第263話 心
スタネット村。
この村はミツがこの世界にやって来て初めて訪れた村である。
村の光景は以前と違う。
それは出稼ぎに出ていた村人は日に日に村に戻り、人が増え、村の中を喜びに汗をかく人々の姿が見れる場となっている。
そんな村の一つ、母と娘二人が住む家の横にて、狩人の母の指導の元、弓の訓練をする少女の姿。
「あー、外れちゃった……」
「アイシャ、矢を放つ時は最後まで矢を見なさい。目を瞑ると左手に持つ弓が無意識と下がるのよ」
「はーい」
厳しい言葉の中にも母の愛情という物は無意識と娘は感じているのか。
彼女はどんなに厳しい言葉を告げられても止めることなく外が晴れた日は毎日と訓練を続けている。
そこにやってきた祖母のギーラ。
「二人とも、精が出るね。元気があっていい事だ」
「お母様」
「お婆ちゃん、ねぇ見て見て! 私、前よりも的に当たるようになったんだよ!」
「ほほー。そりゃたいしたもんだ……」
アイシャは自慢げとギーラへと自身の腕前を自慢するが、ギーラが見る先の的だが、的に当たっている矢は三本に対して地面に落ちた矢はその倍以上であろうか。
弓を始めた頃は放った矢が足元に落ちていた程の腕前なのだから、進歩したといえば間違いなく彼女の腕前は上がっているのだろう。
よしよしと孫の頭を撫でるギーラ。
もう子供じゃないんだからと反抗するアイシャだが、幼い頃から撫でられている手を払う事もなく彼女はギーラのなすがままである。
更にそこにやって来たのはギーラの息子のバン、それと最近スタネット村に移住した別村の元村長のランブルが顔を出す。
「お袋、そろそろ来るんじゃねえのか?」
「ああ、そうだね。バン、来るのは恐らく以前来ていただいたゼクス殿だよ。相手が領主様じゃ無いとしても失礼の無いようにね」
「ハッハハハ。大丈夫だ、そんなボケたことはしねえよ」
「はぁ……」
「んっ? ランブル殿、如何したんだい。浮かない顔して」
「いや。村長、すまんね……。領主様からはお許しを頂けるのか不安でね……。もし新たに畑の耕起ができないとなると、冬を越した先は……。折角この村にこれた儂らだと言うのに」
ランブルは元は農村の出。
ギーラ達と同様に畑を耕し、木を切っては薪を作る。
それ以外の生活方法を知らない者だけに、畑の耕起の許可が貰えなければ先が見えぬ者でもあった。
スタネット村に来た際、ランブルは村長の権限を外しており、ギーラへと自身達の村を手放した経緯を告げては居るが未だ不安は拭えてはいない。
「お前さんの不安も分からんでも無いけどね。大丈夫、領主様は聡明なお方じゃよ。この村を捨て置くことなどするはずもあるまいて」
「しかし、お袋。ランブルさんの言うとおり。以前と違い村は一気に人も増えた。今年の冬は彼のおかげで問題なく越せるだろうが、畑を増やせねえとなればマーサ達の狩人隊の連中の仕事が増える一方だぜ」
「そうだね……」
村は元々ライアングルや他の街々に出稼ぎに出ていた若者が戻り、元の村人の人数に数を戻しつつある。
更にそこにランブル達、元農村の村人も加わった事に何と今のスタネット村の人口人数は300人に行く程。
「義兄さん、その時はその時で頑張るわよ!」
「マーサ、お前さんはまたそんな事を言うて」
「お母さん、最近弓の調子が良いって言ってるもんね」
年甲斐もなく両手に拳を作りフンスと意気込みを見せるマーサ。
彼女の調子の向上には実は理由があるが、それは別としてまた説明するとしよう。
「それでも慢心とした気持ちは捨てるんだよ。それはそうとランブル殿、お前さんも他の者も既にスタネット村の村人じゃよ。畑の件が駄目だとしても、お前さん達を追い出す事なんてあたしゃ考えてもないからね」
「村長……。すまねえ……。ありがとう……ありがとう」
