第264話 ロキアの勇気
ゼクス達とフロールス家の私兵と共にスタネット村へと向かう道中。
街から町への道を調べていると好奇心旺盛なエルフが二人、ロキアを連れて共にやってきた。
追い返す理由もないので彼女達、セルフィとミンミンもスタネット村へと行くことになる。
村にやって来たミツを見て歓迎するスタネット村の人々とは反面、以前、冒険者ギルドの緊急招集にてミツが戦いの中で焼き払った村、そこに住んでいた人達からは怪訝な視線が向けられていた。
一先ず目的を達する為とギーラの案内の元に場を変える。
「こちらにございます。ここでしたら街道から反対側となりますので、今後畑を更に広げるならば問題もないかと思いまして」
「なるほど……。ミツさん」
「はい」
ゼクスの呼びに近づく少年。
二人はギーラが指し示した広く広がった場所、それとはまた別の方へと視線を向けている。
村長であるギーラを呼び、ミツがいくつか質問。
それに答えるギーラの表情は驚きを見せていたが、彼女が嫌悪とした顔を作ることはなかった。
共に来ていたフロールス家の私兵が周囲の外周偵察の報告をし、更に話し合う。
暫く話し合った彼らの方針が決まったのだろう。
ミツは数名の私兵と共に、先程視線を向けていた近くの茂みの方へと行ってしまう。
彼が何をするのかと気にもなるが、今はそれどころではない。
村人たちはゼクスの判断の言葉へと耳を向ける。
「スタネット村の村長、そして皆様。簡単な調べでございますが、現在この村にいる人口の数、そして村長の提案されましたこの場での畑の耕起に関して……。私、ゼクスが領主ダニエル様へと許可の言葉をお送りさせていただきます」
「「「おおっ!!!」」」
「ありがとうございます! ありがとうございます! この感謝、今後も領主様の恩義に報いる事を肝に銘じ、領主様のお役に立てますようと、これからも村の発展を勤めさせていただきます」
「ホッホッホッ。皆様の安住こそが領主の喜びです」
「ゼクス、終わったの?」
「おお、エルフ様があんなにも!」
「セルフィ様。はい、畑の耕起は問題ないかと」
「まぁ、見た所近くに魔物が住み着いてる感じもしないしだろうとは思ってたけどね。それで、少年君は?」
「はい。彼でしたら……」
セルフィの質問にゼクスがミツが向かった茂みの方へと視線を向けたその時、バサバサと木々を引きちぎる様な音が突然響く。
「「「!?」」」
「何? 猪でも出たかしら?」
魔物は居なくても周囲には野生の動物は当たり前と存在する。
その何かが村の方に迷い込んできたのかと警戒する面々。
その音は更に近づき、音の原因、ミツが姿を見せる。
「少年君、何をやってるの?」
「ちょっとこの中も調べてまして」
「そんな茂み調べても何にも無いでしょうに」
「ええ、おっしゃる通り何にも無い茂みでした。それはそれで良いんですよ。さて……。ギーラさん。先ずは畑の耕起許可、おめでとうございます」
村人たちの歓声の声が聞こえていたのか、ミツも畑の耕起の許可が下りたことに先ずは祝の言葉を贈る。
村人たちはその言葉に改めて喜びと声を上げた。
「そこで早速で申し訳ないのですが、自分が行いますこの場での検証をする際、ダニエル様。領主様よりスタネット村の皆様へと言葉をお預かりしております」
「領主様から……。うむ、ミツ坊、聞かせておくれ」
領主直々とその言葉を聞き漏らさないようにと先程まで声を出していた人々も口をつぐむ。
「はい。では……コホン。今から目の前の少年が行う事、それを拒む事なかれ。それが村の為、またスタネット村周辺全ての街や村の為となる。貴女の賢明な判断を期待する。以上です」
やんわりとした言葉の中には間違いなく領主ダニエルの言葉が見える。
民を思い、そして強制する言葉は入れてはいない。
しかし、その言葉の中には自身達だけではなく、他の村々も関係する大切な文字列であった。
ギーラは目の前にダニエルが居るように恭しく頭を下げ言葉を聞き入れる。
「はい。領主様の言葉、謹んで聞き入れさせて頂きます」
「それでは皆さんもご協力、よろしくお願いします」
ここからは人々はバラバラに動き出す。
