように見えるものだろうか。 

 ミツの分の注文を取った早々と、ミツが教会にたまに帰ってきている事をリッコが責め立ててきた。


「聞いたわよ、あんた、たまに教会に帰ってきてたんでしょ!? だったらプルンだけじゃなく私達にも顔ぐらい見せなさいよね!」


「そうですよ。ミツ君が教会を出たその日のリッコの機嫌取りが本当に大変だったんですからね」


「はあぁっ!?」


「そうニャそうニャ。まー、おかげでウチはお腹いっぱいになる迄リッコの食べ歩きに付き合えたから良かったニャけど」


「それでもあの時のリッコちゃんは食べすぎよね〜。三件目で止めておけば良かったのに、次のお店なんて入っても何にも注文せずにテーブルに顔をうずめてるんだもの。私とプルンちゃんが注文しなかったら、追い出されてたわよ」


「ちょっと二人とも、そんな余計なこと言わなくていいのよ!? ミツ、変な顔しない!」


「変な顔は酷いな。そっか、ごめんね。あの時は朝からダニエル様達と一緒に王都に向かわないと行けなかったからね」


「まー、貴族様相手じゃ仕方ねえな。それでよ、お前に聞きたいことが滅茶苦茶あるんだけど、ちゃんと説明してくれるよな?」


「うん、勿論。変わりに自分が居なかった時の皆の話も聞かせてね」


「俺達はお前程にハチャメチャな事はしてねえからなぁ〜。聞いてもつまんねえと思うぞ?」


「そう? ゼクスさんから聞いたけど、三人でグリフォンを討伐したって聞いたよ」


「ああ、何だ、知ってたのかよ!? お前を驚かせるネタの一つだったのによ」


「リック、他にもありますからそう落ち込まないで下さいよ」


「落ち込んでねえよ!」


「良し! ならお互い交互に話そうぜ! 少しでも相手が驚く様な話があったら1杯奢りな」


「いいねー。じゃ、自分が教会を出たその日に王都に着いた話からしようか」


「……おう。よしっ! すみません。山葡萄のジュース1杯下さい」


「リック、勝てない勝負は止めておきましょうよ」


「ニャハハハ!」


 久し振りの仲間達との再開に話は盛り上がり、ミツが王都での出来事を話す度にリックは幾度目の注文を繰り返す。

 テーブルの上はメンバー全員が一人で2杯は飲める程のジュースのコップが並ぶ光景となった。


「マジか!? 黒鉄の鎧が壊れたのかよ!?」


「うん。その変わりにガンガさんに作ってもらったのがこの鎧だよ」


「へ〜。ってか、黒鉄の鎧って壊れるもんかのか?」


「あー、それが物理的な耐久性はあったんだけど、ハードロックバードのペトロブレスの石化攻撃には耐えきれなかったんだよ。お陰で森の中でスッポンポンだったよ」


「はっははは。折角大金払って買ったのに災難だったな(何でお前は無事だったとか聞いても無駄だろうな……)」


「でも、良かったですね。そのエルフの皆さんもご無事だったようで(ミツ君が居なかったら恐らくその人達は全員殺されてたんじゃ……)」


「アンタもアイテムボックス持ってるんだから、予備の鎧ぐらい入れておきなさいよ(私達がその数のロックバードに鉢合わせたりしたら逃げる……いえ、逃げ切れないかもしれないわね……)」


