第250話 アレは馬ではありません。

 王都ギルド、冒険者ギルドの依頼を受け、レオニスとアベル、二人の元に言葉通り飛んできたミツ。

 彼らの本部テントにて、ミツは五人の将軍と顔を合わせる事になった。

 彼らはミツを始めて見た時から少年の秘めた力をひしひしと身に感じていたのか、彼に対してぞんざいな態度などは見せることはなかった。

 まぁ、恐らく将軍達はミツの力を前もってレオニスやアベル、または城にいた兵達から聞いていたのだろう。

 天幕から出ていくミツの後ろに控えるフォルテを見ても薄っすらと汗を出す者すら居たようだ。

 

 天幕を出た後、四人の妖精がミツに膝を降る姿は、周囲の兵にと動揺を走らせる行いでもあった。

 

「さて、レオニス様、アベル様、自分が出撃する前に、こちらの怪我人の人達を治療をしても宜しいでしょうか?」


「何? 貴殿がか?」


「そう言えばミツ殿に仕える彼女達は治療魔法も使えたね」


「はい。彼女達もできますけど、この人の数なら自分が広域的に使った方が早いかなと。因みに動けない怪我人が集められている場所って何処ですかね?」


 ミツの向ける視線の先の人々は腕や頭などに包帯を巻いてはいるが、動けない程でもないと次の出撃の準備などを行っている。


「ああ……あちらに見える医療区域の方に負傷兵は集めておる。大臣に案内させるゆえ、貴殿はあの者と共に向かってくれ。おい、大臣! ミツ殿を医療区域へ案内して差し上げろ」


「は、はい!? ぎょ、御意に」


「よろしくお願いします」


 テントを出た後、レオニスは近くまで精霊を見に来ていた大臣へと声をかけ、後を託す。

 兵の数も多く、道は少し兵でごった返す状態と大臣は人をかき分けるように道を進む。

 兵の数が増えているのはフォルテ達が遠目でも見えたり、天使が降臨したと勘違いした兵が一目見たいと野次馬状態になっているせいかもしれない。


「これ、道を開けぬか。客人の通りぞ」


「も、申し訳ございません!」


「ふー。失礼、何ぶん慌ただしい場にてお見苦しい場とございます。ミツ殿、これ以上先は貴殿のお目汚しとなりかねません。この辺にて……」


「そうですね。ここならば届くと思いますので」


「届くとは? なっ!?」


 大臣はミツの言葉に疑問符と首を傾げるが、直ぐに彼の身体が光りだす。

 ミツが手のひらを空に向け回復魔法の〈エリアヒール〉を発動。

 治療の効果は彼の〈ヒール〉のレベルが効果となる。

 分身がオークとゴブリンの集落を落とす際、ヒールのレベルはMAXまで上げてくれていたことに、エリアヒールの効果は広く広く、医療区域全体を包み込むほどの多くの怪我人を治療する事ができた。

 その分、勿論ミツのMPは1000の消費を受けたが、その分周囲の兵、医療テントの中にいた骨折などしてしまった重度の怪我も治療したことに、テント内からはざわざわ、ざわざわと驚きの声も聞こえてくる。


「なっ!? なっ!? えええっ!?」


「大臣様、要件は済みましたので戻りましょうか」


「さ、左様ですな……」


 ミツに言われるがままと踵を返そうとしたその時、大臣の顔に気持ち悪い笑みを一瞬浮かべさせる。


「いえ、ミツ殿、失礼ながら先にお戻りをよろしいでしょうか。突然の事に兵達も驚きに困惑しているのが見受けられます。ここは私めが場を落ち着かせますゆえ」


「あー。そうですね。……それじゃ、申し訳無いのですが後をお願いします」


「いえ! 兵達の傷を癒やし頂けたこと、誠に感謝いたします!」


 ミツは踵を返し、レオニス達のいる天幕へと戻る。

 そんな彼の後ろ姿を見つつ、大臣は内心で気持ち悪い笑いをこぼす。


(ヒョヒョヒョ。これはチャーンス! あの者が癒やしたこの場にはレオニス様の兵が大半を占めておる。と言うのも先行したのがあの筋肉莫迦王子の策のせいでこうも被害が出たのだが、まー今は良い。さて、医療担当者のあ奴は何処におるのか)


