第248話 上手に出来ました。

「それじゃ、ちょっと出かけてきますね」


「ええ、本当に悪いわね」


「いえいえ、元々行く予定ではあったので気にしないでください」


 フロールス家の談話室にて、セルフィに一言告げゲートを通るミツ。

 彼の行く先を気にする者は居るが、それを止める言葉は出せなかった。

 彼がどこに行くのか。

 ミツは一つの店の前に立ち、中にいる人物へと声をかける。


「こんにちはー。ガンガさん、いらっしゃいますか?」


 鉄と油の匂い、店の奥からガチャガチャと先程まで物音がしていたが、彼が声を出したことに店主のガンガが店の奥から姿を見せる。


「おお、坊主来たか」


「はい。そろそろお願いしました品ができたかなと思って」


「ガッハハハ。お前の勘もなかなかなもんじゃな。ほれ、奥に来い」


「はい」


 ガンガはミツを店の奥へと呼び、工房の部屋へと入れる。

 そこは至る所に工具などが置かれ、ミツが日本のホームセンターなどで見た事のあるような工具も目に入る。

 ガンガは部屋に入ると端に置かれた品をテーブルの上に置いてみせる。

 パーツはバラバラに見えるが、目の前にはガンガ特性の竜の鎧がある。

 今日ミツはガンガに頼んでいた鎧の制作と、ナックルを受け取りに店に来ていた。

 ミツは黒鉄の鎧をハードロックバードのペトロブレスにて石にしてしまい、今は普段着使いしている服を着ている。

 鎧は仕方ないとまたあの防具屋に行こうかと思っていた。

 だが、ユイシスの言葉にガンガは鎧を完成させていることを聞き、今日ここに足を向けることにした。


「坊主、サイズは問題ないが一応ここで着ていけ。少し動きを見せてもらう」


「はい。えーっと……(どうやって付けるんだろう?)」


「ええい! 新人の冒険者じゃあるまいし、さっさとこの竜のメイルを付けんか!」


「は、はい! す、すみません! あまりにも凄い品だけに見惚れてました」


 まるでパズルの様にバラバラの鎧を見てミツは困惑。

 彼がもた付いていることにガンガの怒声が部屋に響く。

 ミツは突発的に鎧を褒める言葉を出せば、ガンガは直ぐに機嫌を良くし、ご機嫌に話しだした。

 どうやら徹夜続きに鎧を作ってくれていたのか、彼の目元には少しクマも見える。

 いや、あればただのすす汚れだわ。


「んっ。そうか、ガッハハハ! ひと目見ただけでそれが分かるならお前の目も確かじゃな。よし、先ずはこれを付けろ。鎧の内側に着る竜の薄皮で作った服じゃ。これも着ておけば衝撃も緩和されるぞ。一応予備は三枚あるが、必要ならまた竜を待たせば作ってやる」