「ニャんだか鳥が食べたくなってきたニャ」


「はい、プルンさん。メニューにそのロックバードが乗ってるわよ」


「ニャ!? どれニャどれニャ!? ニャニャ!? 銀三枚!? 高いニャー!」


 メニュー表に書かれているのは手書きだろうか、ロックバードの鶏もも肉の絵だ。 

 もも肉だけで3000円は確かに高いと口に出てしまうだろう。


「数限定って書いてるわね。あっ、たぶんあれじゃないかしら?」


 近くの冒険者が気前よく注文していたのか、丁度ウェイトレスが焼いた大きなロックバードのもも肉を運んできた。

 その大きさ、ᒪサイズのピザ程であろうか。


「うわっ! デカっ。でも、あれで銀三枚か……」


「あの大きさで銀三枚は安い方じゃない? リック、今度あんた注文する時はあれ頼んでよ」


「なっ!? まっ、まー。いいさ。なら俺が驚かなかったらリッコ、お前が注文しろよ」


「フンッ。ミツ、リックが驚く様な話をして頂戴」


「そうだね……驚くか如何か分からないけど、幻獣召喚で召喚するヒュドラの大きさが一回り大きくなったぐらいかな」


「「「「……」」」」


「あれ?」


 さり気ない言葉に、リック達はまたかよと何処か遠くを見ながら目を細めている。 

 その中、気になって仕方ないのか、珍しくミミが進んで口を開く。


「あ、あの……。ミツさんは召喚術が使用できるんですか?」


「あっ。そう言えば皆の前では使った事なかったね。はい、使えますよ」


「そ、そう、なんですね……ははっ、凄いな……」


「ねぇミツ君、因みになんだけど、召喚できるのってヒュドラだけ? いや、それが召喚できる時点で君が凄いことは分かって分だけど……」


「召喚ですか? えーっと……今は確かヒュドラ、ツインへッドジャーマンスネイクのほかだと、数十種類は召喚できますよ」


「そ、そう……。相変わらずね君は……」


 ミツの返答には苦笑いのローゼ。

 正しく表記すると、今ミツが召喚できるモンスターは、ヒュドラ、ツインへッドジャーマンスネイク、ロックバード、ハードロックバード、バイコーン、バンブバイコーン、キューピーヴォッグ、バンプッサー、ボーンナイト、ボーンマジシャン、ボーンタイガー、ボーンバット、スケルトンウォーリアー、スケルトンアーチャー、スカルスピリット、ジェネラルスケルトン、ボーンビショップ、ゴーストキング、グールキング、スケルトンキングの20種類である。


 本来、モンスターの召喚は一般的の魔力の数値の関係上、どうしても一体しか召喚できない。

 しかし、彼を一般の人と一緒にしてはいけないと分かってはいても、面と向かって正直に告げられると言葉を失うのは仕方ない。


「リック……」


「分かった、分かってる」

 

 結局リックはロックバードを注文する事になった。

 だが、ここで食べるのも勿体無いと、ミツはある場所に皆を連れて行く事にした。

 いや、元々これが目的でもあったのだ。

 注文して来たロックバードの料理はアイテムボックス内に入れ、彼らをミツの家へと案内する。

 ゲートを潜り抜けた先には広々としたリビングフロアが広がり、窓の外を見れば見たことの無い家々が見える。


「ここ、何処だ……?」


 周囲をキョロキョロ、左右に首を動かし、自身のいる場所を確認しようと窓辺に近づくリック。


「ここはスタネット村だよ。ほら、アイシャが住んでる村」


「「「えっ!?」」」


「ここがあのスタネット村ニャ!?」


 スタネット村を知っているプルンが一番驚いたのか、彼女は大きく目を見開き、二度三度と村の方へと視線を向ける。

 確かに見覚えのある山があると言葉が溢れているが、信じがたい光景なのだろう。


「村って言うか……あれは街だろう……」


「村にあっていい建物じゃないわよね……」


 トトとローゼの二人も思わず口にするその言葉に無言に頷く面々。


「えっ!? あっ! 大変! ミツ、村にウルフが入ってきてるわ! 早く倒さないと、村の人が危険よ!」


「何っ!? おいっ! 俺が前に出る、リッケ、トト、行くぞ!」


「「はい!」」


「大変! あのウルフ、村の方へ走り出したわ!」


 リッコが畑の中央で穴掘りをしているラルゴを見つけたのか、皆は慌てて武器を手に外へと駆け出す。

 家の中から飛び出してきたリック達に気づいたラルゴが驚き、村の方へと走り出した事に更に慌てる仲間たち。 


「あー、皆、ストップストップ! ラルゴも止まってこっちにおいで!」


「えっ!?」


「ラ、ラル、え?」


「ミツ君、あのウルフはもしかして……」


「うん。驚かしてごめんね。あの子は自分がテイムしたウルフなんだよ」


「そ、そうだったのね。ふー、矢を射抜く前に聞いて良かったわ」


 ミツの声に反応したラルゴが駆け寄りミツの足元にやってきた。

 ヨシヨシと首元を撫でる姿は正に飼いなされた動物の姿である。


「お、お姉ちゃん! あっちからも来たよ!」


「ニャ!? ミツ、他にも居るニャ!?


