第256話 聖杯

 暗い光が差し込む塔の中、悪を裁くと女性剣士がアンデッドへと剣を向ける。

 キラリと光る剣に反射するその魔物、ゴーストキングが薄気味悪い拍手を送る。


「良くぞここまで来たと先ずは褒めてやるべきか。いや、愚かな行いも分からぬ者には褒めの言葉は謝り。それでもお前たちがこの場に来たのは俺にとっては良好な知らせ。その命、喜んでここにおいて冥界の門を潜ると良い。貴様達の運命はこの場で決まった定めであることその身を持って知るがいい!」


「くだらん戯言を聞く為と我々がここに来たわけではない! ここは元は我々人間が住む場所であった所。それをアンデッドが勝手に住み着き、そして周囲に住んでいた者達の命を苗床としてきた事は周知の事実! アンデッドは全てセレナーデ王国、第一王子、レオニス様と第二王子のアベル様が必ずや裁きの剣を振り落とす! その前に我々スラー隊の先行部隊、アーネストナイト、ネミディア・シングルトンが相手をしてやる!」


「くっくっくっ。勇ましき小娘ではないか。よい……よい……。その滲み出す妬みの悪意、命を失う恐怖、湧き上がる憤怒、苦しみの憎悪、逃れる事のできぬ絶望、絶えぬ闘争、消えぬ殺意、訪れる破滅、否定できない絶滅、運命の滅亡。結合し、反発してみせよ! 己の全てをかけ、体の四肢の一部を無くそうとも、お前の主君はお前の望みを叶えることができるか! 剣を抜いたなら応えよう、剣士であるなら剣で応えよう、魔術士なら魔法で応えよう。人間の浅はかな力が俺に通用すると思ったその考え、直ぐに絶望と変わる事を身に教えてやる!」


「アンデッド如きが剣士の道を口にするな! 人の苦しみを望む者に未来はない! ……あっ、すまん……アンデッドには元々未来などなかったな」


「なっ!? アンデッドにも未来くらい来るわ!」


「嘘をつくな! 大体お前がアンデッドと言うなら、何に故言葉を喋れておるのか説明してみろ!」


「嘘じゃありませんー! だって明日が来たらそれは未来なんですー! それに喋るなら古龍もはなせるし、人以外が人語を喋れる事は有名な話でもありますー! 別に言葉が人だけの物って事もありませんよーだ。ってか、さっきから何だ! お前、人権侵害って言葉を知らんのか!」


「た、確かに……。はっ! ええいっ! 屁理屈をうだうだと並べよって! 大体アンデッドが人権を語るな! たかだかゴースト一体、お前たちは下がっていろ! ここは私が相手をする!」


