第249話 アーネストナイトは止まらない。

「えっ? 依頼ですか?」

 

 シャロットから進むべき道を教えてもらった後、フロールス家からダニエルと共にセレナーデ王城へと戻ったミツ。

 そこでマトラストがミツへとギルドに依頼を出した話を受ける。


「うむ。少し急ぎの依頼でスマヌが、君に頼ませて頂いた。ギルドの方には既に連絡は入れておるので、是非君には受けて欲しい」


「なるほど。でもそれなら直接言ってくれても良かったんですが?」


「んっ……。フッ、いや、君ならそう言うと思っていたがね。折角稼ぐチャンスがあると言うのに、君にタダ働きさせるのも申し訳ないと王からの気持ちだと受け取ってくれ。まー、正直言うならギルドを通さずに君に依頼を出してしまうと、冒険者ギルドからネチネチと小言が飛んでくるかもしれんからな。本音はこれだよ」


 ギルド本部のエヴァなら確かに言ってくるかもしれないとミツは苦笑を浮かべる。

 

「ああ、なるほど。ではその依頼、受けさせて頂きます」


(急ぎと言っても、人に急ぎでとか言う物程に実はまだ余裕があったりするんだよね……)


 ミツは前世で仕事場にて上司に言われた事を思い出してしまう。後に本当は一月近くも余裕があった内容と知った時はイラッとしたもんだ。


「うむ、助かるよ。ダニエル殿、貴殿には伯爵から辺境伯への叙爵の際、必要な物などを私が覚えている限りをお伝えしておこう。後になると面倒な手続きがあるからな」


「はっ! マトラスト様のお気持ち、感謝いたします」


「ああ、でも間もなく貴殿も辺境伯。肩を並べたその時は、是非ともその口調を崩して友人として付き合おうではないか」


「はい。是非とも」


「ではミツ殿、スマヌが頼んだよ」


「分かりました」


 王城に戻って早々と三人はそれぞれとやる事があるのでこの場の解散である。


「という事で依頼を受けに来ました」


「ミツ様、お待ちしておりました」


 冒険者ギルドにて、受け付けカウンターで対応をしてくれる副ギルドマスターのボリン。

 彼女の対応に少し戸惑うミツだが、周囲の視線がそれは仕方ないと彼は諦める。

 ライアングルの冒険者ギルドで受けた視線とは別に、ここでの視線は途切れることなくミツへと向けられている。

 それは先程、ギルドに入った早々、すれ違う人からは怯える様に避けられ、遠目にコソコソと人の噂話をするほどだ。

 あいつがあの戦いを?

 あいつが竜を?

 あいつって、あいつあいつ五月蝿いよ。

 勿論中には尊敬の念を込めた嬉しい視線や声も聞こえている。

 そちらには笑みを向け、陰口をこぼす方は関わらない為にもスルーである。


 ミツに頼まれた依頼内容を聞きつつ、もしかしての気持ちとユイシスへと質問する。


(ユイシス、もしかしてさっきシャロット様が言ってた場所って)


《はい。今ミツが依頼として受けました場所と同じ、旧セレナーデ王城のある場となります》


(ああ、やっぱりか。でも運が良かった。同じ場所なら一緒に依頼も済ませることもできるね。んっ? 待てよ)


 ミツは周囲に聞こえないように声量を少し落とし、大事なポイントをボリンへと質問する。


「あの、救援依頼と言う事ですが……それはレオニス様とアベル様、どちらを優先して救出すればよろしいでしょうか」


「……」


 しかし、彼の質問にボリンは答えることができなかった。

 彼女の立場上、何方を優先してくれなど口にすることもできない発言。

 ミツは答えづらい質問をした事に彼女に謝罪。

 