「うん。全部で四頭のウルフだよ。左がシャープ、真ん中がアン、右がドルチェだね。因みに改めて教えるけど、この子の名前はラルゴ。皆、よろしくね」


「おう。随分と大人しいウルフじゃねえか」


「ちょっと、そんな気安く触って大丈夫なの!?」


「あっ? ミツがテイムしたウルフだぞ? 俺達がミツと仲間なら、こいつらとも仲間って事だろ。怯える方がこいつらにも迷惑だろう」


「そ、そうよね…。よろしくね、ラ、ラルゴ……」


「皆、この人達は自分と同じ冒険者仲間だよ。仲良くしてあげてね」


((((我が主の仰せのままに!))))


(返事を返してくれるのは嬉しいけど、何だか兵隊みたいになってるな)


「おーい! ミツさーん!」


 そこに声を出し、駆け寄ってくるアイシャの姿が見える。

 プルンも走ってきたのがアイシャだと分かると、彼女は両手を振り、アイシャの名を呼ぶ。


「ニャ!? アイシャニャ! おーい!」


「えっ!? プルンさん! わー、態々来てくれたの!? ありがとう! 皆さんもお久しぶりです!」


「アイシャちゃん、元気そうね。来たも何も、ミツのゲートを使ったら直ぐよ」


「ちゃんと飯くってっか!? しかし、村の変わりようにお前さん達も驚いたんじゃねえか?」


「フフッ。村の人達はそうだね。でも、お婆ちゃんはミツさんのやる事に驚きはしても、ミツさんの力は人を不幸には絶対にしないから怖がる事なんかないさって言ってたの。勿論私もお母さんも同じ気持ちよ!」