「副隊長!」


「ほう。お前が俺様の相手をするか……。一人で来るとはやはり人間と言うのは愚かな生き物……」


「……いざ、覚悟!」


 ネミディアは駆け出す。

 軽装の鎧を身に着けたとしても彼女の速さはそれを気にしていないと思うほどの速さ。

 素早くゴーストキングに近づき、手に持つ剣をひと振り。

 彼女は自身の剣はズバッっとアンデッドを斬り伏せる物だと思っていた。

 しかし、ゴーストキングが指先をネミディアの方へと向ける。


「不敬者が……。王の前に跪くがよい」


「なっ!? あがっ!」


 突然ネミディアの動きが止まったと思いきや、彼女は床につっぷしてしまう。

 まるで自身の身体が重く感じたと思ったら、顔や腕すらも上げることのできない状態。

 顔面から床にぶつかったのか、ぽたぽたと彼女の鼻からは鼻血が流れる。


「ネミディア副隊長!」


「く、来るな! ぐはっ!」


 ネミディアを助ける為と付き添いの兵達が駆け出す。

 呼び止める声を出すネミディアだが、更に自身に身を潰してしまいそうな重さに苦しむ。

 彼女の足を止めたのはゴーストキングの魔法の一つ〈グラビティ〉


「五月蝿い小蝿どもが……」


 ゴーストキングから放出する小さな赤い球体。血のように真っ赤なその小さな球体が兵士達へと襲いかかる。


「ぐあっ!」


「ぎゃぁ!」


 球体は兵士たちの鎧を貫通し、彼らへとダメージを与える。

 床に倒れ、血溜まりを作る兵士たちへとネミディアは更に声量を上げ声をだす。


「お前達! 大丈夫か!? お、おい! 返事をしろ!」


「くっくくく。脆いな〜。何とも脆い生き物か……」


「おいっ! 私の部下に何をした!」


「はぁ? 殺すために攻撃をしたんだよ」


「なっ!」


「剣を振り上げてきた奴を追い払う、それはお前達、人もやる事だろう。何だ、お前は敵から剣を振り上げられても抵抗もせずにその剣を受ける莫迦なのか?」


「チッ!」


「舌打ちしたいのはこっちだ。あーあ……煙が止まっちまったじゃねえか。急いで補充しないとな」


 ゴーストキングはネミディアに背を見せ、ゴブレットの中身を覗き込むと、その中から出ていた煙はピタリと止まっていた。

 自身に背を向けたのがチャンスと、ネミディアは気合を入れ床から起き上がろうと腕や足に力を入れる。

 だがレベル差もある為か、ネミディアは重い重力から抜け出せない。


「ぐっ! くっ、くっ! うおおぉぉ!」


「ほう、抵抗するか。だがお前は見届け人として少し殺すのは後回しにしておく。もう少しそこで寝ていろ」


「がはっ! ……な、なに……をする気だ」


「なに、ただの補充だよ……。命のな……」


 ゴーストキングがゴブレットへと擬似的に作り上げた手をかぶせる。

 するとゴブレットの中身に自身の魔力をぐんぐんと流し込んだ後、手をどかす。

 するとゴブレットの中身は先程まで真っ黒な液体だった物が、真っ赤な血の色をした液体がゆらゆらと揺らめいている。


「聖杯……」


 ゴーストキングが不気味にその言葉を口にする。

 するとゴブレットから禍々しいほどの魔力が放出する。

 その影響は旧王都に居る兵士たちまで影響をみせた。


 街の外に避難しようとしていた彼の足元に、紫の魔法陣が発動。


「なっ!? 何だこれは!?」


 突然レオニスのいる足元が光りだす。

 その光は不気味にゆらゆらと動き、兵士達にも恐怖心を与える。


「殿下! 敵の攻撃かもしれませぬ! 急ぎこの場から撤退を!」


「う、うむ!」


 幾千もの戦場を経験した者の本心と直感なのか。

 マッテオは急ぎこの場から離れることを告げだす。


「総員撤退! 足並みは揃えずとも良い! 各自の判断にてこの足元の光から離れよ!」


 慌てて街の外へと逃げ出す兵士達。

 どの様な攻撃が来るかわからない状態は、多くの兵に混乱を起こしてしまう。

 

 グールキングとの戦いの中、空中から下の様子を見るは性格の悪い分身。

 紫の魔法陣が王都全体に広がっていることに広範囲的な何かと思い警戒を高める。


「何だこれは……」


「奴め……。いや、これはタイミングとしては問題ないか……」


 対するグールキングも訝しげな表情を城の方へと向けそんな言葉をボソリと呟く。


「おい! 禿、これもお前の仕業か」


「ぐっ、いちいち禿と呼びやがって。フンッ! ムカつくがこれから始まる惨劇を思えば少しは我慢できるか。見ろ! お前たちが人間である内は、我々アンデッドの餌でしかない者だという事を知るがいい!」


「何を……」


(マスター!)


「んっ? あれは……。!?」


 心の中でフォルテが叫ぶ。

 何だと分身がフォルテが叫んだ先を見れば驚き。

 それは城の中心から出ていた魔法陣が紫から赤へと変わっていき、その色が変わった魔法陣の上に乗っていた兵士達が次々と弱体化して行く姿。

 光に触れた兵は経験したことのない苦しみと痛みに断末の声を上げ、まるでミイラの様に皮膚の肉は痩せて行き生気を失っていく。

 逃げようとする者もいるが光の速さは人の足で逃げることができないのか次々と飲み込まれていく。


「な、なんだこれは……」


「聖杯だよ。お前も我々アンデッドの力となる為に聖杯に満たす為の一滴に変わるんだよ!」


 グールキングの触手がまた分身へと襲いかかる。

 分身は〈マジックアーム〉にて出した水の剣を両手に構えそれを切り伏せていく。

 

