第251話 三冠の王

 黒い波が押し寄せる。

 その光景に逃げ出す冒険者達の姿を見下ろしつつ、ミツは迫る黒い波、バンブバイコーンとバイコーンの群れへと弓の弦を引く。

 

「皆、いくよ〈隕石〉!」


 忍術スキルの一つ、火と土の合わせ技の〈隕石〉。

 一定の大きさの石を周囲に降り注ぐことができる。※威力は落下の高さで比定する。

 今まで彼が戦う場所は洞窟内や屋敷の近く。

 その為に周囲に被害を出すこのスキルはユイシスから使用する場所を選ぶ事を聞いていた。

 ここがチャンスと周りには壊れた建物、また被害は出ても既に人は住んでいない王都の街である。

 群れを一掃するならとこのスキルは検証も兼ねて使用する事を選んでみた。


 スキルを発動後、直ぐに何も起きない事にミツは周囲をキョロキョロ。

 あれっと思いつつ、何やら上からゴゴゴッと音が聞こえてきたことに彼は更に空を見上げる。

 

「あ、あれかな……。えっ、ちょっと多いかも……」


 ポツポツと上空に見えてくるは正に隕石の集団。

 一つ一つはスクールバス程度の大きさなのだが、見える隕石の数が増えていく。

 1分も立たずに隕石の集団……いや、集弾はミツの横を通り抜け、地面に向かって落ちていく。

 ドカーン、ドカーンっと一つ落ちる度に地面が揺れ、更に土煙と共に隕石が当たったであろうバイコーン達の肉片が空中に飛び散る。

 このスキルの威力はミツの居る高さにて威力が変わる為、上空にいる場合は広く広範囲に被害を出すスキルとなる。

 先に逃げ出した冒険者達も地面の揺れに足を止めてしまい逃げ出すことができていない。

 そこはフォルテ達の働きもあり、冒険者達の背後には精霊達の守りにて石ころ一つ彼らに当たることはなかった。

 しかし、近くに隕石が落ちてくる恐怖心までは防ぐことはできず、腰を抜かし何とか這いずる様な格好で逃げる者がちらほら。


 数百も居たバイコーン達の群れは壊滅し、何とかまだ生きているのも虫の息状態になっている。

 ミツは隕石が落ちた場所へと降下し、倒れるバイコーンとバンブバイコーンへと〈スティール〉を発動。

 流れ込んでくるスキルの数に無意識とミツの口元に笑みを作らせる。


《スキル〈ナイトメア〉を取得しました。経験により〈リビングミサイルLvMAX〉〈カースボイスLvMAX〉〈ナイトメアフォースLvMAX〉〈恐声LvMAX〉〈ナイトメアLvMAX〉となりました》


「残りも検証に付き合ってもらおう。〈リビングミサイル〉」


 ミツのスキルが発動した瞬間、彼の背後にはバンブバイコーンとは違う光の槍が数十本と姿を見せる。

 その槍の数は、ミツがまだ動いていると鑑定にて認識したモンスターの数と一致していた。

 自動発射タイプなのか、リビングミサイルの槍は逃げ出そうとするバイコーンや地面に暴れ動くバンブバイコーンへと次々と攻撃。

 全力に逃げるバイコーンもリビングミサイルの速度には勝てないのか、その大きな胴体にザクリと槍が突き刺さり、バイコーン達はバタリと倒れていく。


 周囲一体がバイコーンとバンブバイコーンの亡骸に満ちた光景。

 先程まで耳を塞ぎたくなる状態が、まるで静寂を満たしたような音もない世界と姿を変える。

 ミツの手のひらが倒されたモンスターへと向けられる。


「では次に……おいで」


 黒く燃え広がる炎は新たにミツの幻獣の数を大きく増やした。

 

「これ全部回収するには時間かかるけど、放置もできないか……」


 ミツのその発言には理由があった。

 今旧王城から出てきている黒い靄。

 それにモンスターの亡骸が触れてしまうと、数分と経たずにアンデッド化してしまうと忠告を受けている。

 やはりアンデッドやこれ程モンスターが増えた原因は王城にあるのかと思いつつ、ミツは倒したモンスターの群れをアイテムボックスへと入れていく事にした。

 その際〈吸引〉のスキルのレベル上げもかね、連続の吸引使用。

 数も数〈吸引〉のレベルは上がり、重たいバイコーンを引き寄せるのも早くなり、最初は数センチしか引き寄せれなかったバイコーンも数分もしない内にまるで磁石に引き寄せられる玩具の様にスーッとミツの元へとやってくる。