「ふーん。何、あんた随分とアイシャちゃんに信頼されてるじゃない」


「ははっ。面と向かって言われると気恥ずかしいね。取り敢えずギーラさんの所に行こうか」


 皆は村の方へと歩き進めるとやはり目にした事の無い物に彼らは視線が釘付けとなっている。

 特に村人達が今も列を作り、水汲みをしている井戸には否応でも目に入ってしまうのだろ。

 と丁度そこにギーラが居たので話しかける。


「おっ、村長、地主様が戻られましたよ」


「(地主様って何やねん)ギーラさん、少し良いですか?」


「おお、ミツ坊。何処に行ってたんだい? 村の者がお前さんの家の方に行っても誰も居ないって言っておったよ」


「ははっ、すみません。少し街の方まで買い物を。それと皆を迎えに行ってまして」


「そうかいそうかい。いや、こっちこそ悪かったね。お前さん方、元気そうだね」


「こんちゃーす!」


「どうも、お久しぶりです」


「婆ちゃん、元気してるかニャ!」


「ああ、皆の顔が見れたから尚更元気になれたよ」


「へへへっ」


「所でミツ坊、皆を連れてきて如何したんだい?」


「その事なんですが、以前、アイシャと約束をしてまして」


「んっ? アイシャとのかい?」


「はい。アイシャの成人の祝を皆でやろうって話です」


「!? えっ! ミツさん、本当に!?」


「ああ、約束だったからね。皆でお祝いしようと思って連れてきたんだ」


「まったく。やる事は以前プルンから聞いてたから参加するつもりだったけど、行くなら行くって前もって言っときなさいよね。こっちにも準備ってもんがあるんだから」



「皆さん、態々ありがとうございます!」


「ニャー、皆でお祝いするニャ!」


「ギーラさん、良ければ村の中に、アイシャ以外にも成人を迎える人が居れば一緒にお祝いしましょう」


「ああ、本当にありがとうね、お前さん達。孫の為だけじゃ無く、他の者にもこんな嬉しい事を言ってくれるなんて……」


「そんな。じゃぁそれなら、今日は村人全員で成人の祝をしましょう!」


「えっ!? 全員!?」


「そう、全員だよ!」


 周囲も驚くその言葉。

 彼の提案にギーラはアイシャ以外に、今年成人した、またする男女を集める。

 集まった数は四人。

 内気そうな女の子、春に産まれたミンテール。

 雰囲気が少しリッコに似た活発そうな女の子、夏に産まれたバーバラ。 

 体付きは大人っぽい大人しそうな男の子、秋に産まれたココット。

 そして冬に産まれたアイシャの四人。

 三人にも成人の祝をアイシャと一緒にしようと伝えれば、三人は喜び嬉しそうだ。

 三人の親である父親母親もギーラへと感謝を送るが、礼はミツ坊の方にしなさいと告げていた。 

 井戸の使用待ちをしていた村の人達にも話をすれば、喜んでと参加の声が聞こえてくる。  


 300人分の料理を用意するのは普通なら大変であろうが、それも一人の少年が準備するとあっさりと終わってしまう。

 教会の方にエベラ達を呼びに行っていたプルンが戻り、久々の再開にマーサとエベラが楽しそうに会話している。  

 他にもリック達は足りない物はないかと買い出しに出向き、祝の席の準備が着々と整っていく。 


「戻ったぞ。言われた通り酒樽をたっぷりと買ってきたぜ。今はプルンのアイテムボックスの中だ。後で受け取ってくれ」


「ご苦労様です」


「おっ! 美味そうな飯じゃねえか! 何だか見たことねえ皿だけど、色んな種類が山盛りじゃねえか」


「ミツ君達が作ったオードブルって料理だそうです。カラアゲ、ポテト、サンドイッチ、エビフライですね。また別に、鳥を焼いた料理を今作られてますよ」


 数多くのテーブルに並べられていくオードブルのプレートセット。

 一家族に一つと言わんばかりにみっちりとテーブルの上を敷き詰めている。

 しれっとリックが山盛りのポテトに手を伸ばそうとすると、小皿に入ったポテトをスっと目の前に渡された。


「おっ!? す、すんません」


 ニコリと笑みを向け作業を続けるフォルテ。


「それで、あの姉ちゃん達は」


「ミツ君の精霊ですね。一応ミツ君が雇ってるメイドさんって話してました。本当の事は伏せておくんでしょうね」


「ははっ、美人な姉ちゃんばっかりだから村の奴らが鼻の下伸ばすのも分かるけどよ、相手の正体知ったら驚くんじゃねえか?」


「ふふっ、ですね」


 夕方になり、次第と暗くなった頃に各家に置かれた雷の矢を包んでいた布が解かれ、家の中から光が溢れる。

 広場の中央に置かれた光が更に輝き、ガヤガヤと人の話し声に盛り上がりを出している。

 村人は目の前に並ぶ料理に既に釘付け状態。

 大人達には酒が振る舞われ、子供たちの手にはジュースが入ったコップが握られている。