「いつまで耐えることができるか」


「チッ!」


 忍術スキル〈炎嵐〉を発動。

 熱風が巻き起こり、グールキングの周囲を囲む状態と炎の竜巻が触れたグールキングの触手を燃やしだす。


「小癪な真似を!」


「フンッ!」


「逃げるか、何処へ行く!」


「禿の相手はそいつで十分だ」


 分身は指先をグールキングへと向けると、双竜出だした二体の火の竜がグールキングを取り囲む。

 分身は急ぎ魔法陣の上に乗って動きを止めている場へと移動。

 

「何を止まっている! さっさと走れ! 死にたいのか!」


 分身の怒声の言葉に未だ動けていない兵士達が困惑する。

 彼らもその場から撤退したいが、この細道に無理して進軍してきたことが逆に彼らの退路を防いでしまっていた。


「クソが! ほらっ、ここからさっさと行け!」


 強く悪態を吐きつつ、分身は〈トリップゲート〉を発動。場所はこの旧王都まで来るまでの道中の道である。

 しかし、上を差し置いて自身が先に逃げるなど不敬になるのではとこんな時まで貴族的な考えが彼らの足を迷わせている。

 もたもたしている彼らを見て分身は面倒くさいと力ずくに彼らの足元に土壁の〈アースウォール〉を発動。

 まるで滑り台の様に躊躇う兵士達をゲートの中へと入れていく。

 土壁の上を転がりながらゲートに入れられる兵を見ては、他の兵が分かった、分かったと分身を落ち着かせる言葉を口にしては次々とゲートを通り抜けていく。

 分身の行動に避難を始める兵が増えてきたが、それは一部の兵士のみ。

 今も近づいてくる赤い光に命を吸い取られていく兵の断末の声が分身には耳障りな程に聞こえている。

 

「フォルテ、メゾ、ダカーポ、フィーネ! 防げ!」


「「「「はっ!」」」」


 分身に呼ばれた四人の精霊が鎧などから姿を戻す。

 直ぐに飛び上がる彼女達は四方に飛び、光の壁を展開する。

 光が発動すれば魔法陣に浮かぶ赤色の光がとまり、兵達を守る。

 しかし、それはやはり一部だけ。

 守りの届かない場所へと分身は自身の出したトリップゲートのふちを掴み、ぐっと引きゲートを広げていく。

 突然目の前を分身が通り過ぎたと思いきや、目の前に現れるゲートの扉。

 その先には先に退避していた兵達がまだ王都内にいる兵達に手を伸ばしゲートへと引き寄せていく。

 その光景と次々と避難していく兵士の姿を見て驚きを隠せないグールキング。


「なーにー!? どう言う事だ!? 聖杯の糧となるはずの人間が次々と数を減らしていくだと!? しかもあの小娘達、やはりただの娘ではなかったのか! くっ! 聖杯の邪魔をするとは。ええい、こざかしいごみどもめが!」


 分身と精霊の力にて聖杯の被害を抑えることはできた。

 しかし、それは本当に一部の人間だけ。

 残酷にも退避していたレオニスの部下達にも聖杯の手が届いてしまっていた。


「ぐあぁぁ!!」

 