「すみません。あれですね……。現状を見て判断する事にします」


「はい。どうか、よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げるボリン。

 取り敢えず依頼は引き受けたとミツは早速北にある旧王城へと向かうのだった。


 旧王街にて。


「「「「「ゔおぉぉぉ〜」」」」」


「集団で来るぞ! 盾の隙間から槍を構えよ!」


「「「おうっ!」」」


 半身を骨、半身を腐敗させた肉を付けたゾンビが群れとなり兵士達へと襲いかかる。

 ゾンビは突撃しかできないのか、兵の突き出した槍に自身から突っ込み、槍先にて肉を切り裂き腐血を振りまく。


「くっ! 臭え、気持ちわりいなぁ!」


「莫迦者! 腐血が口に入るぞ! 動きを止めたゾンビの首を切れ! そいつらは突き刺した程度では止まらぬ!」


 戦慣れしていない兵の一人が悪態を吐くと、彼らを指示する隊長から激言と言葉が飛ぶ。

 彼らは直ぐにゾンビの首へと剣を突き刺すが、暴れるゾンビは肉も骨も硬く、更にはその勢いに怯え、握る剣に力が入らぬ兵が切り落とすことに手間どう。


「ゔおおおお!!」


「ひっ!」


「てやあああぁぁぁっ!」


 そこに一人の女性剣士のひと振りが兵に襲いかかるゾンビの首を切り落とす。


「臆するな! 我々がここでやられては他の部隊にこいつらが流れ、更に仲間に大きな被害を出すぞ!」


「ネミディア副隊長!」


 部下の兵を守る為と、自身が危険なゾンビの前に立つ彼女はアーネストナイトのネミディア・シングルトン。

 レオニスと大臣の命によりライアングルに現れたロストスキル使用者(ミツ)の情報を得る為と数日前に向かわせ、城へと戻ってきた戦士。

 彼女は目的地にたどり着いた時には無一文。偶然にも知り合いでもあったディマスに拾われ、離れる際に温情として数枚の金を受け取り任務遂行とロストスキル使用者の情報を得た。

 これで彼女の任務は無事に成功?

 しかし、その時既にミツは王城におり、ヒュドラを出しては犯罪者たちを断罪とばかりに暴れていたのだが、まーそれは結果論だ。

 彼女は一頭の馬をディマスから受け取った金で買い、馬が一日走れるギリギリの距離を走り、何とか城へと戻ってきていた。

 

 早速と彼女はレオニスと大臣の前に膝を降り、ロストスキル使用者の情報を二人へと伝える。

 

「以上が私がフロールス領地、ライアングルの街にて得ましたロストスキル使用者、ミツに関しての情報にございます。この情報がレオニス様、大臣様のお力になればと……あれ?」


「「……」」


 深々と頭を下げたままにネミディアは報告をするが、二人の反応が全く無いことに疑問と恐る恐る頭を上げる。


「あー。うむ、ネミディア。いや、ミディアよ。ご苦労であった……。確かにお前の情報は間違いではない……な……」


「間違いではない……。はっ!? 流石レオニス様にございます! 私の他にも情報収集と兵を向かわせていたのですね! くっ! その者よりも一歩出遅れるとは、このネミディア、一生の不覚!」


「違うわ莫迦者!」


 ネミディアは勘違いした深読みをしたのか、尊敬の念を込めレオニスへと改めて頭を下げる。

 そこに大臣が静かに近寄り、室内用の靴にて、ネミディアの頭にスパコーンっと良き音を出す一撃を入れた。


「あ痛っ! だ、大臣様、何を!?」


「グヌヌ。お前が城に戻ってくる数日前には、フロールス領地に向かったアベル王子とカイン王子、二人はそのミツの力、トリップゲートにて早々と城に戻ってきておったのだ! お前はフロールス領地、ライアングルの街に行った時に疑問と思わぬかったのか!? アベル王子とカイン王子、両殿下の兵が滞在されいることを示す兵や旗がその街の何処にも無かったことを!? 」


「えっ? ……あっ、そう言えば」


「ど阿呆者が!」


 王族がその街に滞在する際、街の入り口には王族の旗が必ず掲げられる。

 それは庶民の為の目印では無く、その街に来訪した貴族たちの為のはからいの目印である。

 王族が来ていることも知らず、挨拶もせずに去ることも失礼だが、もし偶然にもその街にて王族と鉢合わせしてしまった貴族の失礼が無きようの為。

 ネミディアも貴族の娘である故、そのことを知らないはずがない。


「も、申し訳ございません! こうなれば、どうか私に罰を! な、殴ってください! この不甲斐なき私を!」

 