「皆の者。今宵この時、このスタネット村より新たな大人となる若者に祝の席を持とう」


 ギーラの言葉に歓声と拍手が溢れる。

 今回の主役となる四人は席を立ち、一人一人と親や親族に感謝の言葉を、そして大人になった自身がどう働きたいか目標をかかげていく。

 勿論内容は家族の為でも、自身の為でも良い。

 ミンテール、バーバラ、ココットと、三人の挨拶が終わった後はアイシャの番だ。

 アイシャが席を立てば我が孫の様に可愛がっていた爺様たちが黄色い声援を送ってくる。


「よっ! アイシャちゃん!」


「大人になって更に可愛くなったよ!」


「もう本当のワシの孫にならんか!?」


「「おいっ!」」


 爺さん達の元気良さにあははと苦笑いのアイシャ。

 スっと軽く息を吐き、注目が集まる中に彼女は声を出す。


「皆さん、今日は私達の成人の祝の為と集まってくれてありがとうございます」


「当たり前じゃー!」


「ワシ達はいつまでも応援するぞぃ!」


「少しは黙って聞きな!」


 合いの手のように声を飛ばす爺さん達へとギーラの声が飛び、その一言で押し黙らせた。


「……私がここ迄大きく成長できたのはお母さん、お婆ちゃん、バンおじさんと、沢山の叔父ちゃん達が私達を支えてくれたお陰だと心より感謝してます……」


「そして、私だけじゃなく、村の人達わ皆分かってる事だけど、ミツさん。私達は心から貴方に会えたことが幸福です」


 アイシャは別席に座るミツへと頭を下げる。

 

「言葉だけでこの気持ちが伝わりきれるか分からないけど、私はミツさんが救ってくれたこの村が前より、ずっと大好きになりました!」


「アイシャちゃーん! オイラもこの村が大好きだぞー!」


「私もよー!」


「うん。だからこの場を借りて、もう一度言わせてください。……ミツさん、ありがとう。私達は貴方に救われました」


 アイシャの感謝の言葉に続いて、村人からもありがとうございます、ありがとうございますと感謝の言葉が振りかかる。 

 祖母のギーラも孫が無事に成人した事、また村人達に笑顔が溢れたこの光景に無意識と目尻に涙が浮かんでいた。

 アイシャはミツへと向けられる言葉が区切った所でもう一度声を出す。

 それは先程とは違い、強く、決意に満ちた力強い言葉であった。


「私は! 冒険者になります! ミツさんの様に強く! 困ってる人を救えるような凄い冒険者に! それが私の目標です!」


「「「おおおっ!!!」」」


「「「アイシャちゃーん!!」」」


 彼女の言葉に村人達からは歓声の声と拍手が上がる。

 ギーラとマーサは不安となる気持ちを出さず、孫娘のその決意に背中を押す気持ちと暖かな拍手を送ることにした。


「アイシャ、凄い目標掲げてるな」


「ええ、簡単な目標じゃありませんね。でも……」


「それは私達も同じ気持ち」


 リック、リッケ、リッコが互いに顔を見合わせ合う。


「ええ、私達もいつまでも後ろに付いてるだけじゃないわよ」


「そうね……。今は引っ張られてる状態だとしても、彼の背中を押して、いずれ横に皆で並ぶの……」


「た、大変かもしれないけど。私も頑張る」


「あいつばっかり目立ってるからな。このパーティーのメインアタッカーは俺だって認めさせてやるぜ!」


 ローゼ、ミーシャ、ミミ、トトの四人も気持ちは変わらない。


「その日が来るまで皆で頑張るニャ! ミツが一人で竜を倒せるなら、先ずはウチらで竜を倒せるぐらい強くなるニャ!」


「竜か……。フンッ、あいつと本気の模擬戦するよかは相当楽そうだな」


「「「「確かに」」」」


 プルンの言葉に、仲間たちが再度高く目標を掲げる。

 リックの言葉に全員が納得し、無意識とアハハと笑い声に包まれていく。


「あれ? ミツ何する気ニャ?」


 舞台の一角、その場にミツが上り、村人の注目を集める。


「皆さん。四人の成人の祝の席、態々ご参加いただきありがとうございます。皆様の前に出しております料理ですが、自分と仲間たちからのささやかな贈り物となります。どうぞ、お腹いっぱいと食べ、そして飲んでお楽しみください」


「おー! 地主様感謝しますぜ!」


「地主様万歳! 成人万歳!」


 ミツの言葉に嬉しく反応を返す村人達。


「なぁ、たまに村の人がミツに対して地主様って叫ぶのは何でだ?」


「そうですよね? 僕もさっきっから何の事なのか気になってたんですが」


「あー、さっき村の人に聞いたから、私その理由知ってるわ……。後で教えてあげるから驚くわよ」


「お、おう……。俺達が驚くのが確定してる内容なんだな……」


「まぁ、大体想像できますけどね……」


 村人の声に疑問符のリック。

 リッコはその理由を先に知っているだけに苦笑いである。

 

