第253話 悪
「良し、負傷者を運び出せ。周囲に警戒しつつ、消耗した武器や薬を補充するのだ。よいか! それが済み次第、改めて前衛部隊、槍と剣は進軍を再開する。進む前に隣に居る兵を見ておくが良い。ここ迄来た心強い猛者である者が立っておる! 勿論お前たちの事だ! 殿下が申したであろう! この戦いが終わり、凱旋の旗を掲げ、城で祝杯を上げるぞ! もう一度言う! アンデッドなど我々の攻撃の前に恐るに足らんと!」
「「「おおおうっ!」」」
五芒星の一人、先攻を任されたマッテオ将軍率いる兵達は、数に物を言わせた戦いをゾンビの集団に剣先を向け、進め進めの進軍を行っている。
「フンッ、調子が良さそうだな、マッテオ」
そこに黒馬に乗ったレオニスが近づいてきた。マッテオの言葉に軍の指揮も上がると気分も良いのだろう。
「殿下。はっ! あの少年が進軍の妨げとなっていたバイコーンの排除は良き戦果を出しております。……殿下、一つご質問を宜しいでしょうか」
マッテオは少し声量を抑え、レオニスへと質問をする。
「苦戦する戦闘では無いにしろ、お前が世間話とは。フンッ、言ってみろ」
「はっ! 殿下のご配慮に感謝いたすところ。では失礼ながら。大臣殿からの話にございますが、彼の力にて前王、エミル様との謁見が叶ったと言うのはまこと確かに御座いますでしょうか……」
マッテオは恐る恐ると前王、エミルとの話し場があったことを質問する。
既に遥か高みに登ってしまった者と対談など、夢物話ではないかと、その時のマッテオは大臣へと怪訝な視線を向けていたようだ。
「……ああ。母上と愚弟とカイン、それと数名の者がその場に見ておる。大臣には俺から教えたからな。あいつ自身が見たわけでは無いぞ」
「おおっ! いやはや、あの者の言う事だけに失礼ながら詭弁ごとと流しておりましたが、殿下の言葉に確信が得られましたぞ」
「ミツ殿の話では、また時間があればお前らにも父上との会談の場を作るだろう」
「左様で……」
マッテオは天幕内で顔を見合わせたミツを思い出していた。
その表情は次第と無意識に眉間にシワを寄せる気持ちに襲われた。
「如何した? その様な顔をして。魔物の異臭に鼻がやられたか?」
「いえ……。エミル様との話は嬉しく心喜ぶ話にございますが……。失礼ながら、死者である者をこの世に戻す彼の力は国にとって……」
「フンッ。止めておけマッテオ。貴様があの者を如何思うが構わぬが、それを口にすれば俺はお前を斬らなくてはならなくなるぞ……」
レオニスはマッテオの言葉を最後まで聞こうとせず、話を途中で止める。
警告ではなく、これはレオニスからの忠告とマッテオは直ぐに口を挟む。
「失礼……口が過ぎましたこと謝罪いたします。この罰は何なりと……」
「そう思うならこの戦いを早期と終わらせよ。先程本陣から黒煙が上がった。恐らく敵襲に襲われてるのだろう」
さらりと告げたその言葉。
マッテオは周囲が建物だけに本陣方面から上がった黒煙に気づけなかったようだ。
「なっ!? 本陣が! 直ぐにそちらにも援軍を」
「いらぬ。愚弟であろうとアベルは俺から本陣を任されたのだ。その任を全うし、奇襲程度に死ぬようなら奴もその程度だったと言う話だ……」
「ですが……。左様にございますなら……」
主力であるレオニスの部隊が出払ってしまった本陣では、アベルの少数の部隊など直ぐに壊滅してしまうかもしれない。
マッテオはレオニスに進言するも、彼は即決とマッテオの言葉を否定する。
渋々と感情を抑えるマッテオだが、こんな時もやはり継承権争いのことを考えているのかと彼は思いたくもない感情をよぎらせてしまう。
彼の反応を読み取ってか、マッテオに背を向け、レオニスは鼻を鳴らす。
「フンッ。マッテオ、それとだ。この先にひ弱な者は邪魔でしかならん。負傷した者は早々と下げよ。その際、魔物に襲われても気分が悪い。ある程度、その者たちに護衛をつけて下げるが良い。お前の部隊なら500程減らそうとも、指揮に影響は些細なものだろう」