「止めておくれよ。爺からの感謝なんて気持ちが重くて仕方ないよ」
領主の命にてこの村に来たとはいえ、ギーラの言葉はランブルの心に暖かな気持ちを流し込む。
「それはそうとお袋、今朝も見かけた奴が居たみたいだぞ」
「ふむ、また狼かい」
「ああ、見た奴が声を出した瞬間逃げたみたいだけどな」
「困ったもんだね……。誰かが被害を受ける前とどうにかしないと」
「……」
「アイシャ、どうしたの?」
「えっ!? い、いや、何でもないよ。アハハハ……」
この数日と村近くで見かける狼。
冬に備え獲物を探しているのだろうと思われるが、子供など人が増えたこの村近くでの発見は危険な生き物となる。
マーサも狩りの際は探すが未だに見つけることができていない。
アイシャも狼の出現に不安と思っているのか、母の言葉に空元気を見せている。
「村長! 見えたよ! フラルが領主様の視察のお人を連れてきてくれたよ!」
「予定通りじゃないか。ほら、ランブル殿、こうして来てくれるだけでも領主様はこの村を見てくれてる証拠だよ」
「そ、そうじゃな……」
ゼクスたち視察部隊が村の近くまで来たのだろう。
村人は村の入り口の方へと集まりだす。
人々をかき分け、ギーラとバンが前に出る。
「はいはい、ちょっとごめんよ。通しておくれ」
「お、お袋……」
「おやまあ……」
「畑を増やすための視察ってあんなにも物々しい格好の奴らも来るもんなのか?」
「あ、あれじゃねえか。魔物が出てきた時の為とか……」
村人が見るは武装する騎士の姿。
馬車を守るためと幾人の者が警戒と周囲を見ながら村へと入ってきた。
予定では10騎程度のはずが、今では騎兵が30騎も村に入っている。
ギーラ達の前にて馬から下りるゼクス。
一度対面したことはあると分かっていてもギーラはゼクスに対して失礼の無いようにと、恭しく丁寧な話し方をする。
「スタネット村の村長。息災でありましたかな。本日は貴殿の連絡にて畑の視察と参らせて頂きました。少し人数が増えてしまいました事を先ずはお詫びします」
「いえ。この様な村まで足を向け頂き、先ずは感謝申し上げます。多忙な領主様にとお手を煩わせる手紙を突然お送りしたと言うのに、領主様は視察官様をこの村へとお送りして頂きましたこと、村人全員より心より感謝しております」
「ホッホッホッ。その言葉、領主ダニエル様へと一字一句必ずやお伝えしましょう。ランブル殿、貴殿もあのような事がありましたがお元気そうで何より」
ゼクスはギーラの後ろに控えていたランブルにも声をかける。
ランブルはやはり貴族に囲まれる事に緊張してしまうのか、彼は既にじんわりと額に汗を流し始めていた。
「い、いえ! 村を失ったのは魔物が理由にございます。村を失いました我々をこちらの村に移住をお許し頂きました領主様、またこちらのギーラ村長や村の人々には我々は感謝しております」
ランブルの言葉の後、村人の中からありがとうございます、ありがとうございますと感謝の言葉が飛び交う。
「左様で。貴殿の言葉も必ずやお伝えしときます」
「ははっ!」
「さて、村長。本日我々がこちらに出向きました要件ですが、村にあります畑の増築の視察が表向きにございます。ですが、それとは別に、この村の畑を使い、作物の検証をする事がもう一つの目的であることをお伝えいたします。これは領主ダニエルのお言葉である事をお伝えしておきます」
「はい。領主様のご意向のままに」
「結構。それともう一つ。その作物を育てる際、担当の者を付けますので、その者の言葉は領主ダニエル様の言葉と思いください」
「勿論にございます」
「それでは、その方をご紹介しましょう」
誰だ誰だとゼクスの振り向いた先へと視線を向ける村人たち。