 大臣はキョロキョロと周囲を見渡した後、一つだけ黄色の旗を天辺に付けた天幕を見つけそちらへと足を進める。


「一体何が起きたと言うんだ……」


「ミッド様、この天幕以外にあります周囲の患者、全員の傷が癒えております!」


「そうか………。治療士も手が回らぬこの状況……。怪我人が治った事は助かったが、意味もわからず突然目の前で怪我人が治ると不気味だぞ」


「で、ですね……」 


 先程まで重度の怪我人の治療を行っていたミッド。彼はこの医療区域の責任者を任されている医療部の長である。

 緑色の髪の毛、医者としては如何なのか、彼の腰まで長い髪の毛が特徴であろう。


「入るぞ」


「げっ、大臣様!? この様な場所に何用で……」


 天幕内に入ってきた大臣の姿にミッドは一瞬悪態を吐き、嫌な表情を作るが、相手は格上と気をつけるが態度がさほど変わってない。


「んっ? 今、お主の口からげっと聞こえたが、気のせいか?」


「いえいえ、その様な言葉を貴方様に向けるわけもございません。改めてこちらに何用で? 我々は多忙のために長話もできませんので早々とお話をお願いします」


「フンッ……。相変わらず結論を急ぐ奴だな。まぁ良い。医療部のミッド長よ、お前も気づいておると思うが、今しがた、あるお方の力にて多くの者の傷が癒えたと思う。それに関してこれはレオニス様からの恩情と受け取るが良い」


「はぁ……」


「はぁとは何じゃ、はぁとは! 腹立つわ〜」


 ミッドのため息も仕方ないと側にいる人々は思ったろう。

 恩情も何も、怪我人を出すような命令をこの兵士達に送ったのは当の本人だろうと。


「い、いえ。多忙となるこの場にレオニスさまのお心遣いのご配慮、医療部の代表としてお礼申し上げさせていただきます」


「最初からそう言えば良いのだ、まったく……。うむ、それで良い。皆の者もよく心に刻み覚えておくが良い! お前らのその怪我はレオニス王子の恩情に治された事。本来ならばお前らの給金を減らして治療費を払わせるべきであるが、今回はお前らに請求はせぬ事を私が宣言する。以上だ」


(ヒョヒョヒョ。これでアベル王子の兵達、奴らの殿下への支持率も上がる事。アベル王子には悪いが、良いとこは先に取った者勝ちですぞ)


 大臣はヒョヒョヒョとまた気持ち悪い笑いをこぼしながら天幕を出ていく。

 ミッドの近くに控えていた補佐が近づき、出ていった大臣へと近くに塩があったら振りまきたい気持ちと彼女は声を上げる。


「な、何ですあの気持ち悪い顔の大臣は! ここにいる人達の怪我は誰の命令でこうなったか自覚してるんですか!」


「ピピン、止めておけ。あの大臣の言葉は兎も角、命拾いした奴らも多く出たのもたしか。……しかし、一体如何やって……誰が」


 補佐役であるピピンの言葉には真実が込められていた。

 今医療区域で怪我をしている者達、この半数以上がレオニスの軍から出た怪我人が占めており、更には彼らはレオニスの部下である五芒星のマッテオとフィリッポの兵達である。

 それ以外はアベルの配下であるコークとドナルドの兵。


「ミッド様、取り敢えず怪我人が減りました今のうちに、次の怪我人が来る前の準備をしておきます」


「ああ、頼む。皆もすまないが怪我が治ったものはベットを開けてくれ! お前達の様に次に運ばれるやつも同じ痛みと苦しみを抱えている奴らが来るからな」


 ミッドの言葉に場は別の意味で慌ただしくなる。

 彼の判断も間違ってはいないが、彼もまだ姿を見ていないミツの存在は、後の戦闘にて彼らの元に運ばれる重軽傷者は一気に減る事となるだろう。


 ミツはレオニスとアベル、二人に医療区域の人々の治療を終えた事を伝えると、やはり二人は驚きの表情を作りミツへと礼の言葉を添える。改めて場の鎮圧の為に離れる事を告げた後、ダカーポを背中の羽と変え空へと飛び立つ。