えっと下げていた頭を上げるマッテオ。
進軍を進める中でのレオニスのその発言。
負傷兵と言え500の護衛は過剰過ぎる数。
直ぐにその言葉の意味は理解できなかったが、レオニスの視線が本陣に向けられている事に、彼は直ぐに動き出す。
「えっ……。あっ、はっ! 直ぐに指示を送ります! おいっ! 軽傷者と別に騎兵500を本陣へと向かわせろ! 襲われた本陣の状況確認、そしてアベル様の安否を確認してくるのだ!」
「「「はっ!」」」
「まったく。俺は負傷した者を下げろと指示したのだぞ……。フンッ」
負傷者をマッテオの騎兵が護衛しつつ、合計で800の兵が減ってしまったが、そこはフィリッポ、リオマールの両軍がフォローに入る。
兵達が今か今かと出陣を待っていると、敵側からの攻撃が先にレオニスの軍へと襲いかかる。
「敵襲!!! 新たな敵が来ています!」
「ゾンビ共め、無駄な抵抗を」
「殿下! 左右からも来ております!」
「慌てるな! マッテオはそのまま前進! フィリッポ、お前は左を、リオマール、お前は右を片付けろ」
「「「はっ!」」」
「魔術部隊、一斉に攻撃を。燃やしなさい」
「弓兵部隊、構え! 狙いの後……。放て!!」
フィリッポ率いる魔術士部隊とリオマールの弓兵部隊。
共に遠距離からの攻撃だけに、一方的な攻撃をゾンビの群れへと浴びさせることになる。
「所詮は有象無象の魔物。知性もない生物が人間に勝てるわけもあるまい」
「素晴らしい……」
「だ、誰だ!?」
バタバタと倒していくアンデッドの集団。
レオニスの頬を無意識と吊り上げさせる戦果となる。
そこに聞こえてくる不気味な声。
「ホホホッ。相手が元同じ人だとしてもその躊躇いのない攻撃。いや〜。我々よりも魔物らしいその行為は人間にしておくには勿体無いと思いましてね」
「殿下、お下がりください。何者か!? 我々はレオニス様が率いる五芒星の軍と知ってのその狼藉の発言か!」
近衛兵がレオニスを守るように前に立ち、さらにそれらを守る為とマッテオの部隊が前に出る。
「レオニス? 五芒星? ふむっ……何処かで聞いたことがあるような……。ああー。そう言えば数日前にズカズカと我の城に土足に足を踏み入れた害獣がそんな事を泣きべそかきながら話してたな」
「が、害獣?」
「うむ。似たような兜に武器、間違いなさそうだな。ならば話は早い。貴様が我の城に汚らわしい物を送り込んだせいで、我の可愛いキューピーちゃん達が更に腹を空かせる事となったではないか」
「お前は何を言っておる。 殿下!?」
近衛兵をかき分け、マッテオの隣に馬を並べるレオニス。
彼は指揮を更に上げる為と、力強く声を張り上げる。
「貴様の話に興味は無いが、質問させてもらおう。無礼者に礼儀を求めるのは無理な話だろうが、先ずは話しかけた貴様が名を名乗るべきではないのか」
「……。良かろう……」
建物の屋根の上に乗っていた者が付けていた兜を取り捨て、その顔を見せる。
その顔を見た者は、ゾクリと背中に悪寒を走らせる嫌な感覚に襲われた。
「「「「「!?」」」」」
「その詰まった耳の穴を穿り、耳糞を出してよく聞け。我はグールキング! 死後の王! 我こそ絶対の王である! キングである我直々、貴様達に死を与えと来た! フハハハハッ!!!」
半身を溶かした姿は相手に恐怖を与える。
また明るい場所で見るその白い肌は血の一滴も無い白い肌。
巨漢の男であろうと肉を引きちぎられると思える鋭い牙が口から見える。
外見だけではなく、無意識とたらりと冷や汗を出してしまいそうな恐怖を振りまくそのオーラ。
グールキングが笑う度に、兵達に動揺が走る。
「なっ!? グールキングだと。莫迦な! 死者が多く出た場としても、キングが出て来るとは……。いや、そもそも魔物が人の言葉を話すだと!?」