中には馬車の中に乗っている人の事かとそちらにも視線を向けるものすらいる。
隠れていた訳ではないが、私兵さん達の乗る馬が彼が乗る馬よりも大きい為にその姿を隠してしまっていたのだ。
まるでモーゼの海割りの様に道を開けてくれる兵士達。
パカポコと進む足音は軽い音が響く。
ある者は彼の姿を見た瞬間驚き目を見開き、ある者はまさかの表情をする者と様々。
「「「!!!」」」
「皆さん、お久しぶりです」
「ミツ坊!?」
「ミツ君!」
「!?」
幾日ぶりであろうか。
滅びの道を歩んでいたこの村に、彼がやって来た日のことが村人の中に蘇る。
たった一日であるが、彼の事を忘れるはずがない。
しかし、その時に会った彼と雰囲気も違い、一瞬別人かと思わせる彼の雰囲気に戸惑う者すらいたようだが、別に姿形が変貌したわけではない。
ミツもゼクス同様に馬から下り、彼の隣に立つ。
「初めまして。今回こちらの村の視察監査員見習いとしてのお手伝い兼、一部の畑を使い検証を行わせていただきますミツと申します。こちらの村には以前一度足を向けさせていただいた事がありますので、自分の顔を知っている方がいらっしゃると思います。ゼクスさん、いえ、視察官に自分がお願いし、こちらの村へと足を向けさせて頂きました」
「何と!? ミツ坊は領主家に仕えておるのかい!?」
「凄いじゃないか! それじゃ、君は冒険者を辞めたのかい?」
「お久しぶりです、ギーラさん、バンさん。いえ、自分はお手伝いで来てるだけですよ。まだまだ現役の冒険者ですからね」
彼が突然やって来たことは驚きだが、お互いに元気そうな顔が見れたことに笑みが溢れる。
「そうかいそうかい。しかし、領主様のお力になれるなんて凄い事だよ」
「ホッホッホッ。それともう一つ。皆様にはお伝えしておきます。あちらに見えます馬車の中にはお隣の国、カルテット国の方々がいらっしゃいます。当家の大事なお客様。失礼の無きようお願いします。今回は特別として、我々の視察の様子を見たいと言うご希望あっての事です」
「な、なるほど」
「ゼクス、到着したの?」
ゼクスが馬車の方を見ながら話している姿が中から見えたのか、バンッと躊躇いなどせずにセルフィが扉を開け顔を出す。
「エ、エルフ様じゃ」
「何と美しいお人であろうか」
「お兄ちゃん、ここで何をするの?」
セルフィに続きロキアも馬車からおりてきた。彼はキョロキョロと周囲を見渡した後、ミツの袖を引く。
「うん、ロキア君、今から村の人たちが使う為の畑を見に行くんだよ。その畑の周りとか、危ない物が無いかのチェックもだね」
「へー、そうなんだ」
「ミツ君、その子もカルテット国の子かい? 見たところ俺達と同じ人族、エルフには見えないけど」
「いえ、バンさん。この子は……」
近くにいたバンがロキアの事を質問してきた。
一応相手が貴族のご子息であることは感づいているのか、突然ロキアの頭を撫でるようなことはしなかった。
「ホッホッホッ。ミツさん、私めがご紹介いたします。皆様、こちらの方は外国のお客人ではございません。皆様もご存知領主ダニエル様のご子息、ロキア・フロールス様にございます」
「り、領主様のご子息様!? こ、これは大変失礼な発言をいたしまして、申し訳ございません!」
バンは相手が領主の息子と聞いて驚き、直ぐに地面に頭をつける。
突然大きな体をしたバンが目の前で土下座状態と頭を下げたことにロキアはミツの後ろへと隠れてしまう。
「ははっ……いや、バンさん。失礼と言ったら自分の方がめちゃくちゃ失礼な事ばかり言ってますけど……。バンさん、突然頭を下げたらロキア君も驚きますから。ロキア君はそんな事でいちいち怒るような子ではありませんよ」
「し、しかしだね……。領主様のご子息様となると」