《経験により〈吸引Lv8〉となりました》


「おおっ! これぐらいになるといい感じに引き寄せるわ」


 引き寄せたモンスターの亡骸を次々とアイテムボックスへと収納。

 吸引力の落ちない掃除機に負けない速度に亡骸を消していく感覚は気持ちいいもんだ。

 遠くに離れた亡骸全て片付けた所にフォルテ達が帰ってきた。


「マスター。他の冒険者の治療が終えました。またその者たちは一度戻る事を告げております。この場にいてはマスターのお働きの妨げとなりますので、私の判断にてそれを承諾いたしました」


「うん、分かった。それじゃ亡骸の回収も終わったし、この辺の外周はバイコーンしか居なかったみたいだから、自分達も中に行こうか」


「「「「はいっ」」」」


 旧王都の外壁へと向けてミツが飛び立つ。

 彼の姿を遠目に見ていたレオニスは先程の光景を唖然として見るしかできなかった。

 

「何たる戦い……」


 彼の言葉は周囲の兵のどよめきの声にかき消されてしまう。

 隕石をいくつも飛来させ、一体でも脅威となるバイコーン、その群れをあっと言う間に殲滅させる力を目の辺りに震える者や、先程の地震に未だ立ち上がれない兵すらいた。

 彼らは知らないが、中には進化種のバンブバイコーンも居たのだが、今はそれを認知してしまったら、彼らは更に驚きと恐怖に押しつぶされてしまうかもしれない。


 周囲に落ち着くことを怒声と共に声を出しつつ、一人の将軍がレオニスの元へと馬を走らせ近づく。


「殿下、あの者が道を開きました今こそ、再度城への突撃を。先程は魔物に騎兵が止められましたが、今度はその邪魔もございません。今こそ出撃のお言葉を!」


「分かっておる!(俺は本当にあの者をあのまま野放しにしてよいのか……。俺の為とならんなら……)ええい、今は良い! マッテオ! 先陣はお前にくれてやる! 俺の道を切り開け! フィリッポとリオマールは後に続け!」


「「「御意!」」」


 レオニスの本陣が動き出す。

 五芒星の三人の兵、騎馬部隊と歩兵部隊が地響きを鳴らし旧王都へと進軍が始まった。

 マッテオの言葉通り、先程は彼らにとっては脅威となるバイコーンに道を塞がれ、進軍を止められていたが今はそれが居ない。

 レオニスは部隊を分けず、一点に集中した攻撃を仕掛ける。

 旧王都の外壁には投石機による攻撃が始まり、数十年と放置されていた外壁は簡単に崩れていく。

 その光景に更に兵たちの士気は上がり、崩れた所から次々と歩兵部隊が突撃を仕掛けた。

 投石機があるならそれをバイコーンに向ければと思うだろうが、投石機の射程は短く、範囲も狭い攻撃となる。

 たとえバイコーンの群れの中に打ち込んだとしても、倒せるのは運が良くて2~3体程度。

 攻撃を逃れたモンスターが、兵達を襲うほうが被害が大きいだろう。


 外壁を壊した事に中に居たゾンビの群れがワラワラと姿を見せるが兵たちは止まらない。

 先に数に物を言わせたゾンビを相手に、マッテオの部隊も兵の数で押し切る。

 練度を高めた兵や騎士を相手に、ゾンビは次々と倒されていく。

 先行していた部隊も次々と回収。

 その中でもネミディアの率いるスラー隊を含む、数隊の部隊が見つかることはなかった。

 突撃と捜索していた者達は、その部隊が見つからないなら既にやられているだろうの考えの為、深く彼らを捜索することはない。

 あちらこちらでは兵の声が響く為に、残念ながら戦場では助けを求めた声があったとしても、捜索部隊の兵の耳に声が聞こえる可能性も低い。

 それでも救われる命もあるのだから、彼らの働きは無駄ではない。


 レオニスが突撃した後、本陣を守るアベルの部隊。

 側に控えるコークとドナルドは、撤退して来た冒険者から先程の隕石の攻撃はアルミナランク冒険者のミツの起こした攻撃と説明を受け、無意識と震える体を押さえようと眉間を厳しくする。