「フフフッ、フハハハハ! 良いぞ! その不安! その恐怖! そしてその絶望感! 良い! 最高の気分だ! そんなお前たちの身に更なる絶望をくれてやろう! 〈ルパードン〉」
グールキングは手を地面に向けると茶色い泥の様な物をボタボタと垂れ落とす。
すると地面に落ちた茶色い液体はまるでスライムの様にウネウネと動きだした。
「何を!?」
スライム状の茶色い液体は次第と増幅し、近くにあった壊れた荷台、枯れてしまった木々を飲み込んでいく。
飲み込まれた物はバキバキとまるでミキサーにかけられたように粉々となっていく。
「くっ! 離れろ! そのドロドロとした物に触れるな! 飲み込まれるぞ!」
将の言葉に慌てて後退する兵士達。
しかし、直ぐに動くことができなかった者も中にはおり、兵士を引きずり込む様にスライム状の液体は次々と被害を与えていく。
「た、助け……!」
「うぎゃー! あ、足が!!!」
「俺の腕が! 腕が溶けていきやがる!!」
全身を包み込まれたものは声を出す事もできずに命を失い、中には何とか抜け出した者も居たが、そこには自身の四肢の一本を失う現実を叩きつけられてしまう。
あちらこちらで兵士達の悲鳴が聞こえる中、直ぐに治療と治療士を向かわせる声も飛んでいる。
「回復を! 治癒士、治癒士を回せ! 回復薬を持つものは使用を許可する!」
「だ……ず……げ……っ」
「な、何という事を……。くっ! 体制を整えろ! 魔術士部隊は地面に出てきたヘドロを燃やすのだ! そして、これ以上近づかせぬよう、火で壁を作れ!」
マッテオは前衛部隊を下げ、後衛部隊を出す。
列を作り、魔術士達は一斉に火玉をスライム状へと飛ばし、被害を止めるためと火壁を発動する。
「「「〈ファイヤーボール〉!」」」
「「「〈ファイヤーウォール〉!」」」
魔術士が放った火玉はグールキングのルパードンに着弾。
ドカンと破裂音と共に、ドロドロとした物体が吹き飛ぶ。
しかし、その光景にグールキングは思わずほくそ笑みを浮かべてしまう。
何故なら、火玉に吹き飛ばされたドロドロは、散り散りと兵士たちの方にまで飛び散って行ったのだ。
それが付着した所から溶け出し、身につけていた兜や鎧、運の悪い者は顔や手にそれが激痛の痛みとして襲いかかって来たのだ。
「ひっ! 嘘だろ!? よ、鎧が溶ける!?」
「なっ! お前ら、こいつの鎧を脱がせるのを手伝え! ドロドロとした奴は鎧も溶かすぞ!」
「うぎゃー」
「くっ! 飛び火するとは……。判断を誤ったか……」
「ハハハハハハッ。莫迦だ! こいつらは莫迦過ぎる!」
「己れ腐魔物ごときが!」
「ハハハッ……。はぁ……弱い……」
「何っ!?」
「弱すぎる! 人間というのは何と弱き種族か!? 脆い、無知、脆弱……。態々我が足を向ける必要も無かった……。それよりも、我のバイコーン達は何処に行ったのか……気配が感じられぬ。まさかこの弱者共に……。いや、それはありえぬ事……」
グールキングは壊された外壁の方へと視線を向ける。
バイコーンならばこれだけの人間、餌が目の前を通り過ぎて無視する事は無いと思うが、食われた亡骸一つ見当たらない。
グールキングの視線が外れた今がチャンスと、リオマールの弓兵部隊が攻撃をしかける。
「構えっ! 放て!!!」
「ッ!? 脆弱攻撃など効かぬわ!」
グールキングはふりかかってくるであろう矢の雨に向かって大きく腕をふと振り。
すると巻き起こった風に矢は跳ね返され、近くに居た兵士たちに矢の雨が流れてしまう。
「うわっ!」
「くっ!?」
「先程の攻撃程度で陣形を崩すとは……骨野郎の駒よりも人間とはやはり弱き物か……。お前達などこれでよい」
「!?」
グールキングはまた地面へと何かを落とす。
それは見た目野球ボール程度の大きさの黒い玉であるが、それが地面に落ちた瞬間、闇が広がる様に地面を真っ黒にしてしまう。