「確かに。貴族に対しての敬意を軽んじてはなりませんが、ボッチャまは主人、ダニエル様のご子息。民と寄り添うべき事を日々の学びに入れております。あまり謙る態度もよろしい事ではございません。さっ、頭は下げたとしても、ボッチャまの為ならば地面に手を付くことはお止めください」
「はっ! ロキア様、改めて先程の私めの発言、申し訳ございませんでした」
「うん……」
少し怯えてしまったようだが、近くにはゼクスもセルフィもミツも居る。
彼の怯えは直ぐに消え、セルフィの提案と村の中を散策に行ってしまった。
恐らく長く馬車に乗っていたので体を動かしたいのだろう。
ミツが視察官見習いの挨拶の後、中には迎える視線とは別に彼には冷たい視線も向けられていた。
「……」
「それでは村長、早速ですが先ずは現在使用している畑をお教えください。後に増やす予定の場も聞きましょう」
「ありがとうございます。それではこちらでございます」
案内も何も畑は目に見えた場所にあるのだが。
そこでゼクスは思い出したかのようにミツへと声をかける。
「ああ、ミツさん」
「はい?」
「こちらの村に訪れるのは久しぶりとおっしゃられてましたね。貴方が村に差し伸ばした気持ちがこの村をどう変えたのかご覧になられてきては如何でしょうか? ご安心ください、先に見る畑で記録することは何もございません。後の方でお手伝い頂きますので」
「そうですか。では、少し村を見回ってきます。ギーラさん、アイシャとマーサさんはご自宅ですか?」
「ああ、二人は家の裏で弓の特訓を続けてるだろうね。それにゼクス殿の言うとおり。お前さんの気持ちが村を変えた所を見ておくれ」
「はい。……弓の訓練?」
「フッ、アイシャは今マーサから弓の訓練を受けてるんだよ」
「へー。マーサさんも狩人ですから、娘のアイシャがそれを引き継ぐ為ですか?」
「さー、それは本人に君から聞いてみてごらん」
「は、はぁ?」
バンの意味深な言葉に疑問符を浮かべつつ、ゼクス達とは別の方へと歩き出す。
ミツは村をぐるりと回るように歩き出し、以前訪れた時には無かった建物などを見つける。
「前来た時よりも人は多いし、畑の周りに柵を回してる。あっ、この家屋根が壊れてたけど綺麗に塞がってる。見回しただけでも結構かわってるのが分かるな。アイシャの家周りは変わってないみたいだね」
すれ違う村の人の中には彼の知らない人もちらほら。
いや、ただ単にミツが忘れているだけかもしれないし、出稼ぎで戻ってきた人達かもしれない。
アイシャの家は村長の家から少しだけ離れているので村をぐるりと回るようにすれば最後にはたどり着く。
家の方に近づくと母娘の声が聞こえてきた。
「ふー。ねぇお母さん、畑はどれぐらい増えるかな?」
「そうね……。広げれる畑の広さは領主様の気持ち次第と言ってもいいぐらいだし、もしかしたら今の倍以上は増やしても良い許可が貰えるんじゃないかしら」
「そっか、それぐらい広くなれば皆お腹いっぱい食べれるかな」
「フフッ、そうね。あら」
「? あっ!」
何かに気づいた母のマーサの視線を追えば、そこにはアイシャも驚きに一瞬言葉を失う。
優しい笑みに安心する声。
ミツの来訪に二人は無意識と笑みを作る。
「こんにちは。アイシャ、マーサさん、お久しぶりです」
「ミツさん! 何でなんで!? 来てくれたの! いつ来たの!? あれ、プルンさん達は? ああ、折角来てくれたんだもん、今日は泊まっていくんだよね!?」
彼女の矢継ぎ早の質問攻めも、苦笑混じりにミツは返答を返すよ。
「おっおお。き、今日はね、ゼクスさん達と一緒にこの村の畑の視察として来たんだよ。プルン達とは今は別に動いててね、多分ギルドの依頼を受けてるとおもうよ。泊まるかどうかは仕事の内容次第かな」
