第258話 ファイエル!

「合図だ。フォルテ、皆、頼んだよ」


「「「「「マスターの望むままに」」」」」


 ミツの言葉の後、空に広がる精霊達。

 

(それじゃ始めるよ)


((了解))


 ミツの念話に応えるは分身の二人。

 二人は数キロ先でミツと同じ様に精霊達を空に広げる。

 上空に飛び立つ15人の精霊達は、光の線を繋げていく。

 その光景を幻想的と見る物もいれば、これから始まることに対して既に身体を小刻みに震わせる者もちらほら。

 

 そしてミツと分身の二人が同時に発動するスキル。


「「「幻獣召喚!」」」


 その言葉に反応し、地面が大きく揺れ動き出す。

 彼らの足元に発動した大きな魔法陣から黒い煙が勢い良く吹き出してきた。


「な、何だこの揺れは!?」


「う、馬を落ち着かせろ! 乗馬しているものは落馬する恐れがある。直ぐに馬から降りるのだ!」


「いえ、兵長……。それが馬は落ち着いております」


「なにっ!?」


「兵長! あれは!」


「なっ!?」


 地面の揺れに驚く兵士達。

 騎乗している者は地面の揺れに馬が驚くと思い急いで馬から降りるも、先程まで乗っていた馬は周囲の地面の揺れも気にせずとムシャムシャと地面の草を頬張っている。

 彼らは先程まで視線に追っていたフォルテ達を地面の揺れにて見失っていたが、彼女達は前もってこうなる事を分かっていたように旧王城、旧王都を大きくぐるりと円状体に光のカーテンにて囲っている。

 15人の精霊は心も落ち着かせる守りの障壁を展開していた。

 しかし、その障壁も次に見る驚きには防ぐ事もできなかったのか、ミツの召喚したヒュドラの姿に動揺を隠せない兵士。


「陛下、これは……」


「母上……」


「ありえん……こんな事があって良いのか……」


「ヒュドラが……三体……だと……」


 唖然とその光景を見るものは言葉を失う。

 一体でも国の脅威の存在となるヒュドラが姿を見せたと思いきや、また一体、また一体と旧王城と王都を囲むようにその大きな姿を見せる。

 そのヒュドラの頭の上には人の影。

 ミツと分身の二人である。

 