「ち、力が……吸い取られて……いく……ぐふっ」


「あがっ!!」


 広がる赤い光に次々と飲み込まれる兵士達。

 先程まで勇ましい姿を見せていた戦士たちがまるでゾンビの様にうめき声を出し姿を変えていく。

 その光景を見て、恐怖を感じない者がいない訳がない。

 それでも部下を避難させるためとギリギリまで足を止める将軍の姿がそこにはあった。


「光に触れるな! これはアンデッドの攻撃、光に触れた瞬間死にますよ! 歩兵はその場に武器を捨てても構いません、後で拾えばよいのです! 一先ず撤退です!」


 レオニスの五芒星の一人、フィリッポ・デステ。彼は似つかわしくない程に声を張り上げ、部下たちの撤退を促していた。

 彼も部下の兵長から撤退することを促されてはいるが、光が迫る速度を考えるとまだ馬に乗っている自身は大丈夫とその言葉を退けている。

 だが、フィリッポの考えとは違った事が起きてしまう。

 ゴーストキングが聖杯を発動後、思っていた程に人を取り込めていない事に彼は聖杯に込める魔力を増やしたのだ。

 すると赤い光の速度は上がり、その輝きを増す。

 先程まで馬でも回避できる速度の光がスピードを上げ、一気に彼の足元にまで光が到達してしまった。


「!? フィリッポ将軍!」


「くっ、抜かったか……。殿下……」


「フィリッポ将軍!!! ぐあっ!!!」


 光の中に消えていく五芒星フィリッポの姿。

 彼が乗っていた馬ごと地面に倒れる姿を見た兵も直ぐに赤い光の中へと飲み込まれ命を吸い取られてしまった。

 フィリッポの戦死は直ぐにはレオニスの元にたどり着く事はなかった。

 それは彼も王都の外に退避する為と馬を走らせている為。

 光の速度が上がってはいるが、彼は運が良かったのかもしれない。

 それは精霊達の四人が魔法障壁を張ったことに光はそこで止められ、後方に居るレオニスの元に光が届くことがなかったのだ。

 この聖杯の光にて、レオニスの軍の全体の数、なんと四割が犠牲となってしまっている。

 それは一方的な死を突きつけられ、特に精霊達の障壁と、分身のゲートに入ることができなかったフィリッポ将軍の部隊は本人ん含め九割もの被害を出してしまっている。


「よしよし、やっと溜まって来たか」


 聖杯の中を覗き込み、血のように真っ赤な液体がジワジワと中を満たし始めた事に満足げなゴーストキング。

 彼の擬態から作られる笑みはとても不気味であり、人間が作れる笑みではない事は間違いないだろう。


「アンデッド、何をしたのかは分からんが、貴様の悪事は必ずや私が止め、いや! 殿下の裁きの剣を突き付けられる事を覚悟し、後悔するが良い!」


「覚悟……後悔……。お前は俺が覚悟し、後悔する時が来ると言ったか」


「そうだ」


「ふふ、ふふっ、フハハハハハ! そうか、人間ごときが俺に後悔を与えると! 面白い! その戯言、本当に実現できるのかを貴様の耳と目にて見届けさせてやる。お前の主が命乞いと俺の目の前で膝まずき、泣いて鼻水垂らして嗚咽し、ションベンチビって最後はその無様な顔のまま死ぬところをな!」


「貴様! 殿下へのその発言、絶対に許さんぞ!」


「許してくれなくて結構! 俺は何にも悪い事は言ってませんー。事実を述べただけですー」


「ムキッー! この性格の曲がった腐れアンデッドめ!」


「俺は腐ったゾンビじゃねえ! ゴーストキングだ!」


「なっ!? キ、キングだと……」


「あっ! この娘、俺がキングだと気づいてなかったのか……」


 驚きの表情を向け合う二人。

 自身が対する相手が以前見たかもしれないオークキングと同じキングと思えば、ネミディアの警戒は一気に跳ね上がる。

 逆にゴーストキングは自身がキングであることを相手に伝えなければ伝わらないと言うガッカリとした気持ちに落ちてしまう。

 

 旧王都にて撤退していた兵士達。

 性格の悪い分身の働きがあったとしても、やはり守り切れない命も多く、ゴーストキングの手に持つゴブレットの中身は人の生命がジワジワと満たされていく。

 それは離れた場所にスケルトンキングと戦う正義感の強い分身の耳にまで、兵士達彼らの断末の叫びが聞こえていた。


「あれは……(如何したの、何があった!?)」

 

(五月蝿い、こっちはこっちで忙しいんだ! つまらん連絡を飛ばすな!)