「むふふ〜。ええのんか、ホンマにええのんか〜」


「うわ〜。やっぱり嫌かも……」


 ネミディアの言葉に大臣がべろりと舌を出し、ゆっくりと彼女へと近づく。

 そして、彼女の背後に周り、しゃがんだ事に鎧の隙間から出ているプリッとしたお尻へと大臣の平手がスパーンっと音を鳴らす。


「おりゃ! せい! せい! おまけにせい!」


「ひっ! 痛っ! お尻ばっか! ひいっ!!」


「大臣、止めんか……」


「うへへ。たまらんな〜。おなごの尻はたまらんな〜」


「止めろ、変態が!」


「アベシ!」


 レオニスの蹴りが大臣へとヒット。

 大臣は部屋の壁の方にゴロゴロと転がり、ネミディアの方へと視線を向ければ、彼女は自身の両手で臀部を押さえていた。


「うっ……。ううっ……。汚いおっさんに汚された……ううっ」


「全く。俺の部屋で変態なことをするな、変態が」


「二人してヒデエェ!」


 ネミディアの罰はもう良いと、身を正すように軽く手を振るレオニス。

 

「さて、ミディアよ。まー、一応お前は任務を遂行させたことは褒めてやろう」


「はっ! レオニス様のそのお言葉、このネミディア、一生の喜びにございます!」


「お前、何回一生があるんだよ……。いや、それは良い。今回、お前の情報が遅かったのではなく、あの者が異様な方法にて弟達のアベルとカイン、二人を城へと連れ帰ったことは我々も予想外の事。我々が読めぬ事を、お前が対処できぬのも仕方ないと目をつむろう」


「おお、ありがとうございます! レオニス様の深き心にこのネミディア、一生の喜びにございます!」


「お前の一生尽きねーな……」


 大臣の言葉に、俺も同意見と目を細め呆れるレオニス。


「コホン! さて、そこでミディア、お前には次の任務を与えるとする。心して聞け」


「はっ!」


「うむ。実は先程王より俺とアベル、二人に出陣の命が出た。その部隊の一つにお前を加えてやろう」


「なっ!? わ、私をですか!?」


「殿下……。しかし、ミディアはまだ新兵にございます。殿下の部隊に入れるのは……」


「まあ、考えは確かにまだ新兵レベルだろうが、俺の任を無事に遂行させたのだ。そこを認めねばな」


「ありがとうございます! このネミディア、一生の」


「もうええわ!」


「はっ!」


「……んっんん。しかしだ。大臣の言う通りお前はまだ新兵である事は間違いない。流石にいきなり部下をまとめろとは俺も言わん。そこでだ。お前は遊撃部隊の副長として任命する」


「副長! 私が、副長……」


「……!」


「そうだ。そこで部下をまとめる技術を学び、いずれお前は隊長となり、百人、千人、万人と兵をまとめる将軍を目指すのだ」


「な、な、な……。将軍……うへっ」


 レオニスの言葉に、彼女の頭の中では自身が白馬にまたがり、剣を高く突き上げた勇ましい声を上げ、その声に応える数千の部下の兵の姿に妄想を浮かべてしまう。


「長旅にて疲労もあるが、如何する。このまま家に帰って旅の疲れを取るのもよかろう。若しくは……俺様の兵の一人となり指揮を取る騎士(駒)となるか……。さっ! お前は何方を望む!」


 選択を突き出されるが彼女の中ではそれは選択にもならない問題であった。 

 ネミディアはパシッっと音がなるほどに強く掌に拳をぶつけ、レオニスへと戦士の礼を取る。

 

「はっ! 私が望むはレオニス様の兵にございます! 先程の言葉にて私の疲れなど消えております! 如何か、この私めを部隊にお加えくださいませ!」


「よかろう! ならば直ぐに準備をするが良い! お前を待つ遊撃部隊、スラー隊へと!」


「はっ!」


 ネミディアは直ぐにと踵を返し、カツ、カツ、カツと音を鳴らし部屋を退出して言ってしまう。

 ネミディアが退室した後、大臣はレオニスへと彼女が配属されるスラー隊の話を出す。


「殿下、あの……」


「何だ、大臣」


「確か私の記憶では、遊撃部隊のスラー隊は一番に戦場に出る部隊だったはず……」


「フンッ、何を今更。戦場と言うのは、どこの部隊に配属されようと早かれ遅かれ戦う事に変わりはない」


「いえ、それは理解しております。ですが、確かスラー隊に配属される者は基本問題事を起こした者ばかり。一応女であるあの者を入れたとしたら、早々と他の兵に食われるのでは?」