 ミツの向かうべき先は先ずは旧王都の外周。

 シャロットからは周りにも沢山モンスターがいる事を教えられている。

 外周偵察には冒険者達が使われている事をアベルから聞いていたので、念の為と彼らの安否も確認の為に飛び回ることにした。


「うわっ……改めて見ると何だか城だけじゃなく、王都からも変な空気が出てるね。一見空が曇ってるせいかと思ったけど」


 ミツの見る先の旧王城と旧王都。

 一般の人間からは、遠目にはただ雲に日の隠れた為に不気味に見えるだけかもしれないが、彼の持つ〈龍の瞳〉には禍々しい靄が城から溢れ、街を包み込んだ状態に見えている。

 街を守るための壁が壊された場所に視線を向けると、靄は街を超え、外にまで漏れている。

 また、近くには数十人の冒険者が何かと戦っている姿が目に見えた。

 ミツはそちらへと指を指し、精霊の四人へと指示を送る。

 

 ミツが離れた後、レオニスは直ぐに動き出していた。


「兄上! まさかご自身が向かわれるつもりですか!?」


 天幕内に戻ったレオニスは鎧をつけ直し、甲をかぶっては出撃する事をマッテオへと話し合っていた。

 そこにアベルの言葉。

 レオニスは今回の全体を纏める役割を王である母から言い伝えられており、アベルはその補佐役として付けられている。

 まとめ役の本人が本陣を離れ、出撃した後に何かあれば軍の全体に影響を出しかねない。

 アベルは自身に何の相談も無しに準備をする兄へと強く言葉をかける。

 しかし、それを鼻で笑うレオニス。


「何を言うアベル。ミツ殿が態々ここまで来てくれたのだ。王族である俺がこの場で兵に守られた状態で勝利の戦果だけを聞くだけでは、それは相手にも失礼であろう。それに貴様も先程聞いた通り。あの者の力にて我の軍の兵の傷は癒えた。また戦地に向かい、あの化け物共に今度こそ勝利の剣を突き立てるのだ!」


「「「おおっ!!!」」」


 レオニスの勢いに五芒星の三人の将軍も流されるように声を出す。

 本当に何かあってからでは危険と、ミツが来てもアベルの心の中では未だに警鐘が鳴り止むこともなく胸騒ぎが続いていた。


「くっ! 兄上は軽率過ぎます!」


「なにっ……」


 アベルの言葉にピタリと動きを止め、レオニスはアベルへと睨みを向ける。

 威圧感のある場の空気に一瞬口を閉じてしまいそうになるが、この場でレオニスを止める事ができるのは自分だけと、アベルは震える声を押し殺し兄へと意見する。


「今回の戦いは我々は下手に動くべきではありません! ミツ殿が援軍として来てくれた今は守りこそが確実な勝利を掴むと思われます! 兄上と私は動くときではありません!」


「黙れ、アベル! 臆病風に吹かれたか! ならば貴様はここに残り、この場を仕切るが良い。俺はあの者が魔物を引きつけるあいだに反対側から攻め込むとする」


「兄上!」


「くどい!」


 反発しあう二人だが、戦場ではレオニスとアベル、両方の意見も実は間違っていない。

 ミツと言う万の兵に値する彼が援軍と来てくれたこの時、レオニスの様に兵を動かし、敵の殲滅戦に参加することに早期の鎮圧も可能である。

 また反対にアベルの様にミツに頼りがちな考え。後は彼に任せるのも王族の考えであり、冒険者のミツの役割でもある。

 その為、どちらの選択を選ぶかは最後は場の一番の発言力を持つレオニスの判断が優先される。


 レオニスは戦場が動いたタイミングと自身も騎馬にまたがり、旧王都へと数千の兵を連れて本陣を出撃する。


 ミツが向かった先では、冒険者達があるモンスターに苦戦を強いられていた。


「くっ、王族からの依頼、金の羽振りは良いがやはり汚え仕事は俺達の役回りか。よりにもよってアレの討伐かよ」


「どうする、引きつけるのも限界があるぜ」


「でもよ、あれが正門の方に流れちまうと俺達のミスと貴族たちからは言われかねねえ。今は殺られちまった奴らを餌としてるのか足止めはしてるけどよ……この状況じゃ」


 冒険者たちが見る先には、数十のモンスターが冒険者を餌とし動きを止めている。

 食べる事に夢中になっている今こそ攻めるべきなのだが、先程彼らは目の前の敵、馬型のモンスター、バイコーンの群れに挑み返り討ちと撤退し、物陰から様子を伺った状態となっている。