「外さないように、確実に狙って……狙って」


 グルルと心臓に響く程の唸り声を上げるヒュドラ。

 ユラユラと動いていた五つの頭がピタリと旧王城、王都を視線を外さずにじっと見る。

 そして三体のヒュドラの口が全てパカリと開いたのを確認と主の声がヒュドラに攻撃を開始させる。


「放て!」


「「「龍の息吹!」」」


 三体のヒュドラから発射される〈龍の息吹〉。一体だけでも街を吹き飛ばす程の威力を持つ攻撃の中、それを三体同時に放ったら如何なるか。

 旧王城、王都は紫色の光に包まれた後、まるで砂の城を風が吹き飛ばすように散り散りと粉々になっていく。 

 紫色の光が頂点に達したのか、紫は赤黒く燃えたと思ったその時、三つのブレスが重なった場所から大きな爆発が起きる。

 それは見ている人々を通りこし、遠く離れた山をいくつも越した場所にいた人にもその振動が伝わっただろう。

 ドカンっと大きな爆発音の後、精霊達が展開している障壁に大きな衝撃が当たる。

 彼女達は前もってミツ達から演奏スキルを受けていた事に、いつも以上の守りを張ることができている。


「あわわ……こんなの、もう我々の知る戦ではない……」


「狼狽えるな! 身を盾としても王を守るのだ!」


 重鎮の発したその言葉が聞こえたのか、レオニスははっと我に帰り、声を張り上げる。

 例え天使が守りの魔法を張ったとして、それが完全な物だと言う保証などない。

 レオニスの言葉に盾を持つ兵がローソフィア達の前を守る。


 彼らも必死の思いとその行動をしてるのだが、残念ながらその行動は無意味である。

 例え瓦礫や大岩が飛んでこようと、彼女達の障壁がある限りは、兵士達やローソフィア達がいる場所にそれが届く事はない。

 行き場を無くした衝撃は上に向かい、空を焼き尽くす様に一瞬にして空を真っ赤に染め上げた。


 人々が目にしたそれは世界の終わりと思える光景だろうか。

 吹き飛ぶ城の外壁、吹き飛ばされる民家の家の一部。

 それがまるで霧散するように消えていく光景。

 ゴーッと耳を塞ぎたくなるような恐怖の音が彼らに動揺を沸きたたせる。

 例えフォルテ達の障壁があろうと、完全に彼らの心を防ぐことは出来ないのだから。

 次第と晴れていく光景。 

 音は空に上り、雷雲が立ち込めているのかと思える音が空に続く。 

 草むらや森の中に隠れていた兵たちは顔を出し爆発が起こったその場を見る。

 次第と晴れて行く土煙の先に見えた物に、一同は唖然と言葉を失う。

 

「「「「「!!!」」」」」


 先程までボロボロと老朽していた城壁、また戦いの残り火を燃やしていた王都の民家。

 それが全て消えている。 

 城、街、そしてそこにあるべき土や岩……。

 全て、全てを三体のヒュドラのブレス一回で吹き飛び消滅させてしまっている。

 目の前には大きな穴がポッカリと開いているだけであった。


○○ ○○ ○○ ○○

「何と!? 貴殿にはその策があると言うのか!? して、その方法とは……」


「はい、その方法ですが、アンデッドが発生しましたあの旧王城、王都を自分の召喚しましたヒュドラの攻撃にて全てを吹き飛ばします。そうすれば根本の原因である城は無くなり、アンデッドの怨念もそこに残る事はできなくなります。勿論生存者は全てゲートを使い安全な場所に移動して……」


「城を破壊ですと! そんな事が許されると思いですか!」


「「「!」」」


 ミツの提案に声を張り上げ椅子から立ち上がる一人の貴族。

 彼の意見もその通りと頷く者も周囲にチラホラ見受けられるが、彼らの視線がミツに戻った瞬間、その首の動きは止まり、思わず視線を外す者も居る。


「……」


 説明の途中に言葉を止められた事に思わず沈黙するミツ。

 そんな彼を見て不味いと思ったのは意見した貴族の男の方である。


「し、失礼……。で、ですが、あの場は数百年と歴史ある城にございます。言葉一つで決めて良い事ではございません」


 貴族の男は口調を抑え、静かに自身の意見を言い切る。

 ミツに改めて向けられる視線の数々。

 彼は軽く呼吸を整え、ユイシスの言葉を交えて説明を再開する。


「はい。皆様のお言葉も確かです。ですが、先程申しました通りあの城と街をそのままにすればアンデッドは確実に出てきます。ローソフィア様もおっしゃいましたが、またこの国に大きな損失を与えるのは間違いないかと。言葉は悪いですが失礼を承知で言わせて頂きます。今少しでもあの城を残したいと思う気持ちがある人はこの中にいらっしゃるかと思われます。そりゃ今は人も住めないような場所ですが、おっしゃる通り歴史ある城である事は間違いありません。ですがあの場で人が住めない以上、いえ、人だけではなく生き物すら住めない場所を命をかけて守る意味はあるのでしょうか? もしそれでも守るべきだと考えの方は次にアンデッドが出現した場合、この城の兵士の皆さんの力は一切お借りせず、ご自身が武器と盾を持って先人にお立ちください。勿論この場の数人では不安かと思われますので、ご自身の家族、身内だけを共にする事を条件とさせていただきます。先程から皆様が口になさる提案策は、全てが人任せの言葉ばかり。それぐらいの覚悟がなければ争いの種となる事と分かる発言をした責任をお取りください。あっ、勿論その時は自分がゲートで敵の前までお送りしますので馬などは必要ありませんよ。戦争したければ発言した本人を自分は戦場の最前線に立たせる考えであることをこの場で皆様にお伝えしておきます。他人の命を赤の他人が決める事は絶対にあり得ない事なんです。先程反対の言葉を出されました貴方様は、勿論問題を抱えた旧王城を残した時、後に出てきたアンデッドを全てお一人、または家族の数名だけで片付けて頂けるんですよね? 今回の戦いで数百名と亡くなられましたが、それは貴方方にとっては廃墟と比べるまでも無く命よりも大切な物だと言うことを踏まえ、返答をお願いします」