「フッ。莫迦かお前は。女のあいつが戦場で使えるとしたら、兵達のはけ口役としても役に立つであろうが」


「なるほど……(まぁ、あいつの体ならば良い適役と言うことか……。ああ、先に味見しとけば良かったか)」


 そんな事を話した後、大臣はネミディアから受け取った報告書の中身を見て唖然と動きを止めてしまう。

 内容はミツの事ではなく、貸し与えた名馬を失った事、またネミディアが使っている鎧一式の修繕費、そして彼女が任務にて失った金の総額の補填。

 なんとその金額、金貨68枚(日本円にて68万)である。

 大臣はそれを見てみぬふりと、レオニスの使える軍用費から使う事にした。


 そして、ネミディアがスラー隊がいる場へと向かえば案の定。 

 女であるネミディアは飢えた狼の中に入れられた餌の如く、直ぐに絡まれてしまう。 


 しかし。


「ぐへっ!」


「どうした! 私が女と思って甘く見たか! 私はレオニス様直々とこの部隊の副長を任命されたネミディアだぞ! その意味をもう一度考え、そこに倒れた愚か者と同じ事を私にするがよい!」


 ネミディアは新兵であるが、レオニスの予想を超える程に剣のレベルは高く、彼女の莫迦力も加わりかなりの強さ。

 剣を交えた男は勢い良く壁に吹き飛ばされ、今は白目をむいて気絶している。

 莫迦で無鉄砲な彼女でも、力は無法者の兵よりかは上である。

 スラー隊の隊長もレオニスの命令であるが故、渋々とネミディアを副長の席へと座らせた。

 因みにネミディアに吹き飛ばされた男がスラー隊の元副長であったりする。

 ネミディアの力を見せられた兵たちは、彼女をはけ口として考えることなく、出発の日まで大人しく彼らは進軍の準備を行っていた。


 そしてその日。

 ネミディアはスラー隊の副長となり、北にある元王城へと進む。

 彼女は隊長の補佐として動き、兵のサポート役として剣を振るいゾンビを蹴散らしていく。

 しかし、偵察部隊の報告とは異なり、ゾンビの数に苦戦をしいられていた。

 指示を出すのは隊長だが、実はこの隊長、成り上がりに上に行った隊長であり、実は隊長になってまだ一年も経っていない若輩者。

 そんな事を知らされていないネミディアは、隊長の誤った判断は作戦のうちだと思い、自身も下手に口が出せない状態となっていた。

 それが最悪な結果に足を踏み込む状態。

 スラー隊は他の部隊から離れすぎて、元王街の中心にて孤立した状態となっている。 

 混乱が続き、何人かの犠牲も出しつつもギリギリのラインにてゾンビの数を減らしてもいる。

 しかし、彼らは勘違いしていた。

 彼らは後ろに他の部隊が居ると思っているが、孤立した部隊の後ろは仲間の部隊では無く、ゾンビ達が数を集め始めている。

 この事にまだ気づいていないスラー隊の面々。

 隊長の判断もそこまで頭も回っていないのか、退路の確保が全くできていなかった。


「くっ! 仕方ない……。ネミディア! お前にここの死守を命ずる! 私は数人の部下を連れ後方の援軍を連れ直ぐに戻る!」


「……」


「「「!!!」」」


 隊長のその言葉に驚く兵士達。

 ネミディアはその言葉の意味を考えた。

 しかし、考える事が苦手な彼女の頭では、瞬時に答は出すことはできなかった。

 その為、彼女の返した返答は了承。


「了解しました!」


 自身がこの場を任されたのは隊長の期待あっての事。

 ネミディアは握る剣をゾンビの群れへと向け直す。

 隊長はほくそ笑む笑みを残し、そそくさと数名の部下を連れてその場を離れてしまった。

 明らかに逃げ出すようにその場から離れた隊長の背中を見送る他の兵士達。

 彼らは見捨てられたと怒りをネミディアへと向ける様に言葉を吐き出す。


「副長! 何故留まることを承知なされたのですか!? 失礼ながら副長はこの状況をご理解できない無知者にございますか!? 今からでも遅くありません! ここに残りました兵に撤退の命令をお出しください」