早速とバンの指示の元に畑を広げ始めるためと若い者を集めだす。
それとは別に、次は茂みの方の話が始まる。
先程少し茂みの中に足を踏み入れたミツだが、中は本当に草が生い茂っているだけの茂みでしかない。
ここならば良いとギーラからの許可も貰ってある。
ミツは踵を翻し、茂みの方へと歩き出す。
何をするのかと訝しげな視線が彼に向けられているがそんな事気にしない。
アイシャが側に来ては何するのと質問。
マーサもギーラもミツの邪魔をしちゃいけませんと言葉を出すが、ミツはそれを笑みで返し大丈夫と手を振る。
彼が近くにあった木に何気なく手を触れると、先程まで目の前にあった木がスッと消えた。
えっと言葉を漏らすアイシャの反応が面白かったのか、ミツはそのまま茂みの方へと歩き出すと細く伸びた木から次々と消していく。
彼が歩けば足元には生えた雑草や蔦、また木が生えていたであろう穴しか残っていない。
広がる広がる、彼が歩けば目の前から木が消えていく。
流石にその光景に人々に驚きが広がったのか、えー! っと大きな声が湧き出している。
その声に反応したのは村を見ていたセルフィ達である。
遠目でもミツが何をやっているのか分からなかったのか、駆け足に彼女がやって来た。
「少年君、何をしてるの!?」
「何って、この草木に生い茂った場所も使わないと勿体無いので広げてるところです」
「はぁ……。そ、そう。でも、流石に突然木々が無くなっていくのは私も驚くわ……」
「あははっ、驚かせたようですみません。回収した木はまた後に使いますから、その為でもあるんです。ああ、でもちゃんと村の村長には許可は貰いましたよ」
ミツの言葉に周囲の視線がギーラへと向けられる。
彼女もミツが示した場所に検証用の為と使わせて欲しい事を承諾してはいたが、まさか木を一瞬にして消すとは思っても見なかったろう。
流石の彼女も驚きにこくこくと頷くことしかできなかった。
ミツは一本、一本と茂みに生えている木をアイテムボックスへと収納していく。
ぐるりと茂みで隠すように使用していなかった土地がポッカリと開いた様に姿をみせる。
と言っても木は回収してもこれではまだ枯れた葉っぱや蔦など地面に散乱した状態で、地面を耕すことなどできないだろう。
しかし、そう考えるのが一般的な考え。
ミツは開けた場に散らかった枯葉や蔦をまとめて〈吸引〉を発動。
突然ミツの前に集まりだした木の葉や蔦などが小山を作り、それがスッと消えるようにミツのアイテムボックスの中へと収納される。
回収した枯葉は腐葉土にも使えるので捨てる物ではない。
その僅かな時にあっという間に検証用の場所が完成させてしまった。
その光景を呆気に見るは村の人々。
口をあんぐりと開き、自身の目で見た光景すら信じられないのだろう。
ゼクスはホッホッホッと笑い、ロキアは凄いねとセルフィと話し、ミンミン、彼女の私兵であるアリシア達は言葉を失っている。
アイシャは以前、リック達が使用する井戸が壊れたとき、ミツが井戸を目の前から消した事があるので周囲よりも驚きは少ない。
更に今の状態ではまだ表面の土は硬いので、彼は地面に以前フロールス家の畑でやった事をもう一度行い、地面を耕し、綺麗な畝を作り出す。
村の人々は目の前で起きている出来事に唖然と見ることしかできないだろう。
「さてと……。ゼクスさん、四方にあれを埋めますので穴を掘ってきますね」
ミツのあれと言うのは土の魔石の事である。彼の持つ豊穣神の加護だけでも十分に植物を育てるなら足りているが、持続性を持たせるなら土の中に魔石を埋めといたほうが良いのだ。
以前村人が苦しんだアース病の原因は地面からの魔力の漏れが原因だが、垂れ流し状態の魔力と、魔石に込められた魔力はまた別の物になるとユイシスの言葉でもある。
因みに下手に土の中に魔石を埋める事を村人に知られては、この場だけではなく、他の畑までも掘り返してしまう人も出てしまうかもしれない。
なのであえて土の中に魔石を埋める事はギーラ一人を除いて、村人には秘密にしておく事を話し合っている。
その上に柵の杭を打ち込んでおけば掘り返すような人は出ないだろう。