 もしあれをアベルの居るこの本陣に向けられたら。

 もしあれを王都、王城に放たれたら。

 そんな考えを過ぎらせたのは二人だけではない。

 話を聞いた兵たちも先程の光景を見ていない訳がない。

 たらりと流れる汗は冷や汗なのか、取り敢えず嫌な汗である事は間違いない。


 ドナルドとコークは出陣の前に王へと謁見を持った。 

 その際、彼らが見たのはミツが出したヒュドラのせいで半壊状態のままにされている謁見の間。

 ミツなら〈物質製造〉スキルで謁見の間も直すこともできるのだが、後にローソフィアに謁見する者達へと、ミツの力を見せる為とあえて修繕の言葉は彼は出さなかった。

 その狙いも得たのか、コークとドナルドだけではなく、王に謁見する者全員の心にミツの存在を強く根付かせる事ができた。

 しかし、それを見た者、その光景を思い出せば本当に彼は味方として見て良いのか疑念が過る。

 ミツに対しての毒殺計画があった事、そしてそれに関係したものが全員捕縛されている事は二人も知っている。

 その為、彼へと敵対心を抱く事は、国へ、王に剣を向ける以上の愚かな行いと理解しているのだろう。

 これがいけ好かない野郎ならば、理由を付けて近づかなければ良い話。

 しかし、彼らだけではなく、レオニスの部下の五芒星の彼らですら、ミツを自身の主に付けることが、レオニス、若しくはアベルの頭の上に王冠を乗せる日が来るものだと考えが過ぎっている。

 王都に入ったミツとレオニスの二組、本陣を守るアベル。

 偶然だが三人は別々の動きを取ることとなった。


 旧王城……王座を前に長いテーブが置かれ、そこには三人? の影が居た。


 一人はその魔力に形を作り、禍々しくも人の形を作るその者はゴーストキング。

 一人は半身を溶かし、それでも自我を保つ知能を持つ者はグールキング。

 一人は骨、骨、骨。血も肉も無いが腐ったワインをゴブレットに注ぎ、胃もない体に流し込むはスケルトンキング。

 三体のキングは我こそがこの城の王であると言わんばかりの風格を出し、対面に座る者は自身よりも劣る者だと考えている。

 しかし、キングの名を付ける彼らの力は本物であり、全員が一朝一夕で倒せる敵ではないのは確か。

 そんな彼らは旧王城と王都にて亡くなってしまった人々の怨念が強く影響して生み出されてしまっている。

 

「あ゛……あ゛あ゛」


「カタカタカタ……」


「……何言ってんのお前ら? おい、腐れゾンビ野郎、汚えからその口閉じてから喋れや」


 ゴーストキングは上半身だけを人の形に作り、見た目は中年の男に見える姿になり、隣に座るグールキングへと悪態を吐く。

 その言葉に焦点のあってなかったグールキングの目がギュルリと動き、ゴーストキングへと視線を向けると、彼も悪態を吐き返す。


「莫迦、雰囲気出してんだよ。それに口を閉じてどうやって喋るんだよ」


「カタカタカタ……」


「俺はできますー。見てください、こうして口はなくても喋れてますー」


「ウザー、お前本当にウザいわー。俺本当にお前嫌いだわー」


「それはそれはありがとうございますー。私も腐った奴に好かれたくないから嫌いでいてくれて感謝しかないですねー」


「カタカタカタ……」


「「カタカタ五月蝿えぞ、骨が!」」


「それとお前、もう飲むなよ。お前が飲むたびに床が汚れてんだよ。ただでさえ隣の奴が動くたびに汚え腐肉汁が床を汚してんだぞ」


「そうだぞって、それは俺様の事を言ってるのかこのボケガス野郎が」


「はー? それ以外意味が取れますかー?」


「殺す!」


「もう死んどるわ!」


 ガタッと音を鳴らし椅子を倒し、睨み合うゴーストとグール。

 そこに何処から声を出しているのか、先程までカタカタと骨を鳴らす音しか出せなかったスケルトンキングの口からは声が聞こえてくる。


「……。フッ、吾輩の興奮を止めるとは愚かな者だ。漆黒の闇より生まれし吾輩は浅はかな貴様達が想像もできん策を、今攻め込んできた愚かな具骨者へと思いついたと言うのに」