 口を開いた者は周囲の現状を確認。

 仲間がやられたパーティーも中にはおり、ガタガタと震え戦闘には使えない冒険者も近くに居るのか、その者は悪態を吐きつつ、捨て身覚悟と挑む事を考えたその時だった。

 人間の肉をブチブチと引きちぎり、食べる事に夢中になっていた一頭のバイコーンが突然バタリと地面に倒れたのだ。

 突然近くで仲間が倒れた事に驚き首を上げ、食べる事を止める他のバイコーン。

 数体のバイコーンが周囲を警戒するが、先程逃げた冒険者の方を見てはそちらからの攻撃かと視線を向ける。

 するとまた近くのバイコーンがバタバタと倒れる。

 一気に警戒を上げたバイコーンは、馬のような鳴き声を出しつつ、地面に大きな蹄を叩き付け怒りを見せる。

 冒険者の方は突然倒れるバイコーンの様子に戸惑い、動きを止めてしまっている。

 

「なっ!? 何が……」


「上だ! 上に何か居るぞ! あれは、天使!?」


「「「!!!」」」


 冒険者の一人が上空に視線を向けると、そこにはキラキラと光る羽を散らす五人の天使が目に入る。


「フォルテ、メゾ、二人は自分と共にあのモンスターの掃討! まだ他にもあれはいるから、今は回収するスキルは気にしなくていい。ティシモとフィーネは生きている人がいないかを確認後、その場から遠ざけて回復を!」


「「「「はいっ!」」」」


 ミツは〈マジックアーム〉にて弓を作り構えを取り、貫通性の高い水属性の〈マジックアロー〉にて〈連射〉を放つ。

 フォルテとメゾも槍先をバイコーンに向け光の光線を放つ。

 放たれた光は途中で細かく分散していき、ミツの連射と同等の数の光がバイコーンの集団へと降りかかる。


バイコーン

Lv44  悪馬種


恐声 Lv4

ナイトメア Lv8


 バイコーンの皮膚はとても固く、大剣でも断ち切る事ができないほどに硬い。

 しかし、一点に集中した攻撃には耐えきることはできず、バイコーンの皮膚を水の矢と光の閃光が貫いていく。

 あちらこちらからバイコーンの断末の声が響き、最後の一体とミツの矢がバイコーンの頭を貫いた。


「す、凄え……。あの化け物みたいな魔物が全滅やと……」


「お、おいっ、見てみろ! やられた奴らが光に包まれてこっちに来るぞ!?」


 バイコーンに襲われていた者たちの中にはまだ生存者が居たのか、ティシモとフィーネの槍先から出る光にて球体の光に包まれ運ばれ地面に降ろされていく者たち。

 残念ながら既に亡くなったものもいるが、今は生存者を優先と彼女達の治療を受けるだろう。

 

「大丈夫か!? 酷え、あっちこっち食われて血だらけじゃねえか……」


「うっ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「い、生きてる!? 誰か! 誰が回復が使える奴はいねえか!? 若しくは薬を分けてやれ!」