「さて、ここで皆様に自分から出し物を一つ披露させて頂きます。拙い芸で御座いますが、良ければお聞きください」


「おっ! ミツの奴、また演奏してくれるのか」


「今日は笛じゃないみたいですね」


「シーッ。静かに聞きましょう」


 ミツの言葉に周囲から拍手が上がる。

 村にやって来たヤン達含む、子供たちは近くで見ようと舞台へと近づき、更に注目が集まる。

 舞台袖、黒い布を被せている物が一つ。

 その布を取り、皆へとお披露目をする。


「あれって何?」


「さぁ? 木の板、箱か?」


 初めて見るそれに村人達も答えが出せなかった。

 ミツがその前に椅子を置き、白と黒の鍵盤を軽く弾くとポロンポロンと甲高い音が響く。


「「「「「「!?」」」」」」


「何、今の音!?」


「あの箱、まさかあれも楽器なのか!?」


 村人達含む、仲間たちの視線が舞台袖に置かれたピアノへと視線が集まる。

 ミツが用意したのはグランドピアノでは無く、練習用として家庭にも置ける大きさのアップライトピアノ。

 勿論ミツの家にそんな物は無かったが、ネットなどの知識を思い出しつつ、ユイシスにアドバイスと貰い完成させている。

 調律はグランドピアノだと湿度等が関係するが、アップライトピアノは中に除湿剤を入れておけば問題ない。

 今日はそこまではしていないので即席のピアノである。


 そこにプルンの頬に白く冷たい物が当たる。  


「あっ、雪ニャ」


「冷えると思ったら、等々降ってきやがったか」


 空を見上げれば、静かに小さな雪が降ってきた。

 雪が降ってくることが分かっていたのか、各テーブルはテントの下に設置された状態。

 小学校の運動会で使われる様な大きなテントに似たやつである。

 

 ポロンと皆が聞いたことの無いような音を奏で、ゆっくりと演奏が始まる。 

 今日のアイシャの成人の祝の日、実はある日と合致する事に先程気づいたのだ。

 奏でる音楽はsilent night。 

 そう、今日は日本で言うとXmasだ。

 静かに流れ出す音の音色に耳をすませれば、精霊達五人の声が場に響く。 

 美しい歌声に心を委ね、包み込むピアノの音が感動を与える。

 一曲終わり、ミツが演奏を止めれば村人達からは拍手喝采。

 中には涙を流す者も居るぐらいだ。 

 続けて二曲め三曲目と演奏を披露。

 今度は明るい音楽と曲を変える。 

 ジングルベルやひいらぎかざろうと子供達に合わせた音楽。

 こっちもウケは良かったのか、大人達よりも子供達からのアンコールが絶え間なくかけられた程だ。


 音楽など縁が無かった村人に取って初めて聞く演奏だったかもしれない。

 バックミュージックとしてピアノの演奏を精霊の次女のティシモにお願いしては交代する。

 その間、ミツはある物を準備し、キッチンワゴンに乗せ、アイシャ達の元へと運ぶ。

 後ろに続くティシモ達も同じ品を他の村人へと配膳して回ってもらう。


「ミツさん。こ、これ……」


「これはXmasケーキって物で、自分からのプレゼントだよ」


 四人の前には3号程の大きさのケーキを一人一つずつ置いてある。

 村人には10号ケーキをフォルテ達が切り分けてくれている。


 オードブルの料理の時も美味い美味いと声が出ていたが、ケーキは別格。

 ケーキの美味さに叫ぶように声を上げるものや、余りにもの美味しさに感動する人達が続出してしまった程だ。

 仲間達も真っ白なクリームが塗られたケーキを食べるのが初めてだっただけに、おかわりを懇願してきたのは驚いた。

 甘い物は別腹と、結局全員がケーキのおかわりを口にする事になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る