「……。お前、考える脳みそも無いのに何を思いついた? あれか、お前の飼ってるスカルドッグに骨もしゃぶられてとうとう頭も行っちまったのか?」


「骨の最後なんて動物の餌だよなー」


「フッ、醜い奴らだ」


「「面もねえ奴に言われたくねえよ!」」


 まぁ、口を開けばこんな感じのキング達。

 しかし、会話内容は別として、魔物化した彼らの中には人の心は一欠片もない。

 それは彼らが今椅子やテーブルに使っている素材こそ、数日前に先行していた兵たちの亡骸にて作られた無残な品である。

 それを当たり前と肉はゾンビの餌とし、血はゴーストに一滴残らず吸い取られ、骨は乱雑に使われる。

 彼らに殺されてしまった兵達の魂など、キング達の食糧にしかならないのだから。


「それで、俺達が思いつかない様なゴミ対策を聞かせてもらおうか」


「フンッ。吾輩の骨は数千の人間の骨を砕き潰し、そして愚かな者に恐怖を教えるだろう。貴様らはここで見ておるが良い。吾輩の策と配下、この二つが揃うことに、全ての歓喜の血の力が吾輩の糧となるその時を待つが良いのだ」


 骨椅子から立ち上がるスケルトンキング。

 何か秘策を思いついたのか、カタ、カタっと歩くたびに、玉座の部屋に不気味な音が響く。


「分かった分かった、お前の言っている意味は分からんが、取り敢えず行くなら行け。それと俺もちょっと行ってくる。外周に配置していたバイコーン達が大人しくなってるのが少し気になる」


「お前の悪臭に逃げ出したんだろ?」


「……フンッ」


 グールキングも椅子から立ち上がり、光もない通路へと姿を消していく。

 残されたゴーストキングは近くに控えていた悪霊をまるで女の形と変え、自身に身体を寄り添わせる格好をさせて楽しんでいる。

 それは怪しいブレスレットやグッツを販売するチラシのように、これを買って大金持ちになりましたと成金まがいな格好である。

 まぁ、それもゴーストキングがその女の悪霊の尻をいやらしく触る仕草をすれば、悪霊の女から綺麗なビンタを食らっていたけど。

 それを他のキングに見られていないだけ良かったと思うゴーストキングであった。


 レオニスの軍が旧王都に突撃を始めて時間もおかずの事。

 本陣では兄の発言に悔しくも指示に従い、この場を守っているアベルは何を思い、遠目に見える旧王都を思い見ているのか。


「兄上……」


 雲行きが怪しくなってきた空、一雨来そうな肌寒い風がアベルの身体を冷やす。

 