 叫ぶ冒険者の上空にてフィーネが怪我人へと槍先を向ける。

 すると彼女の光は怪我人の傷を癒やし、応急処置以上の治療を行う。


「「「!?」」」


「えっ……き、傷が……」


「「「「ええええええっ!!!!」」」」


 空から降り注ぐ光を受けた冒険者。

 彼は先程まで虫の息と荒々しい呼吸をしていたにも関わらず、むくりと上半身を起こし何事も無かったように自身の腹部を確認。

 突然瀕死の冒険者が起き上がったことに周囲の冒険者達も驚きの声を出すしか無かった。


「見てみろ! 他にもやられた冒険者達が天使、いや、天使様に治癒されていくぞ」


 一人の男が指を指す方には、次々と身を起こす冒険者達。


「ってか、あれって確かこの間アルミナランクになった奴がガランドさん達との戦闘で見せた天使じゃ……」


「なっ!? アルミナランクの冒険者が来たってことか!? 何処だ!? 俺、その時その戦いを見てねえから誰がアルミナランクになったのか知らねえんだよ!」


「あ、あれじゃないかな……。ほら、天使様の間にいるあの黒髪の子」


「が、ガキじゃねーか!?」


 空を見上げると、仲間へと光を当てる天使とは別に、女性冒険者が見つけたのは翼を付けたミツの姿。

 ミツの姿に悪態を履いた冒険者は直ぐに近くに居た冒険者から頭に拳が落とされ、下手な事を言うなと叱咤される。


「莫迦野郎! 外見が子供に見えたとしても、相手はグラスの俺やお前よりズッと上の伝説級のアルミナランクだぞ!」


「痛えな……。ま、まぁ……確かに……。ホント、もしあれが俺達に向けられた敵の攻撃だと思ったら……ううっ、震えが止まんねえぜ」


「お、下りてきた……。あいつ、倒したバイコーンに何する気だ……」


 ゆっくりと上空から降りる羽を広げた三人の天使。

 ミツの背中から翼を解除と姿を見せるダカーポ。

 五人の精霊は綺麗に横並び。

 その前に出るミツは倒したばかりのバイコーンへと手のひらを向け、そして。


「おいで……」


 彼のその言葉に地面に倒れた数体のバイコーンから黒い炎が燃え広がる。


《〈主の呼び声〉により、幻獣召喚にバイコーンが幻獣として登録されました》


「よし。皆お疲れ様。皆のおかげで何人もの冒険者の人が助かったよ」


「いえ、あの者たちが命を繋ぎ止めましたのはマスターのお力故にございます。現に私とメゾがマスターと共に魔物へと攻撃を仕掛けましたが、二人の攻撃合わせてもマスターの討伐数には劣っております」


「流石私のマスターです!」


「フフン、矢の手数なら自信あるからね」


「それはそれは。今後もマスターのその武勇に優れたお姿、側で拝見させていただきたいです」 


「まぁ、それでも被害なしって事はできなかったけどね……」


「マスターがお心を傷める必要はございません」


「ティシモ……」


「あの者たちは自身の決断にてこの戦いに足を踏み込んでおります。マスターがこの場に来なければ、更に魔物は多くの人間を餌としておりました」


「うん、ありがとうティシモ……。取り敢えずあの人達は大丈夫そうだね。このままギルドに帰るなり本部の天幕がある方へと戻るのは彼らの自由として……あれもバイコーンなの?」


ミツが見る先には遠目にも大きなバイコーンの姿。

 鑑定するとバンブバイコーンとバイコーンの進化種であろう。


バンブバイコーン 悪馬種

Lv70


リビングミサイル Lv9

カースボイス Lv6

ナイトメアフォース Lv8

恐声 Lv8


 身体の皮膚は全て真っ黒。

 白の鬣をなびかせ、こちらに走ってくる様子が見てわかる。


「んー。倒したバイコーンと比べると、あれは3倍はありそうな大きさだね」


「マスター。ここは私めに是非お任せください」


 ミツが手に〈嵐刀〉を出そうとしたその時、後ろに控えるダカーポが恭しく膝をつき、戦う意志を示す。

 ダカーポ一人で大丈夫なのかと思っていたが、姉であるフォルテ達がいざとなれば手を貸すこと、またミツの演奏スキルをダカーポに聞かせれば問題ないとユイシスからの言葉。

 