そしてボコボコとまるで地面が沸騰しているように気泡が出てきたと見ていると、次々と新たな魔物がその闇から姿を見せ始める。
「新たなゾンビです!」
出てきたゾンビは胴体には顔がいくつもあり、大きな腕と足、背中からは何本もの触手がウネウネと生えている。
ヴァァ、ヴァァと不気味な声が常にいくつもの顔から聞こえてくる。
「フハハハハッ!!! ゾンビ、ゾンビと言ったか! 人間の知識などその程度。無知なお前達に教えてやろう! それは魔物と人間を合わせた融合生物! 殺すことだけを目的とし、殺戮をなりわいとした我の兵なり! さー! 殺せ! 我の城に足を踏み入れた罪を死を持って償うときが来た!」
その言葉が終わると同時に動き出す魔物。
二足歩行をするものや四足歩行と動きは統一されていない。
その異様な動きに兵達は戸惑いを隠せない。
一人の兵が手に持つ剣を突き刺そうとするが、その剣はズボズボと魔物の体に飲み込まれてしまった。
そして、兵の腕を魔物が掴み、いくつもある胴体の顔が口を開く。
「け、剣が通らねえ!? うぎゃー!」
逃げる事もできず、口を開いた魔物は兵の顔や腕の肉を引きちぎり、生きたまま魔物の餌としてしまう。
「莫迦な!? 撃て! 剣が駄目なら槍を突け! 魔法で燃やしてしまうのだ! あがっ!?」
「ヴァァァ……」
前衛の兵の後ろに馬に跨り指示を出していた部隊の隊長。
魔物はそれが一番の餌と思ったのか、腕を伸ばし、声を張り上げていたその頭を鷲掴みにする。
引き寄せられた隊長は数体の魔物の中に引き込まれる。
「や、止めろ……!」
「隊長!!!」
そして、助けを止める声を出し切る前と、その者の頭は握りつぶされ、グチャリグチャリと肉を引きちぎる音が声の代わりとその場に響く。
「人を……。く、食ってやがる……」
身の毛もよだつその光景に兵士たちの顔色は一気に青くなる。
またその血の匂いが芳しく、気分を向上させるのか、グールキングは自身を抱きしめるように腕を回す。
「あー、なんて心地よい断末魔の悲鳴の音楽だろうか……。いや、声を聞く前と死んだか。んっ? 如何した? えっ? 馬も食いたい? ああ、食え食え、でも全部は食うなよ。半分残せばゾンビホースにも変える事もできるからな」
食われた隊長が乗っていた馬へと指を向ける魔物。
馬は怯える様に今は壁側に逃げているが、他にもそこには数頭の馬が目に入る。
馬も餌と認識しているのか、グールキングに許可を得た魔物達が馬に向かって走り出す。
兵士達はそれを見てるだけしかできないのか、助ける事も出きないと、寧ろ馬を囮にしては背後からの攻撃を仕掛けようと構えるものすらいた。
しかし、それを見てるだけと、絶対に許せない者が一人居たのだ。
魔物は駆け出し後数歩、馬に手が届くところで突然身体を細切れとぐしゃりと地面に倒れる。
「えっ?」
「チッ、もう少し見学してたかったが仕方ねえか……」
馬と魔物の間にミツの分身が入る。
彼の手には嵐刀が握られており、更に生き残っていた魔物たちへとそれを振りぬく素振りを見せる。
すると残った魔物もバラバラとサイコロ状に形を崩し地面にどさどさと落ちる。
「おい、フィーネ、あの馬共を落ち着かせて端に寄せとけ」
分身は上空にいる黒い翼のフィーネへと指先で呼びよせる。
「はい、マスター。ほら、そこに居るとお肉になっちゃうよ。こっちにおいで。言う事聞かない子は脚を切り落して、生きたままその腹掻っ捌いて内蔵はゾンビの餌にしちゃうよ。おっ、よしよし、いい子ね。そんなに震えて、よっぽど怖い思いしたのね」
「……。お前が脅かしてどうする」
「エヘッ」
悪戯な笑みを馬達に見せるフィーネへと、分身の軽いチョップが落ちる。
じゃれ合い的な行為だけにフィーネは小悪魔の様に舌をペロリ。
「ミツ殿!」
分身の姿を遠目に見えたのか、兵を掻き分けレオニスが急ぎ駆け寄って来た。
「救援に駆けつけて頂けるとは感謝いたします! さっ! 貴殿の力にてあの化物共に鉄槌を」