「アベル王子。お体に差し支えます。どうか中へお入り下さい」


「……」


 ドナルドの言葉が聞こえていないのか、アベルの視線は変わらず旧王都へと向けられたままであった。

 ため息を漏らし、ドナルドは天幕の中へ。


「はぁ……」


「ドナルド、殿下は……」


「……気を落とされておる。レオニス様のお気持ちも分からぬではないが、少しは弟君へと相談も頂きたいものだ」


「……」


 二人の将軍の言葉は、控えるクリフトも同じ気持ちなのだろう。

 天幕に入り込む冷たい風にこれ以上アベルをそのままにしておけないと、彼がアベルのマントを渡そうと動いたその時だった。

 天幕の外から兵達の声が聞こえたと思ったその時、その声の内容が叫び声や怒声に変わった事に慌てて彼らは天幕の外に出る。

 コークとドナルド、そしてクリフト達の兵が見た光景は一瞬何故この状況になったのか疑問に思う光景であった。

 周囲の兵達は剣や盾、そして咄嗟に手に取った物でスケルトンと戦闘を繰り広げている。

 戦闘をする兵の近くの地面では、また新たなスケルトンが出てきている。

 スケルトンの数に押され、叫び声を出すも、地面に倒された者は魔物の持つ武器にて次々と体に剣先を突き立てられる。


「な、何が!? 敵襲か! で、殿下は!? アベル殿下は何処に!」


「コーク! あそこだ!」


 ドナルドが慌てて指を指す場所では、数名の兵士に守られつつも、自身も剣を構えスケルトンの攻撃を受け止めるアベルの姿。

 増えていく骸骨の群れに既に囲まれた状況の自身の主。

 周りの兵の強さはアベルを守るには不十分なのか、一人、また一人とスケルトンの攻撃に膝を崩し倒れていく。

 アベルの姿が見えなくなりそうなその時、地面が大きく揺れ、戦っていた兵士達も足を崩してしまう程の地響きが起きる。

 それと同時に地面には大きく地割れが発生し、ゴゴゴッっと盛り上がる土の中からは目の前に見えている数百と現れたスケルトンとは比較にならない大きさのジャイアントスケルトンが現れた。

 人ではありえない骨の大きさ。

 ひと目で巨人族がスケルトンとなったものだとそれを見るものは理解する。

 新たな敵も脅威であるが、将軍の二人はアベルへと視線を戻す。


「「殿下!」」


 何とかアベルを救い出そうと単身状態とスケルトンの集団へと走るコークとドナルド。

 老体の彼らだが、歴戦の戦士であるコーク相手にスケルトンなどゴブリンと変わらぬ弱いモンスターである。

 彼が持つ剣をひと振りするだけでも数体のスケルトンが粉砕されていく。

 彼の勢いに続くと、ドナルドも自身の獲物である槍をスケルトンの頭へと一突き。

 

 何とかアベルの元にとたどりつく二人の将軍。

 彼らが見たのはアベルを守る為に最後まで仁王立ちと立っていた兵が、無数のスケルトンの剣に胴体を貫かれ無残にも餌食に倒れてしまう光景。

 兵に剣を突き立てたスケルトンをドナルドは吹き飛ばす勢いと獲物を振りぬく。

 コークは体に無数の剣を突き立てられた兵へと、お前は良くやったと褒めの言葉を伝え、彼のまぶたを閉じる。

 ドナルドは膝をつき倒れそうなアベルを支えると彼の受けた怪我を見ては、一瞬愕然と言葉を失う。


「殿下! ご無事ですか!」


「はぁ……はぁ……。ああ、痛い攻撃を受けたけど、大丈夫。僕はまだ生きてるよ……」


「なっ……殿下! あ、足が!」


 二人の視線はアベルの足へと向けられる。

 視線の先、アベルの足からはドクドクと赤い血が止めどなく流れていた。

 恐らく太ももの動脈を斬られたのだろう。

 痛々しくも彼の足元には血の溜りができている。


「くっ! おのれ骨共が! 我が主に血を流させるとは! 許さん、許さんぞ!」

 

「アッハハハハハ!」


 アベルを傷つけた事、また血を流させた事に二人の将軍の手に握る獲物に力が入る。

 腕を振り上げたその時、この場には相応しくない陽気な笑い声が周囲に響き渡る。


「むっ! 誰だ! この場で高笑いなど不敬者は!」


「アッハハハ……。フム……脆い……、脆すぎる。いや、これは吾輩の策がこの愚かな者達の急所を射抜いたと言う事か……。やはり叡智たるこの私がこの国を治めるべき王……」


「だ、誰だ! 顔を見せよ!」


「フンッ。悪いが見せる面など等に無いのだよ」


 声の主はいつの間にかジャイアントスケルトンの肩に立った影。

 まるで靄がマントのように頭まですっぽりと姿を隠しているが、バサリと舞い上がった風に頭部分があらわになる。


「なっ!? ス、スケルトンが喋っていただと……」


「コーク、落ち着け! 恐らく魔術的な何かによる言葉であろう。スケルトン! 先程の笑い、何がそこまで貴様の気を動かしたか!」


 モンスターが人の言葉を喋る。

 ミツの様に〈魔言〉を持つものであれば違和感を持つことはないかもしれない。

 しかし、一般的な人間の彼らが魔物から人の言葉が聞こえた事は恐怖でしかないのだろう。

 コークを落ち着かせるドナルドだが、もちろん彼も内心動揺が走っている。


「……人は愚かな行いを幾度も繰り返す。人はそれが愚行な行いと知る時は、己の死を目の前とした時のみ……。吾輩はお前らのこれからその死を教えと来た……。吾輩をスケルトンと呼んだ無知者に最後に教えてやろう……。吾輩はスケルトンキング! 全ての生物、その死後の絶対の王である! 行け! バンプッサーよ! 貴様の力を具骨者へと恐怖を与えよ! そしてその者が死に、骨となった暁には、我の駒として粉骨砕身と働く喜びを授けてやろう!」