「ダカーポ? んー。じゃ、スキルが取れる状態までお願いしていいかな?」


「はい! マスターのご希望、必ずお応えいたします」


「ダカーポ、自身のその言葉をやり遂げなさい」


「お姉ちゃん、あんまり暴れないでね」


「はいはい、分かってますよ」


 ティシモとフィーネの言葉にニカッとはにかむ笑顔を向け、彼女は空へと飛んでいく。

 彼女の後ろ姿には不安など無く、見送るミツも安心して演奏スキルを奏ではじめる。


 ダカーポとバンブバイコーンの戦闘。

 先手はダカーポの槍の一撃が入り、バンブバイコーンは大きく首を動かす。

 衝撃を殺すためと前足を上げるバンブバイコーンは更に大きく見えるが、フンッと笑みを浮かべるダカーポにはただの的にしかならない。

 体重を乗せ、前足の蹄にてダカーポへと攻撃を仕掛けるがそれを軽く払い、下りてきた頭へともう一度攻撃を入れる。

 二度目の攻撃の威力を殺すことはできなかったか、バンブバイコーンが大きく後退した。

 たった二発、それだけでも既にバンブバイコーンの意識は朦朧とし、口からはダラダラと血を混ぜた唾液が流れ出す。


「ちょっと、もう少し粘りなさいよ。折角マスターに良いところ見せようとしたのに」


 ダカーポの言葉の意味は勿論バンブバイコーンは理解できない。

 しかし、相手が自身との戦闘に呆れた雰囲気を出した事は感づいたのだろう。

 ピキピキとバンブバイコーンの顔には血管が浮き出した。

 馬のような鳴き声を出したと同時に、バンブバイコーンのスキルが発動。

 相手の戦闘能力を下げる〈カースボイス〉そして、いくつもの黒い槍を浮かせ、狙った的に当たるまで追尾する〈リビングミサイル〉のこの二つを発動。

 身体の重みを感じるダカーポは真面目な表情に変わり、先程よりも素早い空中移動を始める。

 リビングミサイルの追尾型は相手の速さに付いていけるのか、地面すれすれと直角に空中移動を変更したとしても地面に激突することなくダカーポの後を追っていく。

 