 呼吸も忘れる程のミツの熱弁に意見した貴族はたじろぐしかできなかった。

 頭を使い今迄兵を当然と使ってきた自身が、まさか前線に出ろと言われるとは思ってもいなかったのだろう。

 更には家族や身内となれば妻や息子娘、幼き孫や年老いた親。全員を戦場に出すなど自身の家系がそこで終わりを告げることは間違いない。

 そんな馬鹿馬鹿しい事ができるかと普通なら言い返す所だが、相手が悪すぎる。

 国の為と思って発言したその言葉が、国に剣を突き立てる程の愚かな発言に変わるかも知れない相手が目の前の少年だ。


「あっ……いや、その……私はそのような事を……言ったのでは……」


「ふむっ……。まぁまぁ、ミツ殿、落ち着かれよ。管理官殿も責務を背負われるお方故に、キツイ言い方になってしまわれたのだろう。貴殿の城に仕える兵達、他者に対する自愛心は理解した。だが貴殿の策に今後その場にアンデッドが出なくなる保証もあるまい……」


「いえ、マトラスト様。その辺はご安心ください。旧王城と王都はチリ一つ残さず消します」


「えっ、あー……うむ……」


 安心してよいのか分からないその即答と言える言葉に、流石のマトラストも言葉を止めてしまう。

 周囲の貴族にミツの言葉が届かなくても良い。この場では決断力を持つローソフィアにさえ人の命の尊さを情と言う言葉にのせて、彼女の心を動かし気持ちが伝われば良いのだから。

 そして彼女は決断した。

 既に当たらしき時代は始まっています。

 古き物は忘れてはいけないが、それに縛られては国は発展を止めてしまいそれが枷となり、苦しむのは民となる。

 旧王城を残す理由も結局は王族貴族としての誇り残しでしかない。

 国の為にと働き、国に税を収める民に取ってはあってなきような場所であることは前々から分かっていた事。

 ローソフィアが王の玉座に座る前と夫であるエミルが王の時から薄々とは気づいていた。

 しかし、それが出来なかったのは歴代の王がやって来た事と同じ事ができる様になろうと言う、人の誤った心理が働いていた為である。

 きっかけがあれば人はいらない物は捨てる事ができるし、それが大切な品であるならハッキリと説明ができるのだから。

 話し場も終わり策は決まった。

 そしてミツはまた旧王城へと戻ろうとした時、ローソフィアも共に行かせてくれとの言葉を聞き入れ全員が足を向けることとなった。

 何だか最後はミツの力ずくな面も見えてしまったが、実際反対意見を出した者たちも本音ではいつまでも残してる意味はないだろうと、心の中では思ってもいた人も居たようで、中には兵を向かわせるだけでも金がかかるので経費削減とシコリが取れた気分の人達も居たようだ。

 実は最初声を上げた人もその中の一人である。

○○ ○○ ○○ ○○


 先程まで見えていた城や街が光に包まれ消えてしまった。

 この場にいない人にこれを口で説明するのも夢を見てるんじゃないかと莫迦にされるかもしれないが、王族貴族、数万の兵がそれを目撃しているのだから与太話と指を刺されることは無いだろう。

 

「よし、綺麗に片付けれた。流石に三体分のヒュドラのブレスは凄いね」


「おい」


「ねえ」


「んっ? あれ、如何したの?」


 大きな大穴を目の前にやり遂げた感を出しヒュドラのブレスの強さに感心しているミツの元に、二人の分身がゲートを使い駆け寄ってきた。

 一人は少しご立腹に、もう一人は疑問的な声である。


「如何したじゃない。お前、何をした」


「な、何をって?」


「僕達を誤魔化さなくて良いから。いい、二つ聞くからね。何で君のヒュドラと僕たち二人が出したヒュドラの大きさが違うの? もう一つ、何でそのヒュドラが出した龍の息吹の威力が上がってるの?」