「邪魔」
「へっ? なっ!?」
レオニスは分身の近くにより、指先をグールキングへと向ける。
しかし、暑苦しい鎧に身を固め、更には身長の高いレオニスが自身の前に立ったことに少し苛立ちを感じる分身は、レオニスを吐き捨てる。
レオニスは何を言われたのか直ぐに理解できず、そのまま分身の前に立ちすくんでしまう。
その行為は分身の出した精霊達には許されない行為だったのかもしれない。
分身から突き放そうと、黒のビキニアーマーに身を着せたフォルテがレオニスの胸ぐらを掴んでは高く持ち上げる。
「マスターの言葉が聞こえなかったか。このノッポ野郎」
「ミ、ミツ殿、何を!? 娘、は、離せ……く、苦しい……」
「殿下! 無礼者! その方はセレナーデ王国の第一王子なるぞ! その無礼たる行いを止めぬか!」
フォルテがレオニスを掴みあげた事に激怒するマッテオ。
彼の怒りは周囲の兵達も同じ気持ちなのか、嫌悪な視線が強く二人へと向けられる。
「フォルテ、離してやれ」
「はい。フンッ!」
マッテオのいる方へと投げ捨てられる様に放り投げられるレオニス。
「ゴハッ! ゴホッ、ゴホッゴホッ!」
「殿下、ご無事ですか!? ミツ殿! 殿下に対して不敬な行い! 例え貴殿であろうと許される行いではございませんぞ!」
「マ、マッテオ、止めておけ!」
「殿下!?」
苦しむレオニスの姿にマッテオは抗議と分身へと強く言葉をかける。
だがそんなマッテオの肩を急ぎ掴み、止める言葉を促すレオニス。
「おい、レオニス」
「「「!?」」」
王子であるレオニスを敬称も付けずに名を呼んだことに、周囲の視線は嫌悪から驚きに変わるった。
幾度が顔を合わせたミツと雰囲気が違う事に違和感を感じ取ったのか、レオニスは訝しげな視線に分身へと反応を返す。
「何か……」
「お前、戦い方が下手だな」
「! くっ……。突然その発言、どう返して良いものか……。確かに、伝説的の強さを誇るアルミナランクの貴殿と比べてしまっては我々は劣るかもしれん。しかし……」
「違う……」
「……何が、違うと」
分身の否定的な言葉に思わず口を噤みそうになるレオニス。
しかし、それは仕方ないだろう。
短い言葉に関わらず彼は王子として、今まで受けたことのない程の重い言葉を肌に感じている状態。
「俺はお前の戦い方と言った。言葉の意味も理解できねえお前は本当に無能だな。お前の言葉一つに何人振り回された? お前の行動で何人死んだ? お前に付き従える奴は本当にその命令を受け入れて喜んで死んだのか? フンッ、くだらねえな。お前がどんなに偉そうな事をしていても周りの奴らと変わんねえ人間なんだよ。お前も、お前も、お前も、命は1、存在は1でしかねえんだ。愚骨者の発言は内側から国を滅ぼしていくぜ」
「……」
レオニスは分身の言葉に唖然と反論する事ができなかった。
確かに今迄の戦でも幾人もの兵を駒として使い、そして死んだ者は千は超える数だろう。
しかし、俺は王族であり、選ばれた人間だ。
その言葉が当たり前と、戦など教えられ育てられてきた彼の中では、人の命はとても軽い物と考えが根付いてしまっている。
周囲の兵はレオニスの言葉は絶対であるが、命は惜しい気持ちは勿論ある。
だが相手は王族であり絶対に反論する言葉など言える相手ではない。
見た目少年にしか見えない冒険者が、まさか王族相手に命の重さを自覚しろと説教を言い渡すなど誰が思っただろうか。
そこにマッテオが我慢ならずと怒声を込めた声を出す。
「小僧! いい加減にしろ! 殿下へのそれ以上の狼藉、この場の全員を敵としたいか!」
「マッテオ、止めろ!」
マッテオが怒りに分身の胸ぐらを掴もうとしたその時だった。
レオニスの言葉も届かず、分身とマッテオの間に黒翼の羽がバサリと舞上がり、フォルテがマッテオの首を強く締め上げる。
「ぐっ!? ぐぁ、あっ、あがっ!!!」