「それでしたら我々もお手伝いいたしますよ」
「助かります。それじゃ手分けして、穴は大体柵の柱を埋め込むぐらいの深さをお願いします」
ゼクス達、私兵の人達も協力と地面へと穴を掘っていく。
スキルの〈穴掘り〉で土はまるでプリンのように柔くなっているのでサクサクと1メートル程掘り起こしてしまう。
アイテムボックスから前もって作っていた柵用の杭を取り出す。
ミツが掘った穴に杭を入れる際、ついでに小粒サイズの土の魔石を入れていく。
「次は種だけど。ギーラさん」
「な、何だい、ミツ坊?」
呼ばれた事に慌ててミツの方へと駆け出すギーラ。
別に走らなくても良いと、少年は少し苦笑を浮かべてしまう。
「あの、質問なのですが村ではいつも何を育てていますか?」
「そうだね……。豆や芋をよく植えて育てておるよ。暖かくなると葉物だね」
「豆と芋と葉物ですか……。確かに豆と芋は両方とも乾燥した土でも育つな……。よし、ギーラさん、この袋の中から好きな奴を選んでもらっても良いですか?」
「えっ? あたしがかい?」
「はい。お屋敷と教会でも試しましたので残りはこちらですね。この中ならば育てるのは何でも良いんです。今日はこれがちゃんと育つかの検証なので」
「そうかい。じゃあ、少し選ばせておくれ」
「はい。いくつでもどうぞ」
そしてギーラが選んだのはシロガネである大根、シロタマの名前のカブなどの、天日で干して日持ちさせれる野菜を数種類えらんでいく。
他にも様々な野菜があるのだが、葉物は直ぐに腐ってしまうそうだ。
雪が降ればそのような事を気にしないで良いと思ったのだが、どうやらこの世界の人たちは雪の中に野菜を貯蔵させる事で旨味や甘みが増す事を知らないのだろう。
いや、それ程雪が積もらないのかもしれない。
取り敢えず村の子供たちにもギーラが選んだ種を先程作った畝へと植えさせていく。
しかし、ミツがやっている事にあの子供は野菜の作り方すら知らないのかと、少し小馬鹿にした笑い声が村人の方から聞こえてきた。
それはミツに嫌悪感を抱いている村の住人。
彼らは野菜を作ることに関しては専門の人々。
勿論ギーラもこの時期に種を蒔いたとしても芽が出る事は無いと思ってはいるが、それを口には出さない。
それは幾度も奇跡を見せてきた少年が、この様な道化師の真似事などする訳がないと彼女は心から信じているからだろう。
「……」
「ミンミン姉さん、如何したの?」
「いえ。何故あの方はこの様な冬季に土に種を蒔くのかと。確かに先程の光景には驚かされたけど……。恐らく、この空の状態なら数日もせずに雪が来るわよ。草木は更に枯れ、芽吹などは先になるでしょうに」
「あっ……」
「セルフィ。私今、貴女があっと何か忘れてた様な言葉が聞こえましたけど……。気のせいかしら?」
「あ、あははは。いや、その……ちょっと少年君の事で連絡し忘れてた事が……」
「……」
「ははっ、ははっ……。ほ、ほら、それよりも少年君がまた何かしますよ」
「セルフィ。後でゆっくりとお話をしましょうね」
「ひぃー」
ミンミンからガッチリと掴まれた肩の痛みがセルフィの表情を引きつらせた。
「ゼクスさん、それじゃ水を撒きます」
「はい、どうぞ。皆さんもお手伝いお願いしますぞ」
「「「はっ!」」」
畑に水を撒くためと掌を向けるミツ。
それに合わせ数名の兵士が動きやすい様にと軽装の鎧を脱ぎ構えを取る。
彼らの後ろにはミツのアイテムボックスから取り出した大きな籠がいくつも置かれている。
「何をする気だ?」
「水を撒くって、まさか今からあれを育てる気か?」
「いや、ありえねーだろ。そんな、この時期に芽の一個でも出てきたら俺は来季の冬まで草牛の糞の世話をやってやるぜ」
「はははっ! なら俺はその糞で村中の全員が使う為の炭団を作ってやるぜ」
「おいおい、それだと賭けにもなってねえぞ」
「「あっははは」」
村人の中からそんな声が聞こえてきた。
確かに普通なら既に肌寒いこの時期に作物の検証などありえない事だろう。
しかし、ミツが畑へと水を撒き出して暫く。
畑の畝を水浸しにしては水のやり過ぎだと人々から言葉が漏れ出したその時だ。
茶色い土の表面に緑の芽がポツポツと頭を出し始める。