「ふふっ、そっかー!」
「アイシャ、そんなに一度に質問しちゃミツさんが困っちゃうわよ」
「えーっ、でもちゃんと私の質問に答えてくれたよー」
「もう、この子ったら。ミツさん、お久しぶりです」
「はい。マーサさんもお元気そうで良かったです」
「ええ、私もアイシャも、あなたのお陰で村の人皆が日々元気に過ごせているわ」
「それは良かった。所でアイシャ、バンさんから聞いたけど弓の練習をしてるんだってね。理由は話してくれなかったんだけど、マーサさん、お母さんの仕事を引き継ぐ為だよね?」
「「……」」
その言葉に顔を見合わせる二人。
不敵な笑みを作るアイシャとは別に、今度はマーサが苦笑の表情を浮かべている。
「フフッ、違うよ」
「ええ、この子はその為に訓練をしてる訳じゃないの」
「えっ?」
「私ね、ミツさんみたいな冒険者になるの!」
「えっ!?」
アイシャから告げられた言葉に、彼は思わず目を点とする。
ミツの驚きが見れて嬉しかったのか、アイシャは笑みが深まり、苦笑混じりのマーサの表情も柔くなる。
確かにアイシャも14歳。
プルンもリッコ達も15歳には冒険者登録をし、彼女達は冒険者として活動しているのでこの世界ではそれが普通なのだろうと、ミツはそうなんだと少し戸惑いながらも彼女の言葉を受け入れるのだった。
ああ、そう言えば自分も15歳だったと自身の今の歳を忘れる程だ。
まだまだ未熟な彼女の腕前だが、最初から上手く行く事などそうは無い。
最初はナイフを懐に入れ、接近戦での戦いを基礎とし、次第と後衛である弓を扱う戦いを行うそうだ。
彼女には物探しを得意とするスキルを母譲りとそれを取得しているので、暫くはヒエヒエ草の採取依頼などを行うと思う。
ミツは二人を連れギーラの元へ。
畑の説明を終えたのか、丁度良いと次は広げる畑の周囲の調べを行う事になった。
その時、ミツは数名の村人から少し冷ややかな視線を受けている事に気づく。
子供に見える自身が村の畑の視察と言う大事な仕事をするのが不安なのだろうかとその時は思っていた。
しかし、いざその場に足を向けようとしたその時、苦悶の表情を浮かべ言葉を出す者が出る。
「視察長殿、失礼を承知で申させて頂きたい。その少年には畑に関しての視察を行う事を止めてほしい!」
「えっ?」
その言葉を出したのは最近このスタネット村に移住してきたランブルであった。
皆の注目を集める中、ランブルはゼクスに向けて口を開く。
「畑の耕起の為、ギーラ村長の想いを聞き入れてくれました領主様には深き感謝を致しております。村を魔物に襲われた際、失った村の代わりとこの村の紹介してくだされたことも……。ですが、我々もと農民の村人が移住する原因を作られたのはそこの少年の魔術による破壊にございます!」
「「「……」」」
ランブルの言葉に無意識と頷く元農民の村人達。
彼らもミツを見る目は同じなのか、冷ややかな視線の中に薄っすらと憎しみが見え隠れしてしまう。
「勿論領主様のご意向に背く気はございません! しかしながら、我々はもうこの場以外行くところがないのです。我々のこの不安となる気持ちをどうか、どうかご理解の上お願い致します! 彼を畑に近づかせないで頂きたい!」
突然ランブルは地面に頭を下げ、土下座状態とゼクスに懇願する。
確かに彼らの村を焼き払ったのはミツの魔法であり、ランブルの言葉に間違いはない。
しかし、それは村に発生した魔物の被害をこれ以上増やさない為の行為。
領主ダニエルから直接焼き払う事を告げられたとしても、彼らにとっては村を焼き払ったのは目の前の少年である事に変わりはない。
そう、彼らの未だ行き場のない怒りと悲しみの矛先がミツに向けられているのだ。
しかし、ゼクスはランブルの行動を止める