「(あっ!)切られた……」


 分身の見る先では小さくも〈双竜〉の姿が見えたのでそこにもう一人の分身が居ると思い、彼は〈念話〉を送る。 

 しかし、性格の悪い分身はその通信をガチャ切りの様に一言添えて切ってしまった。

 今行くにも問題を残してここを去る訳には行かないと、分身はジェネラルスケルトンへと手のひらを向けた後に拳を叩きつける。


「マスター、こちらは全て片付きました。どうぞ、次のご指示を我らに」


 この言葉とフォルテ達はいつもならば膝をつき、頭を垂れるのだが、今の彼女達は姿勢正しく起立し、フォルテが敬礼を分身へと向ける。

 まるで軍隊の女性兵士の様にその動きは機敏だ。


「うん。さて、後は君だけだよ」


「なっ、なっ!? 吾輩の戦士達が……。な、何故だ、何故お前にここまでの力があると言うのですか!? たかだか人間の小僧に!」


 スケルトンキングの見る先は〈ソウルコール〉で召喚したアンデッド達の亡骸の山。

 スケルトンキングの召喚したアンデッドの数なら目の前の羽蟲を消し去るなど簡単に済ませることができるはずであった。

 しかし、乱戦が始まって直ぐに数十のスケルトン達が宙を舞い、粉砕されていく数々の骨。

 魔法や矢の雨を一斉に放つもそれを防ぐ防壁。

 雪崩のようにスケルトンの集団を嗾けるもそれをひと振りの槍などで払う娘達。

 巨漢の拳を振り落とすもそれに対する反撃の拳を目の前の小僧が撃ち抜く。


 分身はぐっと拳をスケルトンキングへと向け、向上を述べる。


「人を見かけで判断しちゃいけない! 人の強さは心の強さ! 人々の悲しみの涙が僕の拳を奮い立たせる! 人の不幸を自身の幸福と思う君に未来はない!」


「ほ、ほざけ! お前の言葉など聞く耳持たぬ。あっ!?」


 スケルトンキングが新たな駒をだそうとするが、彼の腕は分身に掴まれる。


「そりゃ骨だもんね」


 そして、人とは思えない握力にて、スケルトンキングの腕を粉砕。

 〈豪腕〉のスキルを発動すればスケルトンの骨などカルシュウム不足のスカスカの骨扱いである。


「ホギャー! う、腕が!!!」


「これで終わり。君の場合は燃やすよりもこっちが効きそうだからね」


 すかさず分身はスケルトンキングの頭を鷲掴み。

 アイアンクロー状態とガッチリと髑髏を掴む。


「ま、待って!? まだ、ああああああ」


 スケルトンキングは言葉を言い切る前と、分身の手のひらから来る暖かな光〈ハイヒール〉にて浄化されていく。

 言葉は綺麗だが、当の本人からしたら激痛を味わいながら意識を失うのだから真実は酷である。


「君のスキル、頂きます!」


 ボロボロと崩れ落ちるスケルトンキングへと分身は〈スティール〉を発動。

 そしてそのままスケルトンキングの骨は骨粉と変わり、地面へと砂山を作り姿を消してしまう。


「正義は勝つ!」


 シュバッと決めポーズを決める分身に合わせ、打ち合わせもしていないのにフォルテ達も後方にてポーズを決める。

 