「ありがとうございます。うわっ、シルクみたいにツルツルだ。うん、着心地も良いですね」


「ええからさっさと次を着らんか」


「はいはい」


 ミツは言われるがままにガンガの手渡してくる品を体に装着していく。

 腕の小手から足、膝と腿、ミツの戦闘での動きやすさを考えてくれたのか、彼の関節部分は伸び縮みする素材を選んで使ってくれている。

 紐で結ぶタイプの繋では無く、ミツが以前ガンガと話し合った時に教えた留め具を採用したのか、彼一人でも着れる簡単な作りだ。

 パチパチと脇部分の留め具をすれば完了。


「おおっ! 手足や体に身に着けてるのに凄く軽いです」


「……坊主、動くなよ」


「えっ? ガンガさん、何を、ちょっ!」


 ガンガの言葉にまだ鎧の修正でもするのかと振り向いた瞬間だった。

 ガンガは手に握るナイフをミツの腹部へとドスッと入れる。

 入れた瞬間、ミツの腹部に何か当たる衝撃はあるものの、彼に痛みが走ることはなかった。


「よし、問題ないな」


 その言葉とガンガは手に握った根本から曲がってしまったナイフを廃棄置き場へと投げ捨てる。


「ちょっと、何がよしですか! マジで驚きましたよ!」


「ガッハハハ! いや〜、すまんすまん、衝撃に対するテストはしたんじゃが、うっかり斬撃のテストを忘れておってな。折角お前さんが身に付けたんだしついでにの」


「な、なんて人だ……。まぁ……確かに。さっきの衝撃でも傷一つついてない」


「よし、それじゃ次じゃな」


「うわっ! 何も無かった様にサラリと流すつもりだ」


「ほれ、これも出来とるから持っていけ」


「ありがとうございます。おー。これが竜の素材を使ったナックルですか。サイズもピッタリですね」


 ガンガは次はこれと、新しく作ったナックルをミツに渡す。

 表面は龍の鱗に覆われ、甲の部分にはエイバルの甲羅が使われているのだろう。

 掌の部分を見れば、そこにも竜の革が使われている。

 ちょっとお高めの革の手袋って感じだろうか。

 色を染めたりなどはガンガはしないのか、素材100%の色そのままだ。

 恐らくこのナックルの光沢はデルデル魚の油だろうか。

 竜の革破れや腐蝕も防ぎ、まるでゴムてぶくろのようにスッと彼の手に馴染んでいる。


「当たり前じゃ。ほれ、そんな事よりそれでこいつを殴らんか」


 そう言いつつガンガは鉄の塊を目の前に出す。

 大きさは漬物石程度だが、ガンガが両手を使って持ってきた品。

 ただの鉄ではないと、ミツは訝しげにそれを見つめつつも、言われた通りとそれに拳を打ち込む。

 ナックルの耐久値のテストも兼ねていると言われたので、少し本気に拳を打ち込む事にした。

 まぁ、ミツが少しでも本気を出せば如何なるかなど、やる前から大体想像がつくだろう。

 案の定、鉄の塊はガキンッと大きな音を出し砕け、そのまま彼の拳は家の床に叩きつけられると大きな穴をそこに開けてしまった。


 やってしまったと怒られることを覚悟したミツだが、ガンガはガハハと大きな笑い声を上げている。

 床の穴は直ぐにミツが直し、ガンガへと謝罪。

 構わん構わんとひらひらと手を振りつつ、ナックルの状態を確認。

 これもひびや破けなどの破損もない事に、ガンガはご機嫌となった。

 料金は今回は無料と改めてガンガの言葉。

 ミツはならこれはお礼ですとカレーの入った鍋とお酒を渡す。

 カレーの匂いに鼻をクンクンと動かした後、次にテーブルに酒にガンガの目の色が変わった。


「坊主、これは!?」


「それはブランデーと言うお酒ですよ。そこそことアルコール度数も高いのでドワーフのガンガさんなら好まれるかなと」


 ガンガに渡したのはミツが前世の日本で飲んでいたお酒。

 アニメでブランデーを紅茶に混ぜて飲む、自由惑星同盟の艦長をしていた提督の姿を真似て飲んでいた頃の品物。

 結果、ミツは砂糖を追加に入れなければ飲めないと言う酒飲みからしたら邪道な飲み方をしていたのだ。

 ガンガはパキパキと音を鳴らし、瓶の蓋を開ける。

 フワリと彼の鼻を刺激するその匂いに、ガンガはそれをグビッとひと飲み。


「!? う、美味い!」


 その一言にまたグビッ、グビッっとあっという間にガンガはブランデーを飲み干してしまった。


「プハーッ! 坊主、これは何処で買った酒じゃ!?」


「えっ、こ、これは」


「ええい、こんなうまい酒、何処で手に入れたのかを教えんか!」


「え、ええっと……。確か、魔族の国のエンダーですかね?」


「はぁ……なんで疑問形なんじゃ……。そうか、エンダーか……ちと無理か……」


「あっ、えーっと。ガンガさんがご希望なら、まだボックスの中にありますのでお渡ししましょうか?」


「!? 本当か! しかし、遠国の酒、その様な希少な酒を……」


「いえ、元々自分はお酒は苦手でしたので、飲まないなら飲まないでボックスに入れたままなので。飲んでくれる人が飲んだ方がお酒も喜ぶでしょうし」


 ガンガは自身の手に握る空となった酒瓶とミツへと視線を交互に見る。

 フンッっと少し長めに感じる鼻息を鳴らし、ガンガは不敵な笑みをニヤリと向ける。


「そうか。お前さんがそう言うなら」


「どーぞどーぞ。こちらとしても作ってくれた料金を払ってると思えば安いもんです」


 ガンガとしても金を受け取るよりも、飲んだ事もないうまい酒の方が嬉しいのだろう。

 ミツはならばと、640ml入りでは無く、4L入の大きめサイズを5本プレゼント。

 今の時期なら果物を漬ければつまみとなる事、またその酒も飲めば美味いことも彼に伝える。

 店を出ていくミツの後ろ姿を見送り、ガンガはフンッとまた一つ鼻を鳴らす。


「エンダーね……。坊主ももう少し嘘が上手ければ人生も楽しかろうに。こんなうまい酒がドワーフのワシが知らずに、遠国にあるわけ無かろうが。ガッハハハ! うむ、美味い。さて、残りの品もさっさと終わらせるかの」