 一人の兵がネミディアへと不満をぶつける様に口を開けば、他の兵士達も彼女へと視線が集まる。

 ネミディアも撤退すべき状態だと言う事は薄々と理解しているが、命令と言う言葉が彼女を縛っていた。

 彼女は狼狽える兵たちへと怒気のこもった言葉を告げる。

 

「臆するな! お前たちは勇敢たる王国兵ではないか! よいか! 隊長はこの場の死守と言った。つまりはこれ以上先に進む必要も無く、先を掘り返し、新たな敵と戦う必要はないと言う事だ! 今目の前に居るゾンビを倒した後は、近くにある材木や何でも構わん、この場にて壁を作るのだ! 貴殿たちの働きの速さが自身の安全を高める! さっ! 四の五の言わず先ずはゾンビの掃討を済ませるのだ!」


 理不尽にも自身が責められた状況にも関わらず、更には彼女は臆することなく、凛とした態度に自身たちへと奮起させる声を飛ばす。

 ネミディアの言葉は、動揺としていた周囲の兵の気持ちが冷静さを戻すには十分な効果を出した。

 兵達はネミディアの指示のもと、目の前に居るゾンビを掃討し、直ぐに前方の通路の道を塞ぐためと民家の中にある家具や外に積み重なっていた材木などを積み重ねていく。

 後は後方から隊長が援軍を連れて来るのを待つだけだ。

 しかし、その希望が叶うことは残念ながら無かった。

 スラー隊の隊長はここぞとばかりと後退をしていたが、道中先程とは比較にならない程のゾンビの群れと鉢合わせ。

 彼は助けを呼ぶ声を出す前と、一体のゾンビから喉元を噛み千切られ、うめき声を出す事もできずにゾンビの餌となってしまった。

 また隊長に付いていった数名も数に押され、生きたままゾンビに食われると言う恐怖を味わう事に……南無。


 ネミディアが自身達の部隊が孤立してしまった事を気づくには、先に撤退した隊長が退路と使用した方角から敵が来たのを見た時であった。

 もはやここまでかと彼女の頭にその様な考えがよぎった時である。

 防壁の為と近くの民家の家具などを集める際、兵の一人が動かした棚の後ろに家の造りとは異なる道を見つけたと彼女に報告が入る。

 もしかしたら隣の家と繋がってるのでは?

 しかし、その先にもゾンビがいるかもしれない。いや、下手をしたらもっと最悪な物と出くわすかもしれない。

 彼女は一瞬悩むが、バリケードに使用していた家具にも限界が来たのか、集まるゾンビが前にいるゾンビを踏み台とし、上から迫ってくる状況まで彼女達は追い詰められていた。

 ネミディアはこれ以上被害を抑えるためと、外に今も集まるゾンビの相手をするのは避け、まだ対策は取りやすいとネミディアは残された兵を連れてその通路を進むことにした。

 

 数名を先行させた後、安全を確認できたと怪我人を抱え次々と隠された通路へと避難するスラー隊。

 底辺の運の悪さを持っていた彼女も、ほんの少しだけミツに関わったことに彼女にも運が回ったのかはまだ分からないが、一先ず隠された道の先にはアンデッドの一体も彼女達は遭遇することは無かった。


 空の上、上空にて目的の場所へと移動するミツ。

 間もなく目的地に到着のアナウンスをユイシスから受け取る彼は、翼となったダカーポへと速度を落とすことを促す。


「もう直ぐか。レオニス様かアベル様の軍の人がチラホラと見え始めてきたけど、本部と思わせる場所はまだっぽいかな? あっ、でも城は見えてきた」


 遠く離れたセレナーデ王国の旧王城と旧王都。

 人並外れた視力を持つ彼の目に見えたのは色あせた外壁、そして欠けた屋根など廃城と思える建物であった。


(はぁ、もうマスターの翼となるお役目は終わりですか)


(ダカーポ、ここまでありがとうね。君のお陰で移動の疲労もせずにマトラスト様の依頼がこなせると思うよ)


(そんな〜。私はマスターのお力となれた事が喜びですよー。ふふん)