「演奏スキルや魔法のバフは全部かけたつもりだ。それなのにお前との違いを説明してもらおうか」


 質問質問と顔を近づかせる二人の分身。

 当たり前だが顔がソックリなだけに、そのまま鏡を押し付けられてる気分になる。


「あっ、ああ。それね。そう言えばまだ説明してなかったよね。えーっとね、恐らく君たちが出したヒュドラと自分のヒュドラの大きさが違ったのはこれが原因かな」


「えっ……あっ」


「なるほど……」


 ミツは自身の首元にかけていたある物を外し、二人へと見せる。  

 それを見た二人は直ぐに鑑定を使用したのだろう。  

 それは貝殻のネックレスにも似ているが、ただのネックレスではない。

 彼らの鑑定した表記には【天使のネックレス】と名前が表示された。

 そう、今ミツが身に着けている天使の腕輪と同じ効果を持つ、天使シリーズの装備である。

 効果は身に着けた者のステータスを20%上げる効果を持っている。

 王城の地下の宝物庫にて、ユイシスから探す事を促された品がこれである。

 一般的な人に20%のステータス上昇は微々たる効果しか出さないが、既に人並み外れた彼にとって20%はヒュドラの大きさを変えるほどの結果を目に見せる。

 更には〈幻獣召喚〉で召喚されたヒュドラにはもう一つ、二人の分身が持たないスキルが効果を出していた。

 それがゴーストキングから盗んだスキル〈眷属の支配〉である。

 スキルの説明には召喚にて出した眷属のステータスを3.5倍にすると記載があったが、二人のヒュドラと違う決め手がこれである。

 相変わらずの創造神シャロットが作った世界のスキル。

 実は何とこのスキル〈眷属召喚〉も〈幻獣召喚〉も〈精霊召喚〉も同じくくりにまとめられているようだ。

 その為ミツが出しているヒュドラだけではなく、フォルテ達も更に力を底上げした状態。

 勿論これを見つけた時はボロボロで朽ちかけた状態で発見している。 

 そこは〈物質製造〉のスキルを使用して元のネックレスと形を戻している。 

 

「そう言う事か……。通りでお前が出したヒュドラはブレスの威力も上がってた訳だ」


「納得した。確かに〈幻獣召喚〉に出したモンスターのステータスは、発動者の魔力が高ければ強いのが出るってユイシスが前に言ってたね。全く、それならそうと言ってくれれば良かったのに」


「ごめんごめん。これを持ってるのとスキルの事も一緒に検証がしたかったからね。さて、次をやろうか。二人とも魔力、MPはどれくらい残ってる?」


 旧王城と旧王都をヒュドラの攻撃で吹き飛ばし、ユイシスの言うとおりその場をゼロとした。

 次は彼女とは別に、今も三脚テレビにミツの行動をシャロットと共に見ている豊穣神であるリティヴァールの願いを叶える番。


「俺は半分を切ってる」


「僕は7割って所かな。クリフトさんに魔力回復薬を貰ったから一度全回まで行ったけど、スケルトンキングとの戦いで少し減ったぐらいだよ」


「そっか。じゃ、分身は君の方が出してもらおうかな。それとクリフト様には後で改めてお礼を言わないとね」


「分かった。よろしく頼んだよ」


 ミツはアイテムボックスからギーラから貰った青ポーションを取り出し、遠く離れたギーラに感謝の気持ちを伝えそれを分身へと飲ませる。

 分身の魔力は完全回復。

 その状態と分身は〈影分身〉を発動する。

 影が二つ、またその影が四つと倍々状態に分身の数を増やしていく。

 ヒュドラの攻撃にポッカリと空いた大きな穴と荒野と化しただだっ広いこの場所。

 ミツは元々ここには三つの目的を持ってやって来ている。

 一つ。レオニスとアベルの救援。

 二つ。増殖してしまったモンスターの討伐。

 三つ。そして最後だが、これは彼が旅をする目的の一つでもある。

 

 ミツはアイテムボックスから一つの大きな水瓶を取り出す。

 これは以前、ミアと共に自転車の試作品を作る為と街に出向いた際、もう人は住んでいない廃家となった庭に置かれたままのカセキが入った水瓶だ。

 先ずは水瓶の中に入っていたカセキを出し、ミツが拳ほどの大きさにまとめる。

 目の前には20個近くのカセキのボールが完成した。

 新たに出した分身へとそれを手渡し、半分を土の魔石、半分を水の魔石へと変えてもらう。

 カセキの大きさも以前井戸の中に埋めた時と比べたら大きい為、一人一個の割合に土の魔石と水の魔石を作るのが限界のようだ。

 