 ゴーストキングが発動した聖杯。

 多くの人々の命を吸い込んだことに、中身が満たされ、その効果が収まったのだろう。

 地面に浮かび出ていた魔法陣も消えている。

 しかし、そこに見えるはミイラの様に姿を変えてしまった兵士の数々の姿。

 生きている者も中にはいたが、まさに虫の息と酷い光景が広がる。

 仲間のそんな姿に涙する者もいるが、この場はまだ戦場のど真ん中。

 そんな絶望とした状態の中で、彼ら多くの兵士達が見るは黒翼を羽ばたかせ空を舞う四人の烏とこの惨劇の元凶となるアンデッドを前にして立つ一人の少年。

 彼らの周りをぐるぐると回る火の竜の存在も、更に兵士達の恐怖を沸き立たせる。

 また美しくも不気味に翼を羽ばたかせる女性達のように、背中の翼をバサリと動かす。

 キラキラと周囲の炎の光にて反射するそれは美しくもあり恐怖でもあった。


「……」


「不快……不快……。見てみろ、貴様のせいで多くの贄が生き残ってしまった。何をしたか理解しているのか……」


「……さい」


「分かってないようだな! あー、これだから人間は無知なんだ。さっさとくたばって俺達アンデッドの餌となれば、死んだ後も駒として使ってやるというのに」


「……るさい」


「ああっ!? さっきからなにブツブツと、しかもその目は何だ! お前は王の前にいる事を先ずは自覚する事から理解しろ!」


「五月蝿い!」


「不敬者が!」


 先に手を出したのはグールキング。

 自身の体の一部をまるで数百のゾンビの顔を見せ分身へと襲いかからせる。


 この時、分身の怒りは頂点にまで達していた。

 性格の悪い彼でも根はミツの心の分身体。

 人の死を喜んで見る目の前の奴は敵だとハッキリと確信した怒りを向けていた。

 フォルテ達は今の分身に加勢する様な手出しはしない。

 今下手に近づけば、マスターである分身の攻撃を自身達も受けるかもしれないと危機感を肌に感じているのだ。

 その判断は間違ってはいなかった。

 彼は両手に〈嵐刀〉を発動後、迫る攻撃を〈デーモンズアタック〉〈パニッシュ〉〈乱れ切り花〉の三つのスキルを発動。

 アンデッド系に対してデーモンズアタックにて威力を上げ、乱れ切り花にパニッシュを重ねがけしてはゴリ押しの攻撃の始まりである。

 更には今使っている武器は嵐刀。

 それだけでも過剰な攻撃力をほこる武器である事は間違いない。


「小癪!」


 まるでミキサー機に入れられた肉の様に細切れとしてしまうグールキングの一部。

 ぶんしんは飛び上がり上からの攻撃を仕掛ける。


「愚か者が!」


 グールキングのスキル〈5色のブレス〉が発動。

 5色と表記されているが実はこれ、数十もの状態異常の中からランダムにて5つ効果を引き起こすグールキングの一番の大技である。

 劇毒、出血、麻痺、火傷、衰弱、睡眠、硬直、束縛、凍結、遅滞、石化、腐食、気絶、暴走、混乱、恐怖、魅力、暗黙、暗闇、幻惑、幻聴、呪い、即死、ゾンビ化、弱体化、衰退化、等々。

 他にも相手のステータス低下のデメリット効果のあるデバフ。

 どれ一つでも受ければ人など即死に近い効果ばかりの状態異常である。

 

 そう、状態異常である。

 この時点で例え真正面からそのスキルを分身が受けようとも、彼には〈状態異常無効化〉スキルがある限りそれは煩わしいだけの煙でしかない。


「ハハハハッ! ゴミ虫のように地面に倒れるがいい! その時お前は俺の身体の肉の一部にでもしてやる! !?」


 グールキングの勝ちを確定したかのようなその発言は速攻にへし折られるフラグでしかなかった。


「もう、喋るな」


 彼の落ちる速度は龍の飛来。

 〈力溜め〉〈下り龍〉〈パワーチャージ〉三つのスキルを発動し、威力を上げた彼の拳がグールキングの顔面に当たった瞬間、更に追い打ちと〈ビックバンバスター〉の衝撃がグールキングの体を肉片と周囲に吹き飛ばす。

  

「ごぶっ!」


 衝撃にビチャビチャと肉片が吹き飛び、唯一残ったグールキングの顔だけの半身を分身は直ぐに拾い上げる。


「あ、あがっ……お、おので」


「スティール……」


「でゅ、でゅる……ざん……。かな……らず……ごどじで……」


「燃えつきろ」


「!!!」


 分身が出した〈鬼火〉にて、あっさりと燃やされ消し炭と姿を消したグールキング。

 そして最後に黒い炎がグールキングの亡骸を完全に消滅させた。


 戦いが終わったことに静かに上空から降りてくる精霊達。

 彼女達は恭しく頭を垂れるのだが、マスターである分身の戦いに少し当てられたのだろう。

 たらりと汗を流しつつ、フォルテが言葉をかけるも、分身は言葉に応えることなく、遠目に見える人の亡骸に嫌悪感をだす。


「クソが……」


 スケルトンキング、グールキングと分身の協力にて次々と危機は去っていく。

 しかし、この二人が倒された事にゴーストキングには大きな影響が起きていた。


「な、なっ……」


「まさか、人間如きに葬られたのか……。莫迦な奴らだ……」


 ネミディアが顔を真っ青にして見るはゴーストキングのその姿。

 先程まで靄のかかった様な擬似的な体を作り、姿を見せていた彼だが、今は強い魔力を一気に彼に流れ込んできたと思いきや、真っ黒なローブに身を隠した初老の男性の姿を見せている。