 間もなくミツの翼の役も終わりと残念と思っていたダカーポ、彼女はミツの言葉に先程の気持ちを瞬時に吹き飛ばし、顔は見えないがまるで尻尾を振るワンコの様に心の中で喜びを口にしていた。

 

「マスター、あちらが恐らく目的の場所となるかと」


「うん。きっとあれがアベル様とレオニス様の二人の本部だね。二人の旗印が見える」


 側で並行する長女のフォルテに、目的の場所に到着したことを知らされる。

 ミツは一先ず本部のある大きなテントから離れた場所へと降り立つ。

 ここで一つ、ユイシスからの助言が入る。

 ミツが降りる場所は、レオニスとアベル、二人の陣の中央にすべきと。

 そうしなければミツが降りた陣はミツに選ばれたと勝手な勘違いをする者も居るそうな。

 ミツは承知と二つの陣の間を探し、そこに降りることにする。

 彼が来た事は直ぐに二人へと連絡が回ったのか、テントから慌てて出てくる兵の姿が空から見えていた。

 その先頭を走るはレオニスとアベルだろう。


 ミツが地面に降り立てば、幾人もの兵に囲まれる状態。

 別に警戒して剣を向けられたりはしてないが、精霊の四人も共に地面につけば兵に動揺が走るのは仕方ないだろう。

 そこに兵をかき分けて姿を見せるは二人の王子。


「「ミツ殿!」」


「こんにちはレオニス様、アベル様。冒険者のミツ、ローソフィア様からのご依頼にて、お二人のお力となる為駆けつけさせて頂きました」


 本当はマトラストからの依頼なのだが、マトラスト本人がこれは王からの依頼と口にするように言われている。

 その時ミツは何故かと質問すれば、辺境伯が王子へと助けの言葉を出したなど噂が経てば、面倒な奴らが自身のところへとネチネチと、点数稼ぎご苦労様ですと言ってくるそうだ。

 その言葉にミツは納得の苦笑い。

 ただ単に王子二人の心配をしただけなのに、そんな事を言われてはマトラストも嫌だろうと依頼は二人の母からの助けと言う事にしている。

 戦場は思った以上に緊迫としており、あちらこちらと治療や怪我人が目に入る。

 ミツは一応冒険者の枠組みに入るので、外での待機を言われるかと思いきや、まさかの本部テントへとご案内。

 レオニスからも入ってくれと言われたので彼はそのまま中に入ることにした。

 側にはフォルテを付け、四人の精霊たちはテントの前に待機である。

 テント内に入れば、彼は多くの将軍と顔合わせ。

 レオニスの軍に所属している五芒星と言われている内の三人の将軍。

 そしてアベルの軍に所属している二人の将軍。

 側に控えるクリフトの姿を確認すれば、ミツは軽く彼へと会釈をする。


「ミツ殿、態々援軍と来て頂き感謝する。早速で悪いが実は現状は良くはないことを伝えさせていただく」


「はい。怪我人が多く出ているようで。それでも、お二人がご無事のようで良かったです。ローソフィア様のお声がなければ自分が来るのも遅れていたかもしれませんね。さすが王様です」


「うむ。母上には凱旋の際に改めて感謝しなければな」


 レオニスの凱旋という言葉に場に少しだけ笑いが出る。


「はい。兄上の言う通り。ミツ殿、そちらから紹介させて頂く。兄上の軍、将軍の者たちだよ」


 アベルの紹介に一番と前に出る男。

 外見は正に将軍と言える豪華な鎧に身を守り、黒髭に顔には無数の傷が歴代の戦いの経験者である事を示す。


「お初にお目にかかる。レオニス様の軍、五芒星の一角のマッテオ・サヴォイアと申す」


「同じく五芒星の一角、フィリッポ・デステ。お目にかかったこと、嬉しく思いますぞ」


 続けて名を告げた男性はまだ若き将軍。

 細長の顔立ち、狐のように細い目はミツの来ている鎧を上から下まで見た後、彼は笑みを深める。


「……私は五芒星の一角。リオマール・アスリーと申す」


「はい。よろしくお願いします。んっ? アスリー……?」


「……。貴殿には愚弟の愚かな行いに対して、私からも深く謝罪を伝えたいと思っていた。この場を借りて、改めて申し訳なかった」


 ミツに突然頭を深々と下げるリオマール。

 困惑するミツをみてはアベルが言葉を添える。

 