 どうやらミツの詭弁もガンガは見抜いていたのか、ガンガはコップに並々とついだブランデーをゴクゴクと飲み干し仕事へと戻ってしまう。

 彼はブランデーの入った入れ物のラベルを全て剥ぎ取り、丸めて火のついた炉へと捨てる。

 ミツの詭弁を信じさせるスキルも、相手の知識によっては効果のある無しがあるようだ。


 久し振りにライアングルの街を歩くと、季節の変わり目なのか厚着をした人がチラホラと目に入る。

 空を見れば雲は厚く、今より更に気温が下がれば雪が降ってくるだろう。

 ミツは外気の冷たい風から見を守る為と黒のマントの前をしめ、冒険者ギルドへと駆ける。


 ギルドに入ればやはり注目を集めるのか、ギルド内にいた冒険者達の視線が集まる。

 絡んだり声をかけてくるものは別に居ないので彼はカウンターへと足を進める。


「こんにちは、ナヅキさん」


「あら。ミツ君、久し振りじゃない。今街に戻ってきたのね。またこっちの依頼を受けてくれるの?」


「いえ、ナヅキさん。少し予定もありまして、ダニエル様と共に王都から一旦戻ってきただけです。またダニエル様と後に王都へと戻る予定ですよ」


「は、はは……そ、それは随分と。それで、今日は何かご用で? あっ、前に君が納品してくれた竜の素材代よね。ちゃんと準備はできてるから、エンリさんに連絡するわね」


「はい。それもありますが、エンリエッタさんとギルド長のネーザンさんにもお話がありまして」


「分かったわ」


 ナヅキは二階に上がり、ギルド長部屋に居るであろうネーザンとエンリエッタ、二人へと話を通してくれる。

 直ぐにナヅキから二階に来手と言葉があったので彼は上がる。

 部屋に入れば二人は話す為と書類仕事を止めていた。


「それで、坊やどうだったかい? まぁ、お前さんの事だ、渡す時も私の忠告を守っていれば問題なかったと思うけどね」


「はい。ネーザンさんのお言葉がなければ、誤って副ギルドマスターのボリンさんに渡してしまうところでした。あれはエヴァ様のイタズラだと思いますけど……」


「あの方は一癖も二癖もあるからね」


「ボリンさんもお気の毒に……」


「それで、色々とありましたが……。ここに、アルミナには無事なれました」


 ミツは自身の首に下げていたアルミナランク冒険者カードをネーザンとエンリエッタに見せる為とテーブルに置く。

 白色のギルドカードを前に二人は驚きつつ、ネーザンは笑みを作る。


「おおっ! 坊や、よくやったね!」


「これが……。アルミナランクの冒険者カード」


「はい。ありがとうございます。こっちの白い方がそうですね。もう一つはシルバーの冒険者カードですが、街などに入る時はこっちを使えと言われました」


「うむ。それもそうだね。いや、めでたい事。お前さんがこのギルドに来てくれて、今日ほどギルドとして喜ばしい事はないね」


 手放しに褒めの言葉を告げるネーザンとは別に、エンリエッタは神妙な表情をミツに向ける。


「……ミツ君」


「はい」


「私は貴方のやる事なすことに今まで頭を悩まされてばかりでした」


「は、はい。それは申し訳ない事で……」


「いえ。今思えばそれは私が貴方の力を正しく評価できなかった事……。この場で貴方には深く謝罪するわ。そして、おめでとうございます。貴方は国……いえ、世界にただ一人の冒険者になれた事を誇りと思いください」