「これ足りるかな?」


「まー、足りない分はまた後でカセキを貰うしかないね」


 これから行うのはポッカリと空いた大きな穴に水の魔石を入れ、周囲には土の魔石をばら撒きこの地を元に戻そうと彼は動いている。

 しかし、これだけの魔石があったとしてもミツが不安となる言葉を漏らすのは仕方ない。 

 だってヒュドラが開けた穴はざっと見てもライアングルの街よりも大きい為にこれだけで足りるのか心配なのだから。

 

「なら、増やせばいいじゃないか」


「そうだね。一度あの家に行って少し貰ってこようか。後でエマンダ様には伝えれば問題ないと思うし」


「なら僕が取ってくるよ」


「いや、態々行かなくてもいい」


「「えっ?」」


 分身の一人が、以前ミアと共に訪れた廃家に向けてゲートを出そうとするがそれを止め声をだす。


「増やせば良いんだろ。見せてやるよ。お前達がまだ見たことないグールキングから奪った新たなスキルを」


「えっ、スキル? 何なに!?」


「流石自分だね、ちゃんとグールキングからもスキルを奪ってたんだ」


「当り前だ。と言っても使うのは初めてだからな。失敗してもグチグチ言うなよ」


「分かってるって」


「失敗は成功の母。失敗を恐れて新たな発見はないよ!」


「……やるぞ」


 性格の悪い方の分身が土の魔石と水の魔石のボールへと手をかざす。

 何をする気なんだろうとワクワク感に心躍るミツと分身。

 

「〈増殖〉」


 増殖。

 これは名前通り物などの対象を増やす事ができるスキルである。

 消費MPは一個に対して2のMPを消費するが、MPを半減させるスキルを持つのでこのスキルの消費はとてもリーズナブルだ。

 

 スキルを発動すると、目の前にある魔石のボールが次々と増幅して数を増やしていく。

 勿論増幅なだけに大きさや属性の効果は落ちることなくそのままに副産物の完成だ。

 分身は魔石をどこまで増やすつもりなのか、ミツ達が慌てて離れたとしても彼の発動する増幅スキルは止まらない。


「こんなもんか」


「おー。凄いスキルだね。物を増やすスキルなんて便利じゃん」


「うむ。これならもっと大きな魔石を作って増やしたら良いのではないか。そうすれば人々の生活も豊かになるだろう」


 二人がそんな話をしていると、足元に転がった魔石を一つ拾い、真面目な表情に分身が止めの言葉を出す。


「いや。お前の言うとおりこれは便利なスキルだし、村や街の奴らの生活も楽になるだろうな。だがその分魔石を販売する奴らからは恨みを持つし、お前のお気に入りのエマンダに何を言われるか知れねえぞ。これをするとしても、場所を選ばねえとウザったい小蝿も沸いて魔石に屯うかもな」