「「「「「!!!」」」」」
「なっ!? え、嘘だろ!?」
「土の中に入ってた雑草だろ!?」
「い、いや、芽、芽だ! 芽が出てきている!?」
村人達から出るは驚きの言葉。
常識はずれな出来事に唖然とする面々。
もしかして先程植えた種が特別なのではと口にする者も居るが、だとしても成長が早すぎる。
その反応を見る私兵の皆は内心、ああ、あの時の俺達と同じ反応だわ。
良かった、それが普通の反応だよなと彼らは苦笑を浮かべている。
芽はぐんぐんと伸び、実はどんどん大きくなる。
間引きなどする為と畑に入る兵士達。
シロガネは大根同様に葉っぱの生えた顔を出した部分に土をかぶせていく。
兵士達も急いで作業を行ってはいるが、前回広げた畑の大きさと比べたら蒔いた種も数倍以上はある。
しかし、そんな事情などお構いなしと作物の成長速度は止まらない。
ゼクスも手を貸す為と軽装を外している姿を見てギーラが彼の元に。
「ゼクス殿、失礼ながら我々もお手伝いさせて頂きたいのですが宜しいでしょうか。このまま見ているだけというのは農家の我々には耐えませぬ」
「ホッホッホッ。それはありがたい申し出。お恥ずかしながら我々は皆様ほど作物の扱いに関しては不慣れな者ばかり。ギーラ殿のお気持ち、是非お願いしたい」
「はい。ほらお前達、ぼさっと見てるだけなら皆さんと代わってあげなさい!」
ギーラの言葉に動き出す村人達。
蒔いた種の種類を聞きつつ、彼らはその作物に適切な間引きなどを行っていく。
聞いたことのない作物が大半だが、前もってミツがユイシスに聞いていた方法を彼らへと伝えていく。
そして芽は育ち、数分と経たずに収穫状態に実は大きくなってしまった。
ゼクスは回収できるなら直ぐに収穫を始めてくださいと皆へ言葉をかける。
見たことない程に大きく育ったシロガネやシロタマ、他にも教会や屋敷で作った野菜などが出来上がっていく。
騒ぎの声に駆けつけたバンたちも手を貸し、村人そうでの収穫祭が始まってしまった。
それを見ていたセルフィも靴を脱ぎ、隣にいるロキアヘと声をかける。
「ロキ坊、私達もやるわよ!」
「えっ!? セルフィ、貴女は」
「うん! セルフィさん、僕もやる!」
先程村の子どもたちが畑の畝に種蒔をしているのを見て、本当はロキアもやりたかったのだろう。
セルフィはそんなウズウズとした姿のロキアを見ては内心こやつ可愛いなと心の中でよだれを垂らし、ならばと彼女は自身から泥にまみれる事を発言する。
ミンミンからは窘められるが、彼女も目の前の出来事に動揺が顔に出ているので、今なら誤魔化しは簡単にできるだろう。
「この面積の畑でこれだけ野菜が取れるのか。それとやっぱり季節関係なしに実るみたいだね」
収穫した野菜は出してあった籠では足りず、取り敢えず小山として積み上げている。
村の子供たちは山となった野菜を目の前にスゲースゲーと声を出す。
その際、一人の子供が収穫した野菜を食べたいと言うが、これは一応検証の為にと作られた領主家の野菜である。
大人達はそれを理解しているが、子供たちはそれを食べる事ができないと聞けば残念そうな声を出す。
その声が聞こえたロキアがあの子達は食べちゃ駄目なのと何故か自身の事のように残念そうな顔となっている。
少しとは言え収穫を一緒に行ったことが楽しかったのだろう。
そんなロキアの言葉を無視する執事とエルフがここにいる訳がない。
セルフィは膝を折り、ロキアと視線を合わせる。
「そうね、ロキ坊の言うとおり皆で収穫した物が食べれないのは残念よね。なら、ロキ坊、これを作った人に貴方が相談してみなさい」
「えっ、僕が?」
「そうよ。きっとその人はロキ坊の言葉を待ってるはずよ。いいロキ坊。人は思うだけじゃ駄目なの。何をしたいのか、それを何故したいのかを相手に伝えないと先には進めないわ。まだ貴方は難しい事は一人ではできないかもしれないけど、貴方の気持ちが誰かを動かして、貴方ができない事を代わりにその人がやってくれる事もあるわ」
ロキアの土まみれとなった手をセルフィは握り、優しく言葉を並べる。