「ミツ殿、彼はバロンの兄、アスリー侯爵家の者だよ」


「ああ、バロン様のお兄さんですか。いえいえ、あれはもう過ぎた事ですから、気にしなくても。それにあれはお兄さんのリオマール様が悪い訳では」


「いえ! 殿下をお守りすべき兵の一人としての愚行。話を聞きましたその時は、我アスリー家も全員が恥の思いです……」


 目の前の将軍は以前ミツと戦ったバロンの兄である事を教えられる。

 リオマールはバロンの様に筋肉体質では無く、最低限の筋肉を付けたダンディーなおじさんだ。

 ミツが直ぐに彼をバロンと兄弟と気づかなかったのは、顔つきが全く違う為だ。

 例えるならバロンがタヌキ顔としたなら、目の前のリオマールはワシ顔だろうか。

 そのアスリー家はとても運もよく、長男のリオマールがレオニスの軍に所属し、弟のバロンがアベルの軍に付けた。

 本来兄弟別々の軍に所属する事は、その者を扱う身としても自身の情報等の流失するリスクが考えられる。

 しかし、それを打ち消す程の二人の力は二人を引き裂いてでも両軍は手に入れたかったのだろう。

 兄弟共に武勲に優れ、片方は五芒星の一角の将軍、もう片方は軍の副長にまで上り上がっている。

 だが、弟の方は性格に難あり。

 兄の様に泥水でさえ啜る精神があれば、バロンもこの場に並んでいたのかもしれない。


「ま、まあ、話はまた後で。それで、そちらが」


「ああ。こっちが僕の軍の将軍の二人」


「お会い出来たことを嬉しく思いますぞ。私はコーク・スプラッシュ・サイダーと申します。貴殿の行いは殿下から聞き及んでおります。是非時間があれば酒を共にし、語り合いましょうぞ」

 

 次に紹介されたのはアベルの軍の将軍。

 レオニスの将軍達と違い、こちらはご年配の白い髭を付けた将軍だ。

 シュワッとした名前のコーク将軍は相手が子供に見えるミツが相手だとしても、彼を小馬鹿にするような雰囲気を出さずに話しかけてきた。

 彼に続いて隣の将も名を告げる。


「貴殿は医者に酒を抑えるように言われたばかりであろうに、まったく……。失礼。ワシはドナルド・モス・タッキー。先程のバロンの事となればワシからも貴殿には言葉がある。ワシの目の届かぬ場にて大変迷惑をかけた。本当にすまんかった」


 なんだかジャンキーの様な名前の紹介をされた気がしたが、後ろにクリフトが控えている事に彼がバロンの部隊の将軍であったのだろう。

 アベルもその時を思い出したのか、目を伏せ、周囲の気づかぬ程度にミツへと頭を下げていた。


「とんでも無いです。こちらとしてもバロン様だけではなく、軍の皆様には少し嫌な思いをさせてしまったかもしれません。謝罪をするなら自分の方が頭を下げるべきかと」


「むっ。アッハハハハ! いや、奴らもバロンからの命令とは言え、勝手な行いをしたのは間違いござらん。本来ならおめおめと戻ってきた者には厳しい罰をも考えましたが、貴殿の戦いを耳にしてはそれは控えるといたしました。既に十分あ奴らも恐怖と言う罰を受けております。更には、貴殿と行ったと言われる模擬戦での怪我、それが貴殿はあ奴らに一つも付けておらぬではないですか。無傷に返して頂いた兵を態々ワシの手に汚すこともあるまいと」


「そうですか。ドナルド将軍のご配慮、ありがとうございます」


「いえ。改めて貴殿には感謝と謝罪を」


 互いに言葉を交わし終わったタイミングとレオニスが言葉を入れる。


「それでは互いの挨拶もこれで良かろうか? ミツ殿、早速で悪いが現状を聞いて欲しい。そして、貴殿には冒険者として兵と共に旧王都に向かって欲しい事を伝えておく」


「自分が何処までできるか分かりませんが、ご協力させて頂きます」

 ミツはこの場では貴族的な礼では無く、剣士としての礼を彼らに向け、レオニスの話を聞く事にした。

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