「そ、そんな。でも、ありがとうございます。エンリエッタさんのご指導もなければ、自分はもっとギルドにご迷惑をおかけしたかもしれません」


 エンリエッタの謝罪と祝の言葉にミツは気にしないですと軽く手を振りつつ、自身の為と厳しくも目を向けてくれていた彼女へと微笑みで気持ちを返す。

 ハチャメチャな事ばかりな報告ばかりしてくる彼でも、本当は分かってくれていたと彼女も嬉しく思ってしまう。


「そうね。貴方の人並外れた行いも、今のランクならこちらとしても直ぐに片付けることが出来るわ」


「ははっ、それは本当にアルミナにはなって良かったかもしれません」


 エンリエッタとしては、高ランクの冒険者でない者が幾度も危険度の高いモンスターの素材を持ち込む事に不安を抱えていた。 

 例えミツならば問題ないと思っていて彼女自身も思っていた。

 しかし、以前のミツのウッド、アイアンとその時の彼のランクには似つかわしくないモンスターを倒すことができると噂が広まったら如何なるか。

 プルンやリック達は彼の力を目の前で見せられているからこそ甘い考えを出さず、単独に無茶な戦いはしていない。

 


「ああ、お前さんが突然ヒュドラのような物をギルドに持ってきたとしても、前ほどギルドに五月蝿く言ってくる冒険者達もいなくなるだろうからね」


「そ、その節はご迷惑をおかけしました。あの後、ヒュドラの解体はセルフィ様を中心として何とか処理できる方へと向かってます。こちらには竜の素材などでまだお願いすることもありますけどね。あっ、素材で思い出しましたけど、またお願いしてもよろしいでしょうか?」


「そうかい。あの方なら大丈夫だね。なんせお前さんをアルミナにさせたご本人のようなお方だ。それと勿論それはギルドとしても受け取らせてもらうよ。それで、今日は何を見せてくれるんだい?」


「はい。昨日偶然にもロックバードとハードロックバードに出くわしまして。そちらをお願いしたいなと思いまして」


「ほー。ロックバードかい。またこの時期にいい物を持ってきてくれたね」


「んっ? ロックバードってそんなに良い素材なんですか?」


「勿論だとも」


「ロックバードの肉自体もだけど、冬のこの時期には羽は寝具用の布団として商人ギルドが高値で取引を行ってるのよ」


「今の割合だと肉が3割で羽が7割には高いね。勿論肉は食料として貴族街に人気な品だよ。お前さんの事だ、1匹2匹で済む数じゃないんだろう」


「ははっ、はい。ハードロックバードは一体だけですが、ロックバードは30体お願いします」


「……」


「……」


「あ、あれ?」


「坊や、因みにそれは何処で狩ったんだい?」


「えーっと、フロールス家の北の森、大体10~13キロほど離れた場所ですかね」


「ふむっ……」


「ギルド長、これは調査隊を送ったほうが良いのでは。いえ、一度領主様にご連絡を……」


「ああ、そうだね」


「あの、何かまずい事でも?」


「いや、坊や、よくやったね。それだけのロックバード。下手したら領主様のお屋敷に被害を出してたかもしれないからね。お前さんが討伐してくれた事に感謝してたところだよ」