「ホッホッホッ。セルフィ様のおっしゃいます通りにございます。貴方様のお父上様も母上様もそうして民の気持ちをご理解し、領主として敬われ、そして信頼される大人となられております。今は言葉だけでも結構です。その言葉に救われる方々がいらっしゃいますことを、どうかご理解くださいませ。さっ、貴方様のお言葉を待つ方の元へと、私達もご一緒致します」
「う、うん」
ロキアは拳にぐっと力を入れ、野菜の山の前で物書きのフリをしているミツの元へと歩き出す。
セルフィとゼクスの言葉が聞こえていた村人達の視線もそちらへと向けられる。
(うん、三人の会話も聞こえているから拒否はしないけどさ。逆にボッチャまLove執事とデレデレエルフの二人を背後に付けたこの状態で駄目って言える人が居るのかね〜……。取り敢えず即答であげますじゃロキア君の為にもならないから、それっぽく対応しなきゃ駄目なんだろうな)
恐る恐ると声をかけてくるロキアにミツはセルフィ同様に膝を折りロキアと視線を合わせる。
「お、お兄ちゃん」
「んっ? 如何したのロキア君?」
「あ、あのね……。あの、あれはお兄ちゃんが作ったお野菜だからね、お願いがあるの……」
「うん。いいよ。そのお願いって何かな?」
「えーっと、その……」
かける言葉は分かっていてもまだ4歳過ぎの子供。
緊張に口がどもるが後ろの二人が無言にコクリと頷く姿を見ては勇気を貰ったのだろう。
「うん、あのね、あのお野菜をみんなと一緒に食べたいから、お野菜を皆にください!」
精一杯の勇気を振り絞ったロキアの言葉。
よく言えましたとゼクスとセルフィは目尻に涙を浮かべ小さな拍手を彼へと送る。
ロキアの言葉が村人達にも聞こえたのか、領主家の子息の言葉にざわざわと声が漏れる。
「あれをか。んー、如何しようかな……」
「ううっ……」
「少年君……」
「ミツさん……」
渋る素振りを見せるミツに対して、ロキアは不安そうな表情、そして大人気ない二人の顔は親の敵を見つけたような妬ましいさを込めた表情である。
オイコラ、二人ともしれっと腰の獲物に手をかけるな。
ミツも直ぐに良いよの言葉を送りたかったが、ここはあえて即答はせずに、自分からも一つ、ロキアへと頼みを出す事にした。
「ロキア君、あの野菜はさっき取れたばかりなのは分かるよね?」
「う、うん……」
「だからね、あの小山になった野菜がこの畑でどれぐらい取れたのかも知らないと駄目なんだ」
「……」
コクリと頭を下げる少年。
「そこでね、ロキア君にはお願いがあるんだ」
「お願い?」
「そう。ロキア君はあのお野菜が欲しいんだよね」
「うん。皆と食べたいの」
「そっかそっか。それじゃね、自分はあの野菜が何個あるかこれに書かないと駄目なんだ。もし君があの野菜の数を全部数えてくれたら、あれは全部君にあげても良いよ」
「本当に!?」
ミツは手に持つ羊皮紙をポンポンと羽ペンで叩き、これが必要なことだと教え、終わった後ならばとロキアの希望を叶えることにした。
「勿論。でもあれを一人で数えるのは大変だと思うから、後ろにいるセルフィ様かゼクスさん、若しくは私兵の人達か村の人たちと一緒に数えてもらった方が良いかな? ロキア君一人でできないと思うなら、誰かにお願いして手伝ってもらおうね」
「うん! じーや、セルフィさん、手伝ってくれる?」
「ロキ坊、あったりまえじゃない!」
「勿論にございます。さっ、村人の皆さんにもご協力頂きましょう」
「うん!」
ロキアはセルフィに手を引かれ、村人の集まる場へと駆け出す。
「ホッホッホッ。ミツさん、ボッチャまのご成長のご協力、心より感謝いたします」
「いえいえ。元々野菜などは持ち帰ることは考えてませんでしたから。それなら収穫した野菜は領主様のご子息様からの贈り物とした方が、彼らの感謝は領主家に向かうことになりますので、自分的にもその方が良いかと」
「左様にございますか。いえ、貴方様のお心がけに感謝いたします」
二人がそんな話をしている中、ロキアとセルフィ、二人の言葉を聞いた村人達から歓声が上がる。
ギーラの視線がミツとゼクスに向けられるので二人は頷きを返しておく。
早速と収穫した野菜の数の確認である。