「……フッ」


 リビングミサイルがもう少しでダカーポに当たると思える側まで来たとしても、彼女の顔には笑みを作らせる余裕がまだあった。

 ダカーポは更に飛行速度を上げ、リビングミサイルを突き離した。

 バンブバイコーンはならばと、広範囲攻撃の〈ナイトメアフォース〉を発動。

 黒の雲が突然ダカーポの飛ぶ先へと展開。

 彼女はそのままナイトメアフォースへと突っ込む。

 ナイトメアフォースの中に入った者は闇属性の攻撃を受けることになる。

 精神崩壊、闇の刃の攻撃と、バイコーンの放つ〈ナイトメア〉と効果は同じだが、単体に発動するナイトメアよりも抜け出すことが困難なスキルがナイトメアフォースだ。

 しかし、精霊であるダカーポには精神崩壊の効果は無く、更にはナイトメアフォースに突っ込む際、自身の羽を使いまるでカイコの繭の様に包み込み外からの攻撃を防いでいた。

 弾丸の様にナイトメアフォースから出てきたダカーポはそのままバンブバイコーンへと突撃を仕掛ける。

 バンブバイコーンも何度も殴られてたまるかと、ダカーポの槍の攻撃を鋭い歯にて止めようとする。

 だが、槍を突き出したダカーポが寸前に光の粒子へと変貌。

 驚きつつ、何もない空中をガキンッとバンブバイコーンの歯が噛み合う音が響く。

 そのまま光となったダカーポはすり抜け、後方に彼女は姿を見せる。


「残念でした。狙いは良かったけど、お前の攻撃は私には当たらないわ」


 その瞬間、ダカーポを追尾していたリビングミサイルが真っ直ぐにバンブバイコーンへと次々と突き刺さり、断末の叫びを上げた。


「おー、上手いね。追尾型の攻撃対策には確かにあれは一つの手だよね」


 そんな感想を述べる間も、ダカーポは反撃と攻撃を仕掛ける。

 脚を払い、地面に倒れた所に光の閃光を当て更に攻撃は続く。

 一方的な戦いの後、まさに産まれたての子鹿の様に足を震わせたバンブバイコーン。


「マスター、ダカーポは十分に役目を果たしたかと」


「そうだね。ダカーポ、ありがとう〈スティール〉」


 代わりに戦闘を行ったダカーポへと感謝を述べつつ、ミツはバンブバイコーンのスキルをスティールにて奪う。


《スキル、〈リビングミサイル〉〈カースボイス〉〈ナイトメアフォース〉〈恐声〉を取得しました。条件スキル〈カースドラッシュ〉を取得しました》


リビングミサイル

・種別:アクティブ。

相手に当たるまで追尾する槍を出す。

レベルに応じて威力が増す。

※放つ槍は使用者の属性が大きく影響する。


カースボイス

・種別:アクティブ。

相手の戦闘能力を下げる。

レベルに応じて効果が増す。


ナイトメアフォース

・種別:アクティブ。

闇属性の攻撃を広範囲の相手に与える。

また受けた者は精神崩壊を低確率にて発症する。


恐声

・種別:アクティブ。

恐怖に震え、精神力を弱らせる効果を出す。

レベルに応じて効果が増す。


カースドラッシュ

・種別:アクティブ。

黒の刃をいくつも作り出す。

威力は使用者の魔力量に変わる。


「マスター! 私、頑張りました!」


「ダカーポ、うん、お疲れ様。自分も参考になる戦い方だったよ」


「えへへ」


 ダカーポは駆け寄るワン子の様にミツへと飛びつく。

 彼も彼女一人でバンブバイコーンを討伐したことに手放しで褒めの言葉を送れば、更にダカーポはニコニコの笑顔。

 ミツから見てもダカーポたち精霊は美人や可愛い容姿の娘である。

 それはミツが彼女達へと初めて名付ける際、願望と言うイメージが強く影響している。

 しかし、彼女達を生み出した親心と言う物なのか、ミツの中では精霊に対して欲はそれ程無く、今は彼女を愛眼する気持ちが一番なのだろう。

 ポンポンとダカーポの頭を軽くなでたのち、彼は瀕死状態のバンブバイコーンへと近づく。

 瀕死の状態の生き物は痛みにその動きを止めるか、若しくは最後のあがきと暴れるかのどちらかである。

 目の前の敵は後者を選んだのか、近づく者は噛み殺す勢いとガチガチと強く歯を鳴らしている。


「お前は強かったよ。だから自分と共に来てくれる事を願うよ」


 ミツは手を手刀の形と変え、横に一線切る。真空の風〈エアスラッシュ〉はバンブバイコーンの首をスパッと一刀両断と永久の別れとした。

 

「おいで」


 亡骸となったバンブバイコーンの頭を持ち上げ、〈主の呼び声〉を発動。

 黒く燃える頭から出てきた炎はミツの中に吸い込まれるように消えていく。

 そのまま亡骸をアイテムボックス内に入れた後、こちらに向かってくる地鳴りの音へと彼は視線を向ける。


「バイコーン達の声に引き寄せられてか、次が来たか。誰か、自分を空に上げてもらえるかな」


「マスター、わ、私が」


「うん。フィーネ、頼んだよ」


「はい!」


 またミツが上空に飛びたいことを告げれば、フィーネが勇気を持ってミツの翼となる事を挙手。

 メゾが咄嗟に腕を上げようとするが、隣に控えた姉のティシモと妹のダカーポに腕と肩を抑えられていたが、まぁ、気にしないでおこう。

 フィーネはおずおずとした様子にミツの背後に周り、ぎゅっと小さくもない胸を当て、彼の中に吸い込まれるように消えていく。

 

 また上空に飛び上がったミツの見る先は軍馬の群れに思える程のバイコーンとバンブバイコーンの数。その数軽く見ても300は超えているだろう。

 普通の冒険者や兵達が見れば、その光景は絶望が走ってくる光景にも見えるかもしれない。

 しかし、彼は違う。

 被害者も出ている中不謹慎かもしれないが、彼の目には馬の群れはスキルと経験を背中に乗せた獲物にしか見えていないのだ。


「皆のおかげで覚えていたスキルの検証もできるから助かる。四人とも、冒険者たちの皆さんがこれ以上怪我をしないようにフォローよろしくね」


「「「「はい、マスターのお望みのままに!」」」」

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