「「「!?」」」


 スケルトンキングの言葉に合わせ、バンプッサーと名を呼ばれたジャイアントスケルトンが出てきた穴から、ワラワラ、ワラワラと新たなスケルトンが次々と出現する。

 その中には犬の様な骨の形をしたスカルドッグやムカデのように骨をいくつも付けたボーンビートが兵達へと襲いかかる。

 スケルトンだけでも苦戦していたものはスカルドッグからの追撃に苦戦を強いられ、ボーンビート一体だけでも数名の兵が相手をしなければならない程に強さを見せる。


「くっ! クリフト! クリフトはおるか!」


「はっ! ここに!」


 ドナルドの声に応える様に、クリフトがスケルトンをかき分け近くに合流する。

 

「よく聞け、殿下が足を怪我をなされた。お前たちは殿下を連れてここから退避するのだ!」


 その言葉にクリフト達数名の視線がアベルの足へと視線が向けられる。

 血は止めどなく流れ、彼を支えるドナルドにもアベルの血が染み込む程。


「!? はっ! 殿下、失礼します。私の肩に手をお回しください」


「くっ……。悪いね。コーク、ドナルド、君達もここは引くんだ」


「いえ……。我々はここに残り、あの者の足止めをいたします。なぁに、そのような顔をなされますとも、殿下に怪我を追わせた罪の分は殴った後に直ぐに我々も逃げさせて頂きますぞ」


「なっ!? それでは貴殿達が!」


「ガッハハハハ! 敵からの足止めなど殿下が産まれる前、私は若き頃には幾度も経験がございます。我々の心配よりも今はご自身の事を考えなされ。クリフト、良いか……止まるではないぞ……」


 ドナルドの念を押す様な強い言葉に彼の中に悪寒が走る。

 二人して敵の足止めと言うが、本来足止めは将軍がやる事ではなく、自身達のような部下がやるべき事。

 それをしない。いや、できないと言うことは、目の前にいる敵は自身達では足止めにもならない程の力を持つ相手だと理解させられる。


「!? はっ! 行くぞ! 我々が命をかけてでも殿下をお守りするのだ!」


「「「おうっ!」」」


 クリフトの言葉に合わせ、周囲の兵達も理解してか厳しい表情だ。

 

「ま、まて、お前達、私の話を聞け! クソッ! ならば二人ともこれは私からの命令だ! 必ず生きて、生きて私の元に無事にその姿を見せよ! もしその約束を違えるなら、コーク、お前は一生禁酒令をだし、ドナルドは趣味の釣りを禁じる! 分かったな! 良いか!」


「あっ……」


「フッ……ガッハハハハ! コーク、これは我々、一生一代の殿下との勝負ぞ! お前はここで犬死するようでは、酒を飲んで死ぬ夢も叶えずに終わってしまうのだ!」


「それはそれは。老いぼれの楽しみを奪うとは、恐ろしい事で。ドナルド、ではこの勝負が終わり次第、ワシは殿下から上等な酒を貰い受けようではないか」


「では俺は新しき竿を頂こう。新調したいところだったが、女房がこれ以上竿を増やす事に口煩くてな。殿下から貰い受けたとなれば、あやつも文句も言うまい」


「お前たち……。分かった。その約束、必ずや果たさせろ」


「「御意!」」


 クリフトに抱えられた状態とその場をから撤退するアベル。

 彼らが去った後、後ろ姿は多くのスケルトンの姿に見えなくなってしまった。


「素晴らしい。氐族な人間よ。己の命を捨て、主を逃がすその意気込みは褒めてつかわそう」


「魔物に褒められても嬉しゅうもないわ! 行くぞ、ドナルド!」


「ああ、友よ、共に行こうぞ!」

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