「ランブル殿、顔を上げてください。貴方様のお気持ち、領主様は無下にしておりません。だからこそ彼をこの場に遣わしたのです」
「そ、それは……」
これは自分からきちんと言葉を伝えるべきだと思い、ミツは地面に手を付くランブルと視線を合わせる為と膝をつく。
「農民村の村長のランブルさん。その節は、大変申し訳のない事をしてしまいすみませんでした。ここでこの様な言葉一つで、家や村を失った皆さんに許してもらおう何て思ってはいません。今回の畑の耕起は皆さんの為と自分は頑張りますので、如何か畑に踏み入れる事をお許しください」
「……」
ミツの言葉は聞きたくないのか、ランブルの返答はない。
そこにギーラが前に出る。
「ランブル殿。お前さん達が村を離れた後、この村に来たときの事は私は覚えてるよ。皆今以上に心も身体も疲れてたあの姿をね。その時ゼクス殿が共にここに来た時話してくれた内容で、そりゃ私も驚いたさ。でもね、家や村を失っちまった事は辛いだろうけど、大切な事を忘れちゃいないかい?」
「……」
「あんたも、お前さんも、お前さん達も、皆、今こうして生きてるのは誰のおかげだい!?」
「……」
ギーラの言うことも確かだろうが、これは理屈ではなく気持ちの問題と、彼らは分かっていても納得できない所があるのだろう。
「ギーラ殿のおっしゃる通りです。ランブル殿、貴殿の後ろに居ります元農村の人々、家族は彼が貴殿の村に救援に行かなければ魔物の牙にて死んでおりました事は事実。それを受け入れ、改めて彼の言葉をお聞き入れください」
「村長……。視察長殿……」
「お前さん達にも伝えておったろう。この村も村人の殆どがアース病と言う病に一時は滅びの一歩手前じゃった。そんな村を救ってくれたのがミツ坊、その子なんじゃよ」
「「「!」」」
村が病に冒された時の話を彼らは聞いていたが、それを誰が治したまでは聞かされてなかったのか。
その時の治療士がこの少年。
炎の魔法を匠に放ち、自身達が住んでいた村を焼いてしまった彼だが、彼と共に現れた天使様の姿を彼らは思い出す。
天の使い、それとも神々の信託者。
素性のわからない目の前の少年に村人たちは驚きを通り越し、怯える心を抱え始めた。
沈黙する中、一人の男性が声を上げる
「そうだぜ! ミツさんは俺の嫁さんや子供、親父の病気も治してくれたんだぜ!」
「ドンさん……」
彼の名はドン。
ギーラが先程言っていたアース病にて最愛とする妻と娘、そして肉親の父が病にて失う寸前であった者。
ミツの治療にて家族を誰も失う事もなく、今も四人で日々を過ごせている。
今は彼も良い食事を口にしているのか、痩せこけていた頬は無くなり、顔色もピンク色と良くなっている。
「へへっ。それにその時は美味い肉もいっぱいくれたし、お前たちを直ぐにこの村に受け入れる事ができたのも彼の善意あっての事を教えてやるよ」
「……」
「ランブルさん、もし自分が疎ましいと思われるならそれは仕方ありません。事実、自分が皆さんの家々を焼いてしまったのは間違いありません……。ですが、それはそれとして、自分はやるべき事をこの村にやりに来ました。その行いがこの村に住む皆さんの為になるならと思っている気持ちは、どうか自分の行いを見た後に皆さんでご判断ください」
「……左様ならば」
渋々と言う感じにランブルは立ち上がり、場の雰囲気を悪くした事を謝罪する。
しかし、まだ気持ち的には彼はミツを受け入れてはいないのだろう。
視線を合わせようともしない彼に、ギーラがまた口を開こうとするがそれをミツが止める。
言葉で示すより行動を見せたほうが彼らの心に響くと思ったからだ。
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