「ま、まあ、それはそうかも知れないけどね」


「フンッ。この事は他のスキル同様に口に出す必要もない事だ。さあ、さっさとこれも終わらせてしまおう」


「うん! 皆も手伝ってね」


「「「「勿論!」」」」


 分身一同の声が揃う。  

 各自精霊召喚にてフォルテ達を呼び出し、彼女達に魔石を持ってもらい空に飛んでもらう。

 一斉に羽ばたく彼女達の姿はやはり遠目にも見えたのか、幾人もの天使の姿にその場で祈りだす兵士や貴族たちの姿が見受けられた。

 広く広がる荒野に土の魔石を置いていくフォルテ達。

 そのままにしては目についてしまうので岩の切れ目、ヒビ割れた地面の中などの人の手が届かぬところに魔石を隠すように置いていく。

 ミツと分身の数名が〈双竜〉のスキルにて水竜を出し、大きく開いた穴に向かって水竜を入れていく。

 またその光景を見る者は驚きの光景だろう。

 何匹もの竜が穴に入ったと思いきや、竜はぐるぐるとその中をまるで洗濯機の回転のように回していく。

 最初は穴の土が舞い上がったのか、泥のような色をしていた水が回転するたびに中央に土が集まり、次第と水は綺麗な透明度を出す程の美しい湖に変わった。

 波が落ち着いた頃を狙い、ミツはフォルテに背中から掴んでもらい、湖の真ん中へと運んでもらう。

 中央に着き、次は水の魔石をその水の中へと入れていく。

 数が数なのでアイテムボックスから直接ザラザラと出したよ。

 キラキラと光る水の魔石は水の底に着く頃には水と同色だけにパット見では分からないだろう。

 この世界に酸素ボンベなどがあれば拾う事もできるが、何も無しでこの湖の中を潜るのは息が持たないだろう。

 ミツが分身の元に戻れば、土の魔石を周囲にばら撒いていた精霊たちが同じタイミングと戻ってくる。 


「皆、ご苦労様。それじゃ、後は水竜達にお願いするだけだね」


 先程から続く光景に既に言葉を失っているローソフィア、王族貴族の面々。

 さっきまで目の前には城があったと言うのに、激しい衝撃と光にてその城と下街は消えてしまった。

 驚きに平常を取り戻す前と次は天使様のご降臨。

 それが一人二人ではなく100は居たのではないかとその数。

 美しい翼の羽ばたきにキラキラと日の光を照らす彼女達に、自身も含め思わず膝をついてしまうその神々しさ。

 何かチラホラと地面に降りては何かされてるみたいだが、距離がある為何をなされてるのかよく見えない。

 先程の恐怖の驚きから感動と気持ちが落ち着かない中で、また驚きの気持ちが湧き出てきた。

 それはヒュドラの光の閃光にてポッカリと開いてしまった穴の中に、突然何処から現れたのか分からないが水竜が穴の中へと飛び込んでいく。

 それも一体ではなく二体、三体四体とざっと見ても十は超えた数。

 竜の入った穴は水嵩をどんどん増やし、その中を回りだしたと思いきや洪水のように渦の円を描く。

 穴は水で満たされ、日の光を反射する水面だが未だ周りの人達の心は落ち着かない。

 そしてまた数体の竜が水の中から顔を出しす。

 次は何をする気だと思っていると、竜は口から勢い良く水を放出。

 その勢いは凄まじく、その音に思わず後退りしてしまう者がチラホラ。

 雨の様に降り注ぐ水は荒れて枯れた大地へと染み込む。

 今度はこの地を水で満たし、洪水を引き起こす気か。

 様々な考えを過ぎらせる彼らだが、ジワジワと起こっている現象に気づいたものが居たのか自身の目元をゴシゴシとこすり、くわっと目を見開く先にはあり得ない光景が広がり始めていた。