 何故突然ゴーストキングの姿に変化が起きたのか。

 それは三体のキングは旧王城、王都から出ていた人の怨念や憎悪からその力を分け合う状態にいた。

 しかし、その分け合う二人が分身に倒された事に全ての憎悪と怨念はゴーストキングに流れ込む状態となっている。

 更に聖杯にて犠牲となってしまった兵士達の分も彼の糧となったのだ。


 ネミディアが恐怖に顔色を変えた理由として一つ。

 魔力を感じる事のできない体力莫迦な彼女でもその毛穴に入り込んでしまう君の悪い魔力に、彼女は嫌でも感じ取ってしまうのだろう。


 スッと音も無くネミディアに正面を向けるゴーストキング。

 彼の表情はとても冷たく、その手に触れたものは命を吸い取られると思える禍々しい靄に満ちている。


「真の王はここに目覚めた。娘よ、その記念すべきこの時にこの場に来たお前は運がよい。誰も見ることのできない貴重なこの瞬間を祝い、お前には最高の死をくれてやろう」


「ううっ……うわあああ!」


 不気味な笑みを向けられた彼女は恐怖を振り払うかのように声を張り上げる。

 しかし、その声に隠しきれない恐怖心は魔物にとっては甘美な声にも聞こえるのだろう。

 ユラユラとゴーストキングは影から腕を出し、地面に突っ伏した彼女を掴む。

 ゆっくりと上空に持ち上げられるネミディアは恐怖してしまう。

 首に回ったその影は強く、彼女の首を締め付け声を出す事もできない。


「良き音を聞かせよ」

 

 彼女は死を覚悟した。 

 自身の首や腕、体に巻き付いたこの影にて首の骨は折られ、人ではありえない方向に腕や体は曲げられてしまうと。

 しかし、彼女に襲いかかったのは痛みではなく浮遊感であった。


「うっ! ……? ! き、君は!」


「ネミディア様、お怪我は大丈夫ですか?」


「……」


 彼女をお姫様抱っこ状態と抱えるミツ。

 突然現れた少年に疑念と違和感を抱く両者。

 ネミディアの鼻から流れる鼻血を見てミツは彼女を抱えたまま回復を使用。

 そして震える体を落ち着かせるためと〈コーティングベール〉を使用する。 


「はっ!? こ、この様な格好を! は、離せ少年! いや、冒険者のミツ」


「ほう、冒険者か……」


 恐怖心を消した彼女に次は羞恥心が湧き出てきたのか、彼女はミツの腕から暴れフンッと鼻息一つにゆっくりと地面におろされる。

 ゴーストキングは自身の影からネミディアを救出したミツは何者かと疑念を抱くが、所詮は人間の子供。

 あの小さな体だからこそ、素早い動きにて何か策をしたのだろうと気にする事はなかった。

 しかし、彼はこの時点で疑念を持つべきであった。

 目にも止まらぬ速さに自身の作り出した影から女を救出した事。

 また力を増した今の自身が出した影がスパッと切られている事。

 それをしなかったのは、力を増したことのただの油断と慢心である。

 

「ネミディア様、ここは自分が。ネミディア様は兵士の皆さんと避難してください」


「何をっ! えっ!? あいつらはまだ生きているのか」


「はい。負傷していますが今ならまだ間に合います」


 ネミディアの見る先は血溜まりを床に作り倒れる部下の兵士達の姿。

 見たところピクリとも動いていないが、ミツは彼らを前もって鑑定し、気絶状態であることを確認している。

 だが、彼らは鎧を突き破られ、体に直接攻撃を受けたことに危険な状態であることは変わりはない。 

 ネミディアは良かったと思いつつ、自身の持剣を改めて握り直す。


「しかし、敵を前に離脱するなど貴族の名折れ! 君の助けは感謝するが、ならば君が彼らを助けてやってくれないか」


「いえ。失礼ながらネミディア様には荷が重い相手です。それに……!」


 スパーンッ!!!