「マッテオ!!!」
「将軍!! マッテオ将軍!!」
フォルテはゆっくりと地面から上空へと上がり、マッテオの足は宙をバタバタと動かしていた。
離せ、離せとマッテオが自身の首を締め付けるフォルテの腕を掴むが、彼女にマッテオの力は効果はない。
「ゴミが、マスターへのその発言、死を抱え償え」
「ごはっ!!!」
フォルテの瞳は怒りにハイライトを消し、あと少し力を入れればマッテオの首の骨は折れるだろう。
「待ってくれ! ミツ殿! 部下の失言、私が謝罪する! どうか怒りを沈めてくれ!」
今この状況下にて、将軍であるマッテオを失う事は大きく指揮を下げる事になってしまう。
それを避ける為にも、レオニスは慌てて分身へと止の言葉を叫ぶ。
理由はどうあれ、分身の気まぐれが傾いたのだろう。
「フォルテ、捨てておけ……。ああ、そうだ……。レオニス。いい事を教えてやる。お前の愚策にて弟のアベルが死にそうだとよ。良かったな、これでお前と継承権を争う奴もカイン一人になったかもな」
分身はアベルが負傷した事をあざ笑うようにレオニスへと伝える。
レオニスはその言葉に一瞬目を見開くが、直ぐに冷静を保ち、ざわ付く周囲の兵達を落ち着かせる。
死にそうと言う言葉を読み取り、まだアベルは死んだ訳ではないと声を出す。
アベルの負傷の言葉にレオニスの慌てる姿が見れるかと思っていたが意表をつかれ、つまらないと視線を外す分身。
そして更につまらないとグールキングの配下であるモンスターを見ては目を細めるのだった。
「突然現れたと思ったら仲間割れとは。なかなか良い余興を見せてくれるではないか。小僧、我の配下に手をかけた事に許しを与える。その代わり、我の配下とならんか? その異様な魔力……。お主、人ではなかろう……。ならば貴様はこちらに来るが良い! 死後、永久の楽しみを貴様に教えてる」
グールキングは分身から漏れでる魔力が人のものでは無いと感づいたのか。
いや、恐らく彼の周囲にいる黒翼のフォルテ達を魔族と勘違いしたのかもしれない。
そんな分身はグールキングからの言葉も聞こえていないのか、彼の配下であるゾンビの集団に鑑定をしてはガッカリとした気持ちに襲われていた。
そう、やはりゾンビはスキルを持っていない状態だったのだ。
「ゴミ……ゴミ……ゴミ……。はぁ……。ハズレを引いたか……」
「どうだ、人間の側に居ることよりも、王である我の配下となることが貴様の喜びであろう」
「マスター。あの下賎な物に刃を入れるお許しをくださいませ」
「姉さん、私も殺るわよ……」
「いや、メゾ、ダカーポ、少し試したい事もあるから下がっていろ」
「「はっ!」
分身がゾンビや合成生物の方へと手のひらを向ける。
「アビス」
その言葉と同時に、モンスターの中心部に大きな黒い闇が現れる。
闇は近くに居たモンスターを次々とまるでブラックホールの様に吸い込み、何かを吸い込むたびに闇の球体は大きく、大きくなっていく。
「なっ!? 愚かな! 我の言葉を聞き入れず、敵対の選択をえらんだというのか!? ば、莫迦、止めろ! 我の配下が!? こいつらもタダで作ったんじゃないからな! おい、聞いているのか!? 止めろ! お願い、止めてください! あっ! 俺の数少ない髪の毛が!? 止めろーーー!!!」
グールキングの叫びの声も虚しく、彼の頭に残された髪の毛は吸い込まれていく。
哀しくも彼の頭の髪の毛同様に、配下のモンスターも全て〈アビス〉の闇の中へと消えてしまった。
「素材も何も残らないのか……。使いどころを間違えたら後悔しそうなスキルだなこれは。おい、禿野郎」
「誰が禿だ!?」
分身の言葉にガバッと顔を上げるグールキング。
彼の返答は指先を自身の頭に向けられたことに理解する。
「えっ……。う、嘘だろ……。ウギャーーー!」
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