「そ、そんな……。荒野に草木が生えてきておる……」


「ありえない……今は冬の時期だぞ!? 緑の草木など既に枯れておる時期だというのに」


「奇跡……。か、神の奇跡だ……」


 水竜が吹き出す水の中にはミツの魔力が含まれている為、水竜が一斉に水を吹き出し、枯れた大地を潤せば豊穣神の加護の効果が発揮される。

 地面からは草木の芽が頭を出し、更には土の魔石の効果もあって地面は茶色から芝をひいたように緑色と姿を変えていく。

 豊穣神の加護とミツの魔力が重なれば、季節など関係無しに植物は芽を生やさせる事ができる。

 これは教会にてカボチャと芋を共に植えた事に把握していたこと。

 因みに実る時期だが、カボチャは夏前、芋は冬場である。

 ぐんぐんと緑は広がり、ヒュドラが吹き飛ばした旧王都の跡地を通りこし、レオニスたちが本拠地として使用していた天幕さえも緑に飲み込まれ一面を緑と変えてしまった。

 生き物などは今は居ないが、次第と鳥や虫などの生き物がこの地を住処とするだろう。


 風の流れに草が波のように流れ、草木の匂いを届ける。

 水面に頭を出した水竜に礼を告げ、続けてヒュドラにお礼としてブロック肉をプレゼント。

 両方を魔法陣の中へと消した後と分身も消していく。

 後で出した20人近くの分身はスキルらしいスキルを使っていないのでスキルのレベルアップは無かった。

 だが先に出した二人は違う。

 残された二人も楽しかったや面倒だったと一言添えて、彼の影の中へと消えていく。

 影に戻った瞬間、ミツの中に流れ込んでくる大量の経験と分身が新たに取得したであろうスキルにミツは上機嫌。

 彼も新たなスキルをユイシスからゆっくりと説明も受けたいが、ローソフィア達を放っといて自分の時間を楽しむ事もできない。

 それならさっさと終わらせて宿屋なり教会なりに帰ってステータスの確認をする事にした。


 ローソフィア達の元にミツがゲートを使い移動。

 彼の姿を目にした者達はなんと言葉をかけて良いのか黙ったままだ。

 また貴族の中にはゼクス程ではないが武人の貴族もいる。

 先程見た少年が数時間も経たずと強いオーラを感じさせた事に彼らの顔にはたらりと汗が流れる。

 そう言う物を感じ取れないものは多数居るが、彼らは目の前の少年を改めて敵対者として見てはいけないと心に強く根付かせている。

 なんせヒュドラのブレス一撃で言葉通り国が滅びるのだから。

 しかし、警戒する視線ばかりではない。

 中には兵となっている子息を助けられた者もいれば、脅威を払い、王族の二人の命を救ってくれたことに心より感謝する人もいる。  

 今はミツの戦いに感謝する者、恐怖する者とこの場は半々ではないだろうか。


 ローソフィアは王としての威厳を保ち……、いや、随分と目がキョロキョロとしているので戸惑いが上回ったかもしれない。

 下手な言葉を彼女の口から出させるのも申し訳ないと、話は城に帰ってから如何でしょうと重鎮の数名が助言する。

 兵士達も休ませてやりたいと誰もが思っているのか、ローソフィアはそれを承諾。 

 ミツのゲートを使い、一気に城までの凱旋ルートとなった。

 勿論兵士達がくぐるゲートとローソフィア達が使うゲートは別の場所に出るようにしている。

 ゲートを通り抜けていく貴族からは会釈を向けられたり、あえて視線を外されたりと反応は様々。

 そんな中、ミツの肩にポンと軽く手をのせるマトラスト。

 ミツが振り向けば隣にはダニエルが立つ。


「ミツ殿、ご苦労であったな」


「マトラスト様、ダニエル様。いえ……労いの言葉は自分には不要です。レオニス様とアベル様のお二人は無事に護る事はできましたが、多くの人を亡くしてしまいました……」


 落ち込み気味に話すミツを見ては二人は顔を見合わせる。

 するとダニエルは君は何を言ってるんだと軽くため息を漏らし、マトラストは落ち込む彼を見ては頬を上げる。

 

「何を言う、貴殿がおらねば殿下どころか、この場の兵士達全てが死んでおったかもしれんのだぞ。守れなかった命があると思うなら、先ずは貴殿が守った命へと真っ先に目を向けるべきであろう。皆の顔を見るが良い。未だあの光景に困惑しとろうが、城に戻れば自身が生き延びた喜びを酒を飲みながら気づくであろうて。貴殿は数百の命を護れなかったのではない。数千の兵の命を護ったのだと口に出すべきだ」


「そうだとも。マトラスト殿の言も確か。君のやる事は相変わらず驚かされるが、後の戦いを未然に不正だと考えるなら誰が君を責めるか」


「ハッハハハ。その通り。君にくだらぬ言葉を吐くものがおるならば、我々二人がその者の寝首を引っこ抜いてくれるわ!」


「ハハッ……。辺境伯様のお二人からそんな事を言われたら寧ろその人が可哀想ですね」


「私はまだ叙爵されておらぬからまだ力不足かもしれんがね」


「いやいや、ダニエル殿も間もなく辺境伯であろうて……ああ。ダニエル殿、そう言えば伝え忘れておったが、貴殿の叙爵式は二週間後を予定しておるぞ」


「はい、えっ、えっ!? に、二週間後でございますか!?」


 マトラストのサラリと告げたその言葉にダニエルは見事な二度見を見せる。


「叙爵式ってそんな早く行う事なんですか?」


「いや、今回は特別であろうて。元カバー領地もダニエル殿が治める場となる。あまり領主不在のままでは経済も回らず民が苦しむのは確かだからな。と言う事で私から殿下を通して王に伝えておった事を今思いだしたわ。アッハハハハ!」


「「……」」


「……すまん」


「い、いえ。マトラスト様の民へのお心遣いに感謝いたします」


「あっ、自分もダニエル様の新しい領地を見てみたいので、その時は行ってみてもいいですか?」


「ああ、その時は是非とも君の友人とともに来なさい」


「と言ってもあのベンザが管理していた場所……。先ずは掃除から始めなければ客も招く事も憚れる場かもな」


「「……」」


 マトラストの言葉に確かにと、二人の目が細くなる。 

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