「そうですか。いえ、見つけたのは運が良かっただけですので。それじゃ買い取りお願いします」


「ああ。査定が終わったら金はその後に渡すよ。取り敢えず数も数。解体小屋の方に行こうかね。エンリ、すまないがサブリナを呼んできて一緒に小屋に来ておくれ」


「分かりました」


 ネーザンがエンリエッタに共に来てくれと言ったサブリナ。

 彼女はこのライアングル冒険者ギルドの素材解体を専門としている職人である。

 洞窟の素材や竜の素材で幾度も彼女には世話になったミツだが、今回は彼女も踏まえた話場となるだろう。


 解体小屋に入ったミツ。

 ネーザンは書類を用意した後、直ぐにこちらに来ると言っていた。

 中は相変わらず解体用の出刃や大きな道具が目に入る。


「さてと。人が来るまでにやっておかないと」


 ミツはアイテムボックスからロックバードとハードロックバード、全てを一度取り出す。

 少し小屋の中が狭ぜになるが仕方ないと、彼は〈主の呼び声〉を亡骸の山へと発動する。


「坊や、待たせたね」


「いえ。大丈夫ですよ」


 小屋の中に入ってきたネーザン。

 やる事は済ませたと、椅子に座り待っていたミツへと彼女はエンリエッタが来るまでと話を持ちかける。


「羽をですか?」


「ああ。さっきも話したけど、今は肉よりも羽の方がギルドとしても欲しい品でね。そこで坊やに頼みなんだが、お前さんの力でこれの羽を生やさせる事はできるかい?」


 ネーザンは山積みされたロックバードへと手を伸ばし、羽を一本抜き取る。


「んー。如何でしょう。ちょっと待ってくださいね。取り敢えず抜けちゃってる場所に再生を試してみますから」


「頼んだよ」


 ロックバードの羽は一枚一枚が大きく、確かに寒い時期には暖を取るにはこれは良い品なのかもしれない。

 ミツが抜けて鳥肌が見えるロックバードへと〈再生〉のスキルを発動。

 すると鳥肌からはプツプツとイガグリの様な棘が生えたと思いきや、それはブワッと羽を広げては羽毛の姿と変わった。

 ほんの少しの部分だが、これくらいでは本体が萎れ、品質を下げたりはしないようだ。


「ネーザンさん、できそうですね。でも、以前お見せしましたけど、これを繰り返すと本体が萎れ、次第と肉だけではなく、他の部位も粗悪品になっちゃいますよ?」


「そうかい。いや、羽の納品が増えるならこちらとしては他の素材は諦めるとするよ。勿論坊やに渡す金は増やすから、悪いけど協力してもらえるかね。それと、すまないがお前さんが素材を元に戻せる力がある事をサブリナにも伝えておきたいんだが、その許可をお前さんに貰いたくてね……。勿論私とエンリ、サブリナ、これ以上にこの事を話すつもりはないよ」


 ネーザンは申し訳ない気持ちと、ここの責任者であるサブリナにも以前自身達が見せられた驚きの事実を伝えておきたいと話す。

 ミツもその事に関しては隠す必要はないとはいの返事。


「なるほど、サブリナさんにですか……。どの道このギルドで納品を続けるならあの人には教えとかないと怪しまれますからね。分かりました、お引き受けします」


「おお、引き受けてくれるかい。ああ、ありがとうね」


「いえいえ。では、早速始めても良いでしょうか?」


「勿論だとも。私も手伝わせて貰うよ」


 暫くすると解体小屋へとエンリエッタとサブリナの二人が入ってきた。

 既に作業を始めていたか、部屋のあちらこちらにロックバードの羽が落ちている。


「「……」」


「ギルド長、サブリナを連れて来ましたけど、貴女は何をしてるんですか?」


 エンリエッタの言葉はごく普通の質問だった。

 ギルド長直々と解体小屋にて素材の解体作業を行っているのだ。

 小屋に入ってきた二人はその光景に目をパチクリとしてしまう。

 