「!」


 二人が話し合っている間とゴーストキングは待ってくれなかった。

 彼の放った無数の影が槍のように鋭く形を変え、二人へと襲いかかる。

 ミツはその動きに直ぐに反応しては魔法障壁を発動。

 跳ね返された無数の黒い影の先端は天井や壁などに突き刺さる。


「ほう……。これを防ぐか。しかし、何をごちゃごちゃと話しているか」


「ほら、自分には相手の攻撃を防ぐ方法もあります。ですので……」


「くっ……。承知した。しかし、相手も安安と我々をこの場から逃さぬと思うがそれは如何する」


「大丈夫、こうします」


 ミツは〈時間停止〉を発動し、直ぐにゲートを開く。倒れた兵士の人達を〈吸引〉で引き寄せ、ネミディアもまとめてゲートの中へと通しておく。

 その際、兵士の皆さんには回復を使用し治療を済ませておく。

 僅か20秒の時間ではミツもできる事はこれくらいである。


「「!?」」


「直ぐにお仲間の人が来てくれると思いますので、ネミディア様は皆さんをお願いします」


「なっ!? 少年!」


 突然城の中にある塔の中から、王都の外の荒野に放り出されて困惑するネミディア。

 彼女の言葉が言い切る前とミツがゲートを閉じた事に更に唖然としてしまう彼女であった。

 

「おまたせ。と言ってもそれ程時間はかけてないかな」


「えっ、何をした……」


 周囲をキョロキョロと、先程まで居たネミディアたちを探す様に首を振るゴーストキング。


「何と言われても、皆さんを安全な場所に送っただけですよ」


「送った……あの一瞬で……? いや、詭弁を口にするならもう少しマシな事を口にするべきだろう」


「ホントだよ。こんなふうに」


「!? なっ!」


 ゴーストキングが次に見たのは光の弓を構えた姿のミツの姿。

 いや、バチバチと音がする方に視線を向ければ、自身の腹部に見たことの無い光る矢が突き抜けている。

 ミツはもう一度時間停止を発動後〈マジックアーム〉と〈マジックアロー〉にて雷の矢をゴーストキングへと放った。

 いつも雷の矢は電球代わりと教会などで重宝されてるのだが、これは灯りを灯すだけが効果ではない。 

 そう、ミツが今回撃ち込んだ雷の矢は本来の強さを出している。

 比べるなら教会で使っている雷の矢は目にも優しい50ワット程度の光の矢を出しておいてある。

 だがゴーストキングに放った雷の矢はなんと3000ワットは出しただろう。

 いつも出している60倍の強さの矢である。

 雷の矢は壁を突き抜け、空へと光の閃光を描き遠くへと飛んでいってしまった。


「あ、ありえん……。ゴーストキングである俺に攻撃だと……」


「これで分かってくれたかな。じゃ、悪いけど倒させてもらうよ」


「ぐっ……。世迷い言を! ならばお前の力に応えてやる!」


 ゴーストキングは手を上に上げると魔法陣を発動させる。

 そこに流れ込んでいく魔力は不気味な光景を作りだす。


「俺は王! ゴーストキング! 王に仕える忠実な下僕は、幾万の人間の兵をも食らい尽くす!」


 魔法陣から姿を見せ始める魔物の数々。

 アンデッドをかき集めたような憎悪の集団。


「確かに、これが全部相手にすると面倒くさいかな……。でもね」


「クククッ。何だその獲物は。所詮は子供……。ふふっ、ハハッ……ハーッハハハハッ! はっ!?」


 ミツは改めて弓を構える。

 彼がアイテムボックスから出した矢は一般的に店売りしている普通の矢。

 そんな物でこの術が止められるものか。

 ゴーストキングはそれを見ては鼻で笑い、自身の召喚した下僕達が目の前の子供を贄とし、それをきっかけと、この城に攻め込んできた俗物な人間、全てを食らい尽くすイメージを浮かべてると笑いが込み上げる。

 だがその笑いは直ぐに止まってしまった。

 ミツが一本、二本と連続で矢を放つ。

 そのスピードは次第とゴーストキングの目で追うことができず、足元に出されていた矢筒全てを空にしてしまうほどの連射速度。

 更にただの矢の攻撃だというのに、それが突き刺さった魔物はまるで萎む様に身を潰し、パチュンパチュンと音を鳴らし完全に召喚する前と消滅してしまった。


「どう言う事だーー!!!」

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