と言っても村人の識字率が実は高くないのか、正直数を数えれる人がそんなにも多くないので並べるのを皆で行う事に。
ロキアも蔓の付いたさつまいもを10個づつにまとめるお手伝いである。
計算はセルフィの私兵であるアマービレ達も手伝ってくれるそうだ。
フッとミツが見る先は作物を全て回収し終わった土を見るランブルの姿。
土が原因であの様な現象が起こったのかと、彼は戸惑いつつ地面を調べているのだろう。
「ランブルさん」
「!? こ、これは視察官殿……」
ランブルは少し緊張気味にミツへと返事を返す。
「いえ、自分の事はミツと呼んでください。それで、農家をまとめていらっしゃいましたランブルさんに少しお願いがありまして」
「私にですか……。はい……どうぞ」
「ありがとうございます。見て分かると思われますが、今回の作物の成長は普通でない事はご理解されていると思われます」
「ええ、まぁ……」
「そこで今回自分が持ち込んだ作物の種などですが、この村で問題なく実らせる事ができることが分かりました。そこでこの種などをこちらの村に託す事にします。これは王都で購入した品々。この辺には販売されていない物もあるかもしれません」
「王都!? そ、その様な貴重な品を……。我々によろしいのですか?」
「はい。ご覧の通り種を撒き、実がなればあの様に豊作が見込めるかもしれません。また暖かな時期に、一からですが皆さんのお力にてこれを実らせてください。勿論先程は少し秘伝の方法にて栽培させたので使用できません。ですが、畑を耕すことにかけた皆さんならば必ず実らせる事ができると信じてます」
「さ、左様でございますか……」
「領主様にもランブルさん達、農民の皆さんがこの村にて頑張られている事を必ずお伝えします。その際は、ダニエル様へと皆さんが作られた野菜をご提供させて頂きます」
「左様で……左様にございますか。いえ、ありがとう……ございます……。私はこの種を必ず実らせ、領主様にお届けできます立派な野菜を皆と共に育てさせて頂きます……。ミツ殿、本当にありがとうございます……」
彼はランブルとの会話中、スキルを発動していた。
それは言葉に想いを深めさせ、他者を信じやすくする事。
その効果が現れたのか、ランブルはミツの言葉が心に響いた。
自身達の居場所がやっと見つかったとジワジワと心が熱くなっていく。
そして彼はミツから受け取った種袋を赤子を抱きしめるように抱く。
「いえ。今更ですが、皆さんの村を焼いてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
「そんな。頭をお上げください! 今思えばあの数の魔物に囲まれ小屋に逃げ込んだ際、真っ先に助けに来てくれたのは貴方でした……。貴殿のおかげで避難する際も、村の財産と言える家畜を一匹たりとも囮として使わず、こうしてこの村まで連れてこれました事は……。ああ、感謝にございます。それなのに、私は……私は……。申し訳ございません、申し訳ございません! 私は愚かな発言を幾度も貴方に……ううっ」
ランブルは言葉を続け、地面に頭を下げる。
数人の農村出の村人もランブルに続き、膝をつき頭を下げる。
「……。大丈夫ですよ」
「まったく。お前さん、やっと自身の莫迦な発言に気がついたのかい」
ミツとランブルのやり取りを遠目に見ていたギーラが、やれやれとした口調に近づきランブルへと言葉をかける。
「ギ、ギーラさん……」
「村長……。ああ、本当に私は莫迦だったよ……」
「そうかい、自覚してるならまだアンタは落ちぶれた莫迦じゃないから大丈夫だね。さて、ミツ坊、じゃない……。領主様のご子息様のご厚意に村に野菜を振る舞われたことだし、今夜はそれを皆で頂こうじゃないか」
「ああ、そうだな」
「それでしたら、皆さんで食べれるように作りましょう」
それなら折角なのでミツはアイテムボックスから大鍋をいくつも出す。
汁物にすれば収穫した野菜の味を楽しんでもらえるし、少しでも村人同士で友好を深めようと思う彼なりの考えである。
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