「何だいエンリ、見て分かんないのかね? ほら、あんた達もロックバードの羽取りに手を貸しな」


「長直々と何をしてるんだい。それで、あの子はどこだい?」


 軽く呆れながらため息を漏らす女性。

 彼女こそこのギルドの解体作業責任者のサブリナである。

 歳はまだ30代と若い長。

 彼女はマネと変わらぬ長身の女性でガテン系である。腕の筋肉はエンリエッタの二倍はあろうかのマッチョ体型でもある。  

 サブリナの声が聞こえた事に、床に落ちた羽を拾っていたミツがひょっこりと机の下から顔を出す。


「こんにちはサブリナさん。自分はこっちですよ」


「おお、少年、そこにいたのかい。今日も随分と持ち込んでくれたようだね。アンタのおかげで私達は毎日が寝不足のフラフラだよ」


「ははっ、その代わりに皆さんのお給金が増えてる事はネーザンさんから聞いてますよ。勿論サブリナさんもね」


 サブリナは冗談交じりの嫌味を吐き出すが、ミツの返しに彼女はニヤリとほくそ笑む。


「フッ、食えない子だね。それで、今日はこれだけのロックバードを持ってきたと」


「はい」


「サブリナ、口を動かす前にアンタも手を動かしな。坊や、お前さんも頼むよ」


「はい。エンリエッタさんもお忙しい中すみません」


「良いのよ。こればっかりは他の者には任せる事はできないわよ」


「二人とも、坊やからは許可は貰ってるからね。優先は羽、他は質のギリギリで引き取るよ」


「あいよ!」


「はぁ、書類がまだ残ってるのに。仕方ないわね」


 ネーザンの言葉に二人は返事を返し作業用の手袋と前掛けを装着。

 ロックバードの腹部の羽を抜いていたネーザンとは別の場所、背中をサブリナ、胸部分をエンリエッタと別れての作業。

 ミツは〈解体〉のレベル上げと彼も黙々と作業を続ける。 

 流石に羽を抜くだけの作業なので、あっという間に五体分の羽を取り終わった。

 そして、ネーザンはサブリナにこれからミツがやる事を他言無用と厳しく口止めをする。

 彼女も訝しげな視線をミツに向けるが、隣にいるエンリエッタも同じ言葉を告げた事に彼女は了承と首を縦に振る。

 そして、ミツが羽を取りきったロックバードへと再生のスキルを発動。

 ロックバードの鳥肌からは先程見たイガグリの様な棘が一気に生え、そして羽毛と変わる。

 その光景に驚くサブリナだが、彼女もこれは確かにおいそれと口にできる内容ではないと理解したのだろう。

 やれやれと彼女はまたロックバードの羽を抜き取る作業を再開する。


「しかし、今でも驚いているけどね。現実に見せられちゃ、なんともまぁ……」


 口を動かしつつちゃんと作業を進めるサブリナの視線はミツをチラチラ。

 視線の先にはミツが先程よりも手際も良くロックバードの羽を抜き取っていく。

 彼のスキル〈解体〉のレベルはやはり羽を抜く事ではレベルは上がらないのか、ミツは仕方ないと自身だけではなく、三人にもバフの魔法を発動して作業スピードを上げている。

 ロックバード一体の羽の量は背負い用の大きな籠一個分。

 既に小屋の中は30を超える程の籠が重なっている。

 そろそろロックバードの亡骸も再生の限界なのか、先程再生した羽は少しだけ小さく、そしてロックバードの肉の品質を落とし始めている。

 鳥肌もガサガサとなり、ロックバードの羽を優品として収めるなら、再生は五回までとネーザンの判断である。

 他の素材は兎も角、今回の目的はロックバードの羽。

 取り敢えず再生させた羽は勿体無いのでこれ迄は抜き取ろうと話に決まった。

 

 それから一刻、ミツ達は小屋の中にある籠全てをロックバードの羽を満タンにする程に羽を抜き取っていた。

 大体ダブル用の掛け布団を作ろうとしたら五つ分だろうか。

 たった五つしか作れないのかと思うだろうが、鳥の羽自体が元々軽く、1gの重さにするなら、フクロウなどの羽なら五枚以上なければ1gにもならないのだ。

 しかし、ロックバードの羽の大きさもあるからこそ、ダブル用の布団としても使え、更には羽一枚が2~3gあるのでかなりの大きさなので取引時には良い値にもなる。

 ミツは解体ではないが、良い経験をさせてもらったとネーザンに言葉を残し、竜の素材代を受け取りフロールス家へと戻った。

 因みに今回のロックバードとハードロックバードの素材代と今回のミツのお手伝いの代金は、また次回来た時までには用意してくれるそうだ。


 屋敷に戻ったミツの新たな装備を身に付けた姿に、セルヴェリン達は驚きの表情。

 竜の素材一式を使った鎧はやはり彼らの目にも止まるようだ。

 夕食時にはまた彼らの好物であるコウキュウタケを使った料理を出す事に。

 カレーを食べ損ねたアリシア達は残り物で悪いが、彼女達にもカレーを振る舞っている。

 まあ、カレーは二日目が美味いと言うほどだし、寧ろアリシア達が食べるカレーはセルフィ達が食べた物よりもコクが深まり、旨味も増加してるかもしれない。

 かもしれないと言ったのは、ミツが今回カレーを食べていないからだ。

 彼はコウキュウタケを贅沢に使い、彼が思いつくキノコ料理をセルヴェリン達へと振る舞ったからだ。

 焼き、汁、揚げ、蒸し、等々。

 特に気に入られたのがキノコご飯だった。

 米はエルフの国には無いのか、セルヴェリンは是非ともと米の物流をダニエルへと持ちかけていた。

 油に関しては以前洞窟内で花から取れることを伝えていたので、セルフィは国へとそれを知らせていたのだろう。

 ミンミンからは改めて油に関しての製造法等を詳しく説明を求められた。

 まー、それはもう詳しくというか本当に細かくだ。

 ミンミンの接し方はまるでキャバクラなどのお姉ちゃんがお客をヨイショする程に盛り上げた話し方だ。

 キャバクラ行ったことないから知らんけど。

 それでもミンミンの幾度のボディータッチやミツを褒める仕草は男の好感を上げる行為なのは間違いないだろう。

 前世でそんな事された事ないから知らんけど。

 二人がそんな話し方をしていると、エマンダがミアを連れてミンミンとは反対側、ミツの隣へと座り話に参加する。

 最初こそミンミンは影を落とすような笑みを作って席を離れることを遠回しにエマンダへと促していたが、商業の話となればエマンダの方がぶがあったのだろう。

 彼女は相手が王族であろうと心がブレることもなく、自身の娘にも商業の話ならばと油に関してもミンミンに負けずに接待の始まりだ。

 ミツは美女の間に挟まれながらも話を進めるが、残念ながらこの時期には菜種は取れない事を説明すると二人は露骨に落ち込み、ミツから離れてしまった。

 ああ、もう少し両肘に柔らかい感触を味わっていたかったなどの今は関係ない話だが、セルフィは教えてもらった花ならば、冬の終わりには直ぐに咲いてくる事を教えてくれた。

  さて、三日続く予定だった妖精の踊りが一日繰り上げて二日で終わってしまった。

 これも実はミツの運が関係したのだが、それを彼が気づくわけもない。

 早く終わったなら別に良いかと、ミツはシャロットにある場所を聞くためと話をする。

 

(シャロット様、以前お話に出ました場所の事を教えていただけませんでしょうか?)


〘ええ、場所的にもそんなに遠くはない場所よ。1度セレナーデ王城にゲートで戻った後、そのまま北上しなさい。目印としては一部が欠けた古ぼけた建物ね。そこにはあんたが喜びそうなモンスターがわんさか居るわよ。あっ、外にも結構走ってるからそれも処理しときなさい。それが終わったらその場は埋めるなり消すなり好きにしていいから〙


(んー。何だか嬉しいような怖いような情報ですね。ってかわんさかって……。こりゃ……楽しみじゃありませんか)


《ミツ、移動は妖精の力を借りる事を推奨します》


(分かったよユイシス)

 

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